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旧型国電の記録

 投稿者:田中  投稿日:2019年 2月 1日(金)20時26分8秒
返信・引用
  管理人様 前納様
紹介していただきありがとうございます。ジオシティーズが閉鎖されるというので重い腰を上げて引っ越しました。ただの引越だけではと、少し内容の追加を行いましたが9年ぶりですか、もうHTMLとかの記述なんかも曖昧になり不具合があるかもしれませんが、皆様よろしくお願いします。

http://www.localline.jpn.com/h6feet/

 
 

ジオシティーズは閉鎖されます

 投稿者:前納浩一  投稿日:2019年 1月31日(木)22時29分11秒
返信・引用
  管理人さん、みなさん、こんばんは。

ヤフーが行っているサイトサービスの「ジオシティーズ」は、3月末で終わります。
「旧型国電の記録」さんも、その関係で移転したものと思われます。

この他にも、ジオシティーズ上に有用なサイトがあると思われるのですが、サイト管理者本人が気に留めていないと、そのまま「サイトが終了」ということになってしまう可能性があります。
特に、長期間更新されていないサイトなどは、「これを機に公開を止める」とか「有料なら公開しない」などの方針が考えられます。
有用だと思われるサイトだったら、その内容を自主的に取り込んでおくとか(無断公開はダメですよ)、個人的に知り合いの方だったら連絡を取ってみるなどの手段を取った方が良いと思われます。
 

『旧型国電の記録』更新

 投稿者:Satokawa@管理人  投稿日:2019年 1月31日(木)22時16分34秒
返信・引用
  皆さん、ご無沙汰しています。
リンク先である『旧型国電の記録』が9年ぶりに更新されました。
(サイトの移転があったようです)
懐かしい身延線の風景が広がっておりますので、是非尋ねてみて下さい。

http://blog.goo.ne.jp/satokawa_157

 

台枠についての返信になります

 投稿者:新参者  投稿日:2019年 1月30日(水)00時04分44秒
返信・引用
  みなさま、遅くなって申し訳ありません。色々貴重な資料情報ありがとうございます。

国鉄鋼製電車史 モハ63形電車【上巻】を手に入れてきました。鋼製化クハ79のUF118Aについての記述があり、それに関連してUF31、UF112の記述もありました。
要約すると
「UF112はUF31と同じ手法で作られている。横梁延長の継ぎ手が簡略化したモノになった。新しい側梁の鋼材がUF31の150mm溝形鋼から8インチ溝形鋼になった。」
ということです。新しく構築された新側梁の8インチ溝形鋼ですが、UF13の横、側梁に使われているモノと同規格品です。この8インチ溝形鋼の出何処は何処だろう?工場手持ちの修理部材やら解体廃品であろうか?

73おやぢ様
資料の情報ありがとうございます。
>1953年電車形式図のUF32 鉄道史資料保存会発行「電気車形式図」の説明
ご呈示頂いたUF14改造のUF32に見られる旧側梁から新側梁への横梁に見られる台形の延長材が、上述したUF31→UF112の変更と書かれていました。UF112でトラス棒が無くなるのが1941年度からなのと、ご呈示頂いた「旧側梁を継承しないUF113の横梁」の図面があると言うことは、「撤去した旧側梁とトラス棒関係こそが、節約に貢献した鋼材」というご指摘は説得力があります。

すぎたま様
約15mの短台枠という意味では無く、幅7フィート(メートル法移行後2140mm)の台枠に幅2800mmの木造車体を載せたのに驚きました。車体の鋼製化に木製車体の破損というのがありましたが、台枠から両横に各1フィート程の張り出しで車体を構築していたのですから、側面の強度は弱かったのでは。客車用のUF12が幅2800mmで戦後の鋼体化時に台枠の延長で済んでいるのに対して、モハ50の鋼体化では台枠の改造に想像以上に手間が掛かっているのが判り、UF13も幅2800mmで作られなかった理由が気になります。
誤解を招く表現であったことをお詫び申し上げます。

原口 悟様
資料の情報ありがとうございます。
>RP84-10号 「旧型国電50年(1)」
オハ71上巻によるとUF31は1934~1938年でUF112が1939~1941年。UF32は1934~1938年でUF113が1939~1942年とのことです。トラス棒はUF31、32では中梁の2本残置、UF112、113は1940年まではUF31、32と同じ。1941年以降全数撤去と記述されています。
ご指摘にもありました「トラス棒の変遷」で気になるところがあります。記憶にある「車輛と共に30年」にあった写真のモハ50は外側のトラスもあったような気がします。


UF112の側梁は新設なのか移設なのか?
オハ71上巻にあった図面の出何処を検証するしか無いのかもしれません。ただ、UF112の側梁が解体品の流用(の可能性が高い気がします)であれば、最終的には”移設”に行き着くのが工数的には自然な流れな気がします。

”移設”仮説に対する壁!
17m級木造車の鋼製化の最終バージョンであるモハ62とクハ77。台枠がそれぞれUF114と115。UF31の二重側梁を利用してステップを付けています(側扉部には新設の側梁を付けていない構造)。ある意味外吊戸を止めたクモハ451などの先駆けな構造です。
これが最終となると、移設は無かったということもあり得ます。ただ、ステップを付けるのであえて移設前の形を踏襲したとも考えられます・・。

資材節約が移設と混同された?
”150mmの溝形鋼を使用せずに解体品流用の8インチ溝形鋼を使用して新規の資材を節約した”というのが真相だったとか。図面上は新側梁も旧側梁も同じ部材ですから、いつからかそれが”移設”にすり替わった?
ただ、前述しましたように解体品を出してからそれを組み込む手間を考えたら、目の前にある台枠を部分解体しつつ移設した方がトータルの工数は減るでしょうし、資材節約にもなります。

蛇足
モハ63では資材の節約もさることながら、工数の削減を目指した設計が目を引きました。
 

モハ30

 投稿者:萬年青  投稿日:2019年 1月28日(月)10時19分41秒
返信・引用
  はじめまして。ウェブサイトの貴重な写真やBBSでも各種情報などを興味深く拝見させていただいて
おります。
さて、今回モハ30のページを見ていてふと気がついたことがあり、不躾ながら質問させて頂きます。
モハ30003の2枚目の画像ですが、通常の編成ではクハニ67が来る位置にクモハ40と思しき車両が
連結されているように見えます。モハ30に関しては各ウェブサイト等でも「クモハ41、クハニ67
と3連を組み専ら高崎~横川間で使用された」と書かれておりますが、この画像の場合クハニの
代用にクモハ40が入ったのか、クハニを切り離してMc-M-Mc-Tcの4連として吾妻線や両毛線などの
運用に入ったのかどちらなのかが気になりました。
そのあたりも含めモハ30が横川ローカル以外に使われたケースがあるのかどうかご教示頂きたく
思います。
 

Re: 色の由来

 投稿者:モハ80373  投稿日:2019年 1月27日(日)23時29分42秒
返信・引用
  すぎたまさんへのお返事です。

> 湘南色のもとは、「ハイアワッサ号」ではなかったでしたっけ?。

→グレートノーザン鉄道のエンパイヤビルダー号。鉄道ファン1975年12月号にて、かの黒岩保美氏が経緯を解説されています。
当時のエンパイヤビルダー号は、窓周りが朱色で、その上下が緑で、双方の境界にクリーム色のラインが入っており、自分もその写真は何枚か見ており、その境界のラインを略して採用した湘南電車80系第1次車登場当時の色の由来であるという話に得心がゆきます。
ミカン山の色とか、ミカンとお茶とかは、あとで考えたこじつけみたいなものだそうです。
そういえば、80系最初の落成試運転は1950年1月30日でしたから、もう69年前になるのですね。
80017・80018・80019・80020・85005・86009・86010・87013・87014・87015

一方、横須賀色は海のイメージで、線路を共用する湘南電車と明確に区別できることから、制定したものだそうです。
しかし、中央東線スカ色導入の際には、「山梨名産のブドウと、アルプスの雪の色」とPRされたとか。

 

新年の鉄道報告

 投稿者:原口 悟  投稿日:2019年 1月 7日(月)23時20分33秒
返信・引用 編集済
  皆さん明けましておめでとうございます
今年もよろしくお願いします

秩父のC58 363の復活運転
 昨年10月から、故障のため運転を取りやめていた秩父鉄道のC58 363が復帰することになりました。1月1日からの3が日が復帰最初の運転となり、2月を中心に運転の予定です。3が日に大麻生―明戸間に出向き、撮影をしてきました。その中から、1日の写真を紹介します。熊谷―寄居間は東西方向に走っており、日光の関係で南側から撮影することが多いのですが、冬は北西の季節風が強いことが多いため、煙が客車にまとわりつくように流れます。このため、風によって撮影の出来不出来が大きく左右されます。

金沢文庫レポート
 金沢文庫の総合車両製作所では、静岡鉄道A3000形の今年度分の車が待機しています。色は「青」と星をちりばめたような特別塗装車です。
 また、埼京線用のE233系が待機していました。相模鉄道への直通運転が2019年度から始まることが決定し、相模鉄道の乗り入れ用車が落成したことを報告しましたが、相模鉄道車は川越まで直通するという情報も見ていることから、埼京線からの直通用の運用増加分の製造が始まった可能性が有ります。
(1/8追記)
 静岡鉄道A3000形は昨晩のうちに静岡へ向けて発送されましたが、埼京線用E233系は工場内に待機していました。写真は今朝の通勤時に撮影したもので、E353系の向こうにE233系が留置されています。
 

12月31日の海芝浦支線

 投稿者:原口 悟  投稿日:2018年12月31日(月)21時42分13秒
返信・引用
  皆さんこんばんは

今日は鶴見線の海芝浦支線へ行ってきました。

 東京の今日の日没は16時38分(誠文堂新光社「天文年鑑」2018年版より)なのに対し、鶴見線の海芝浦行が16:20鶴見発、16:31海芝浦着なので、海芝浦駅で日没を見るのに時間が合っています。これを利用して何度か12月13日夕方に海芝浦駅へ行っています。
 今年は1本前の電車で浅野駅まで行き、浅野で海芝浦行の電車を待ちました。海芝浦行に入ったのは中原電車区T14編成でした(写真上、浅野駅の海芝浦方面線へ転線したところを撮影)。海芝浦駅では、太陽が出ていれば、運河の向こうの工場群が太陽に照らされて赤く輝くのですが、今年は雲が出て、日光が遮られ、日没の風景としては物足りない感じになりました(写真中央、左はJFEスチール東日本製鉄所、右は東京ガス扇島工場)。駅構内も折り返し列車の出発(16:53)が近づく頃にはかなり暗くなっていました(写真下)。
 ちなみに、JFEスチール東日本製鉄所は、青梅線の石灰石輸送にも関係しており、写真の現在地(扇島)へ移転した時に、製鉄原料の1つの「生石灰」の輸送をどうするかが問題になりました。写真でも鉄鉱石が山になっているのが見えますが、生石灰は「日持ちがしないもの」で、製造後すぐに使うべきものです。浜川崎駅近くにあった旧工場では、奥多摩駅から「生石灰専用ホッパ車」で生石灰を輸送していたのですが、沖合の扇島へ移転した時に、鉄道の専用線を延長しなかったため、「生石灰をどう輸送するか」が検討されました。船舶輸送は「日持ちがしない」問題で不可となり、結局鉄道輸送になったのですが、「生石灰専用コンテナ」を作り、浜川崎までは鉄道輸送、そこからはトレーラーに載せて工場へ輸送、という方法となり、生石灰専用コンテナを載せる「チキ80000形長物車」が作られました。

それでは皆さん良いお年を
 

本年最終です

 投稿者:73おやぢ  投稿日:2018年12月31日(月)18時58分38秒
返信・引用
  みなさん、こんばんは。
2018年が終わらないうちに、言い残したことを申し述べたいと思います。

すぎたまさん

ご紹介の科学朝日は、私も持っています。昭和21年11月号ですね。製作中の写真ですからかなり貴重で、ジュラルミン製とおぼしき戸袋の窓枠や荷棚受けなどは非常に興味深いです。版元が健在(朝日新聞社)なので、もし写真が現存するなら、現代の製版技術によるアーカイブを出版(再現)してほしいくらいです。

新参者さん

50系の台枠に疑問を持たれるとは、新参どころか上級者です。あいにくオハ71の書籍は所有しておりませんので、当該の図に対するコメントができないのと、私は見えるところしか興味がないので、台枠に関してはあまり自信がありません。とはいえ、電車形式図でわかる範囲を少々。

添付したのは1953年電車形式図です。モハ11形に適切なものがなかったので、クハ16形のUF32(左)とUF113(右)を示しますが、それぞれUF31とUF112に対応しますので、問題ないと思います。断面図でおわかりのように、UF113は旧側梁を継承していません。素人考えですが、撤去した旧側梁とトラス棒関係こそが、節約に貢献した鋼材ではないでしょうか。

もうひとつ、鉄道史資料保存会発行「電気車形式図」には図面こそありませんが台枠一覧表があり、UF31は「UF13(長形)の外側に溝形鋼を追加して改造したもの」、UF112は「UF13(長形)を改造、旧側梁、トラス棒撤去したもの」との説明があります。本書は基本的に省の形式図を復刻したものですが、この一覧表は保存会が作ったものながら、きわめて明解であると思います。
ということで、断言はできませんが、問題の図は注意書きが欠落した可能性を考えてみる必要があるのではないでしょうか。

では、みなさん、良いお年をお迎えください。
 

GREENMAXカタログに見る色の代用

 投稿者:原口 悟  投稿日:2018年12月30日(日)21時02分9秒
返信・引用
  皆さんこんばんは

GREENMAXのけっこう昔のカタログ(以前、113,115系電車の形態区分が掲載されていることを報告した1992年版)に、当時、最新のものだったJR発足当時のニューカラー製作のための色のガイドが掲載されているので、どのような「代用」の考えがあるか見てみました。

 懸案である、JR九州の青帯(青23号)は、青20号が代用指定されていました。前納さんが触れている、「青20号と見分けがつかない」ことに対して、一種の開き直りを感じました。
 他、交直両用電車色の「赤13号」は「西武ラズベリー(赤とベージュの2色塗りだった頃の赤色)」が指定されていることが有名で、1990年代中頃にKATOの165系シールドビーム車等を使って常磐線の451,453系を作った時に使っています。
 関西線快速色および奈良電車区の105系の朱色3号はMrカラー79「シャインレッド」が指定されています。

 秩父鉄道の1980年代後半から1990年代の黄色に茶色の帯は、黄色5号とぶどう色2号が指定されているのですが、黄色5号と比べるともう少し黄色味の強い色で、最近の鉄道模型誌での秩父鉄道800形や1000形等の製作記事では、別の黄色が使われていました。また、同時期から始まった東武鉄道8000系等の白に青帯の新色は、ライトブルーの方は「東武ライトブルー」があるのですが、ダークブルーの方は「小田急ブルーの代用」が指定されています。8000系関連では、1980年代には「東武セイジクリーム」があったのですが、1990年頃にカタログ落ちて、「西武アイボリー」が代用指定されたのですが、あまり似ていないようで、かなり長い間東武の車製作時のアキレス腱になっていました。また、さらに前の昭和40年代の標準色は、西武トニーベージュと朱色4号が代用指定されています。

 他、私がよく使った代用色は、「長野色」の115系、183系の「ライトブルー」への「東武ライトブルー」の代用、JR西日本広島地域更新車色の「青帯7」へのMrカラー80「コバルトブルー」、茶色へのMrカラーC42「まマホガニー」の利用があります。

 これらの代用色は、1990年代末から「ジェイズ」の塗料など、いろいろなものが発売され、GREENMAXからも各私鉄に対応した色が発売された結果、役目を終えつつありますが、ここのモデラー達による「イメージに合う色」の模索は続いています。

今年製作した鉄道模型など
 今年は全体に慌ただしくなったため、今年度に入ってからは旅客車の重加工は手を付けず、「タンク車の加工」に凝っていました。この中から、いくつかを紹介したいと思います。
 写真上はKATOのタキ35000をベースにした、「特殊用途改造車」の改造部分の拡大です。KATOのタキ35000は「最大公約数」的な形態を表現しており、左上の「正圧形安全弁」2個で、日本石油、日本陸運産業車はマンホールの右手前にある「軽量口」があり、日本石油輸送車は「軽量口」が無い形態が表現されています。これに対して、実際の日本石油車は、安全弁の内側のものが、一回り大きい「正負圧形安全弁」になっており、さらに、マンホールの右側に「上操作型吐出弁」がマンホールの右側に設置され、円筒形の箱が設置されています(右上)。また、日本陸運産業プロパーの車も、安全弁は正圧形2個で模型と同じですが、日本石油と同じく「上操作型吐出弁」がマンホールの右側に設置されています。ただ、モービル石油、エッソスタンダード石油等から多くの車が移籍しており、これらの車はプロパーの車とは形態が異なっています。
 中央左の車は「アセトン輸送用改造車」です。アセトンは危険品のカテゴリーに入るため、「上出し配管」を追加しています。左側のプレートの間にある2つの弁が「上出し式」の吐出口(手前)と空気加圧口(奥)です。両車とも、形態がよく似ている「信号炎管」を代用しました。
 中央右、下左、右の車は「特殊油種輸送用車」で、水分の混入を嫌う絶縁油等を輸送するため、「乾燥剤箱」と、乾燥剤箱を通じて乾燥空気を導入するための「空気配管」、マンホールの締切を強化するための「カバー」が追加されています。改造されたのは日本石油と日本石油輸送の車で、日本石油の車は空気配管固形良好に接続したもの(中央右)と、上操作型吐出弁の箱に接続したもの(下左)があります。これに対して、日本石油輸送の車は、軽量口も上操作式吐出弁も無いので、マンホールに空気管を接続しています。乾燥剤箱は1.2mmプラ板積層からの削り出しで、乾燥剤箱上の2つのハッチは2mmプラ丸棒利用、空気管は0.4mm真鍮線です。

 写真中央はタキ43000型243000台と143645です。11月末にKATOより「タキ43000形8両セット」が発売されたのを受けて、バリエーションとして作りました。
 タキ243000台は、KATOのタキ1000をベースとして、同時発売されたTR214台車グレーを使って、タキ243000にしました。そのままではボルスタ―が合わないので、ボルスタ―の高さ合わせ、EVERGREENの3.2mm径丸パイプを使ってネジ止め化しました。
 タキ243000は、243646から243685までの40両は黒で落成しました。このため、日本オイルターミナルの青色の車を使って黒く塗装しました。台車はグレーになったので、黒と台車のグレーの対比が目立ちます。
 タキ143645は、今回のKATOの8両セットでも製品があるのですが、「タイプ」で、従来のタキ43000の色替えです。但し、タキ143645装備の「TR215台車」が再現されました。このTR215台車を使って、タンク体の形態がより近いタキ1000を使って「真正のタキ143645」を作りました。加工は、屋上のマンホール周りに集中し、マンホールの移設と安全弁の削り落としと新設、ランボードの短縮と手すりの新規引き回しを行いました。また、社名票挿し受けを0.14mmプラペーパーと、0.5mm幅真鍮帯板を使って追加しました。この社名票挿し受けは本来タキ43000台全車にあったのですが、最近になって撤去が進んでいます。
 また、タキ43000台に限らず、タキ1000を含めて、手ブレーキ横の手すりが省略されているので、0.3mm真鍮線で追加しました。

 写真下は「液化酸化エチレン専用」のタキ14700形です。ベースにしたのはTOMIXのタキ5450です。TOMIXのタキ5450はやや大ぶりなので、単純にタンクを延長するだけでタキ14700および近似の大きさの高圧ガスタンク車になることに気づきました。タキ5450を2両使って、タキ14700を1両作る形で、台枠もタキ5450の2両分です。このため、ブレーキシリンダーの加工は後日に回しました。台車は、上のタキ14713は、KATOのTR41、下のタキ14720はタキ5450に付いていたTR211を再利用しました。ランボードと手すりは、タキ5450及び同じTOMIXのタキ25000よりも大ぶりで前後に長いものなので、プラ板と0.3mm真鍮線で製作しました。両車とも「日本触媒」の車ですが、社紋とタンク体標記はデカールへの印刷で表現しました。
 

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