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岡山運転所に配属されたサハ78形、首都圏72系のアコモB~E更新について

 投稿者:原口 悟  投稿日:2020年 7月24日(金)15時31分36秒
返信・引用 編集済
  クモハ73503さん、皆さんこんばんは

 岡山運転区への電車の配属ですが、1960年10月1日の山陽本線岡山電化で岡山地区及び宇野線のローカル列車が電車化されたのが始まりで、サハ78017はこの時に転入したことがわかりました。この時に転入した車が岡山ローカルの電車運転の始まりになるのですが、最初は色々なところから車がかき集められたようで、他にサハ17形も入ってきていて、2,3,4扉、ロング、クロスシート混成のローカル列車が走っていたようです。「写真とイラストで綴る国鉄72・73系電車の履歴によると、サハ78017の他、オリジナルのサハ78形が大挙岡山に移動していたようで、78211, 213, 214, 230, 231, 232, 233, 234, 235, 236の10両が1962年から63年にかけて岡山に所属していたことになっています。これらの車は明石電車区との間でしばしば出入りしていたようで、最終的には模型でも製作したサハ58形と交代する形で明石電車区に移動(一部のサハ58形とサハ48018, 027は大船から岡山へ直接移動)し、さらに鳳電車区に移動しています。同時期にサハ48040, 041も伊東線から岡山へ移動しています。このため、結果的に10両いたサハ78形オリジナル車が、サハ58形6両、サハ48型4両と交代した格好になります。
 岡山運転区と明石電車区との間の車両のやり取りはその後も起こっていて、クモハ51208が昭和40年代後半に明石電車区に貸し出されて京阪神緩行線で走っている写真がこの場で紹介されたことがあります。

首都圏72系のアコモB~E更新について
 首都圏の72系に行われたアコモ改良工事ですが、A更新は、アルミサッシ化等で劇的に変化したこともあって、記述は多いのですが、B更新以降について情報が乏しいことが気になりました。「B更新」については、仙石線、呉線の1:2アルミサッシ工事と、首都圏の工事の間で記述に混乱が起こっており、わかりにくくなっているところがありますが、首都圏のアコモ工事は、「首都圏の72系」によると、カーテン化、手すりのステンレス化、室内塗りつぶしが行われたことになっています。実は、この「首都圏のアコモB工事が行われた車の“車内”」の写真の掲載が非常に珍しく、「写真とイラストで綴る国鉄72・73系電車」P31にサハ78151の写真が掲載されているのが確認できた限りでは唯一で、「3段窓」と「カーテンレール」の組み合わせが確認できます。
 アコモC更新になると記述がさらに乏しく、「首都圏の72系」では車内塗りつぶしだけが行われていることになっています。また、D, E更新というものが存在し、「模様付きフィルムによるデコラ仕上げ」とRP00-5号に記述がありますが、「首都圏の72系」には記述がありません。これらC~E更新も車内の写真の掲載が無く、実際にはどのような工事だったのか、謎なものになっています。
 
 

岡山ローカルのサハ78

 投稿者:クモハ73503  投稿日:2020年 7月24日(金)11時09分5秒
返信・引用 編集済
  皆さんこんにちは。

このところ73系の話題で盛り上がり大変楽しく過ごさせて頂いております。

原口さん

72626の詳しい情報ありがとうございます。この車には大変興味が湧いてしまい乗車できなかった事が残念に思っていたところです。

ところで原口さんが岡山ローカルの話題に触れられておられますが、この宇野線を始めとした岡山ローカルに戦前製の扉増設のサハ78017が在籍していた経緯があり写真でも紹介されておりますが

その後松戸へ移り常磐線の73系引退時まで他の73系と合流して活躍後廃車になっておりますね。

岡山の以前は京阪神緩行用でしたが何故岡山に4扉車がポツンとやって来たのか不思議です。

3段窓の本来の73系ではなく戦前製の78017を持って来たのは他の岡山へやって来たクモハ51やサハ48、58等戦前製の車両に合わそうとしたところ

2扉、3扉のセミクロスシート車が足りなくて代わりにこの78017が選ばれたのでしょうか。

一見岡山と73系とは縁の無さそうに思っていたところですがこの78017の存在はどうしてなのだろうと疑問に思っていたところです。


 

岡山ローカルサハ48018、サハ58020の製作

 投稿者:原口 悟  投稿日:2020年 7月24日(金)00時52分5秒
返信・引用 編集済
  皆さんこんばんは

箸休めの話題として、岡山ローカルのサハ48018とサハ58020を製作したので紹介したいと思います。

 岡山ローカルは、以前にクモハ51208や、サハ58000等、4両編成2本分+クモハユニ64000を製作したことを紹介しましたが、4両編成を1本追加しようと思い、製作を行っており、まず中間のサハ2両を完成させました。
 写真上がサハ48018です。横須賀形のサハ48は、多くが改造されており、サハ48として残ったのは48018, 021, 024, 027の4両で、このうち、リベットの多い前期型で残ったのは48018の1両だけでした。このため、「サハ48」として発売された製品は、飯田線で走ってたサハ48021, 024をベースとしたものが主で、「前期型のサハ48」は穴になっていたものです。このため、サハ48018の製作には、鉄道コレクションの飯田線2両セット、身延線2両セットで製品化されているクハ47050台を2両使い、片方の車の前位ドアを切り継ぎ線として、もう1両の連結面側を接合しました。
 写真中央はサハ58020です。以前にサハ58011を製作していますが、今回は、同じ構成でWCの無い車を作りました。製作方法は、前回と同じ、鉄道コレクションの広窓流電2両分で、中間に挟み込んだ増設扉部分の車体は、以前にサハ58000を作った時に発生したクモハ52001,002の前位扉部分を使いました。なお、サハ58020の車号標記は、「国鉄電車ガイドブック」上巻の昭和46年2月の写真に基づいて、中央扉に対して点対称に、左側に書き込まれていた状態に基づいて記入していますが、昭和50年ごろには両側面とも戸袋窓下に記入するように変化しています。
 なお、サハ48、サハ58形は、「前位」に注意が必要で、サハ48形の場合は、WCの付いている方が前位になっている車が存在しており、サハ48018もWC側が前位になっています。サハ58形の場合は、WCのある58010,011が、WCの側が前位になっていて、増設扉が「前に開く」ようになっています。両車とも「奇数向き」であることは変わらないので、サハ58010,011と、58020,021を連結すると、中央扉が反対方向に開くことになります(写真下)。形式図では、サハ48形、サハ58010, 011ともにWCが右側に描かれているので、現車の「方向」が反映されていないことになります。
 

モハ72626と路線図について

 投稿者:原口 悟  投稿日:2020年 7月19日(日)10時39分15秒
返信・引用 編集済
  クモハ73503さん、皆さんおはようございます
Kさん、初めまして

モハ72626と「アコモ改良供試」について
 モハ72626の工事の内容は、「首都圏の72系」によると

窓関係:二段窓改造、カーテン改造
内装:薄茶4号、エナメル塗り
外装:朱色1号
つかみ棒:吊り革棒、網棚前棒ステンレス化

とあります。ご紹介の写真では「カーテン」関係で、「カーテンレール」と「戸袋内窓へのカーテンの引っかけの取り付け」に注目しました。カーテンレールの「引っ掛けの位置」など、カーテンに関する工事の内容がわかるもので、「アルミサッシ」と「3段窓の戸袋内窓へのカーテンの引っかけの取り付け」の同居は、非常に珍しい組み合わせで、逆に、この写真が「モハ72626である」証拠にもなるものだと思います。
 また、「アコモ改造供試車」の車内の写真がアーカイブスセレクション37「63・73形電車の時代(RP72-12号)P132に掲載されており、「アルミサッシと3段窓の戸袋内窓」がわかるのですが、こちらはアルミサッシの内側に「鎧戸」のレールがわかります。このため、こちらの写真はモハ72678とモハ72690のどちらかで、内装が72678の方は「化粧版張り(木目)」、72690の方は「古いエナメルを剥離して透明エナメルを塗る(木目)」と記述されているのですが、どちらなのかは判断できませんでした。この写真と、kさんご紹介の写真を見ると、アコモ改良工事を始めるに当たって、工場で「アコモ改良をどう考えていたか」伺えるのではないかと思います。また、本工事では部品は「量産品」になったと考えられ、モハ72626では「試作品」または「ほかの車の標準品を手直しした流用品」が使われたのではないかと考えられ、写真を観察するとこの手の部品が他にも見つかるのではないか、と思われます。

 また、ロングシートの「肘掛け」の部品が代替わりしていることに気づきました。モハ72626では、それ以前の車から続く「L字型の部品」ですが、モハ72678または690と考えられる車では「U字型の部品に変わっています。この部品は、RP00-5号P61のクモハ72627(元モハ72712)でも確認できます。モハ72626は昭和30年形、モハ72678, 690, 712は昭和31年形なので、外見での大きな変化(屋根の曲率変更と鋼板屋根化、クハ79の前照灯埋め込み)の他、室内の方も大きな変化が起こっていたことになります。

路線図について
 首都圏の大きい地図が武蔵野線開業の頃らしいとのこと、戸袋窓の路線図が3段窓車にも貼られていたとの情報ありがとうございます。
 モハ72941に「首都圏の路線図」が残っていたとのことで、類似の例として、私としては1990年頃の、新潟地区と長野地区の急行型電車の置き換えのため、首都圏から転出した115系に「天井の首都圏の路線図」が残っていたのが印象に残っています。他、「転属前の路線図」を持ち込んでいるのをいくつか見たことがあります。また、ちょっと違う例ですが、首都圏の115系で「訓練車」として営業から外れていた小山電車区Y306編成(クハ115-309-モハ115-306-モハ114-306-クハ115-310)が、115系営業運転の末期に一時的に営業運転に復帰したことがあり、路線図が営業運転に入っていた頃の「ひと昔前のもの」のままだったのを見ています。
 

ありがとうございます

 投稿者:クモハ73503  投稿日:2020年 7月19日(日)00時40分13秒
返信・引用 編集済
  皆さんこんばんは。

皆さんからの72663をはじめとした72系の詳細な情報や写真をありがたく拝見させていただいております。

やはり関西では例えアルミサッシにしてもニス塗りにこだわっていたのでしょうか。

原口さん

3段窓車にも戸袋部分に単独の路線図の透明のステッカーが貼られておりました。

鶴見線にはこの路線図はありませんでしたが、その他の路線ではしっかりベターっと貼られていたので窓の桟の部分だけ盛り上がっていました。

転属さえしなければ問題は無いのですが、他の路線へ転属する際には剥がして新しい路線図を貼らなければならないので

路線図のステッカーと共に淡緑色のペンキが剥がれてしまい下のニス塗りが顔を出してたなんて事もあり得たのではないでしょうか。

品川留置の車両は幸いにも久里浜で冠水に遭った車両と異なり他線へ転属できた車両なんですね。

73013は富山港線へ転属してしまいましたがもう1両の幡生工場改造の73277は横浜線に残ってくれたのでありがたかったです。

尚、天井の大きな路線図ですが武蔵野線開業の頃ではないでしょうか。

横浜線から御殿場線へ昭和49年に転属した72941に晩年までこの路線図が貼られておりましたがまだ武蔵野線が新松戸までの物でした。

工場の現場サイドの話ですとこれを剥がすのは粘着力の関係や天井塗装が剥がれる影響などで大変だったそうで

当時首都圏から関西へ103系ATC準備車投入による初期車の続々の転属で関西地区の電車区や吹田工場では苦労したと聞いております。


Kさん

はじめまして。

貴重な72626の車内の写真をありがとうございます。

1967年に行われたアルミサッシ改造とアコモA工事の量産車(本施工車と言った方が良いのでしょうか)の中間的な仕様になっておりますね。

ただアルミサッシ部分も微妙にアコモA工事の本施工車とは異なっているようにも見受けられます。

それにしてもワリトー、リットーの扇風機のカバーをかける時は恐らく個々の扇風機を手で羽根を動かして車内中心方向に向かせてからカバーをかけるのは

広告主の東京銀行の配慮なのかただ乗客から見えやすいようにする為なのかわかりませんがこだわりを感じます。

一旦扇風機を回すと各扇風機毎に回転スピードが微妙に異なる為にお互いにメチャクチャな方向に向いてしまいますよね。

 

72626の車内

 投稿者:K  投稿日:2020年 7月18日(土)23時27分54秒
返信・引用
  72626の車内写真が見つかりましたので、アップします。  

Re: 芝生さんのモハ72577の写真に写っている、手前のクハ79形の車内の色について

 投稿者:K  投稿日:2020年 7月18日(土)21時30分22秒
返信・引用
  > No.2952[元記事へ]

初めて投稿します。(やり方わからず、1回だしてしまい失礼しました)
72626はアコモ改善当時はクリーム色、のちに他車にあわせたのか淡緑色に変更されました。
そのほか、72・73で現車を見た記憶が色々あるので、後日また投稿します。


原口 悟さんへのお返事です。

> また、「アコモデーション改良供試車」で話題に出た、モハ72626の写真で、戸袋内窓の色がわかり、淡緑色ではなく、クリーム色系の色で、これが「内装を薄茶色4号に塗装」したことを示すものではないか、と思いました。
>
 

Re: 芝生さんのモハ72577の写真に写っている、手前のクハ79形の車内の色について

 投稿者:K  投稿日:2020年 7月18日(土)21時25分39秒
返信・引用
  > No.2952[元記事へ]

原口 悟さんへのお返事です。

> 白い陽さん、34036さん、クモハ73503さん、皆さんこんばんは
>
> モハ72500台のアコモ改良に関連して、「車内の色」がテーマになっているので、「車内の色」の手掛かりがないか、芝生さんの写真を見直してみました。その中で気づいたことを報告したいと思います。
>
> 3段窓で残っている車は、基本的に戸袋窓のうち窓が3段窓で残っており、この窓は元々はクリーム色だと思うのですが、淡緑色に見える車がいました。この中では、鶴見線のモハ72577が、手前のクハ79形が、車内を明らかに淡緑色に塗りつぶしており、戸袋のうち窓も同じ色のように感じました。なお、手前のクハ79形ですが、1974年10月21日に浅野駅で撮影された写真で、同じ日に同じ場所で撮影された写真は「クハ79156」でした。クハ79156の写真の方では、運転室も淡緑色で、戸袋の3段窓の背後に見える内窓も淡緑色のように見えます。しかし、アコモ改良工事の一覧(「首都圏の72系、RP00-5号、「写真とイラストで綴る国鉄72・73系電車」)を見ると、B工事にも、C工事にもクハ79156は入っていません。アコモ改良以外で、室内を緑色に塗られたのは、常磐線で10連運転に関連して工事された車がいたと思いましたが、クハ79156は、常磐線には縁の無い車(池袋―津田沼―浦和―東神奈川と移動)でした。このため、アコモB, C更新工事の一覧にも、脱落があり、クハ79156は、脱落した車の1両かもしれない、と考えました。なお、モハ72577も、常磐線には縁の無い車(こちらは東神奈川に長く在籍)です。
>
> また、「アコモデーション改良供試車」で話題に出た、モハ72626の写真で、戸袋内窓の色がわかり、淡緑色ではなく、クリーム色系の色で、これが「内装を薄茶色4号に塗装」したことを示すものではないか、と思いました。
>
> また、片町線のモハ72形の戸袋内窓が淡緑色のように感じるものがあり(特に72643, 650)、これがもしかしたら阪和線旧型に施行された「アコモ改造」に関連するものかもしれません。阪和線の方では、72559, 565, 566, 567の写真がありますが、クリーム色よりは緑色がかっている車がいるように感じます。
>
> クモハ73形全金更新車のパンタ鉤外しリンクについて
>  クモハ73117が、京阪神緩行線時代にパンタ鉤外しリンクが前面に降りていなかったとのことで、他のクモハ73形はどうだったか見てみました。京阪神緩行線に縁の深い、吹田工場の更新車を芝生さんの写真で見てみたのですが、引き回しは
>
> 前面:73024 (63.6.5), 028 (62.10.5 or 63.10.4), 033 (64.3.31), 035 (62.11.19 or 62.11.30), 043 (62.9.14 or 62.9.12), 049 (63.4.20), 170 (63.7.16)
> 室内:73030 (63.3.30), 037 (63.3.8 or 63.3.1), 088 (63.3.26), 359 (63.1.31 or 63.2.1)
>
> となりました。()内の数字は改造年月日で、「or」で並べているのは、前は「写真とイラストで綴る国鉄72・73系電車」、後ろは「首都圏の72系」のデータです。クモハ73028が「1年違っている」のが気味悪いですが、1963年の1月から3月の四半期に工事された車が、リンクが室内引き込みになっているようです。一方で、これらの車とほぼ並行して工事されていたと思われるクモハ73049が、リンクが外に出ているのも奇妙です。
>  なお、吹田工場のクモハ73形全金更新車は、73049以外全て御殿場線に転属しており、観察したのは全て御殿場線時代なのですが、前面に降りているものは全て紐(あるいはビニール被覆のワイヤー)です。これに対して唯一京阪神緩行線に残ったクモハ73049は、前面に降りているのは「クランクしているロッド」です。京阪神緩行線時代の写真は、他にクモハ73043のものが「ガイドブック最盛期の国鉄車両」に掲載(2巻P37)されており、クモハ73049と形は違いますが、「ロッド」だったのが、御殿場線では「紐」に変わっています。このため、前面にリンクが降りている車の、「吹田工場工事時の原型」は、「ロッド」で、御殿場線に転属してから「紐」に交換された(時期的に、浜松工場か、大船工場のどちらの工事かは不明)と考えられます。
>
>  また、「ガイドブック最盛期の国鉄車両」の同じページにクモハ73195の横浜線時代の写真が掲載されており、リンクは前面に紐で降りています。このため、クモハ73195については、リンクの室内引き込みは富山港線に転属してからと考えられます。クモハ73013は、芝生さんが品川駅構内の留置線に疎開しているときに撮影しており、前面に紐が降りているように見えます。このため、富山港線転入前にリンクが室内引き込みだったのは、クモハ73117だけと見て良いと思います。
>
> クモハ73503さん
>  少し前に「品川駅に疎開する73形」ご覧になったとの話を伺いましたが、ちょうどその頃に芝生さんも訪問していて、写真を撮影されています。そのうちの1枚が、上に紹介したクモハ73013です。芝生さんがこの写真を掲載して下さったのは、当時「サハ78形500番台の中で、パンタ台がどの車に残っていたか」がこの場で話題になっており、そこで、サハ78503の情報を、品川駅の留置車の中から引き出して下さったものです。
 

路線図について

 投稿者:原口 悟  投稿日:2020年 7月18日(土)11時34分12秒
返信・引用
  皆さんおはようございます

34036さんのモハ72042の写真で、手前のモハ72663の車内の「広告枠」に大阪近郊区間の「路線図」が入っているのに気が付きました。
 「路線図」は、首都圏では、天井に大きな地図を貼っているのが馴染みですが、この形態は首都圏だけのようで、地方出張で目にした路線図は、車内のドアの上か、妻の広告枠に掲示されています。どちらかというと、ドアの上の路線図は、「その車両が走っている路線の図」、妻の路線図は「広域の路線図」の傾向がありますが、ドアの上の路線図に広域路線図を掲示する例も多いです。写真は、最近の出張で観察した上から熊本地区(2017年、815系)、札幌近郊(2018年、721系)、山陽地区(2019年、115系)の路線図です。
 妻の路線図は、客車が馴染みで、「SLやまぐち号」のオハ35系客車掲示の昭和戦前の復刻のものを以前紹介しましたが、「SLみなかみ号」の12系客車にも東日本全域のものが掲示されています。電車では、JR東海で、JR東海管内の路線図を掲示しています。
 写真を見ると、大阪環状線と京阪神緩行線、阪和線、片町線が確認できますが、関西本線が、ちょうど窓枠の後ろに隠れています。図示されているのはいわゆる「国電区間」だけのようで、片町線は、長尾より先は省略されているようです。また、電化が昭和50年代後半になった福知山線と奈良線も表示は簡略化されているようです。
 ところで、現在は「天井に大きなものを貼っている」首都圏の路線図はいつが始まりでしょうか。高崎線では、「東京近郊区間」として、高崎線は熊谷までの範囲を示した図が、少なくとも昭和50年代後半には貼られていたのを覚えています。
 旧形国電時代の路線図は、クモハ73013の戸袋窓に横浜線単独の路線図が貼られていたのが「特発予備」の1974年9月の富山港線の写真で確認できました。寸法は、戸袋窓の上下いっぱいなので、アコモA更新車は大丈夫でしょうが、3段窓で残っていた車はどうしていたのしょうか。
 

芝生さんのモハ72577の写真に写っている、手前のクハ79形の車内の色について

 投稿者:原口 悟  投稿日:2020年 7月17日(金)01時32分1秒
返信・引用 編集済
  白い陽さん、34036さん、クモハ73503さん、皆さんこんばんは

モハ72500台のアコモ改良に関連して、「車内の色」がテーマになっているので、「車内の色」の手掛かりがないか、芝生さんの写真を見直してみました。その中で気づいたことを報告したいと思います。

3段窓で残っている車は、基本的に戸袋窓のうち窓が3段窓で残っており、この窓は元々はクリーム色だと思うのですが、淡緑色に見える車がいました。この中では、鶴見線のモハ72577が、手前のクハ79形が、車内を明らかに淡緑色に塗りつぶしており、戸袋のうち窓も同じ色のように感じました。なお、手前のクハ79形ですが、1974年10月21日に浅野駅で撮影された写真で、同じ日に同じ場所で撮影された写真は「クハ79156」でした。クハ79156の写真の方では、運転室も淡緑色で、戸袋の3段窓の背後に見える内窓も淡緑色のように見えます。しかし、アコモ改良工事の一覧(「首都圏の72系、RP00-5号、「写真とイラストで綴る国鉄72・73系電車」)を見ると、B工事にも、C工事にもクハ79156は入っていません。アコモ改良以外で、室内を緑色に塗られたのは、常磐線で10連運転に関連して工事された車がいたと思いましたが、クハ79156は、常磐線には縁の無い車(池袋―津田沼―浦和―東神奈川と移動)でした。このため、アコモB, C更新工事の一覧にも、脱落があり、クハ79156は、脱落した車の1両かもしれない、と考えました。なお、モハ72577も、常磐線には縁の無い車(こちらは東神奈川に長く在籍)です。

また、「アコモデーション改良供試車」で話題に出た、モハ72626の写真で、戸袋内窓の色がわかり、淡緑色ではなく、クリーム色系の色で、これが「内装を薄茶色4号に塗装」したことを示すものではないか、と思いました。

また、片町線のモハ72形の戸袋内窓が淡緑色のように感じるものがあり(特に72643, 650)、これがもしかしたら阪和線旧型に施行された「アコモ改造」に関連するものかもしれません。阪和線の方では、72559, 565, 566, 567の写真がありますが、クリーム色よりは緑色がかっている車がいるように感じます。

クモハ73形全金更新車のパンタ鉤外しリンクについて
 クモハ73117が、京阪神緩行線時代にパンタ鉤外しリンクが前面に降りていなかったとのことで、他のクモハ73形はどうだったか見てみました。京阪神緩行線に縁の深い、吹田工場の更新車を芝生さんの写真で見てみたのですが、引き回しは

前面:73024 (63.6.5), 028 (62.10.5 or 63.10.4), 033 (64.3.31), 035 (62.11.19 or 62.11.30), 043 (62.9.14 or 62.9.12), 049 (63.4.20), 170 (63.7.16)
室内:73030 (63.3.30), 037 (63.3.8 or 63.3.1), 088 (63.3.26), 359 (63.1.31 or 63.2.1)

となりました。()内の数字は改造年月日で、「or」で並べているのは、前は「写真とイラストで綴る国鉄72・73系電車」、後ろは「首都圏の72系」のデータです。クモハ73028が「1年違っている」のが気味悪いですが、1963年の1月から3月の四半期に工事された車が、リンクが室内引き込みになっているようです。一方で、これらの車とほぼ並行して工事されていたと思われるクモハ73049が、リンクが外に出ているのも奇妙です。
 なお、吹田工場のクモハ73形全金更新車は、73049以外全て御殿場線に転属しており、観察したのは全て御殿場線時代なのですが、前面に降りているものは全て紐(あるいはビニール被覆のワイヤー)です。これに対して唯一京阪神緩行線に残ったクモハ73049は、前面に降りているのは「クランクしているロッド」です。京阪神緩行線時代の写真は、他にクモハ73043のものが「ガイドブック最盛期の国鉄車両」に掲載(2巻P37)されており、クモハ73049と形は違いますが、「ロッド」だったのが、御殿場線では「紐」に変わっています。このため、前面にリンクが降りている車の、「吹田工場工事時の原型」は、「ロッド」で、御殿場線に転属してから「紐」に交換された(時期的に、浜松工場か、大船工場のどちらの工事かは不明)と考えられます。

 また、「ガイドブック最盛期の国鉄車両」の同じページにクモハ73195の横浜線時代の写真が掲載されており、リンクは前面に紐で降りています。このため、クモハ73195については、リンクの室内引き込みは富山港線に転属してからと考えられます。クモハ73013は、芝生さんが品川駅構内の留置線に疎開しているときに撮影しており、前面に紐が降りているように見えます。このため、富山港線転入前にリンクが室内引き込みだったのは、クモハ73117だけと見て良いと思います。

クモハ73503さん
 少し前に「品川駅に疎開する73形」ご覧になったとの話を伺いましたが、ちょうどその頃に芝生さんも訪問していて、写真を撮影されています。そのうちの1枚が、上に紹介したクモハ73013です。芝生さんがこの写真を掲載して下さったのは、当時「サハ78形500番台の中で、パンタ台がどの車に残っていたか」がこの場で話題になっており、そこで、サハ78503の情報を、品川駅の留置車の中から引き出して下さったものです。
 

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