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台枠継ぎ足しの「工作の仕方」など

 投稿者:原口 悟  投稿日:2019年 2月23日(土)23時57分2秒
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  すぎたまさん、新参者さん、皆さんこんばんは

木造車~鋼体化車の台枠について
 すぎたまさん紹介のオハニ36形の横梁の「溶接痕」は、RP01-5号P12の「接続材」をよく表すもので、私の方のオハユニ61形の写真で、横梁のテーパー部分がきれいで「継ぎ足し」の様子が中梁の側を含めて感じられなかったのですが、改めて写真を比較して、「溶接痕をグラインダーできれいに整形したのではないか」と思いました。

 話は変わって、木造車時代の台枠が、電車、客車共に車体幅よりもかなり内側になっているのを見て、鋼製車以降の「側梁が外側ぎりぎりに付いている」構造に慣れた目からは奇妙な感じがしました。一方で、木造国電のうち、買収線区に転属した車に「ステップ付きの扉」に改造された車(飯田線から富山港線に転属したモハ1形の写真を交通新聞社「国電車両写真集」P8,9で確認できます)を見て、クモハ451,471形の「ステップを付けるために外吊りになった扉」等、ステップを付けるために台枠に手を加える話を聞いてきたので、モハ1形は「どのようにしてドアにステップを付けたのか」不思議に思っていたのですが、改めて写真を見て、台枠が車体外板に対してかなり内側なので、「ステップを付ける」ことが「強度部材に手を加えることにはならない」ことがわかりました。

地元で見た新旧の交替について
 パタゴニアへの出張から帰ってきたら、地元の鉄道に新旧の交替が起こっていました。
 熊谷貨物ターミナルの入替動車は長らくDE10形が使われていたのですが、出張から帰ってきたら、HD300形ハイブリッド機関車が入っていました(写真上)。代ってDE10形は運用を外れて駅の片隅に留置されていました(写真中央)。
 HD300形は、前年度までに28号機まで作られており、熊谷貨物ターミナルで動いていた車は「31号機」なので、2018年度に少なくとも3両製造されていることになります。また、DE10形は中央の写真のように3両が熊谷貨物ターミナル駅で運用されていたのですが、HD300形は見た限りでは熊谷にいるのは写真の31号機だけです。HD300形は製造価格が高いので、貨物取扱量の多い駅に重点的に投入し、中小の貨物駅では貨物列車を牽引してきた機関車がアルバイトで入替をする、という方針になるそうで、熊谷貨物ターミナル駅でも本線機関車のアルバイトを入れて入替動車を減量することが考えられているようです。
 なお、熊谷貨物ターミナル駅の入替は、「高碕運輸」が業務を請け負っていて、1990年代まではクリーム色の専用の機関車(DD45形、DD52形)がいたのですが、DE10形(JR貨物の子会社が所有)に交替し、DE10型の中の交替もありながら現在に至っていました。

京急本線への京成車の乗り入れについて
 以前、金沢文庫駅で京成車を目撃したことを報告しましたが、2月になってまた京成車を目撃したのを見て、情報を調べたところ、12月のダイヤ改正で、1往復だけ三崎口への往復運用が復活したことがわかりました。写真は2月18日に金沢文庫駅で撮影した3050形で、これまで見た三崎口運用に入る車は3050形だけです。
 
 

とりあえずオハニ36の鋼体化台枠

 投稿者:すぎたま  投稿日:2019年 2月17日(日)05時43分59秒
返信・引用
  新参者さん、原口さん、みなさんおはようございます。

今ひとつ、鋼体化50系台枠については、まだ資料も見ていないので、議論に参加出来ていないのですが、参考になるかどうかは不明ながら、尾久の公開時に撮影した、オハニ36形の台枠構造画像をあげてみます。
オハユニ61と同様、鋼体化台枠ですが、原口さんご提示の写真と異なり?、「張り出し材」が溶接されているように見えます。中バリとの接合部は、元のままなのか、リベット接合に見えますね。

多少の参考になりますでしょうか。

http://princesscomet.net/

 

客車と電車の床材方向

 投稿者:新参者  投稿日:2019年 2月16日(土)20時41分24秒
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  みなさま、こんばんは。

先ずは訂正から
>元が65127であり1941年度のUF112
112→113です。Tc用ですから・・。

先日、真岡鉄道へ出向きましたが、スハフ4425の床下を眺めていて国鉄鋼製客車の床板の継ぎ方向は枕木方向で有ることを確認し、「鋼製電車はレール方向だったよな?」の記憶をUF134の図面と照らし合わせて確認をとり、今更ながら床構造の違いに愕然としました。

これは横梁+根太+床板となる構造のうち、客車の根太がレール方向で電車の根太が枕木方向になるということです。

丁度、原口様が掲示された横梁(枕梁?)にのっているレール方向の角材が床板を固定する根太になります。

「711系の根太が床板と台枠の間を風洞にするので、通常と異なるレール方向根太」というのが変な固定観念を生んでしまいました。

木造電車の床構造を知らないのですが、台枠幅に対して車体幅が大きいので、客車と同じであれば構造として成立しやすい気がします。
UF31は17m級のUF24に比べて横梁が少なく不思議でしたが、少ない横梁の上にレール方向の根太を付けその根太に枕木方向の根太を多数配置すれば合点はいきます。そうなれば、台枠正面、側梁上部から高さが増していくという妄想と辻褄が合います。
UF112はUF31に比べて横梁がUF24程度に増やされています。この横梁に直接根太(ただし、UF31の同方向よりも大きい角材と仮定)をのせ床板を直接付ける。

UF112という台枠形式は、横梁構造の変更と側梁に8’チャンネル材を使ったモノの総称であり、旧側梁の有無は不明・・・。
旧側梁が見えないUF113が有るので、時期、工場により不明ですが旧側梁を撤去したモノがあるのは確実だと思います。
これだと「UF112は旧側梁が撤去された」という資料と矛盾しますが、全否定でもないので別資料(今回出てきたUF112資料)との最低限の整合性は取れるのかなと。

勘違いしていましたが、UF12→UF120で側梁を一旦外して再度溶接ですから、この手法がUF112で確立したと考えれば納得がいきます。
UF31やUF112初期では元台枠の解体後再組み立てが厳しく旧側梁をそのままにし、多分に溶接技術の向上で旧側梁撤去が可能になったのではないでしょうか。


田の字リベット
思いつきとお断りした上で妄想を進めると、ご指摘のように旧側梁よりも車体中心線に寄っていますが、8’チャンネル材の奥行きが76mm弱有りますのでコレを避けると1070-76=994。
作業マージンを50mm程度取ると大体ドンピシャです。
画像を幾つか確認すると、UF112、UF113の年度にも田の字リベットがあるやつがあります。
UF31は更新による一部撤去があるようですが、おしなべてリベットがあるみたいです。
前述したUF112に旧側梁の有無があると仮定すると、「これが目安になるのでは」という誇大妄想です。
 

バルパライソの鉄道(その3)斜面移動システム「アセンソール」

 投稿者:原口 悟  投稿日:2019年 2月16日(土)15時56分38秒
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  バルパライソで世界的に有名なものの1つが、斜面移動システム「アセンソール」です。

日本国内では、長崎市に斜面移動システムがありますが、バルパライソのものは、最初のものは1855年に作られ、最盛期には30路線近くが稼働していました。写真のように、基本的には「ケーブルか」なのですが、やぐらを組んで水平な床の建築物を載せており、角度も45度を上回るものがあります。写真上は「地球の歩き方」の「Espiritu Santo」、中央は海上から見た「Cenception」、下は「地球の歩き方」掲載の地図からは左に外れたところにあるものです。「アセンソール」は数がかなり減って、「地球の歩き方」2011年版では「15路線」とありましたが、2018年版では「6路線」に減っています。
 

バルパライソの鉄道(その2)バルパライソ・メトロの鉄道施設

 投稿者:原口 悟  投稿日:2019年 2月16日(土)15時32分2秒
返信・引用 編集済
  バルパライソ・メトロは「鉄道施設」にも興味深いものがありました

写真上と中央は「ベジャビスタ駅(Estacion Bellavista)」です。対向式ホームで、片隅に駅舎があり、両側のホームは構内踏切で結ばれている、日本国内では一昔前の「都市圏の私鉄の駅」に類似した構成です。改札は自動改札で、ゲートは「円錐形に配置された3本の棒」を回して入る、日本国内でも見られるもので、入り方は、「QRコード」が記入されたカードをかざす方式の、日本では沖縄の「ゆいレール」で採用されている形式です。このタイプの入場は、バルパライソ港の「業務区域への入場」でも採用されていました。改札が自動になっている一方で、切符の購入は自動ではなく、「窓口を介した対面購入」で、中央の駅舎でも対面窓口が確認できます。この構造は終点の「プエルト駅(Estacon Puer)」も同様です。
写真下はホームの側から見たプエルト駅ですが、駅舎は、ターミナルホテル、百貨店、スーパーマーケットなどが入った、日本のターミナル駅のような構成です。
これらの写真でも見られますが、架線柱が「H型鋼」なのに注目しました。H型鋼の使用は、日本でも弥彦線のような低コストの電化で見られたものですが、こちらは、構想美rの建築で使うような、かなり大断面のH型鋼を使っています。
 

バルパライソの鉄道(その1)バルパライソ・メトロの車両

 投稿者:原口 悟  投稿日:2019年 2月16日(土)15時00分2秒
返信・引用 編集済
   パタゴニアの出張では、チリのサンチアゴまで飛行機で行き、そこからバルパライソに移動しました。チリは太平洋とアンデス山脈にはさまれた細長い国なのですが、大陸なので一応東西200㎞以上はあり、このため、内陸のサンチアゴから沿岸のバルパライソまでは幾つか山脈を越えました。
 「地球の歩き方」でもバルパライソの鉄道は紹介されており、「バルパライソ地下鉄」と記述されていますが、バルパライソ港からの貨物鉄道をフランスの技術協力で近郊鉄道化したもので、この関係で「メトロ」の名が付いたもので、「地下鉄」よりは広い概念で「バルパライソ都市圏鉄道」と呼ぶべきものです。
 バルパライソ・メトロの車両は「地球の歩き方」では上の写真の車が紹介されており、アルストムの車です。これとは別により流線型の写真中央の車もあり、2丁パンタの車もいました。編成は2両で、代替日中は12分間隔で運転しています。また、陸上にいる間は、2両編成の列車しか見なかったのですが、2編成連結した4両編成の列車の運転もあり、船の上から目撃しました(写真下)。なお、バルパライソの鉄道は期間がスペインと同じ1676mmで、右側通行です。
 「2両編成」を中心として運行することが、日本国内の地方都市の鉄道に類似(以前の出張では熊本や富山の鉄道に類似)していることから、都市の規模としては、バルパライソは日本の地方都市に類似しているのでは、と思いました。
 

鋼体化車の台枠について

 投稿者:原口 悟  投稿日:2019年 2月16日(土)14時48分34秒
返信・引用 編集済
  皆さんこんにちは

実は1月中旬から南米パタゴニアに出張しており、先日帰ってきました。南米ではチリのバルパライソからパタゴニアへ遠征しており、バルパライソの鉄道を見てきたので、後程紹介したいと思います。

鋼体化車の台枠の「幅の広げ方」について
 73おやぢさんが50系鋼体化客車の「横梁」の図を紹介していますが、横梁の「形」が、天地の高さが同じで、外近くだけでテーパーが付けられていることに気づきました。この形は、60系鋼体化客車でも同様なので写真を紹介したいとおもいます。
 写真は昨年夏に碓氷峠鉄道文化むらを訪問した時に撮影した、オハユニ61形の横梁です。この車の場合は、横梁はかなり外側まで天地の高さが同じで、端近くで45度に切れ上がって側梁に接続しています。この構造は、RP01-5号の60系鋼体化客車特集P12の台枠の構造の解説の中の「枕梁と側梁の両端には接続材を入れ、側梁に溶接することにより台枠の幅を2800mmに広げる」の「接続材」の部分に相当します。また、切れ上がっているのは、これもP12の解説の「その際、車両限界に抵触しないよう、側梁の高さを100mm上げて溶接する」ためであることがわかります。側梁の上端の高さが100mmも上がることになるのですが、床板の貼り方が、「横梁の上に角材を渡して、その上に板を貼る」形になっていることが写真からもわかるので、「角材+床板の厚さ」を「かさ上げされた側梁の高さ」に合わせることで、つじつまを合わせることができることになります。
 

台枠考察

 投稿者:新参者  投稿日:2019年 2月 4日(月)21時42分29秒
返信・引用
  みなさん、こんばんは。

73おやぢ様への返信です。
資料、ご考察ありがとうございます。
UF112ですが「モハ63形(上)」=「オハ71上巻」になっています。

>53mmもの差を吸収
53mmは確かにきついと思います。ただ、UF31の台枠上面、側梁上部と側扉下部間がどうなっているかの詳細が欲しいと感じました。
UF134辺りは根太(梁)受け高さが側梁高さよりも50mm下方にあり、根太+床板が概ね50mmで側扉が側梁直上に乗るような構造だった記憶があります。
UF112の8インチ側梁がこれと同じような構造を狙い、UF31の方は単純に台枠上面から根太梁と扉下部に部材をかまして50mm嵩上げする構造であったとすれば、車体外観からの判別は困難だと思います。「オハ71上巻」にあるUF31とUF112は根太梁の本数とレイアウトが異なるので、この辺りにヒントがあるのかもしれません。


此処にあるTc18051の台車近傍の画像には、旧側梁が有るようには見えません。元が65127であり1941年度のUF112と思われます。
 

横川ローカルと台枠

 投稿者:73おやぢ  投稿日:2019年 2月 3日(日)17時50分56秒
返信・引用
  みなさん、こんばんは。

萬年青さん

撮影者がご健在ならすぐに判明した案件ですが、外野から少々申し上げます。
クモハ40形の項をご覧になりますと、「高崎-横川」のサボを掲げた40044があります。疑問を持たれた30003の写真と撮影日が近接しているため同一編成であり、40044はクハニ67形の代わりに使われていることがわかります。
長野原線などの運用は2両単位でしたから、ここへ運転台のないモハ30形を使うことはできなかったと思います。

新参者さん

「モハ63形(上)」は入手したことで安心してしまい、書棚に陳列したままでしたので、今回子細に見たら、34ページに参考としてUF112の図が掲載されているのに気づきました。この図は「オハ71上巻」と同じものでしょうか。

それにしても、この図は疑問だらけです。平面図はUF13由来の旧側梁と新側梁が当然のように両方描かれており、旧側梁を撤去したはずのUF112とは矛盾します。さらに不思議なのは断面図です。本からの転載はできませんから、稚拙ながら要旨のみ模写しました。おそらくUF13の図を基にした関係で旧側梁が描かれている(実際は撤去のはず)のは仕方ないとしても、新側梁が8インチ(203mm)とおぼしきサイズで描かれていることです。この図が正しければ、「旧側梁を車側へ移設して新側梁とした」という考え方が現実味を帯びてきます。そこで「モハ63形(上)」のUF112の解説では新規か移設かの言及こそありませんが、新側梁は8インチとしています。鋼材節約の観点なら移設は説得力がありそうですが、電車形式図の表現を尊重するならUF31とUF112の新側梁の天地寸法は同じように見え、決定打に欠けます。

ここで8インチが正しいとすると、別の疑問が生じます。UF31の新側梁は当時の標準品(天地150mm)でしたが、旧側梁を再利用すると計算上は少なくとも53mm高くなってしまい、側扉下部(靴ずり付近)の支障が懸念されます。ここは台枠の厚みが如実に表れる部分で、103系の新製車と3000番台車(72系改造車)との違いが有名ですが、53mmもの差を吸収できたのでしょうか。

端梁部の田の字形のリベットは、よくわかりません。ただ、拙図でもおわかりのように、旧側梁の位置は車体中心から1070mmですから、件のリベットはだいぶ内側ですね。

客車は門外漢ですが、木製車体と台枠を固定するための金具の”留めシロ”が必要になるので、UF12の幅は2800mmではなく、車側からやや引っ込んだ2500mmです。(表中の長1600は16000の誤植) UF13がこれよりさらに狭いのは、当時は乗降口にステップがあり、これを避けたためです。該当部分の側梁に何らかの細工を施して逃げることは可能だったかもしれませんが、工作の煩雑さや強度上の不安から車体全長に8インチ溝形鋼を通したかったのだと思います。
 

モハ50、クハ65のリベット

 投稿者:新参者  投稿日:2019年 2月 2日(土)01時05分54秒
返信・引用
  たびたびすいません。この系列で気になっているんですが、妻面下部の連結器胴受けから写真割り出しで、連結器中心から940mm程度の処にある(ジャンパ連結器栓の上辺り)田の字型に打たれた4つのリベットはなんの為だったんでしょう?
また、コレが無いヤツも改造年次が下るにつれて出てきます。
二重側梁確定的なモハ62、クハ77にもあります。

もしかして、これが二重側梁か移設側梁かの目安でしょうか?
 

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