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モハ72626と路線図について

 投稿者:原口 悟  投稿日:2020年 7月19日(日)10時39分15秒
返信・引用 編集済
  クモハ73503さん、皆さんおはようございます
Kさん、初めまして

モハ72626と「アコモ改良供試」について
 モハ72626の工事の内容は、「首都圏の72系」によると

窓関係:二段窓改造、カーテン改造
内装:薄茶4号、エナメル塗り
外装:朱色1号
つかみ棒:吊り革棒、網棚前棒ステンレス化

とあります。ご紹介の写真では「カーテン」関係で、「カーテンレール」と「戸袋内窓へのカーテンの引っかけの取り付け」に注目しました。カーテンレールの「引っ掛けの位置」など、カーテンに関する工事の内容がわかるもので、「アルミサッシ」と「3段窓の戸袋内窓へのカーテンの引っかけの取り付け」の同居は、非常に珍しい組み合わせで、逆に、この写真が「モハ72626である」証拠にもなるものだと思います。
 また、「アコモ改造供試車」の車内の写真がアーカイブスセレクション37「63・73形電車の時代(RP72-12号)P132に掲載されており、「アルミサッシと3段窓の戸袋内窓」がわかるのですが、こちらはアルミサッシの内側に「鎧戸」のレールがわかります。このため、こちらの写真はモハ72678とモハ72690のどちらかで、内装が72678の方は「化粧版張り(木目)」、72690の方は「古いエナメルを剥離して透明エナメルを塗る(木目)」と記述されているのですが、どちらなのかは判断できませんでした。この写真と、kさんご紹介の写真を見ると、アコモ改良工事を始めるに当たって、工場で「アコモ改良をどう考えていたか」伺えるのではないかと思います。また、本工事では部品は「量産品」になったと考えられ、モハ72626では「試作品」または「ほかの車の標準品を手直しした流用品」が使われたのではないかと考えられ、写真を観察するとこの手の部品が他にも見つかるのではないか、と思われます。

 また、ロングシートの「肘掛け」の部品が代替わりしていることに気づきました。モハ72626では、それ以前の車から続く「L字型の部品」ですが、モハ72678または690と考えられる車では「U字型の部品に変わっています。この部品は、RP00-5号P61のクモハ72627(元モハ72712)でも確認できます。モハ72626は昭和30年形、モハ72678, 690, 712は昭和31年形なので、外見での大きな変化(屋根の曲率変更と鋼板屋根化、クハ79の前照灯埋め込み)の他、室内の方も大きな変化が起こっていたことになります。

路線図について
 首都圏の大きい地図が武蔵野線開業の頃らしいとのこと、戸袋窓の路線図が3段窓車にも貼られていたとの情報ありがとうございます。
 モハ72941に「首都圏の路線図」が残っていたとのことで、類似の例として、私としては1990年頃の、新潟地区と長野地区の急行型電車の置き換えのため、首都圏から転出した115系に「天井の首都圏の路線図」が残っていたのが印象に残っています。他、「転属前の路線図」を持ち込んでいるのをいくつか見たことがあります。また、ちょっと違う例ですが、首都圏の115系で「訓練車」として営業から外れていた小山電車区Y306編成(クハ115-309-モハ115-306-モハ114-306-クハ115-310)が、115系営業運転の末期に一時的に営業運転に復帰したことがあり、路線図が営業運転に入っていた頃の「ひと昔前のもの」のままだったのを見ています。
 
 

ありがとうございます

 投稿者:クモハ73503  投稿日:2020年 7月19日(日)00時40分13秒
返信・引用 編集済
  皆さんこんばんは。

皆さんからの72663をはじめとした72系の詳細な情報や写真をありがたく拝見させていただいております。

やはり関西では例えアルミサッシにしてもニス塗りにこだわっていたのでしょうか。

原口さん

3段窓車にも戸袋部分に単独の路線図の透明のステッカーが貼られておりました。

鶴見線にはこの路線図はありませんでしたが、その他の路線ではしっかりベターっと貼られていたので窓の桟の部分だけ盛り上がっていました。

転属さえしなければ問題は無いのですが、他の路線へ転属する際には剥がして新しい路線図を貼らなければならないので

路線図のステッカーと共に淡緑色のペンキが剥がれてしまい下のニス塗りが顔を出してたなんて事もあり得たのではないでしょうか。

品川留置の車両は幸いにも久里浜で冠水に遭った車両と異なり他線へ転属できた車両なんですね。

73013は富山港線へ転属してしまいましたがもう1両の幡生工場改造の73277は横浜線に残ってくれたのでありがたかったです。

尚、天井の大きな路線図ですが武蔵野線開業の頃ではないでしょうか。

横浜線から御殿場線へ昭和49年に転属した72941に晩年までこの路線図が貼られておりましたがまだ武蔵野線が新松戸までの物でした。

工場の現場サイドの話ですとこれを剥がすのは粘着力の関係や天井塗装が剥がれる影響などで大変だったそうで

当時首都圏から関西へ103系ATC準備車投入による初期車の続々の転属で関西地区の電車区や吹田工場では苦労したと聞いております。


Kさん

はじめまして。

貴重な72626の車内の写真をありがとうございます。

1967年に行われたアルミサッシ改造とアコモA工事の量産車(本施工車と言った方が良いのでしょうか)の中間的な仕様になっておりますね。

ただアルミサッシ部分も微妙にアコモA工事の本施工車とは異なっているようにも見受けられます。

それにしてもワリトー、リットーの扇風機のカバーをかける時は恐らく個々の扇風機を手で羽根を動かして車内中心方向に向かせてからカバーをかけるのは

広告主の東京銀行の配慮なのかただ乗客から見えやすいようにする為なのかわかりませんがこだわりを感じます。

一旦扇風機を回すと各扇風機毎に回転スピードが微妙に異なる為にお互いにメチャクチャな方向に向いてしまいますよね。

 

72626の車内

 投稿者:K  投稿日:2020年 7月18日(土)23時27分54秒
返信・引用
  72626の車内写真が見つかりましたので、アップします。  

Re: 芝生さんのモハ72577の写真に写っている、手前のクハ79形の車内の色について

 投稿者:K  投稿日:2020年 7月18日(土)21時30分22秒
返信・引用
  > No.2952[元記事へ]

初めて投稿します。(やり方わからず、1回だしてしまい失礼しました)
72626はアコモ改善当時はクリーム色、のちに他車にあわせたのか淡緑色に変更されました。
そのほか、72・73で現車を見た記憶が色々あるので、後日また投稿します。


原口 悟さんへのお返事です。

> また、「アコモデーション改良供試車」で話題に出た、モハ72626の写真で、戸袋内窓の色がわかり、淡緑色ではなく、クリーム色系の色で、これが「内装を薄茶色4号に塗装」したことを示すものではないか、と思いました。
>
 

Re: 芝生さんのモハ72577の写真に写っている、手前のクハ79形の車内の色について

 投稿者:K  投稿日:2020年 7月18日(土)21時25分39秒
返信・引用
  > No.2952[元記事へ]

原口 悟さんへのお返事です。

> 白い陽さん、34036さん、クモハ73503さん、皆さんこんばんは
>
> モハ72500台のアコモ改良に関連して、「車内の色」がテーマになっているので、「車内の色」の手掛かりがないか、芝生さんの写真を見直してみました。その中で気づいたことを報告したいと思います。
>
> 3段窓で残っている車は、基本的に戸袋窓のうち窓が3段窓で残っており、この窓は元々はクリーム色だと思うのですが、淡緑色に見える車がいました。この中では、鶴見線のモハ72577が、手前のクハ79形が、車内を明らかに淡緑色に塗りつぶしており、戸袋のうち窓も同じ色のように感じました。なお、手前のクハ79形ですが、1974年10月21日に浅野駅で撮影された写真で、同じ日に同じ場所で撮影された写真は「クハ79156」でした。クハ79156の写真の方では、運転室も淡緑色で、戸袋の3段窓の背後に見える内窓も淡緑色のように見えます。しかし、アコモ改良工事の一覧(「首都圏の72系、RP00-5号、「写真とイラストで綴る国鉄72・73系電車」)を見ると、B工事にも、C工事にもクハ79156は入っていません。アコモ改良以外で、室内を緑色に塗られたのは、常磐線で10連運転に関連して工事された車がいたと思いましたが、クハ79156は、常磐線には縁の無い車(池袋―津田沼―浦和―東神奈川と移動)でした。このため、アコモB, C更新工事の一覧にも、脱落があり、クハ79156は、脱落した車の1両かもしれない、と考えました。なお、モハ72577も、常磐線には縁の無い車(こちらは東神奈川に長く在籍)です。
>
> また、「アコモデーション改良供試車」で話題に出た、モハ72626の写真で、戸袋内窓の色がわかり、淡緑色ではなく、クリーム色系の色で、これが「内装を薄茶色4号に塗装」したことを示すものではないか、と思いました。
>
> また、片町線のモハ72形の戸袋内窓が淡緑色のように感じるものがあり(特に72643, 650)、これがもしかしたら阪和線旧型に施行された「アコモ改造」に関連するものかもしれません。阪和線の方では、72559, 565, 566, 567の写真がありますが、クリーム色よりは緑色がかっている車がいるように感じます。
>
> クモハ73形全金更新車のパンタ鉤外しリンクについて
>  クモハ73117が、京阪神緩行線時代にパンタ鉤外しリンクが前面に降りていなかったとのことで、他のクモハ73形はどうだったか見てみました。京阪神緩行線に縁の深い、吹田工場の更新車を芝生さんの写真で見てみたのですが、引き回しは
>
> 前面:73024 (63.6.5), 028 (62.10.5 or 63.10.4), 033 (64.3.31), 035 (62.11.19 or 62.11.30), 043 (62.9.14 or 62.9.12), 049 (63.4.20), 170 (63.7.16)
> 室内:73030 (63.3.30), 037 (63.3.8 or 63.3.1), 088 (63.3.26), 359 (63.1.31 or 63.2.1)
>
> となりました。()内の数字は改造年月日で、「or」で並べているのは、前は「写真とイラストで綴る国鉄72・73系電車」、後ろは「首都圏の72系」のデータです。クモハ73028が「1年違っている」のが気味悪いですが、1963年の1月から3月の四半期に工事された車が、リンクが室内引き込みになっているようです。一方で、これらの車とほぼ並行して工事されていたと思われるクモハ73049が、リンクが外に出ているのも奇妙です。
>  なお、吹田工場のクモハ73形全金更新車は、73049以外全て御殿場線に転属しており、観察したのは全て御殿場線時代なのですが、前面に降りているものは全て紐(あるいはビニール被覆のワイヤー)です。これに対して唯一京阪神緩行線に残ったクモハ73049は、前面に降りているのは「クランクしているロッド」です。京阪神緩行線時代の写真は、他にクモハ73043のものが「ガイドブック最盛期の国鉄車両」に掲載(2巻P37)されており、クモハ73049と形は違いますが、「ロッド」だったのが、御殿場線では「紐」に変わっています。このため、前面にリンクが降りている車の、「吹田工場工事時の原型」は、「ロッド」で、御殿場線に転属してから「紐」に交換された(時期的に、浜松工場か、大船工場のどちらの工事かは不明)と考えられます。
>
>  また、「ガイドブック最盛期の国鉄車両」の同じページにクモハ73195の横浜線時代の写真が掲載されており、リンクは前面に紐で降りています。このため、クモハ73195については、リンクの室内引き込みは富山港線に転属してからと考えられます。クモハ73013は、芝生さんが品川駅構内の留置線に疎開しているときに撮影しており、前面に紐が降りているように見えます。このため、富山港線転入前にリンクが室内引き込みだったのは、クモハ73117だけと見て良いと思います。
>
> クモハ73503さん
>  少し前に「品川駅に疎開する73形」ご覧になったとの話を伺いましたが、ちょうどその頃に芝生さんも訪問していて、写真を撮影されています。そのうちの1枚が、上に紹介したクモハ73013です。芝生さんがこの写真を掲載して下さったのは、当時「サハ78形500番台の中で、パンタ台がどの車に残っていたか」がこの場で話題になっており、そこで、サハ78503の情報を、品川駅の留置車の中から引き出して下さったものです。
 

路線図について

 投稿者:原口 悟  投稿日:2020年 7月18日(土)11時34分12秒
返信・引用
  皆さんおはようございます

34036さんのモハ72042の写真で、手前のモハ72663の車内の「広告枠」に大阪近郊区間の「路線図」が入っているのに気が付きました。
 「路線図」は、首都圏では、天井に大きな地図を貼っているのが馴染みですが、この形態は首都圏だけのようで、地方出張で目にした路線図は、車内のドアの上か、妻の広告枠に掲示されています。どちらかというと、ドアの上の路線図は、「その車両が走っている路線の図」、妻の路線図は「広域の路線図」の傾向がありますが、ドアの上の路線図に広域路線図を掲示する例も多いです。写真は、最近の出張で観察した上から熊本地区(2017年、815系)、札幌近郊(2018年、721系)、山陽地区(2019年、115系)の路線図です。
 妻の路線図は、客車が馴染みで、「SLやまぐち号」のオハ35系客車掲示の昭和戦前の復刻のものを以前紹介しましたが、「SLみなかみ号」の12系客車にも東日本全域のものが掲示されています。電車では、JR東海で、JR東海管内の路線図を掲示しています。
 写真を見ると、大阪環状線と京阪神緩行線、阪和線、片町線が確認できますが、関西本線が、ちょうど窓枠の後ろに隠れています。図示されているのはいわゆる「国電区間」だけのようで、片町線は、長尾より先は省略されているようです。また、電化が昭和50年代後半になった福知山線と奈良線も表示は簡略化されているようです。
 ところで、現在は「天井に大きなものを貼っている」首都圏の路線図はいつが始まりでしょうか。高崎線では、「東京近郊区間」として、高崎線は熊谷までの範囲を示した図が、少なくとも昭和50年代後半には貼られていたのを覚えています。
 旧形国電時代の路線図は、クモハ73013の戸袋窓に横浜線単独の路線図が貼られていたのが「特発予備」の1974年9月の富山港線の写真で確認できました。寸法は、戸袋窓の上下いっぱいなので、アコモA更新車は大丈夫でしょうが、3段窓で残っていた車はどうしていたのしょうか。
 

芝生さんのモハ72577の写真に写っている、手前のクハ79形の車内の色について

 投稿者:原口 悟  投稿日:2020年 7月17日(金)01時32分1秒
返信・引用 編集済
  白い陽さん、34036さん、クモハ73503さん、皆さんこんばんは

モハ72500台のアコモ改良に関連して、「車内の色」がテーマになっているので、「車内の色」の手掛かりがないか、芝生さんの写真を見直してみました。その中で気づいたことを報告したいと思います。

3段窓で残っている車は、基本的に戸袋窓のうち窓が3段窓で残っており、この窓は元々はクリーム色だと思うのですが、淡緑色に見える車がいました。この中では、鶴見線のモハ72577が、手前のクハ79形が、車内を明らかに淡緑色に塗りつぶしており、戸袋のうち窓も同じ色のように感じました。なお、手前のクハ79形ですが、1974年10月21日に浅野駅で撮影された写真で、同じ日に同じ場所で撮影された写真は「クハ79156」でした。クハ79156の写真の方では、運転室も淡緑色で、戸袋の3段窓の背後に見える内窓も淡緑色のように見えます。しかし、アコモ改良工事の一覧(「首都圏の72系、RP00-5号、「写真とイラストで綴る国鉄72・73系電車」)を見ると、B工事にも、C工事にもクハ79156は入っていません。アコモ改良以外で、室内を緑色に塗られたのは、常磐線で10連運転に関連して工事された車がいたと思いましたが、クハ79156は、常磐線には縁の無い車(池袋―津田沼―浦和―東神奈川と移動)でした。このため、アコモB, C更新工事の一覧にも、脱落があり、クハ79156は、脱落した車の1両かもしれない、と考えました。なお、モハ72577も、常磐線には縁の無い車(こちらは東神奈川に長く在籍)です。

また、「アコモデーション改良供試車」で話題に出た、モハ72626の写真で、戸袋内窓の色がわかり、淡緑色ではなく、クリーム色系の色で、これが「内装を薄茶色4号に塗装」したことを示すものではないか、と思いました。

また、片町線のモハ72形の戸袋内窓が淡緑色のように感じるものがあり(特に72643, 650)、これがもしかしたら阪和線旧型に施行された「アコモ改造」に関連するものかもしれません。阪和線の方では、72559, 565, 566, 567の写真がありますが、クリーム色よりは緑色がかっている車がいるように感じます。

クモハ73形全金更新車のパンタ鉤外しリンクについて
 クモハ73117が、京阪神緩行線時代にパンタ鉤外しリンクが前面に降りていなかったとのことで、他のクモハ73形はどうだったか見てみました。京阪神緩行線に縁の深い、吹田工場の更新車を芝生さんの写真で見てみたのですが、引き回しは

前面:73024 (63.6.5), 028 (62.10.5 or 63.10.4), 033 (64.3.31), 035 (62.11.19 or 62.11.30), 043 (62.9.14 or 62.9.12), 049 (63.4.20), 170 (63.7.16)
室内:73030 (63.3.30), 037 (63.3.8 or 63.3.1), 088 (63.3.26), 359 (63.1.31 or 63.2.1)

となりました。()内の数字は改造年月日で、「or」で並べているのは、前は「写真とイラストで綴る国鉄72・73系電車」、後ろは「首都圏の72系」のデータです。クモハ73028が「1年違っている」のが気味悪いですが、1963年の1月から3月の四半期に工事された車が、リンクが室内引き込みになっているようです。一方で、これらの車とほぼ並行して工事されていたと思われるクモハ73049が、リンクが外に出ているのも奇妙です。
 なお、吹田工場のクモハ73形全金更新車は、73049以外全て御殿場線に転属しており、観察したのは全て御殿場線時代なのですが、前面に降りているものは全て紐(あるいはビニール被覆のワイヤー)です。これに対して唯一京阪神緩行線に残ったクモハ73049は、前面に降りているのは「クランクしているロッド」です。京阪神緩行線時代の写真は、他にクモハ73043のものが「ガイドブック最盛期の国鉄車両」に掲載(2巻P37)されており、クモハ73049と形は違いますが、「ロッド」だったのが、御殿場線では「紐」に変わっています。このため、前面にリンクが降りている車の、「吹田工場工事時の原型」は、「ロッド」で、御殿場線に転属してから「紐」に交換された(時期的に、浜松工場か、大船工場のどちらの工事かは不明)と考えられます。

 また、「ガイドブック最盛期の国鉄車両」の同じページにクモハ73195の横浜線時代の写真が掲載されており、リンクは前面に紐で降りています。このため、クモハ73195については、リンクの室内引き込みは富山港線に転属してからと考えられます。クモハ73013は、芝生さんが品川駅構内の留置線に疎開しているときに撮影しており、前面に紐が降りているように見えます。このため、富山港線転入前にリンクが室内引き込みだったのは、クモハ73117だけと見て良いと思います。

クモハ73503さん
 少し前に「品川駅に疎開する73形」ご覧になったとの話を伺いましたが、ちょうどその頃に芝生さんも訪問していて、写真を撮影されています。そのうちの1枚が、上に紹介したクモハ73013です。芝生さんがこの写真を掲載して下さったのは、当時「サハ78形500番台の中で、パンタ台がどの車に残っていたか」がこの場で話題になっており、そこで、サハ78503の情報を、品川駅の留置車の中から引き出して下さったものです。
 

車内造作

 投稿者:白い陽  投稿日:2020年 7月16日(木)22時19分19秒
返信・引用
  皆さん、こんばんは。

34036さん
原口悟さん

ついで撮影、とおっしゃりながらも写真を残して下さったことに感謝しかありません。
こちらへの書き込みを拝見していても、自分の数段先を行く疑問の数々になかなかついていくことすら出来ないのも納得してしまいます。

さて、吹田でアコモ改善を施した72663のカーテンキセについては、7/12の書き込みで添付いただいた写真の戸袋・側引戸の窓から反対側の車内が写りこんではいますが、網棚に一部遮られており、あとは想像するしかなさそうです。ありがたいお言葉に感謝しかありません。

さて、元関西旧国利用者さんが撮影されていた72663の画像を見せていただいたのですが、昭和48年11月の撮影で下り方にはクハ79920番台車、上り方には偶数パンタのモハ72の鋼体強化改造車が連結されており、当時明石区に偶数パンタのモハ72鋼体強化改造車は72042しかいませんでしたので、少なくとも72663-72042はその後8ヶ月間は編成を変えていないことになりますね。
この段階では72042のエンド表記はパンタ側の正当な位置に表記されていました。


同様にやはり元関西旧国利用者さんが昭和47年に撮影された、高槻区の73117はパンタ引き紐が前面に降りてきていない状態でした。車両によって取り扱いが違うというのはユーザーから嫌がられそうに思うのですが、実際のところ混在していたようで驚いております。

ではまた。
 

お返事

 投稿者:34036  投稿日:2020年 7月16日(木)12時25分42秒
返信・引用
  皆さん、こんにちは

白い陽さん
クモハ73503さん

当方、もともとアコモなどによる内装の変化には関心が薄く
「ニス塗り or not」など、写真のどこを見れば判断がつくのか、など知識がなく申し訳ありません。

もし、”この辺りをもう少し拡大してみてほしい”といったご要望があるようでしたら
ご遠慮なくお知らせください。再トライしてみます。
なお、添付の写真は72042ですが、手前の車輛は72663の1位端ですのでこちらも参照ください。
後方は55159です。

再度になりますが、この時の編成は 79920-72663-72042-55159-55163- でして
この写真を撮ったとき、実のところは先の方に連結されている55159、55163にしか関心がなく、
どちらも先頭に出てなくて残念だった、というのが残る一番の思い出でです。

(撮影時刻の差はそれほどなかったとは思いますが、
当然、これらにさきにカメラを向けていて、それでも短時間の間に周囲の明るさは大きく変わったのか、
こちらはさらにアンダーで、どうにも残念な写真の仕上がりでしたが)


原口 悟さん

以前、72110を話題にしたときにいただいたコメント
2018年10月14日 「モハ72018,042の前後の変化」のなかで、

「モハ72018は、方向の変化が固定したのですが、モハ72042は、
昭和47年の元関西旧国利用者さんの写真ではエンド標記がひっくり返っているのですが、
こちらは昭和50年ごろにはエンド標記が元に戻ったらしいです。」

とありました。「元関西旧国利用者さんの写真」というのは、
『我が心の飯田線!』お客様の部屋 19号室 に掲載されている72042の写真
「モハ72042(大アカ) 72.2.20大阪 京阪神緩行線使用」ですね。

確かにエンド表記はパンタでない側(奇数より)ですね。これは貴重な記録だと思います。


今回添付の写真の撮影は昭和49年9月初旬ですが、エンド標記はすでにパンタ側に移ってます。



なお、7月9日の私の72036の妻窓形状の記述で、
「側扉の戸袋窓と同じタイプ」というのは不適切でした。訂正したいと思います。
 

72663、665など

 投稿者:白い陽  投稿日:2020年 7月14日(火)17時08分8秒
返信・引用
  皆さん、こんにちは。

私が全く縁のなかった関西の72形のアコモ改造車があると知ったのは、昭和57年刊行の「関西国電50年」での掲載によるものでした。
昭和45.10撮影のアルミサッシ化された72663が掲載されており、巻末の移動履歴表には72665について「アコモ改造 42.10.2吹田」の記載。(72663には改造の記載なし)

このことから、当初は72663のみ改造されたもので、履歴表は本来72663に書くべきところを印刷がズレたものではなかろうか?…などと推測していたのを思い出しました。その後色々な情報により2両改造されたようだ…となるまで時間を要しました。

最近ではあまりこちらに顔を出していただけませんが、この車が緩行線で活躍当時、通勤で使われていたという元関西旧国利用者さんによれば、車内はニス塗りとのことでした。
しかし、このように写真が出てきますと、更に詳しくいろいろ知りたくなるのは仕方のないことでしょうか、アルミ化された戸袋内窓のカーテンはどのように設置したのだろう?と考えております。

原型では戸袋部のみの独立した独特な形状のカーテン納めが取り付けてありましたが、アルミ枠化によって遮蔽すべき窓の幅も天地寸法も大きくなっているはずなので、元のカーテン納めでは対応できないと思われますので…。
34036さんが拡大していただいた画像を見ると、従前より高い位置に取り付けられているのは確認できますが、残念ながら形状の判断までは難しそうです。


また鉄道史料によれば、阪和線の旧型についてアコモ改造を施したと記載があるのですが、これは何度も塗り重ねられた古いにすを剥離してから再塗装を施したそうですが、関西の他線区所属車も対象になったのか不明です。
可部線に残っていた緩行線からやってきた79326、328、370は山ゲタ流れの79446・466と比較して車内は明るい印象だったので、アコモによるものなのか、はたまた担当工場により必要以上には車内の塗装を行わなかったのか?…気になりだしたらキリがないですね。

では
 

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