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「山に五」の屋号の会社

 投稿者:原口 悟  投稿日:2019年 6月14日(金)01時10分24秒
返信・引用
  すぎたまさん、新参者さん、皆さんこんばんは

「山に五」の屋号の碍子についての情報をありがとうございます
 他にも写真が無いか探してみたところ、115系に見つかりました。
 写真上と中央は、2016年10月29日の高崎車両センターの一般公開イベントで、休憩用車両として使用された高崎車両センター115系T1146編成のもので、上はモハ114-1146の床下機器に使われた「山に五」の碍子、中央はクハ115-1137の床下機器に使われた、別の屋号の碍子です。
 写真下は2017年11月19日の東武鉄道南栗橋車両基地の公開イベントで、床下機器解説に使われていた東武10000系11607編成のもので、こちらも碍子に屋号が見え、「カギに井」のように見えます。
 「山に五」「カギに井」の両社とも、クモハ40054(昭和10年の新製時? 更新修繕時?)から、西武2000系、115系の製造時(昭和50年代前半)、東武10000系の製造時(昭和50年代末~60年年代)まで継続して碍子を納入していたと考えられます。
 「食器と碍子」ですが、昨年秋放送のNHKの「ブラタモリ」で「有田焼」が紹介されたことがあり、この時に碍子の製造ラインも紹介されました。明治に入ってからの新たな産業として、碍子の製造が始まったそうで、番組では、電柱の支持に使われる「玉碍子」の製造過程が紹介されました。このため、食器をメインに製造している会社が碍子を手掛けるのはありだと思います。ちなみに、Models IMONの秋葉原店では玉碍子を売っており、店頭に陳列されています。
 
 

存続会社?

 投稿者:すぎたま  投稿日:2019年 6月12日(水)22時09分56秒
返信・引用
  新参者さんこんばんは。

山五陶業は、高い技術力を有していたようで、食器など盛んに作っていたメーカーのようですが、ご指摘のように2003年に廃業しています。
ただ、都内に似たような名称の会社が見つかります。鉄道車輌向け製品も作っているようですが、ここは関連する企業なのでしょうか。
よくよく当該ホームページを見ると、1954年創業となっていますので、むしろガイシとしてはこちらの製品である可能性が高くなってきたような気もします。

http://princesscomet.net/

 

山五陶業他

 投稿者:新参者  投稿日:2019年 6月11日(火)19時59分59秒
返信・引用
  みなさまこんばんは。

原口様
秩父100形のスケジュールありがとうございました。

すぎたま様
瑞浪市の「山五陶業」ですが2003年に廃業になってしまいました。
 

山五陶業では?

 投稿者:すぎたま  投稿日:2019年 6月10日(月)20時47分48秒
返信・引用
  原口さん、みなさんこんばんは。

原口さんが見つけられたへの字に山のマークを付けたガイシは、岐阜県にあった「山五陶業」の製品ではないかと考えました。
画像は私が所有している「江ノ島電鉄」のものだというガイシです。おそらく形状からしても、床下機器の絶縁用でしょう。
現在はこの種のガイシは作っていないようですが、詳しい事情はわかりません。
失礼いたします。

http://princesscomet.net/

 

クハ16000台へのWC取り付け:「国鉄電車回想」より

 投稿者:原口 悟  投稿日:2019年 6月 8日(土)11時28分10秒
返信・引用 編集済
  「国鉄電車回想」での新発見として、WCを取り付けたクハ16011の写真(3巻P106、昭和40年1月31日、船町駅で撮影)があります。

 クハ16形へのWC取り付けは、400番台への取り付けが、飯田線で遅くまで残ったこともあって、「クハ16400台の解説」の一環として記述されることが多く(古くは「旧型国電ガイドブック」、最近では「最盛期の国鉄車両」)、元モハ30系、モハ31系の解説では記述されないので、「別の番台」特に元モハ31系のクハ16000台にWC取り付け車が存在していたことを今回初めて知りました。クハ16形へのWC取り付けは、「旧型国電車両台帳」では、下に(注)として記述されており、元モハ30系のクハ16形も記述されているのですが、クハ16011へのWC取り付けは記述されていません。また、同車は昭和42年8月3日に廃車されているため、43-10改正時をメインテーマとしている「最盛期の国鉄車両」でも、対象外となったためか、記述が抜けています。
 また、クハ16011は台車をTR11に交換しています。これも他に記述しているところはないと思われます。

 クハ16000台では、雨樋が水平のまま運行灯を取り付けたため、該当位置の窓の天地が低くなったクハ16001の、改造前の原型の写真(2巻P65上、昭和30年8月19日、池袋駅で撮影)があります。

非電化区間へ直通した80系準急の写真
 2巻P136~139には、非電化区間へ直通した80系準急の記述があり、写真は、長野原線へ直通する準急の、「渋川駅での電源車の連結の様子」の写真が掲載されています(昭和35年7月撮影)。準急の先頭車は昭和24年型のクハ86005でした。オハユニ71形の方の「連結のための特別装備」として、連結器を旧形国電用の密着連結器に交換している(胴受けも電車用のものを装備)ほか、ジャンパ栓受2組を向かって左側(クハ86005と連結するため、クハ86005の方もジャンパケーブルを垂らして待機)に付けています。機関車はC11 273が逆向き牽引でした。
 

クモハ73形全金更新車の原型時代:「国鉄電車回想」より

 投稿者:原口 悟  投稿日:2019年 6月 8日(土)09時34分43秒
返信・引用
  「国鉄電車回想」では、クモハ73形全金更新車の、原型時代の写真をいくつか見つけました。

 3巻P38に、後に可部線で走っているクモハ73009の写真(昭和32年7月撮影)、P41に、後に御殿場線で走っているクモハ73037の写真(昭和34年6月24日撮影)が掲載されています。ともに昭和30年代に入ってからの撮影なのですが、興味深いのが、古い形態が残っていることで、以前にこの場で話題になった、「配管が電気側の太い母線が1本、空気側に空気管が2本にまとまるまでの変遷」が確認できます。クモハ73009は「電気側に空気管が2本、空気側に細い母線が2本」で、クモハ73037は「電気側に空気管が2本、空気側に太い母線が1本」になっており、さらにどちらも屋根上の配管にカバーを付けています。「国鉄電車回想」のコンセプトが「昭和30年代」なので、ほかにも「古い形態の配管」を持っている車の写真がいくつか見つかります。

クモハ53007の「横須賀色で、雨樋縦管が埋め込み時代」の写真
 3巻カラー12頁にクモハ53007の「横須賀色で、雨樋縦管が埋め込み時代」の写真が掲載されています(昭和47年9月24日、平岡駅で撮影)。この状態は、最近のRM Modelsで模型製作が紹介されましたが、けっこう短期間で、レアな状態です。
 

クモハ73形全金更新車の原型時代:「国鉄電車回想」より

 投稿者:原口 悟  投稿日:2019年 6月 8日(土)09時06分11秒
返信・引用
  皆さんおはようございます
1380さん、お久しぶりです

「国電」にまつわる話は私も聞いたことがあります。

富山港線のクモハ73355について:「国鉄電車回想」より
 先月の用務の外勤の時、用務先で鉄道模型店を訪問した時に、「国鉄電車回想」1巻~3巻が店頭にあったので購入しました。同書は、この場で何度か触れている、富山港線73系半鋼製車の中でも「異形の2段窓改造車」である「クモハ73355」の写真が掲載されている本としてかねてから注目していたもので、この本を購入したことにより、出版物として公表された、昭和40年代の富山港線73系半鋼製車の写真は、恐らくすべてが私の手元に揃いました。クモハ73355の写真は同書3巻P133下で、昭和43年6月22日富山駅で撮影です。非公式側からの撮影で、注目すべきは、前から2番目の扉がプレスマークの有る2段窓の他は、プレスマークの無い1枚窓の扉であることで、プレスマークの無い扉を転入時に持ち込んだことになります。また、同車は、貫通扉を整備していないことが確認されている(「首都圏の72系」より)ため、富山港線での1両単独運用では貫通扉を閉塞できず、支障すると考えられるので、おそらく2段窓改造時に貫通扉が付けられたのではないかと考えられます。クモハ73355の異形の2段窓は、昇圧前に在籍していた元モハ30系のクハ16219から転用されたことが考えられるのですが、貫通扉もクハ16219から転用されたかもしれません。その場合、戸袋の構造もクハ16219から転用されたと考えられるのですが、この時に元モハ30系独特の天地の低い戸袋窓も継承されたと考えられます。その場合、中桟の無い1枚窓になっていたかもしれません。
 また、この写真でクモハ73355と連結している車は、これも以前にこの場で話題になったのですが、台車が平軸受であることが確認できます。DT12台車のクハ79100台はけっこう多くいたのですが、富山港線のクハ79100台3両(220, 240, 244)のうち、戦中型のサモハ63形だったクハ79244(元サモハ63003)が該当します。この車は後にコロ軸受のDT13になっていることが確認できる(RP83-11号)ので、どこかの段階で交換されたことになります。交換元として、富山港線に転入したクモハ73形のうち、昭和46年に廃車されたクモハ73007か、昭和47年に廃車されたクモハ73347が候補になります。

 富山港線73系半鋼製車の写真の中でも最近の新公表はRP17-11号P51のクハ79240だと思います。改めてこの写真を見たところ、後ろのクモハ73形が茶色であることに気づきました。写真撮影年月日が記述されていないのですが、末期の形態なので転入時でないことは間違いありません。茶色いクモハ73型半鋼製車が入ったのは過去2回、昭和47年7月から9月まで明石電車区からクモハ73329が借り入れられていた時と、昭和50年4月から9月まで津田沼電車区からクモハ73119が借り入れられていた時です。両年月の間、クハ7220とクハ79244は、前面の箱サボ枠が撤去されたのですが、クハ79240は箱サボ枠を最後まで残していたので、昭和47年と昭和50年のどちらの撮影かは写真からは確認できません。ドア形態も確認できないので、クモハ73119とクモハ73329のどちらかはわかりません。なお、写真に写っている、非公式側一番後ろの扉の形態は、クモハ73329はプレスマークの有る1枚窓、クモハ73119はプレスマークの無い1枚窓です。
なお、写真の解説に「アコモB更新車」とあるのですが、木枠のままで2段窓化しており(おそらく上記のクモハ73355と同じく、以前に富山港線にいたクモハ11224, 228, 242に由来)、戸袋窓及び車内は未工事のため、別カテゴリーとして区分すべきものだと思います。また、同じ工事を受けているクモハ73355が記述されていません(以前の73系特集のRP00-5号では2段窓部分の拡大写真を掲載)。
 

昭和のキラキラネーム

 投稿者:1380  投稿日:2019年 6月 7日(金)11時06分46秒
返信・引用
  こんにちは。

クモハ73503さんが、「国電」のJR化後の名称のことについて若干触れていましたので、これについて私なりの意見を述べたいと思います。
まず、JR発足後にJR東日本が国電に代わる名称を一般公募しました。私が投票したのは「首都電」と「都市電」でした。
「首都電」は、申すまでもなく「首都圏の電車」という意味です。
「都市電」は、「都市を走る電車」という意味であると同時に、JR西日本の管轄となった関西圏でも使用できるように考案したものでした。
しかし、史実がキラキラネームとなってしまったことは、言うまでもありませんでした。
と同時に、ライフラインともいうべき大都市圏の公共交通機関の名称に、いかにも安易かつ気まぐれな名称を命名するのはいかがなものかと思いました。

しかし、この名称は未だに見直しや改廃等が行われていません。私は、この名称については一貫してアンチの立場を取っています。以前、某鉄道雑誌に「地球環境に関する英単語(Earth Ecology・Environment等)とコラボレーションしてみてはどうか」などと提言してみたことがあったのですが、そのような動きは全然なさそうでした。
我々の周囲では、「当時選考委員だった某氏(あえて名を秘す)が、未だに駄々を捏ねているのではないか。また、このことでJR東日本も某氏に忖度しているのではないか」などというのが定説となっているようです。

取り急ぎ、以上です。
 

八高・川越線の車両

 投稿者:クモハ73503  投稿日:2019年 6月 7日(金)01時05分41秒
返信・引用
  皆さんこんばんは。

原口さん早速ハエ71の写真ありがとうございます。

209系やE231系はJR化後の車両ですから「国電」ではありませんが(E電という言葉はやはり馴染めませんでした)

これらの車両も登場から既に20年を超え改造や編成組み替えが行われてかつての「旧型国電」みたいになりつつあるな、と感じてしまいます。

やはり電車は古くなる程面白味が出てくるものだな、と思ってしまいます。

保守をする現場としては厄介者なのでしょうけれどね。
 

川越車両センターハエ71編成

 投稿者:原口 悟  投稿日:2019年 6月 6日(木)23時46分13秒
返信・引用 編集済
  皆さんこんばんは
クモハ73503さん、お久しぶりです

 E231系3000番台の情報をありがとうございます。ハエ45,46編成のほうが先行落成したのは予想外でした。
 ハエ71編成は昨年9月1日の青梅鉄道公園訪問時の帰りで出会っており、車内の銘板を撮影していたので写真を紹介したいと思います(写真上、中央)。写真下は拝島駅に入るハエ71編成です(同じく2018年9月1日撮影)。
 

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