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DT13台車のブレーキワーク

 投稿者:原口 悟  投稿日:2019年11月 4日(月)00時42分7秒
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  写真上は、台車の横にある解説板にある「ブレーキの説明」ですが、車体中央にあるブレーキシリンダーからブレーキを引っ張るところが、電動車の場合はモーターをかわすためにブレーキワークが台車枠の上に回っています。さらに、DT13台車の場合、軸ばねが上に出っ張っている(通称「たこ坊主」)ため、この部分をかわすために金具も特別のものが使われています(写真中央)。これに対して、付随台車は、モーターが無いのでブレーキワークはシンプルで、ブレーキワークが台車の中に納まっています。写真下は最近閉業した野辺山SLランドのTR34台車(元は野辺山SLホテルに使われていたオロ80形(元オハ35形)由来と思いわれるもの)のブレーキワーク部分です。  
 

DT12台車とDT13台車の軸箱回り

 投稿者:原口 悟  投稿日:2019年11月 4日(月)00時33分8秒
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  写真上は、軸箱回りの拡大写真です。DT13台車は、コロ軸受に合わせて、DT12台車を改設計したものですが、見かけ上どう変化したのか、何度か話題になったことがあります。比較のため、青梅鉄道公園のクモハ40054のDT12台車の軸箱回りの写真を紹介します(写真下)DT13では上梁の軸ばねのところに軸箱の「逃げ」があるのが特徴ですが、この「逃げ」の形態が流電用のDT12Aとは異なっていることが以前に紹介されています。また、以前にも紹介がありましたが、DT13のコロ軸受は従来の平軸受けよりも大ぶりでDT12と比べると意外と違いが多いです。関連して、オユ36形や70系戦災復旧客車での使用がある「TR23B」台車の写真を見たことがあるのですが、軸ばね部分に逃げがあるDT13(客車用台車としてはTR34)と同じ構造なのですが、軸箱支持部分にスペーサーを挟み込ん平軸受を組み込んでおり、平軸受よりもコロ軸受の方が大きいことを示しています。  

私鉄向け63形のモーターについて

 投稿者:原口 悟  投稿日:2019年11月 4日(月)00時15分42秒
返信・引用 編集済
  私鉄向け63形が装備したモーターは、時期的にはMT30と考えられていますが、「MT40」と記載されている資料も多いことがこの場でも何度か話題になっています。この問題について、せんげん台の台車に手掛かりとなりそうな情報が見つかりました。

 写真上は、ブレーキシリンダーにつながる側の反対側のモーターですが、上に2枚のプレートが貼られています。写真中央は右側のプレート、下は左側のプレートですが、右のプレートを見ると、モーターの「形式」のところが、「MT30-C」の「3」の上に「4」が上書き刻印されています。一方、下のプレートはモーターの形式が「MT40-C」と刻印されています。記載年月(モーターに改造を加えた年月)は右は昭和46年11月、左は昭和48年7月で、右のプレートが先行しています。この情報を解釈すると、モーターは「MT30-C」だが、東武鉄道では電気機関車にMT40を使用しており、MT40と同等の製品ということで、単純に「MT40」と読み替えたのではないかと考えられます。
 なお、左のプレートでモーター性能に混乱があり、端子電圧が「750V」なのに出力が「128KW(本来は端子電圧675Vでの出力)」と刻印されています
 

せんげん台のDT13台車

 投稿者:原口 悟  投稿日:2019年11月 3日(日)23時59分8秒
返信・引用
  皆さんこんばんは

せんげん台のDT13台車の観察
 10月26日(土)に、鉄道の実験線がある東京大学柏キャンパスの一般公開イベントを見に行ったのですが、この帰りに春日部から横に入って、スカイツリーラインせんげん台駅近くの「越谷市立児童館コスモス」にある「DT13台車」を観察してきました。この台車は元は東武鉄道7300形のものです(写真上)。

宇部石炭博物館の古レール坑木について
すぎたまさん
 宇部石炭博物館の訪問は台風17号襲来が迫っていたこともあって、かなりの強行軍だったこともあり、古レールの刻印までは意識が回りませんでした。レールは「太い」とは感じず、先の北海道の三笠鉄道記念館と手宮の小樽市総合博物館で展示されていた刻印のあるレールと同程度か細めで、往年の標準のレールである「30kgレール」かもしれません。
 炭鉱関係の博物館は、昨年の北海道で三笠市立博物館(2018年9月8日訪問)と、北海道博物館(9月11日訪問)に行ってるのですが、その中から、坑道を表現した展示として、三笠市立博物館からマインロコ(写真中央)、北海道博物館から採掘現場(写真下)をピックアップしました。どちらも「坑木」は丸太で、チサ100形等の長物車で運び込まれた「2間材」が表現されています。下の写真の左側に写真展示があり、「採掘現場と地上を往復する人車」が紹介されていますが、この人車が走る坑道はコンクリート巻のようです。コンクリート巻の坑道は宇部炭鉱博物館でも再現されていました。
 

Re: 宇部炭鉱の坑道:宇部石炭博物館

 投稿者:すぎたま  投稿日:2019年11月 3日(日)15時51分33秒
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  > No.2816[元記事へ]

原口 悟さんへのお返事です。

> 写真上は古レールを用いた排気坑道です。「古レールで構築した坑道」については、RP誌の1964年の号の「鉄道の話題」だったか、「古レールの払い下げ先」のニュースがあったのを見て注目していました。ニュースでは古レールの払い下げとして、「炭鉱の坑木」としての炭鉱が主なユーザーだったのが、炭鉱の相次ぐ閉山によって坑木としての需要が減少したため、新たな販路を開拓する必要に迫られている、というものでした。

原口さんこんにちは。
古レールに刻印はありましたか?。どんな古レールを用いているのか、興味がありますね。太さは細いのかなど。
トンネルにも古レールセントルを施しているケースがありますが、さすがに現用トンネルの場合は、調査が出来ませんね。
最近古レールの調査してないなー、と(笑)。

失礼いたします。

http://princesscomet.net/

 

宇部炭鉱の坑道:宇部石炭博物館

 投稿者:原口 悟  投稿日:2019年10月20日(日)22時21分50秒
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  D51形18号機が保存されていた、石炭博物館には、宇部炭鉱に関する展示があるのですが、その中に「坑道、採掘現場の再現ジオラマ」があります。
写真上は古レールを用いた排気坑道です。「古レールで構築した坑道」については、RP誌の1964年の号の「鉄道の話題」だったか、「古レールの払い下げ先」のニュースがあったのを見て注目していました。ニュースでは古レールの払い下げとして、「炭鉱の坑木」としての炭鉱が主なユーザーだったのが、炭鉱の相次ぐ閉山によって坑木としての需要が減少したため、新たな販路を開拓する必要に迫られている、というものでした。
写真中央は丸太を用いた坑道ですが、「坑道用の丸太」も鉄道輸送貨物として重要なものでした。RM Liraryの三軸貨車の号で、3軸の長物車の「チサ100形」が、坑木として使用される「2間材」の輸送の適当なサイズで、昭和50年まで使われたことが記述されていました。
写真下は屋外展示の、宇部炭鉱で使われていた「マインロコ」と「ナベトロ」です。マインロコの横に社紋が付いているのが見えますが、「宇部興産」の社紋でした。宇部興産は、元々は個人経営の炭鉱への採掘機器の貸し出しをする会社として始まったとのことです。
 

キハ58形シミュレーター:山口県立博物館

 投稿者:原口 悟  投稿日:2019年10月20日(日)22時00分22秒
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  皆さんこんばんは

さかのぼって、先月の山口出張から鉄道関係の情報を紹介します。

D60形1号機が保存されていた「山口県立博物館」に、「キハ58形」のシミュレーターがあります。
山口県立博物館の展示はジャンルが広く、地質から山口県の自然などの自然科学系、宇部、美祢炭田や石灰石などの鉱業の他、工業技術系の展示もあります。その中にキハ58系のシミュレーターがありました。運転台部分を切り取ったものと思われ、室内も運転台の機器と運転台の内装のかなりの部分が現車の流用です。シミュレーターに用いられている路線映像は地元の山口線で、新山口から山口を通って、だいぶ先まで映像があります。
 

鉄道線を廃止した会社のバス

 投稿者:原口 悟  投稿日:2019年10月14日(月)01時24分20秒
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  宇都宮駅には、「東野交通」のバスが入ってきます(写真上)。元は「東野鉄道」の称号で、鉄道線も持っていた会社ですが、厳密には、東野交通は関東自動車と合併して、商号は「関東自動車」の方を継承しており、商号としては消滅しています。写真の車も「TOYA」のロゴはありますが、「関東自動車」の社名が記載されています。

9月に訪問した山口県にも、鉄道線廃止後も鉄道時代の称号を継承している会社があります。
写真中央は9月21日に厚狭駅で撮影した「船木鉄道」のバスです。船木鉄道は西宇部駅(現在の宇部駅)からの鉄道線があったのですが、1961年に廃止になっており、それいこうも「船木鉄道」の称号のままでバス会社になっています。
写真下は9月25日に防府駅で撮影した「防石鉄道」のバスです。防石鉄道は1964年まで防府駅からの鉄道線を経営していましたが、鉄道廃止後も商号はそのままでバス会社になっていました。こちらは1992年にバス会社の「防長交通」に合併されて、商号としては無くなっているのですが、2015年に会社創立80周年を記念してリバイバルカラーバスをデビューさせ、その一環として復刻された「防石鉄道カラー」を目撃したものです。
 

碍子の屋号:205系600番台(その2)

 投稿者:原口 悟  投稿日:2019年10月14日(月)01時05分45秒
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  写真は、イベント会場ではなく、宇都宮駅構内の電留線のモハ205-610(写真上)と、モハ205-611(写真中央)の抵抗器です。モハ205-611は、埼京線の205系が由来の編成で、それより前の編成(京葉線由来)とは由来が違うのですが、両車に関しては碍子の屋号の組み合わせが同じで、大抵抗器は「山に五」、小抵抗器は稲妻のマークです。

写真下は、休憩車として公開されていたY5編成の、機関車(EF81 133, EF65 1103)と並んでいた先頭車(クハ204-605)で、定期運用では入線しない「古河」の方向幕を出しています。
 

碍子の屋号:205系600番台

 投稿者:原口 悟  投稿日:2019年10月14日(月)00時50分12秒
返信・引用 編集済
  皆さんこんばんは

先週の土曜(10月5日)は、宇都宮運転所の公開イベントがありました。いろいろな展示があったのですが、また「碍子」に注目したので、報告したいと思います。

写真は、休憩所として開放されていた小山車両センター205系Y605編成モハ205-605の碍子で、上は抵抗器、中、下は反対サイドの断流器のものです。
抵抗器は、205系の場合、第4、小1の組み合わせです。写真は、左は大抵抗器、中央、右が小抵抗器ですが、大抵抗器と中抵抗器で碍子の屋号が違い、大抵抗器の方が「山に五」で、小抵抗器の方が「オメガマーク」です。断流器の方は、また屋号が異なり、写真中央は、上は「山に五」、下は「山エツ」で、写真下は、上下とも棕櫚の葉の家紋のようなグラフィックです。モハ205-605にはいろいろなメーカーの碍子が集まっていることになります。

 

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