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車体更新工事の変遷

 投稿者:原口 悟  投稿日:2020年11月29日(日)01時31分10秒
返信・引用 編集済
  皆さんこんばんは

先に62系アコモ改造車の背景について話題になりましたが、関連して、「車体更新」の変遷を考えてみました。

 車体更新は、鉄道省~国鉄では昭和10年から始まった木造省電の鋼体化から始まりましたが、同時期に、木造車を抱えていた大手私鉄でも鋼体化が始まっています。これについて、RP00-4増刊「釣掛電車の響き」P116~「昭和40年代の中部地方の電車」で紹介されています。その中で、「HL車」の更新について


木造車の鋼体化と言えば、昭和初期の国電50系をはじめとする東武、近鉄、南海の例に続き、昭和20年代は国鉄60系客車の大群が想起される。この民鉄版としては名鉄3700系、近鉄5800系、西鉄20系などがあり、明治、大正期に創業した大手私鉄が等しく経てきた道である。一方で、小田急など自社発注の木造車を持たない民鉄では、こうした経過は無く、この関連でも大手私鉄車両史を見直してみる価値もありそうだ(P118)


とあります。
 これを踏まえて、時代ごとの車体更新工事の類型を次のようにまとめて見ました。

昭和10年代:自社の大正期の電車運転開始時の車を種車とした、鋼体化
昭和20年代:自社および合併私鉄の木造車時代末期の車を種車とした、鋼材、部品を流用あるいは実質的に名義だけを使った、「大型車体への標準化」を伴う鋼体化
昭和30年代:自社及び合併私鉄の昭和初年代の初期の鋼製車を使った、「大型車体への標準化」を伴う新造車体への交換
昭和40年代:昭和20年代初頭の物資不足期の粗製車体の補強を兼ねた、新製車体への交換
昭和50年代:昭和30年代の旧性能車末期から、初期新性能車の車の補強を兼ねた新製車体への交換

という感じになると思います。
 昭和10年代の木造車の鋼体化は、南海電鉄の例が、「鉄道史料」22号に掲載されています。当時の南海の車は、WHの50HPモーターを装備した電5形まで、GEの70HPモーターを装備した高野線の車、GEの100HPモーターを装備した電7形に大まかに分けられます。これらのうち、最初に鋼体化の対象になったのは50HPモーターの電1形で、モーターと台車を流用するため、15m級の小型車になりました(モハ121形、昭和6~8年)。その後、昭和10年から末期は南海貴志川線や水間鉄道での活躍が有名な1201形が登場しましたが、車体を18m級としたため、台車とモーターは流用せず、新製(台車はボールドウィンのD形、モーターはGE, 三菱の75kwのもの)になりました。同時期の省と比べると、南海は、古い方の車を使い、主要機器を新製交換したのに対して、省は、新しい方の車両を使い、主要機器をそのまま転用、という際立った違いが認められます。これについては、省は車体寸法と機器が、木造車末期に高度に規格化されたため、機器と台枠をそのまま転用しても鋼製車とほぼ同じ規模、性能の車が出来たことが背景にあると考えられます。
 昭和20年代の鋼体化は、「輸送力増強」という背景もあり、典型的なのは秩父鉄道と富士山麓が上げられると思います。特に秩父鉄道は鋼体化で、15m級の木造車が17m級の鋼製車になっており、同数の車でも輸送力が増加しています。国鉄の60系客車も、20m級への大型化が行われており、大型車への規格化としては考えが似ています。
 昭和30年代以降の車体更新は東武鉄道が典型的で、3000系列の更新車は、いろいろな形式があった昭和戦前の車の大型車体への統一化、7300形の更新は、国鉄の全金更新車と同時期で、構造が弱体な63形由来の車の鋼体の強化、という背景では類似しています。7800形から5000系列への更新は、旧性能車末期の車の新型車体への交換になります。同時期の国鉄では、昭和30年代はスハ32系ダブルルーフ車を種車としたオハネ17形の製造、昭和40年代は73系を種車とした荷物電車の製造、昭和50年代はスハ43系を種車としたスユニ50形の製造が行われており、昭和40年代まで台枠流用が続いていますが、スユニ50形では、もはや台枠は利用せず、純粋に車体を新造して、部品を移植する方式に転換しています。台枠の流用、部品流用が多かったのも、国鉄の車両が高度に規格化されていたことが背景と思われます。
 
 

現代の片隅運転台・「写真で綴る飯田線の旧形国電」増補版

 投稿者:原口 悟  投稿日:2020年11月22日(日)01時44分14秒
返信・引用 編集済
  皆さんこんばんは

現代の片隅運転台について
 片隅運転台に関連して、「現代の片隅運転台」に注目してみました。

 省電で片隅運転台が採用されていた期間は意外と短く、40系の登場した昭和7年から、50系鋼体化車が最初に登場した昭和10年までの4年間に限られます。これ以降は全室運転台になり、昭和50年代末まで続くのですが、JR移行直前に片隅運転台が再び登場します。
 写真上がこの時登場したキハ31形で、2017年9月に熊本に出張した時に当時三角線を走っていた車で撮影しました(キハ31 22:2017年9月21日、熊本駅で撮影)。省電の時とは背景が異なり、ワンマン運転を考慮したレイアウトになったための「片隅運転台」で、キハ31形の場合、助士席側の乗務員扉も廃され、乗降扉を前に寄せて、ワンマン運転時の乗客の出入りに適したレイアウトになっています。
 JRになると、ワンマン運転を前提とした車が増加し、電車でも片隅運転台の車が登場します。写真中央はキハ31 22と同日に撮影したクハ814-3で、片隅運転台に簡易な仕切りを追加したようなレイアウトになっています。熊本地区の815系は、豊肥本線の電化に合わせて作られたもので、ワンマン運転が前提になっており、写真でも上に運賃表示のモニターがぶら下がっています。他に817系も熊本地区の他、鹿児島地区、福北ゆたか線の車を見ているのですが、同様のレイアウトです。
 私鉄の気動車も、ワンマン運転対応で片隅運転台になっている車が主で、写真下はごめん・なはり線の9640-11で、2012年7月26日にのいち駅からごめん駅まで乗車した時に撮影したものです。

「写真で綴る飯田線の旧形国電」増補版の発売
 「写真で綴る飯田線の旧形国電」を以前報告しましたが、先月「増補版」が発売されました。初版と比べると、芝生さんが地元で飯田線を見ていた、昭和30年代までの写真と、電気機関車の写真が大幅に追加されています。注目したのが、「買収車の時代」(P30, 31)で、これまでは、伊那電の社形は、富山港線に転属してから2色塗りになった写真が多く紹介されている(RP83-11号、「私鉄買収国電」等)のですが、サエ9320形以外で、「飯田線にいた頃」の写真を初めて見ました(P31)。また、買収後、早期に事故廃車になった三信デニ202の写真は非常に珍しいものと思われます。
 

クモハ40074の半室運転台

 投稿者:原口 悟  投稿日:2020年11月 8日(日)01時54分41秒
返信・引用 編集済
  皆さんこんばんは
浅川さん、73おやぢさん、半室運転台についての情報ありがとうございます。

鉄道博物館のクモハ40074の半室運転台を、昨年12月21日に観察していたので写真を紹介したいと思います。
 この時の訪問は、昨年のこの場で報告した、ナデ6141のGeneral Electricのコントローラーの観察が主目的だったのですが、ナデ6141からの機器の発達を見るために、クモハ40074も重点観察をしました。写真上が半室運転台の助士席側を室内から見たところ、下が運転台の機器を乗務員扉の窓からのぞきこんだものです。
 半室運転台を気にしたのは、ラッシュ時にどのくらい乗客が入り込んだのか、で、RP64-4号表紙の御茶ノ水駅の情況のような混雑状況と、乗車率が300%を超える状況で、半室運転台の仕切りがどのくらい強度があったのか、不安を感じたことによります。上の写真の乗務員扉右側に73おやぢさんがお話されたドア開閉ボタンが確認できます。
 運転台の方を見ると、浅川さんのお話のように、確かにブレーキハンドルのすぐ横に仕切り及びドアがあり、ハンドルをつかみにくそうです。列車が高密度で運転されている区間で微妙なブレーキ操作が要求されるとなると、確かにブレーキの操作性に不満が出そうで、クモハ31形の返却は、運転士サイドからの要求もあったかもしれない、と思いました。
 

半室運転台について

 投稿者:浅川隆雄  投稿日:2020年11月 6日(金)20時36分24秒
返信・引用
   関東ではクモハ40が廃車になるまで半室(片隅式)運転台でしたが、京急230形などとは異なり、反対側にも乗務員用扉があり、通常はパイプで仕切られていました。たまに子供がこの中まで入り込むことはあっても、身動きとれなくなるくらいに大人が入り込んでいたのを見たことはありません。青梅線ではクモハ40が一番混雑する上り先頭に連結されていましたが、特に目立ったトラブルはなかったと思います。
 半室運転台は運転士からみれば右方向に余裕がなく、ブレーキ操作がしにくいという不満があったようですが、車掌サイドからはさほどの不便だという声はなかったようです。
 

31形に東鉄の水は合わなかった

 投稿者:73おやぢ  投稿日:2020年11月 5日(木)18時04分30秒
返信・引用
  皆さん、こんばんは。

原口さん
東鉄へ転入した31形の側扉は、
31000、31009…木製
31008、31013…鋼製
31011…不明
です。まず、木製の側扉は東鉄では忌避されるべき存在です。この時代なら、東中野の事故が身に染みている東鉄の電車関係者は多数いたはずです。

加えて、半室運転台は忌避とは言わないまでも敬遠される傾向にありました。混雑時に旅客が入り込むことによる混乱が第一ですが、非運転台側の戸閉めスイッチが別形式なのも、敬遠の一因であった可能性があります。戸閉めスイッチは棒を押し上げて「開」ですが、旅客がさわっても(いたずらはもちろん、よろけて手を触れる可能性も含めて)容易に開かないよう、棒に付属した突起が軸受の案内溝を通過しなければ「開」にならず、右へねじる必要がありました。この時期の山手や京浜などに半室車を入れたらどうなるか…車掌が満員の旅客をかき分けて非運転台側へたどり着いたが、慣れぬ戸閉めスイッチにあたふた…営業サイドからクレームの嵐かもしれません。

これについては、興味深い動きがあります。34036さんがご提示になった青梅線の転配一覧ですが、55006は正確には松戸(37.11.9)浦和(37.12.4)青梅と動いています。浦和では全く(または先頭車としては)使わずに早々に青梅へ出しており、半室を嫌った結果といえそうです。
 

昭和37年初頭の首都圏のクモハ31形の写真など

 投稿者:原口 悟  投稿日:2020年11月 3日(火)01時15分17秒
返信・引用
  皆さんこんばんは

昭和36年末~37年初頭の首都圏のクモハ31形の写真を確認しました
 昭和36年末に首都圏に転入した5両のクモハ31形のうち、クモハ31013の写真が「旧型国電50年(2)」P174にありました(昭和37年1月27日、菊名駅で撮影)。73おやぢさんのコメントの通り、箱サボ枠を貫通扉部分に取り付けていることが確認できるとともに、ベンチレーターをグローブ形に交換済みであること、配管が、空気側に母線が降りる「逆配管」であること、避雷器は箱型であることが確認できます。一方で、RP誌に「木製の扉が残っていた」の記述がありますが、少なくともクモハ31013の公式側が客用扉は全て鋼製のプレスドア(Hゴム支持の1枚窓)に交換されています。このため、大鉄へ返されたのは、クモハ31013に関しては、「客用扉が原因」ではないと思われます。なお、同じページに「運転台の全室工事は昭和39年から42年の間」とあり、首都圏在籍時はまだ半室運転台だったことになります。もしかしたら、大鉄へ返された原因は、「混雑が激しく、半室運転台の助士席側にも客がひしめく事態になった」ことが原因かもしれない、と考えてみました。

昭和30年代後半の青梅電車区の車両から
 34036さんのコンパイルされた、昭和37年から38年の青梅電車区の車両について、以前にこの場で話題になった車が何両か入っていました。
 クハ55005, 006は青梅線に遅くまで残っていた車で、確かこの場が始まって間もない頃、昭和47年頃に「豊田電車区に3扉の戦前型省電が留置されている」写真が見つかったことから、末期の動向が話題になりました。両車とも昭和45年頃はまだ営業運転に入っており、青梅電車区が廃止になってから、疎開留置されたらしいことが伺えたのですが、「いつまで営業運転に入っていたか」は、「少なくとも1両は、かなり遅くまで走っていたらしい」ことが確認できました。
 クハ16401,409は、富山港線の600V時代末期に降圧改造されて転入した車です。両車とも中原電車区から転入しており、16401の方は昭和37年12月15日に青梅から中原に転属していますが、16409もその後中原へ転出したことになります。クハ16401は、青梅線時代の写真を何枚か確認しており、これを基に、以前この場で紹介した富山港線時代のクハ16401を製作しています。
 67904の転出は三河島事故による67007廃車補充によるものと思われます。67900台は他の車が全て地方転出しており、最後まで首都圏に残った唯一の車になります。
 

クモハ31006の東上と、控車の可能性

 投稿者:原口 悟  投稿日:2020年10月25日(日)01時23分0秒
返信・引用 編集済
  皆さんこんばんは

クモハ31006の転属車両控車としての使用の可能性
 クモハ31006が首都圏に来たことについて、「関西から関東への転属車両の控車としてついてきたのではないか」と考えてみました。
 昭和30年代中頃には、横須賀線の増発用に京阪神緩行線から「茶坊主」の70系が転属しており、転属車がモハ70形主体なら、控車が必須になるので、70系と一緒にクモハ31006が控車として東上して、帰りに吹田工場で改造する車の控車として帰る、ということがあったのではないか、と思いついて、RP02-2号の70系特集から、関西から関東への70系の転属を調べてみました。それによると、70系の東上があったのは、問題の時期より少し前で、

1960.3.24 明石―田町 70049, 70050, 70051, 70052
1960,4,18 明石―大船 70060, 70061
1960,4 20 明石―大船 76065, 76067, 76068
1960.7.17 明石―大船 70054, 70055, 70062, 70063, 76089
1961,6,19 明石―大船 70082, 70083
1961,9,12 高槻―大船 70068, 70077, 70078, 70079, 76081, 76087
1961,9,19 明石―大船 70064, 70065, 70096, 76086, 76091
1962,4,4 明石―大船 70103, 70104, 70105, 70106, 70107, 76101

が確認できました。このため、クモハ31006の東上とは関係なさそうですが、京阪神緩行線の70系はモハ70形が大多数だったため、転属車もモハ70形ばかりで、転属回送には別に控車が必須だったと思われ、どんな車が控車として使われたのか、に新たに興味が出ました。
また、これらの転属の財源はおそらく城東線(大阪環状線)への101系投入と考えられ、昭和36年本予算の101系の中には、「横須賀線増発」の件名のものがあったと思われ、恐らく上記の転属のうち、1961年9月以降の3回の転属が該当すると思われます。
関西圏への101系の投入は、大阪環状線関連で恐らく一段落したと思われ、1962年に入ってから、関西から関東へのまとまった国電の転属が起こるようなイベントが思いつかないので、クモハ31006は「関西から関東への転属車両に控車としてついてきた」よりも、「吹田工場への改造車の送り込みのために、東鉄局から「控車」を送るよう依頼された」可能性の方が高そうだと感じました。もしかしたらこの時に「短期間借入車として営業使用する」ことも依頼条件に追加されたのかもしれません。
 

お礼かたがた

 投稿者:34036  投稿日:2020年10月19日(月)18時50分12秒
返信・引用
  白い陽さん
「旧型国電掲示板(2001.10~11)」と「DRFC-OB デジタル青信号 (通勤型電車の変遷)」のご提示ありがとうございました。
73おやぢさんのご投稿からも31006に間違いないようですね。
「写真とイラストで綴る」p102 に掲載の31006(鴫野 昭和40.8.14)の写真で、ベンチレータがグローブなので、31006ではないと考えてしまいましたが、昭和37~40年の3年間の間に改造されたようですね。
31006は運転台下の銘板3枚付き、も特徴かもしれません。運転台側の標識灯上のステップとともに31000にはないです。
件の写真には、どちらも確実な判別は難しいように感じますが、そういわれれば銘鈑もステップもあるようにみえます。

浅川隆雄さん
>写真とイラストで綴る国鉄72・73系電車P103 のコラムを書いたのは私です。

これは失礼いたしました。撮影されたお写真も掲載されているようですね。
31形は昔からとても関心をもっていた車両でしたが、実際に見たり、乗車することができた機会は極めてわずかでした。
私事で恐縮ですが、
その時は本格的に鉄道写真を撮り始める前で、眺めるだけだったのですが、
もうすぐ全廃とのウワサを聞く中、昭和49年3月に大阪へ行く機会がありまして、京橋から四条畷まで往復31形に乗りました。
たまたま79056も組み込まれた編成だったと記憶しています。住道駅ではこちらにカメラを向けているファンの方もおられました。
その後どうしてもカメラに納めておきたいと思い、49年6月、ひとり大垣行夜行とさらに各停を乗り継いで大阪へ。
その時はすでに31形は全車運用からはずれていて、訪ねた淀川電車区には31004のみが留置されていました。
その時のが私の唯一の31形の写真です。区の方からは、他車は野洲に回送されたと聞きました。
何故、と思いましたが、その後、近江鉄道に引き取られたという話を聞いて、そういうことだったのかと納得したのでした。

73おやじさん
「旧型国電掲示板」のプレイバック、ありがとうございます。
なるほどと思いました。ただ、控車として引き取りに上京したのだとしたら、登場する車輛が偶数車ばかり、というのが気になりました。
甲種貨物ではないでしょう。それなら控車は来る必要がなさそうだし。いったい、どんな編成で大阪へ戻ったのでしょうね。
大阪へ行って戻ってこなければならない車で組成するなら、31006の意味は何なんだろう、と。
正式転属ではないけれども、なにかしら別に意図をもってやってきていたのではないかとの妄想が膨らみます。
たとえば、青梅線に加えて南武線でも実際に運用に入ったことがあった、というようなことはなかったのでしょうかね。
考えてみると、31形という車種は、大阪で使用する限り、環状線新性能化後は片町線しか使用に適した線区がないのですね。


青梅線での車両需給ですが、まえに昭和37年~38年の車輛の移動を調べてまとめた資料がありましたので
参考につけたいと思います。37.4.1と38.4.1の青梅区の配置表を基に、その間の移動歴を加えて作成したものです。
黒丸は在籍を意味します。
もとより完璧なものとは言えません。表に出てこない貸借りなどは埒外ですし、脱落もあるかもしれません。
また、エディターで作成しましたが、等幅フォントでないとずれて見難くなってしまうかもしれません。その点はご了承ください。

この表を眺めていると、いろいろ考えるところが出てきそうです。
37年11月以降、20m車の転入が始まりますが、これは山手線品川区の101系投入による新性能化が進む中
捻出旧型車の玉突き転配が反映されています。
37.11.19改正でおそらくMcTc またはTcMc 2~3本 の運用増があったと思われます。
そのため、まず11/19直前に必要車両を確保、その後、3月に至まで、73形、55形などの20m車で17m車を置き換え、
或は事業用車の捻出、という展開かと思います。考察結果の詳細はひかえますが、年末年始の一時期
Mc偶数車が不足する状況が現出しているようにも思われます。
40形12形は五日市線単行運用用ですが、これの予備車がMc奇数偶数ともに代用が効く可能性もあるので
確実なことはいえませんが。

      37.4.1                           37.10.1                            38.4.1  備考
cMc
40023 ●                               ●                                 ●
40030 ●                出 37. 7. 4 カノ
40033 ●                               ●                                 ●
40061 ●                               ●                                 ●
40073 ●                               ●                                 ●
12013    入 37. 7.20 テシ                ●                                 ●

Mc
73015                                     入 38. 1.18 ウラ                  ●
73023 ●                               ●                出 37.11.17 ツヌ            転入は36.11.3 ヨト
73069                                     入 37.12.12 マト                  ●
73077                                     入 37.12.14 シナ                  ●
73089                                     入 37.12. 4 マト                  ●
73099                                     入 38. 3.19 モセ                  ●
73229                                     入 37.12. 4 マト                  ●

11157 ●                               ●                改 38. 2.11 OY           23001
11203 ●                               ●                                 ●
11207                                     入 37.11.17 ナハ                  ●
11409 ●                出 37. 7.10 テシ
11425 ●                               ●                                 ●
11427 ●                               ●                                 ●
11445 ●                               ●                                 ●
11451 ●                               ●                                 ●
11455 ●                               ●                                 ●
11457 ●                               ●                                 ●
11487 ●                               ●                                 ●
11489 ●                               ●                 出 38. 3.15 ナハ
11497 ●                               ●                                 ●

Mc'
73016                                     入 37.12. 4 シナ                  ●
73120                                     入 38. 2. 1 マト                  ●
73122                                     入 38. 1.18 ウラ                  ●

11110 ●                               ●                 出 38. 1.30 ナハ
11114 ●                               ●                 改 38. 3.30 OY          21000
11136 ●                               ●                                 ●
11204 ●                               ●                                 ●
11226 ▲                出 37. 4.14 セン
11244 ●                               ●                 出 37.12.18 ナハ
11248 ●                               ●                                 ●
11264 ●                               ●                                 ●
11268 ●                               ●                                 ●
11270 ●                               ●                 出 37.12.21 ナハ
11434 ●                               ●                                 ●
11442                                     入 37.11.17 ナハ                  ●
11478                                     入 37.11.16 ナハ?                 ●

Tc
16013 ●                               ●                                 ●
16015 ●                               ●                                 ●
16303 ●                               ●                                 ●
16401 ●                               ●                 出 37.12.15 ナハ
16403 ▲                出 37. 4.14 セン
16409 ●                               ●                                 ●
16413 ●                               ●                                 ●
16415 ●                               ●                 出 37.12.15 ナハ
16453 ●                               ●                                 ●
16517 ●                               ●                                 ●
16539 ●                               ●                                 ●
16547 ●                               ●                                 ●
16549                                     入 37.11.17 ナハ                  ●
16605                                     入 37.11.16 ナハ                  ●


Tc'
55005                                     入 38. 3.30 マト                  ●
55006                                     入 37.11. 9 ウラ                  ●
55022                                     入 37.12. 4 マト                  ●
55053                                     入 38. 3.30 マト                  ●
55073                                     入 37.12. 4 マト                  ●
16210 ●                               ●                                 ●
16214 ●                               ●                                 ●
16226 ●                               ●                                 ●
16232 ●                               ●                                 ●
16260 ●                               ●                                 ●
16262 ●                               ●                                 ●
16402 ●                               ●                 出 38. 3.26 オカ
16434 ●                               ●                 出 38. 3.31 オカ
16436 ▲                出 37. 4. 8 ヨワ
16468 ●                               ●                                 ●
16816    入 37. 7. 7 カマ                ●                                 ●
16820                                     入 38. 1.18 ウラ  出 38. 3.19 テシ
16844 ●                               ●                 出 37.12.15 ナハ
16854 ●                               ●                                 ●
16856                                     入 38. 3.19 ウラ                  ●
67904 ●                出 37. 6.17 マト


 

31006ですね

 投稿者:73おやぢ  投稿日:2020年10月18日(日)17時51分20秒
返信・引用 編集済
  みなさん、こんばんは。

東京に来た31形の、驚くべき発見ですね。
まず思い浮かべる、東神奈川などへ一時的に転入した5両の31形ですが、これは在京の時期と塗色違いにより除外されます。
そうすると白い陽さんが言及していた、昭和38年の31006が最有力です。じつは、2001年当時の旧掲示板に私も参加しておりましたので、アーカイブとしてプレイバックします。

2001年時点でほぼ確定できた事実は次のとおりでした。
①昭和38年1月20日、中原区で目撃された編成
?…11472+31006(オレンジで大ヨト標記)+11468+車号不明車…? 左右の外方へさらに連結されていたかどうかは不明
②昭和38年1月23日に次の移動があった。
11472 中原→高槻
11468 東神奈川→高槻
16800 東神奈川→富士
これらは牽引車または救援車の改造種車であり、それぞれ吹田工と浜松工へ入場。ちなみに37年度首の配置表で11468と16800は中原所属となっており、東神奈川とある理由は不明。

以上が要旨であり、31006は東鉄から捻出された改造種車を最終的に吹田へ運ぶための控車だろうという推定になりました。ただ、お迎えのためだけにわざわざ来たのかという点は不明でしたし、今回の発見によって「他局の控車を営業に使っている」という新たな問題が生じました。

次に青梅の31形を掲載したブログを拝見したところ、五日市行きの73形に目が行きました。櫛板部のしわくちゃ具合から73077であり、同車は37年12月14日に品川→青梅と移動しているので、ブログ主さんがいわれる「昭和38年のネガ」と矛盾せず、さらに撮影時期は38年1月の上中旬に絞り込まれます。
この時点では、青梅線で偶数向きM車が必要だったが、1月20日には本来の控車になっているので、この間の変化を探すと、73122が1月18日に浦和→青梅と移動しており、これによって助っ人から解放されたとすれば、整合します。

では、いつからいたのか突き止めたくなりますが、これは手がかりがなく、非常にむずかしいです。私には、それより青梅の31006にサボが付いて(入って?)いることのほうが、驚きです。「ちょっと貸してね」くらいはわかるとしても、サボ入れの箱を溶接するとは考えづらく、どうやって表示していたのか、この疑問こそ大いに知りたいです。ちなみに東神奈川のときは正式な転属なので箱は溶接されていました。
 

首都圏のクモハ31、戦前型改造クハ79形等

 投稿者:原口 悟  投稿日:2020年10月17日(土)23時52分36秒
返信・引用 編集済
  皆さんこんばんは
荒井@青梅さん、浅川さん、白い陽さん、34036さん、すぎたまさん、首都圏のクモハ31形等についての情報ありがとうございます。

 クモハ31形の記述のあるRPアーカイブセレクション26「国電の記録1950~60」および、横浜線についての記事の元の号のRP62-9号の記述をこちらでも確認できました。

 東神奈川電車区の情況については、「電車区訪問記1960-70」P47に昭和36年、37年、38年のそれぞれ4月1日の配置車両一覧が掲載されており、電動車がクモハ73、モハ72、クモハ60の、MT30, 40搭載の20m車で統一されています。この中にクモハ31形の記載が無かったことが気になっていたのですが、昭和36年11月転入、37年3月転出と、年度内に入って出て行っているので、記載がないのに納得しました。また、MT30,40で統一されている中に、MT15系列搭載車が少数入った形になるので、すぎたまさんが気にされていた「パワーが低い」問題も、「使いにくい」一因になったかもしれないと思いました。

「電車区訪問記1960-70」には津田沼電車区の配置も、昭和34年と38年の4月1日のものが掲載(P19)されており、昭和38年の方に79036, 040, 066が入っています(79060は無し)。津田沼電車区は、遅くまでクモハ41型が集結していた区として知られており、昭和38年時点でもクモハ41形が29両配置されていて、MT15系列装備車が1つの勢力をなしています(後に富山港線に転属したクモハ40076も配属されています)。この中なら、クモハ31形もそれなりに使えたのではないかと思います。

 大阪環状線101系投入による車両の動きですが、クモハ31形以外にも首都圏に来ている車がいて、「首都圏の72系」に、転入直後に朱色1号から塗り替えられた車の一覧として記述があります。それによると、

車号 変更日 前配属区 後配属区
73004 36,10,23 淀川 池袋
73009 35,11,16 淀川 津田沼
73018 36,11,9 淀川 中野
73019 36,11,13 淀川 東神奈川
73020 36,11,10 淀川 中野
73026 36,11,10 森ノ宮 下十条
73029 36,11,13 淀川 下十条
72110 36,11,9 森ノ宮 池袋
79002 36,11,10 淀川 下十条
79036 36,11,17 高槻 津田沼

 首都圏での配属を「写真とイラストで綴る国鉄72・73系」から追加しました。「首都圏の72系」に記述によると、他にも何両か首都圏に来てから塗り替えられた車がいるそうです。
 73009が昭和35年と1年早いのですが、「写真とイラストで綴る国鉄72・73系」の配属経歴を見ると昭和36年4月1日に既に津田沼にいるので、正しいと考えられます。一方で、79036が、「首都圏の72系」では前配属区も無いのですが、昭和35年時点の配置は高槻で、昭和36年4月1日時点で既に津田沼にいるので、79036の番号が正しく、塗り替えられていたとしたら、「首都圏の72系」の「昭和36年11月17日」は、「昭和35年11月27日」の誤りと考えられます。また、高槻配置の車は朱色塗り替えの対象になっていないはずなので、「79036」自体、別の車の間違いの可能性が有ります。同時期に関西―関東に移動した他の車を見ると、79128, 136(共に淀川から下十条)があり、もしかしたら「79036」は「79136」の間違いである可能性が有ります。
大阪環状線の101系が実際に配属された淀川電車区と森ノ宮電車区からの転入であることと、時期も近いので、73009以外の車は、クモハ31形5両とともに首都圏に移動してきたと考えられます。
 

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