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Re: 最寄り駅名が消滅する日

 投稿者:佐川飛脚伝説  投稿日:2018年 9月23日(日)02時05分54秒
返信・引用
  井土ヶ谷さんへのお返事です。

> 今回の募集は創立120周年記念事業の一環で行われるようで、対象は全駅でなく、46駅でその中には大師線内だと京急川崎・川崎大師を除く、4駅だったり、空港線内だと糀谷と大鳥居だったりするので他社線の乗り換え駅や公共施設や神社仏閣、歴史的史跡のある駅は変更はない物の、我が最寄り駅の井土ヶ谷は対象なので、来年以降変更される頃には、私もハンドルを変えなければいけませんね。
> ちなみに駅名変更の発端は来年、地下化される産業道路駅が地下化に伴い、道路に縁がなくなるので
> 駅名変更するのに合わせての募集のようです。

HPによると、駅名の変更を検討していない駅は次のとおりです。
○他社線とののりかえ最寄り駅
品川、京急蒲田、天空橋、羽田空港国際線ターミナル、羽田空港国内線ターミナル、京急川崎、八丁畷、京急鶴見、京急新子安、横浜、上大岡、金沢八景、京急久里浜
○公共施設、神社仏閣、歴史的史跡などの最寄り駅として広く知られている駅
鮫洲、平和島、穴守稲荷、川崎大師、生麦、弘明寺、金沢文庫、神武寺、安針塚、県立大学、浦賀、YRP野比、三浦海岸
>
> つまり園もないのに花月園前を名乗る駅や三崎口は消滅するということです。まあ後者は正式に三崎マグロ口駅になるのか、それとも長井ソレイユの丘駅又は三崎駅になるかはわかりませんが、大人は対象外なのでどうなる事やらです。

そもそも三崎口駅は当初久里浜線を油壺方面に延伸する予定だったところ、設置予定がなかった場所に暫定的な終点として設置した駅だったとか。それ故に京成八広駅ホームに最近まであったフラップ式案内表示機には行先に「油壺」が用意されていました。

花月園前駅の場合、駅名の由来だった花月園や花月園競輪場はすでになく、それ以降現在に至るまでその駅名のままです。東急東横線の学芸大学駅や都立大学駅などと似たような印象です。新逗子駅にしてもJR逗子駅に近く、仮に駅名を変更すれば「京急逗子」あたりでしょうか。
駅名を変更しなくとも、押上(スカイツリー前)駅や東京メトロ(例えば「明治神宮前(原宿)」「二重橋前(丸の内)」など)のように副称として採用する例も考えられそうな予感がします。
 
 

Re: 今日から運用開始!

 投稿者:佐川飛脚伝説  投稿日:2018年 9月23日(日)01時45分57秒
返信・引用 編集済
  大野目 五十鈴さんへのお返事です。

> 都営浅草線の新型5500が、今日から京急で運用を開始したようです。
> まだ見てませんが、蒲田以南でも見られるのでは?
> おそらくマニアでない利用者は驚くでしょう。

YOUTUBEによると、羽田空港ー新逗子系統のエアポート急行にも入っており、すでに三崎口駅にも特急として乗り入れているようです。こうなると、5500形と同じくSiCを持つ京急1000形の1177編成と1185編成、1200番台の編成が都営浅草線方面に乗り入れることも期待できそうです。
この5500形、京成線内での快速特急運用では「快速特急」を出し、浅草線内の自動放送でも「快速特急」と案内されています(5300形は「快特」と案内)。京急線内の快特はというと、金沢文庫駅での乗務員教習の際に「快特 成田空港」を出していたことから、「快特」表示で運転されるようです。
 

(無題)

 投稿者:Station  投稿日:2018年 9月18日(火)22時34分57秒
返信・引用
  募集しても、変更になるのはそのうちの数駅について検討ですので、お間違えなく。  

最寄り駅名が消滅する日

 投稿者:井土ヶ谷  投稿日:2018年 9月18日(火)21時27分6秒
返信・引用
  今日付けの京急公式サイトにて、小中学生を対象とした、駅名募集が始まるようで詳細は以下の通りです。
http://www.keikyu.co.jp/information/cp/ekimei/index.html
今回の募集は創立120周年記念事業の一環で行われるようで、対象は全駅でなく、46駅でその中には大師線内だと
京急川崎・川崎大師を除く、4駅だったり、空港線内だと糀谷と大鳥居だったりするので他社線の乗り換え駅や
公共施設や神社仏閣、歴史的史跡のある駅は変更はない物の、我が最寄り駅の井土ヶ谷は対象なので、来年以降
変更される頃には、私もハンドルを変えなければいけませんね。

ちなみに駅名変更の発端は来年、地下化される産業道路駅が地下化に伴い、道路に縁がなくなるので
駅名変更するのに合わせての募集のようです。

つまり園もないのに花月園前を名乗る駅や三崎口は消滅するということです。まあ後者は正式に三崎マグロ口駅に
なるのか、それとも長井ソレイユの丘駅又は三崎駅になるかはわかりませんが、大人は対象外なのでどうなる事
やらです。
 

Re: 今日から運用開始!

 投稿者:井土ヶ谷  投稿日:2018年 9月18日(火)20時52分36秒
返信・引用
  > No.3857[元記事へ]

大野目 五十鈴さんへのお返事です。

> おそらくマニアでない利用者は驚くでしょう。

確かに。10年前、地下鉄千代田線にMSEが現れた時は、小田急線内では新型のロマンスカーが入ったぐらいにしか
思われなかった物の、地下鉄線内では写メの嵐だったとか。そう思うとありかもしれません。

実際、京成車の「城ヶ島・マリンパーク」号や「成田山」号もそんな感じだったようだし、ブルスカやイエロー
そしてデト貨車もそんな扱いを受ける事もありますからね。
 

今日から運用開始!

 投稿者:大野目 五十鈴  投稿日:2018年 9月18日(火)17時37分30秒
返信・引用
  都営浅草線の新型5500が、今日から京急で運用を開始したようです。
まだ見てませんが、蒲田以南でも見られるのでは?
おそらくマニアでない利用者は驚くでしょう。
 

Re: Re: 復活!!ハイキング特急

 投稿者:佐川飛脚伝説  投稿日:2018年 9月17日(月)16時19分45秒
返信・引用
  > ウィング号の由来って、ショピングセンターの名前から来てはいるけれど、座って羽を伸ばすという意味もあったと思います。そう考えると別にウィング号なんて一般には列車として通ると思います。
>
> まあウィング号以外で名前をつけるならば、「みうら観光」号より「みさきマグロ」号の方が合ってるような気がします。対象者がみさきマグロきっぷ購入者なので。

正式には「京急ウィング号」のようですが、吉本様の著書によると、JR東日本のウィングエクスプレスに遠慮してか頭に「京急」が付いたという話です。
京急でウィング号以外の有料列車といえば、過去にも夏ダイヤでのみうらビーチやミュージックトレインなどが存在し、この列車は長らくロングシートの旧1000形による世にも珍しい「ロングシートの有料列車」という状況が続き、後に2000形が登場するとそれが優先的に使われていました。ウィング号は品川駅で乗車の際には前4両・後4両に別れて乗車、4・5号車間の貫通扉は締め切りになるようですが、これは2000形に4+4の編成が存在していたことによるとか。
 

Re: Re: 復活!!ハイキング特急

 投稿者:井土ヶ谷  投稿日:2018年 9月16日(日)18時02分34秒
返信・引用
  > No.3854[元記事へ]

さにーさんへのお返事です。

> 全国的に見て、京急、ウイング、ときたらどっちを思い浮かべますかねぇ?どうなのかな。。。ちなみに、僕は100%列車です。

ウィング号の由来って、ショピングセンターの名前から来てはいるけれど、座って羽を伸ばすという意味も
あったと思います。そう考えると別にウィング号なんて一般には列車として通ると思います。

まあウィング号以外で名前をつけるならば、「みうら観光」号より「みさきマグロ」号の方が合ってるような
気がします。対象者がみさきマグロきっぷ購入者なので。
 

Re: Re: 復活!!ハイキング特急

 投稿者:さにー  投稿日:2018年 9月14日(金)11時47分58秒
返信・引用
  吉本 尚(管理者)さんへのお返事です。

> ただ、ちょっと残念なのは「ウィング号」っていう名前。

そうですかねぇ。僕は、いい名前だと思いますけど。全国的に見て、京急、ウイング、ときたらどっちを思い浮かべますかねぇ?どうなのかな。。。ちなみに、僕は100%列車です。
 

Re:Re: 復活!!ハイキング特急

 投稿者:吉本 尚(管理者)  投稿日:2018年 9月14日(金)08時42分22秒
返信・引用
  >井土ヶ谷さん、あづまもぐらさん
これは私も久々に楽しいニュースだと思います。私は三浦在住ですが、マグロきっぷのヒットで急激に観光者が増え、休日の三崎口駅も十年ほど前とは様変わりの賑わいぶりです。
この手の観光列車の需要は十分あるだろうと思います。ただ、ちょっと残念なのは「ウィング号」っていう名前。ウィングというのは京急系列の商業施設の名でちっとも観光っぽくありません。
どっちみちならもう少し行楽列車っぽいウキウキするような名をつけたらよかったのでは? 単純に「みうら観光号」とか「三崎号」だっていいくらい(これではちょっとつまらなすぎますけど)。
 

Re: 復活!!ハイキング特急

 投稿者:あづまもぐらメール  投稿日:2018年 9月 9日(日)23時00分18秒
返信・引用
  井土ヶ谷さんへのお返事です。

> 期間限定で「ホリデー・ウィング号」を運転
> あわせて途中駅から座って乗れる、ウイングシート

浅草線相直時のハイキング特急、週末特急廃止から半世紀の時を経て観光列車の復活には感慨深いものがありますね。
相直直後の快速特急は停車駅も少なく、終日20分間隔での運行は、観光列車の代わりをして余りあるものとの判断もあった事と思います。それでも毎週土曜日13:07品川発の快速特急には後ろ2輌の座席指定が残り、入線前になると前1番線プラットフォームの該当箇所に看板を提げて小さい机を置き、指定券を売り始めるスタイルが続き、軈てその列車にも南房総号なる名称が付きました。5~6年は続いたのでしょうか、知らぬ内に無くなってしまいましたが、何れにせよ2000形登場以前でした。

昔の健康的なハイキングから飽食?のマグロへの変化に時世の流れを覚えるものです。
2100形登場時ですら既にヘッドマーク掛けすら廃されていましたから、半世紀どころか20年前でさえも想定出来ぬ展開なのでしょう。
浅草線相直以来、通勤輸送での輸送力増強に追われ、次いで快適通勤とかの時流に押されての着席列車、それが帰宅時から出勤時へも波及して、座席指定システムの設置へと至り、その活用としての面も後押しとなってのこの度の企画とも取れます。

ウィングシートの設定は、正に13:07快速特急を彷彿もさせます。
興味深いのは川崎、横浜各24との席数です。
2号車は補助席を除き56席ありますが、座席指定車では優先席は無用の筈で、8席は車掌持ちの調整用とも考えられません。3人以上のグループ客への対応用でしょうか?
川崎、横浜では、やはり看板を提げて係員が予め発券しておいた指定席券を手売りするのでしょうが、川崎、横浜に発券器はないと思われ、事前に支度しておくのでしょう。

一概に比較は出来ませんが、京阪のプレミアムシートの年間座席占有率は6割程との結果がでました。
国際的観光地を控える路線ではありますが、JR西日本ですらグリーン車復活を検討するに至っていて、着席保証需要は少なからずあり、首都圏ならば関西圏よりも一層と云えます。
京浜急行快特にあってはそれ以前に増結の余地がありますから、早計な展開は別として、将来的には含みのある今回の企画ではありますね。

http://blogs.yahoo.co.jp/johgashima_takatori

 

復活!!ハイキング特急

 投稿者:井土ヶ谷  投稿日:2018年 9月 7日(金)12時39分16秒
返信・引用
  と言うほどの事でもないと思いますが、昨日京急サイトにて期間限定で「ホリデー・ウィング号」を運転するほか
あわせて途中駅から座って乗れる、ウイングシート車の運転があるようです。詳細については以下の通りですが、
ネットの鉄道ニュースでは話題になっているようです。
http://www.keikyu.co.jp/company/news/2018/20180906HP_18125MT.html
ウィング号は従来、通勤ライナー的な列車でしたが、これからは行楽輸送にも使うと言う事で今月末の3連休と
来月上旬の3連休にそれぞれ運行され、利用客が多ければ今後も継続される事も予想されます。京急はこのため
特設サイトまで設定した訳ですから、行楽輸送に力を入れていく現れなのかもしれません。

今回の運行はウィング号に関しては1列車のみですが、停車駅を見ると、今まで上下線共に通過していた横浜に
停車して、逆に通常停車駅には停車しないという設定で、ウィングシートはウィング号運行前に設定の
12連快特の2号車が指定され川崎と横浜からの乗車とあるので、特別車両ではないにしても通常列車の1両が
指定を受ける訳だから、こちらも今後需要が見込めるのではと思います。特設サイトについては以下の通りです。
http://www.keikyu.co.jp/information/cp/holidaywing2018/index.html

ともかく今回の運行で分かる事は、ここ20年ほど羽田に重点を置いていた京急が、三浦半島の観光に再び
戻って来ていると言う事です。観光開発とは行かない物の、三浦半島に回帰しているような感じです。
そう考えると、タイトルにある通り、今回の運行は運転方法や乗車券の売り方を見ているとかつての
「ハイキング特急」のようにも見えるので、継続出来ればいいですね。
 

Re: 復活!!マリンパーク号

 投稿者:井土ヶ谷  投稿日:2018年 9月 7日(金)01時13分16秒
返信・引用 編集済
  > No.3847[元記事へ]

> 願わくば1700にかつてのマークを付けて走ってほしいですね。

9/2に運転の貸切列車は1725が使われ、往年のマリンパーク号のマークが使われていました。
もっともマークが付けられたのは片側のみで、品川では撮影用に品川方の1730に付けられ、走行中は
浦賀方の1725に付けれられていました。
車内ではペンギンやカワウソといった小動物の会えるほか、マリンパークの展示品があったりと
さながら移動動物園のような感じだったようです。

ところで、かつてマリンパーク号が運転していた頃って、時刻表やホームの行先表示板等を除くと
構内放送とか車内放送とか「この電車は、特急マリンパーク号三崎口行きです」なんて案内はなかったと思います。
実際、マリンパーク号が運行していた頃は側面にはサボは差しておらず、前面のみでマリンパーク利用者促進
のためとはいえ、それが生かされていたのか疑問でした。あの頃、京急の駅で配付されていたマリンパークの
チラシには「マリンパーク号で行こう、京急油壺マリンパーク」とあっような気がしますが、
当のマリンパーク号が案内不足だったからどこまで利用者がいたか疑問です。

そう思うと、今回のキャンペーンは比較的地味な感じがなくて良いと思います。最後に9/2運行の
貸切列車の詳細は以下の通りです。

http://hamarepo.com/story.php?page_no=0&story_id=6892&from=

 

Re: 復活!!マリンパーク号

 投稿者:佐川飛脚伝説  投稿日:2018年 8月18日(土)16時47分40秒
返信・引用 編集済
  井土ヶ谷さんへのお返事です。

> 京急としても2ドア車によるマリンパーク号は二代600形が引退してから運行してないので、貴重な物になるのでは
> ないでしょうか。願わくば1700にかつてのマークを付けて走ってほしいですね。

HPを見ましたが、このHMはかつて羽田空港駅開業の1998年まで設定されていたマリンパーク号と同じデザインでした。当時のマリンパーク号は快特(当時は快速特急)と特急1本ずつに設定され、とくに前者は三崎口発着の快特がこのマリンパーク号くらいしかなく、ほとんどが京急久里浜駅折返しでした。羽田空港駅開業からしばらくして、快速特急は「快特」が正式名称になるとともにほとんどの快特が三崎口発着となっています。快特は車両が2代目600形から2000形になってからはHMが付けられず、一般の快特と何ら変わらない姿になっていました。一方の特急はHM取り付けが可能な旧1000形または1500形による青砥(または高砂)ー 三崎口間の運転で、HMは京急線品川以南のみの掲出でした。それ故に品川駅ホームにはマリンパーク号のHMを収納するケースが置かれていたりしました。
 

Re: Re:相互直通50周年

 投稿者:佐川飛脚伝説  投稿日:2018年 8月18日(土)16時39分35秒
返信・引用 編集済
  本日、二度目の成田山号・城ヶ島マリンパーク号が、前回と同じ編成(京急1707編成と京成3038編成)で走りましたが、小生は城ヶ島マリンパーク号に品川から金沢文庫まで乗車しました。成田山号と城ヶ島マリンパーク号は京急新子安駅付近ですれ違います。3038編成は久里浜で滞泊することになり、明日は81H列車の流れから京急久里浜→堀ノ内→三崎口→成田という運転となります。
8/19追記
本日は六郷川橋梁にて両列車を撮影してきました。城ヶ島マリンパーク号は小岩で快速特急上野行に抜かれ、成田山号は同じく小岩で快速佐倉行(都営車)に抜かれます。とくに後者は特急が快速に抜かれるという状況であるうえ、しかもその快速は小岩で抜いた成田山号に終点の佐倉で接続するというものでした。
 

復活!!マリンパーク号

 投稿者:井土ヶ谷  投稿日:2018年 8月17日(金)11時04分43秒
返信・引用
  昨日付けの京急公式サイトにて京急油壺マリンパーク開園50周年記念として、9/1から11/25までキャンペーンを
実施するそうです。キャンペーンの詳細については以下の通りです。http://www.keikyu.co.jp/information/cp/marinepark50th/index.html

今回は50周年を記念して9/2には記念電車の貸切運行があるほか、かつて発売していたマリンパークの入園セット
乗車券の発売や、同じく運転していた「京急油壺マリンパーク号」も期間限定ながら運行するようです。
マリンパーク号については以下の通りです。
http://www.keikyu.co.jp/company/news/2018/20180816HP_18102NS.html

マリンパーク号に使用されるのは2100形(2149編成)で前面にヘッドマーク(ステッカー)が付けられる他、
側面には京急油壺マリンパークの文字とロゴが描かれ、海の動物のステッカーが張られていたりするので
歴代のマリンパー号の中では豪華仕様になるのではと思います。

京急としても2ドア車によるマリンパーク号は二代600形が引退してから運行してないので、貴重な物になるのでは
ないでしょうか。願わくば1700にかつてのマークを付けて走ってほしいですね。
 

Re: 今年度新車

 投稿者:佐川飛脚伝説  投稿日:2018年 7月25日(水)20時13分51秒
返信・引用 編集済
  井土ヶ谷さんへのお返事です。

>羽田乗り入れは羽田駅構内の引上げ線が8両分
確保出来なかったので、当時8両化が完了した北総車は乗り入れが出来ず、都営・京成は6両を確保出来た物の先述通り、北総は用意出来なかったので、北総に変わって京急が肩代わりしたような格好です。

羽田駅開業前の空港線は800形が使われ、京急で最初に冷房化率100%を達成していたところ、羽田駅引上線の有効長が仇で都営からは非冷房の5000形が乗り入れてくる有様でした(5300形は8両編成)。ただ、都の車両では5200形2本が唯一の冷房車でした。やがて空港線は8両編成の乗り入れが可能になりますが、その前には京急蒲田のカーブに都の5300形や京成の3400形が試運転で入線したといいます。この当時は羽田駅での8両の折り返しができず、5300形は京急蒲田駅を出て、ポイントを通過したところで折り返していました。3400形は暫定6両編成かと思いますが、この3400形暫定6両編成が空港線に営業列車として運用されたことはなかったかと。

> ちなみに京急は羽田用として用意された初代1000形の方向幕には、「羽田」、「蒲田ー羽田」、「千葉ニュータウン中央」があり、1637編成にもありました。1637編成は1500形で唯一、羽田表示の着いた車でした。

あと、羽田空港駅開業時の祝賀装飾電車は1500形が「快特 成田空港」を出している画像も確認されており、これも先代1637編成だったかと。
羽田空港駅開業後、平日の夜間に6両編成が普通として泉岳寺駅まで行き、そこから折り返し急行・羽田空港行として運転、羽田空港からは特急として京急久里浜駅まで運転していたのを覚えています。この羽田空港行は「羽田空港」の字幕がない編成がほとんどで「羽田空港」と書かれた紙を掲示(金町行や穴守稲荷行と同様)して運転、先代1637編成などは「羽田」を出していました。
また、空港線対応の旧1000形には一時期、1317編成+1079(後の1381)編成の6両編成が存在し、「羽田」などの幕は1317と1080の前面のみ用意され、側面および1320と1079の前面は白幕となっていました。
 

Re: 今年度新車

 投稿者:井土ヶ谷  投稿日:2018年 7月23日(月)12時04分57秒
返信・引用
  > No.3843[元記事へ]

佐川飛脚伝説さんへのお返事です。

> 1000形1600番台は1637編成まで確認されていますが、1637編成といえば1500形の先代1637編成、現在の1585編成を思い出しました。この先代1637編成は、空港線の羽田(→天空橋)駅開業当時、1500形で唯一の6両編成として千葉ニュータウン中央まで乗り入れており(当時の空港線は6両編成までしか入線できなかった)、また平和島ー六郷土手駅間の下り線高架化前日、つまり地上線最終日の普通京急川崎行最終電車もこの編成が充当されていました。

羽田駅開業記念乗車券の図柄も1637編成でしたね。羽田駅開業時は開業式で花電車として使われ、花電車は
開業式を含む5日間ぐらい運行していたと思います。あの頃、羽田乗り入れは羽田駅構内の引上げ線が8両分
確保出来なかったので、当時8両化が完了した北総車は乗り入れが出来ず、都営・京成は6両を確保出来た物の
先述通り、北総は用意出来なかったので、北総に変わって京急が肩代わりしたような格好です。

ちなみに京急は羽田用として用意された初代1000形の方向幕には、「羽田」、「蒲田ー羽田」、
「千葉ニュータウン中央」があり、1637編成にもありました。1637編成は1500形で唯一、羽田表示の
着いた車でした。
 

Re: 今年度新車

 投稿者:佐川飛脚伝説  投稿日:2018年 7月22日(日)14時59分13秒
返信・引用
  井土ヶ谷さんへのお返事です。

> 2100はホームドア設置で、ホームドアに対応しないので全車引退とか、その2100がいなくなった京急に興味はないとか。京急沿線住民の私からするとどこまでが、真実なのかは分かりません。

ホームドアの関係で2100形が引退することはないと思います。京急で唯一ホームドアを有する羽田空港国際線ターミナル駅でさえ、2100形が到着すると中央部の扉は開閉しないようになっており、ホームドアの設置が予定されている京急蒲田駅などでもそのようになるものと思われます。

1000形1600番台は1637編成まで確認されていますが、1637編成といえば1500形の先代1637編成、現在の1585編成を思い出しました。この先代1637編成は、空港線の羽田(→天空橋)駅開業当時、1500形で唯一の6両編成として千葉ニュータウン中央まで乗り入れており(当時の空港線は6両編成までしか入線できなかった)、また平和島ー六郷土手駅間の下り線高架化前日、つまり地上線最終日の普通京急川崎行最終電車もこの編成が充当されていました。
 

京急夏の二台イベント

 投稿者:井土ヶ谷  投稿日:2018年 7月19日(木)17時50分59秒
返信・引用
  創立120周年イベントとして、この夏、京急では上大岡で「夏休み京急鉄道フェア」が開催され、「北斗の拳」35周年
連動企画でスタンプラリーや「北斗の券」の名の記念乗車券が、通常通り1駅売りで発売され記念電車や
それに伴う貸切電車も運転されるようです。

前者についての詳細は以下の通りで
http://www.keikyu.co.jp/company/news/2018/20180719HP_18085TS.html
年末と違い、限定鉄コレの発売やエアトレイン大会等はないですが、歴史的に見た上大岡を考察する
講演会もあるので年末とは違った感じです。
後者は貸切電車については以下を
http://www.keikyu.co.jp/company/news/2018/20180719HP_18097EW.html
イベントについては以下の通りです。
http://www.keikyu.co.jp/company/news/2018/20180719HP_18086EW.html

上大岡の歴史に関する講演は聞く価値はあるかと思います。
 

2100とドレミファしか興味がない

 投稿者:井土ヶ谷  投稿日:2018年 7月19日(木)17時28分51秒
返信・引用 編集済
  吉本 尚(管理者)さんへのお返事です。

> 2ドアだからホームドアに対応しない、なんて論はばかげてますよ。シロウトでもいくらでも対応策は考え付きま
す。

私も同感です。実はこれに関してはネットではなく、行きつけのカフェでたまたまとなりにいた人が
話しかけて出た話なので、私も言われるまで知らなかった事です。その人は大船に住んでいて、私鉄より
JRが好きと言う人で、京急に乗るのは東京方面に行くとき、わざわざ横浜で京急に乗りかえて、
品川で再び、JRに乗り換えて東京方面に行くと言う事を話してくれました。こういう話を聞くと別に悪くは
ないと思う物の、話を良く聞いてみるとその人の場合、京急が好きな理由は2100系が走ってるからであって、
それ以外は興味が無いとのこと。

その人いわく「2100系は来年に全車引退するんでしょ」といったので、何を言ってるのかと思いきや続けて
「2100は2ドアだからホームドアに対応しないから」と言ったので京急は800は全車引退させるけど2100は
ないと私が言ったら、「800、ああレトロ車ね」といい、「2100系じゃないんだ」との事でした。

800がレトロ車。小学生が言っているのは聞いた事はありますが、30ぐらいの人が言うと何だかなという気が
しました。その後も京急フェスタ会場で会った時も私が2000の話をしたら、反応が鈍く、後日例のカフェで
あっても2000に振られるとだまると言った感じでした。実際その人のTwitterを見てみると、興味があるのは
JREの新幹線で編成番号まで分かっている物の京急に関しては2100系とあるので、そんな感じと
いったところでしょうか。

それが別に悪い訳ではないですが、ただ私も色々なところで、京急沿線住民である事や鉄道は京急が好きと
言うと、普通の人はいいですけど、この手の人に会うと決まって2100の話しかしないので、うんざり
します。中にはドレミファインバーターはどれだけあるのとか、それがなければ京急に魅力はないと言われ
閉口する事もしばしばです。はっきり言って京急の魅力は2100でもドレミファインバーターでもない。

それなのに沿線外の人達はそれしか興味がないから、どうしてもそうなる。そういえば上大岡の京急
鉄道フェアでもエアトレン大会の初期の頃は2100のドレミファでエアトレインをやれない私が
いうのもなんですが、それ以外ないのかと思ったりしました。

もちろん2100やドレミファが悪いなんて思いませんけど、それしか興味が湧かないというのはいいのか
どうかと思ってしまいます。
 

ReRe:今年度新車

 投稿者:吉本 尚(管理者)  投稿日:2018年 7月18日(水)18時11分38秒
返信・引用 編集済
  >一部ネット上では・・・2100はホームドア設置で、ホームドアに対応しないので全車引退とか(井土ヶ谷さん)

2ドアだからホームドアに対応しない、なんて論はばかげてますよ。シロウトでもいくらでも対応策は考え付きます。
列車選別装置を全線に設置して踏切の閉まるタイミングを調整したりしていますよね。
ホームドアについても、例えばその設置駅の手前に車両種別判定装置みたいなものを設置しておいて、列車到着前にホームドアの中ドア分だけ閉め切るよう自動設定しておけばいいわけで、そんなこと技術的には実に容易なことです。

 

Re:今年度新車

 投稿者:井土ヶ谷  投稿日:2018年 7月17日(火)17時03分6秒
返信・引用
  > No.3838[元記事へ]

快特さんへのお返事です。

> 総合車両製作所の片隅に京急1000形が停まっています。
> 総合車両製作所で造られたものなのか、神戸から船舶で運ばれたものなのかは
> 分かりませんが・・・。

ホームドア設置の関係で何が何でも4ドア車を廃車にしたい訳だから、今年は大量に増備される年
なのかもしれません。800形に関しては既に816と820が運用終了となっているのでこれに
続く車が出て来るのでしょう。

> 今年度は1661編成まで造られることは確かですが、私の勝手な憶測ですが、
> 2019年3月31日付けで823編成が引退となり、その翌日4月1日に
> 1667編成が入籍するのではないかと考えています。
> 1667編成は2019年度の新造車として。

この辺りホームドアの設置工事と関係するので、年度に設置ならば新年度の4月という事もありますが
年内となるとどうなるかは分からない。それに仮に1672がラストナンバーになるのかが気になります。
1300も1372がラストナンバーなので揃える意味でそうなるのかもしれませんが。

> その後ですが、1501~1520の代替として1813~の4連5編成が落成
> するような気がします。
> 気になるのが、1521編成と1525編成はVVVF化するのかどうか。
> しないのなら、これも1800に変わるでしょう。

ウィキペディアを見ていると、1500は鋼製車に関しては1回のみの更新で、アルミ車は2回の更新と
あるので前者が廃車になる可能性は十分ありますが、ただ後者も1000形の更新工事の影響で2回目の更新
があるのかが気になります。これは4.6.8連共にどうなるかです。

一部ネット上では1800は京成線に乗り入れた時、変電所に負担をかけたので出禁を食らったとか、
2100はホームドア設置で、ホームドアに対応しないので全車引退とか、その2100がいなくなった
京急に興味はないとか。京急沿線住民の私からするとどこまでが、真実なのかは分かりません。
 

Re:今年度新車

 投稿者:快特  投稿日:2018年 7月11日(水)22時26分42秒
返信・引用
  総合車両製作所の片隅に京急1000形が停まっています。
総合車両製作所で造られたものなのか、神戸から船舶で運ばれたものなのかは
分かりませんが・・・。
今年度は1661編成まで造られることは確かですが、私の勝手な憶測ですが、
2019年3月31日付けで823編成が引退となり、その翌日4月1日に
1667編成が入籍するのではないかと考えています。
1667編成は2019年度の新造車として。
その後ですが、1501~1520の代替として1813~の4連5編成が落成
するような気がします。
気になるのが、1521編成と1525編成はVVVF化するのかどうか。
しないのなら、これも1800に変わるでしょう。
 

Re:相互直通50周年

 投稿者:大野目 五十鈴  投稿日:2018年 7月 9日(月)18時06分1秒
返信・引用
  一昨日、昨日成田山号と城ケ島マリンパーク号がそれぞれ走りました。
私は京成車は蒲田で、京急車は平和島で撮影しました。

京成新3000型は蒲田以南では見られないので、この運用はマニアには大いに
関心があったのではないでしょうか。
逆にマニアではない一般の利用者は、「あの電車何?」とア然とした顔で見てい
たのでは?そういえば27年前北総(開発)鉄道の7300型が川崎へ乗り入れ
た時、7300を見てア然とした顔で見ていましたが。

京成車撮影後、平和島に着いて京急車が来る直前、見る機会がない相互直通50
周年のHMを付けた600が下りで通過して行きました。
ある情報では久里浜の車庫で、京成車と50周年HMの600が並んだとか。

来月にも走りますので、今度は場所を変えて撮影しようと思いますが、今回
人身事故等のトラブルがなく無事に運用が終了してホッとしていることでしょう。
 

Re: 相互直通50周年

 投稿者:佐川飛脚伝説  投稿日:2018年 7月 8日(日)13時24分18秒
返信・引用 編集済
  井土ヶ谷さんへのお返事です。

> ありがとう運転のとき、一旦は保存を考えた物の維持管理費を思うと解体処分の方が良いと思い、4日後に廃車解体という決断をした。と言う事なのでしょうか。

小田急電鉄でも、保存を前提に喜多見車両基地で保管していたロマンスカー(HiSE、RSEなど)のうち、一部の車両が解体されており、これらロマンスカーは、海老名に建設されるロマンスカーミュージアムに展示されるという話です。

本日も成田山号と城ヶ島・マリンパーク号が運転され、成田山号は3038編成、城ヶ島・マリンパーク号は1707編成での運転でした。昨日の運転後にそれぞれ久里浜と宗吾に回送のうえ滞泊していたようです(3038編成の久里浜への回送はYOUTUBEにて確認)。小生は本日は乗車していませんが、六郷川橋梁にて撮影しました。成田山号は三崎口8:18発の特急高砂行第818H列車のスジを利用していることから、列車番号は「第818HK列車」となっていました。この81HK列車は久里浜を出庫後、通常の81H列車の流れからかまずは京急久里浜→堀ノ内→三崎口と営業し、三崎口から成田山号となっています。しかし堀ノ内行と三崎口行ではLCDは未使用のうえ、3000形には堀ノ内の表示が用意されておらず、かつての空港線穴守稲荷行のように行先板を掲示のうえ堀ノ内まで運転していたとか。
京成3000形は、京急本線の京急蒲田以南では金沢文庫にある総合車両製作所からの出場で宗吾まで自力回送されていますが、営業列車としてはレアです。3050形は3600形3668編成(VVVF改造車)の牽引で、AE形は台車の構造故に陸送で宗吾に送られています。
成田山号、城ヶ島・マリンパーク号ともに1970年代当時のヘッドマークには「特急」の文字が入っていましたが、今回の復刻運転のヘッドマークには「特急」の文字が入っておらず、代わりに相互直通50年のロゴと「京急電鉄・都営交通・京成電鉄」の文字が入っていました。かつて京成3300形の方向幕装備車が運用に入ると、京急線内では快速特急(当時)となる故に種別幕が「快速」、ヘッドマークは「特急」、種別板は「快特」とまちまちだったとか。城ヶ島・マリンパーク号はYOUTUBEにおいて「青砥までは快速特急上野行が先に到着します」といったアナウンスが聞かれており、京成線内においては快速特急に抜かれるダイヤだったようです。
 

Re: 相互直通50周年

 投稿者:佐川飛脚伝説  投稿日:2018年 7月 8日(日)02時48分9秒
返信・引用
  井土ヶ谷さんへのお返事です。


> その1000形が健在だった時に復活してほしかったです。今回の運用では6/21に品川駅で展示された花電車が1549だった事を考えると、おそらく1700が入るとは想像していました。ただ京成は何になるのかは分からず、かつて京成車による「成田山号」と「城ヶ島・マリンパーク号」の運用についた3500が入るのかと思いましたけど、3000形だったんですねぇ。京急側は1700のトップナンバーである1707(1701があれば、こちらを使っていたのか?)を使い、3000形は3001と行きたかった物の、それは叶わずといった感じでしょうか。
>
小生もそれは同感です。旧1000形や京成のいわゆる3000系グループ(3200形、3300形など)が健在なうちに実現して欲しかったと思いました。城ヶ島・マリンパーク号では、先頭が付随台車の3500形が三崎口まで乗り入れていたという記録があったかと。仮に3500形を充当しても未更新車は京急線に入れず、足回りのことを考えると3700形や3000形などを使用することになるようです。使用された3038編成は現在のところ京成で最も新しい編成なのだとか。
一方の京急側はヘッドマークステーを持つ形式は1500形しかなく、1500形が選ばれたのはそれが理由と考えられそうです。

> 乗り入り当時、使っていた車輛達は京急だと久里浜の1351-1356と1052と1185の前頭部があるほか都営交通だと渋谷区の防災学校にある5069のカット車があり、5089と5092が馬込に保存予定としていた物の、 結局は解体されてしまいました。一方京成は3004が宗吾車両基地に保存されています。
> 都営交通の5000形は保存予定となっていたので、旧営団の保存車のように展示出来たら良かったですが 結局は解体処分になってしまい、京急も1000形をどうしたいのか分からず、横浜の新本社は手狭で230形がやっとこさ展示出来るような感じで、本社裏手のスペースを使っても引退した2000形を含めると分からないしYRPには広大な土地がある物の、あれを使って京急ミュージアムなんて造る事は出来ないんでしょうね。

5000形のさようなら運転は一般のスジを利用しており、小生も羽田ー千葉ニュータウン中央および最終日の西馬込ー成田の1往復ずつ乗車しています。この5000形は営団(当時)丸ノ内線の500形と似た印象から、銀座線2000形の足回りと組み合わせてアルゼンチンに輸出してはと考えたことがありました。500形は東京メトロに戻り中野で保存された車両がいますが、5000形のほうは馬込の5089-5092が解体された後、5200形を含めると防災学校の5069が唯一現存する5000形ということになります。さようなら運転に使われた5097+5125編成や最後まで旧塗装だった5057編成、それに5200形は久里浜で解体されています。
 

Re: 相互直通50周年

 投稿者:井土ヶ谷  投稿日:2018年 7月 7日(土)22時54分49秒
返信・引用
  > No.3833[元記事へ]

佐川飛脚伝説さんへのお返事です。

> 旧1000形のありがとう運転も三浦海岸駅での折り返しでした。

その1000形が健在だった時に復活してほしかったです。今回の運用では6/21に品川駅で展示された花電車
が1549だった事を考えると、おそらく1700が入るとは想像していました。ただ京成は何になるのかは分からず、
かつて京成車による「成田山号」と「城ヶ島・マリンパーク号」の運用についた3500が入るのかと思いました
けど、3000形だったんですねぇ。京急側は1700のトップナンバーである1707(1701があれば、こちらを
使っていたのか?)を使い、3000形は3001と行きたかった物の、それは叶わずといった感じでしょうか。

1000形も3000系列もあった時代、少なくとも乗り入れ、30周年、40周年の頃、実現していたら真の
リバイバル運転になったと思います。そんな事もあってか、今回は行く気になれず、来月も行く事は私の場合は
ないです。よっぽどその時、用事がない限り乗る事はないです。

乗り入り当時、使っていた車輛達は京急だと久里浜の1351-1356と1052と1185の前頭部があるほか都営交通
だと渋谷区の防災学校にある5069のカット車があり、5089と5092が馬込に保存予定としていた物の、
結局は解体されてしまいました。一方京成は3004が宗吾車両基地に保存されています。

都営交通の5000形は保存予定となっていたので、旧営団の保存車のように展示出来たら良かったですが
結局は解体処分になってしまい、京急も1000形をどうしたいのか分からず、横浜の新本社は手狭で230形が
やっとこさ展示出来るような感じで、本社裏手のスペースを使っても引退した2000形を含めると分からないし
YRPには広大な土地がある物の、あれを使って京急ミュージアムなんて造る事は出来ないんでしょうね。
ちなみにその2000形ですが、先月発売の鉄道ファン誌付録の「大手私鉄車両ファイル」によれば
2011編成は平成30.3.29に廃車となっていて、処遇は解体とあるので「保存を検討」というのはどこへ
いったのかって感じです。2051も2061も編成単位でファイルには解体とあるので、ほぼ間違いないでしょう。

ありがとう運転のとき、一旦は保存を考えた物の維持管理費を思うと解体処分の方が良いと思い、4日後に
廃車解体という決断をした。と言う事なのでしょうか。
 

Re: 相互直通50周年

 投稿者:佐川飛脚伝説  投稿日:2018年 7月 7日(土)11時53分0秒
返信・引用 編集済
  成田山号は京成押上線内を各駅に停車していましたが、これはこのダイヤが881H特急高砂行(品川より普通)のスジだからで、それを成田まで臨時延長したものでした。これにより、高砂からの折り返しがなくなることから、1105編成による京成線への送り込みの回送が運転されていました。先程も述べましたが、三浦海岸と成田に到着した3038編成と1707編成は、それぞれ久里浜と宗吾の車両基地で滞泊したうえで明日の成田山号と城ヶ島・マリンパーク号としてそれぞれ京成線、京急線に戻るようです。3038編成は「快速特急 三浦海岸」を出しており、しかも車内LCDも動作していました。話によりますと、行先ROMの「金町」の部分を期間限定で「三浦海岸」に切り替えたとか。
京成車両の京急本線京急蒲田駅以南への乗り入れは、箱根駅伝に伴う運用変更で回送列車が神奈川新町まで乗り入れて以来6年ぶり(過去には京急川崎まで営業していた)、営業列車では東日本大震災の影響による3050形3051編成の三崎口往復以来7年ぶりの出来事です。
定期特急のスジを利用した成田山号とは異なり、城ヶ島・マリンパーク号は全区間を臨時列車として仕立てられていたことで三浦海岸止まりでしたが、三崎口駅はホームが一杯だからでしょうか。旧1000形のありがとう運転も三浦海岸駅での折り返しでした。
 

Re: 相互直通50周年

 投稿者:佐川飛脚伝説  投稿日:2018年 7月 7日(土)11時14分40秒
返信・引用
  > No.3824[元記事へ]

本日運転の城ヶ島・マリンパーク号に京急蒲田から京急川崎まで、折り返して成田山号に泉岳寺まで乗車しました。
> 車両はおそらく成田スカイアクセス線に対応した編成(京急600形、1000形、京成3000形、3050形など)が充当されると思われます。

車両は城ヶ島・マリンパーク号は京成3000形3038編成で、成田山号は京急1500形1707編成での運転でした。どちらもヘッドマークは三崎口方が「城ヶ島マリンパーク」、成田空港方は「成田山」となっており、おそらく3038編成と1707編成はそれぞれ明日の成田山号と城ヶ島・マリンパーク号に充当されると思われます。京成3000形はよく「三浦海岸」の表示を持っていたものと感心しました。京成の車両が京急本線の京急川崎・横浜方面に入ることはかなりレアで、東日本大震災直後に京急線に閉じ込められた3050形が三崎口まで1往復して以来のことでした。逆に京急の車両が京成本線の船橋・京成津田沼方面に来るのは日常的ですが普段は佐倉まで(回送では宗吾参道ー成田空港駅間に入ると思いますが)のうえ、1500形が代走以外で京成本線の高砂以東に入るのはかなりレアです。
 

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