teacup. [ 掲示板 ] [ 掲示板作成 ] [ 有料掲示板 ] [ ブログ ]

 <思いやりのあるコミュニティ宣言>
 teacup.掲示板は、皆様の権利を守りながら、思いやり、温かみのあるコミュニティづくりを応援します。
 いつもご協力いただきありがとうございます。

 投稿者
  題名
  内容 入力補助画像・ファイル<IMG> youtubeの<IFRAME>タグが利用可能です。(詳細)
    
 URL
[ ケータイで使う ] [ BBSティッカー ] [ 書込み通知 ]

スレッド一覧

  1. www(6)
  2. 全力全開(0)
  3. 全力全開(0)
スレッド一覧(全3)  他のスレッドを探す 

*掲示板をお持ちでない方へ、まずは掲示板を作成しましょう。無料掲示板作成


クモニ83レポート(その8)空気側の床下機器

 投稿者:原口 悟  投稿日:2020年12月31日(木)10時50分1秒
返信・引用
  空気側は、立ち入りが仕切られていたので、遠景になります。

 AK-3コンプレッサーや、弱め界磁制御器、中間連結器等になります。
 この写真では「車号」が見えて、普通に「クモニ83006」と書いてありますが、RP17-6号の1985年の写真では、先に話題になった「クモニ83 006」と分けて書き込まれていることが確認できます。このため、検査標記は「忠実に再現した」と先に記述しましたが、車号の方は、「修正して」整備されたようです。
 
 

クモニ83レポート(その7)CS5主制御器、断流器、ATS-S車上子

 投稿者:原口 悟  投稿日:2020年12月31日(木)10時40分56秒
返信・引用
  写真は、上からCS5主制御器、断流器、ATS-S車上子です

 CS5主制御器は、東芝府中工場にいたから、というわけではないのでしょうが、「丸に“芝”」のマークが印象的です。また、断流器とともに、カバーが木製です。新性能車になってからの新しい断流器では、動作するとこの部分からしばしば火花が噴き出すのを籠原駅での115系の増結作業で見ていました。
 ATS車上子は、床下機器のレイアウトがきついため、断流器の裏の部分に2つ並んで取り付けられていました。
 

クモニ83レポート(その6)抵抗器

 投稿者:原口 悟  投稿日:2020年12月31日(木)10時31分30秒
返信・引用
  抵抗器は「冬仕様」でカバーが付けられていました。カバー付の写真は、現役時の荷物電車や新潟地区の70系でもあまり見ないので、珍しいものではないかと思います。
 写真下は減流抵抗器の半分サイズの抵抗器ですが、こちらは蓋が外されて中が見えていました。
 

クモニ83レポート(その5)MG等

 投稿者:原口 悟  投稿日:2020年12月31日(木)10時21分2秒
返信・引用
  MG周りの写真です

床下機器は、Nゲージでは、最近ではBONA FIDE PRODUCTが自社の旧形国電キット用に各種の床下機器のホワイトメタルパーツを発売しており、セットとして荷物電車用(P12001)もあります。
 奥のMGと、手前のヒューズ箱等いろいろは小物の箱の写真ですが、光の加減で「木目」がよく見えます。材質は「ラワン材」のような感じです。
 

クモニ83レポート(その4)DT13台車

 投稿者:原口 悟  投稿日:2020年12月31日(木)10時01分19秒
返信・引用
  写真上はDT13台車、中央はMT40モーターの装架状況、下は排障器の取り付け状況です。

 DT13台車は、東武7300形に装備のものをせんげん台で見ているのですが、「国鉄のもの」は、実はこれが初見参です。特に排障器の本体と取付け部の細部ディテールとして参考になるのではないかと思います。
 

クモニ83レポート(その3)連結器周りのディテール

 投稿者:原口 悟  投稿日:2020年12月31日(木)09時53分22秒
返信・引用
  クモニ83006の連結器周りの写真です

写真上は連結器と胴受です。
 密着連結器は、新性能車とも連結するため、新性能車と同じものに交換されています。角を取った、新性能車で馴染みのもので、空気管は中央上下の2本とともに、上の左右の2本の計4本があります。旧性能車での後に同様の形態のものに交換された車がいますが、中央上下のものだけが機能し、左右のものはダミーになっています。

写真中央は電気側の空気管とジャンパ栓です。
 ジャンパ栓は、荷物電車は、改造当初からは、連結相手の変化や新旧自動切替装置との関連もあって、この部分の工事がしばしば行われています。写真の状態は、多数派ともいえるもので、KE70のケーブルが特徴的です。なお、クモニ83006は、現役時代の写真がRP17-6号別冊「国鉄型車両の記録 鋼製荷物電車」P97に掲載されていますが、この時と比べると、テールライト外側に3枚縦に並んでいる銘板が無くなっています。

写真下は検査標記です
 「60-2長野工」とありますが、上記RP17-6号別冊の1985年撮影とされている写真を見ると、標記の内容及びレイアウトはまったく同じです。このため、東芝府中工場に行ってもこの部分はそのまま残され、「ポッポの丘」に来てからの整備でも忠実に再現されたことになります。


写真下は、
 

クモニ83レポート(その2)東芝府中事業用車時代の装備

 投稿者:原口 悟  投稿日:2020年12月31日(木)09時02分19秒
返信・引用
  皆さんおはようございます 年の瀬ですがいかがお過ごしでしょうか
ポッポの丘のクモニ83を続報したいと思います

 クモニ83006は、東芝府中に入った時に前面の腰板中央に扉が追加されましたが、最初に見た時に扉はどうなったのだろうと思っていたら、反対側(前位)にこの扉がありました。扉の取り付けは前位側だけだったようです。
 他の装備を見てみると、こちら側は、ワイパーが運転台側だけに残っていて、助士席側は、取り付け部にカバーのようなものがついているだけなのが確認できます。このカバーは、ワイパーの振れ幅ほどの幅は無いように見えるので、ワイパーを撤去して取り付けられたようです。また、屋上を見ると、ホイッスルカバーが背の高いタイプであることがわかります。ホイッスルカバーは、115系に付いているような、コンパクトなものが付いている荷物電車もあるのですが、この背の高いタイプは荷物電車特有のもののようです。Nゲージのパーツとしては、タヴァサホビーハウスが発売しています。

 クハ103-525も、特有の装備が付いていました。写真中央は、公式側中央少し後ろの「半分の抵抗器」、写真下は非公式側後ろの「C-2000コンプレッサー」です。これらの機器は、モハ103,102に付いているものなので、クハ103-525には「1編成分の機器が盛り込まれた」と考えられ、佐久間レールパークにいた「クヤ165-1」と同じコンセプトだったと考えられます。
 

クモニ83レポート(その1)ポッポの丘の保存車両

 投稿者:原口 悟  投稿日:2020年12月28日(月)00時26分18秒
返信・引用
  皆さんこんばんは

昨日(26日)、千葉県いすみ市の「ポッポの丘」に保存されているクモニ83006を観察してきました。
 クモニ83006は、末期は北松本支区にいて、廃車後に東芝府中工場の構内車両となっていたのですが、最近になっていすみ市の「ポッポの丘」に移動したことを知ったので、観察をすることをかねてから考えていました。日程がなかなか都合がつかなかったのエスが、先日になってようやく足を伸ばすことができたものです。写真上がクモニ83006で、「ポッポの丘」のHPでも、保存会によって整備が行われたことが紹介されています。
 写真中央は、クモニ83006と同じく、東芝府中工場の事業用車両となっていたクハ103-525で、クモニ83006と同時にポッポの丘へ移動してきました。こちらは現在整備中で、さび止め塗装とパテ塗りが行われているところです。見分けがつきにくいですが、雨樋はさび止め塗装の赤色になっています。
 写真下は他の保存車両から、オロネ24 2です。末期は青森運転所で、「日本海」用になっていた車で、オロネ14,24形は大多数が個室寝台に改造された中で、プルマン式のA寝台として残った数少ない車です。
 クモニ83006とクハ103-525の床下を中心として観察してきたので、後程報告したいと思います。
 

読み方いろいろ

 投稿者:73おやぢ  投稿日:2020年12月20日(日)18時17分15秒
返信・引用
  みなさん、こんばんは。

形式の読み方に、正解はないようです。
まず、規程で用語の定義はあっても、読み方の定義はありません。
また、電車関係の従業員を養成するための通信教育教科書にも読み方の指示はありません。唯一、新性能車のハイフンの説明に、「の」と読むとの記述が一時ありましたが、執筆者の個人的見解であったのか、後年の改訂版では削除されています。

要するに「ななじゅうさん」でも「ななさん」でも、相互に理解でき、間違いが生じなければ問題にならない事柄と考えます。

次に個人的な経験を申します。小学生のころ唯一の情報源であった鉄道誌にはルビがないので、わが知識は「ななじゅうさん」式で構築され、友達との会話もそうでした。
それが中高生になって現場巡りをするようになり、「ななさん」に変わりました。とはいえ、現場が全て「ななさん」式だったわけではありません。弁天橋区の17m車は「じゅういち」や「じゅうろく」であり、「いちいち」や「いちろく」ではなかったからです。

大学時代は自動車とオーディオに首を突っ込みました。いっぱしのカーマニアを自負するとブルーバードやスカイラインといった車名ではなく、510(ごーいちまる)や110(いちいちまる)といった型式(かたしき)で会話をするようになります。メーカー側でも開発時のコードネームをそのまま車名とした、いすゞ117(いちいちなな)クーペの例もありました。友人との会話もさることながら、ディーラー、中古車センター、行きつけの修理工場などで直接会話する機会が多いという環境が、鉄道趣味との大きな違いなのかもしれません。

一方、オーディオはメーカーによって付番の基準(区切りの単位)がかなり違うので、結果的に使い分けていました。例えばアンプの場合、ヤマハはCA1000(せん)、トリオはKA7300(ななせんさんびゃく)、ソニーはTA1150(いちいちごーまる)、サンスイはAU-D607(ろくまるなな)と言っていたようで、切りのいい数字かどうかが関係していそうです。言い手側は簡潔で言いやすいこと、聞き手側は数字を容易に脳裏へイメージしやすいことが肝要で、これを踏まえての使い分けだったようです。

さて、「ななまんさんぜん…」式ですが、これは修車関係で使われたようです。例えば工場で当日の作業指示内容(ガリ版文書や職場の黒板など)に記載された5桁数字を称号規程を踏まえて順当に読んだ結果であり、そこには「何形の何番」という意識はないと思います。

電車区は基本的に「ななさん」式で、個体を特定するときは心の中でハイフンがあると仮定して(称号規程違反ですが!?)、クモハ73123であれば「ななさんの123」としていました。ちなみに123は「いちにさん」でも「ひゃくにじゅうさん」でもお好みに応じて、でした。いずれにせよ、この言い方はどこの電車区でも通用するオールマイティーでした。
では、電車区で「ななまんさんぜん…」式が全くなかったかというと、ごく稀にはあり、首都圏のクモヤ90形は若番が多くて数字の構成要素が単純だったので、「きゅうまんご」とか「きゅうまんきゅう」と呼ばれていました。

とまあ、いろいろ申しましたが、結果的には通じればよいということですね。



 

新性能化直後の富山港線475系とクハ455-302の製作

 投稿者:原口 悟  投稿日:2020年12月20日(日)00時59分16秒
返信・引用 編集済
  皆さんこんばんは

60-3改正での富山港線新性能化直後の475系と、同時期に北陸地区に入線したクハ455-302を製作したので報告したいと思います。
 475系製作を思い立ったのは、TOMIXが455・475系の改良新製品を発売したことで、新性能化当初の3両編成+増結のクハ455の製作を構想しました。

写真上はクハ455-302です。
 クハ455-302は、北陸地区に投入された唯一の165系改造車ですが、それ以外にもかなり多くの特異な点があったので紹介したいと思います。

(1) 有名な点としては、「交直流急行色を経験していない」ことがあります。これは、種車のクハ165-140を大宮工場で改造した時(1985/6/6付)、直接旧北陸色(赤2号にクリーム色10号帯)に塗り替えられたためです。
(2) 北陸本線の475系は早い段階からWCは汚物処理装置を整備していたのに対して、汚物処理装置が未設置のままでした。これは、種車が汚物処理装置を未設置だったのに対して、改造時にも追加をしなかったためで、北陸では、WCの使用が停止され、このため、その後編成を組んだモハ474-41のWCの使用機能が残されました。
(3) 改造当初は前頭部の種別窓が残り、また、スカートが黒色でした。
 北陸地区では種別窓の破損が相次いだため、昭和50年代中ごろまでに種別窓を鉄板を上から当てて埋めていたのですが、クハ455-302は、大宮工場での改造時は、種車のまま、種別窓を残していました。北陸地区の車は、北陸色塗り替え前に種別窓を埋めていたので、「北陸色」と「種別窓」の組み合わせは非常に珍しいものです。
 また、451~457系の系列は、前面のスカートを灰色に塗っていたのですが、クハ455-302は、改造当初は種車時代の黒色のままでした。これも改造当初のきわめて短い期間に限られます。
(4) 床下の水タンクの配置が、種車の製造時期からはありえないものになっていました。
 急行型電車のクハの水タンクは、容量1000リットルの鋼板製のもので、冷房準備車の頃からFRP製の700リットルのものに変化しましたが、この変化の時期が不明瞭です。
 写真中央は、模型での急行型クハの床下機器の表現で、左からKATO旧製品(モントレー色の165系)、TOMIXのクハ165、クハ169(ともにJR東海の165系を製作した時のもので、灰色に塗装)、右が今回の455系新製品のものです。冷房改造の時、新前橋電車区のAU12冷房改造車等、初期の改造車は水タンクが非公式側に付いていたのですが、大多数の冷房改造車は公式側に変わっています。KATOの165系が、初期の改造車の形態になっているのは、クハ153の床板を流用していることとも関係しています。
 165系の場合、FRPタンクへの変更は41年度早期債務(クハ165-144~155)からなのですが、当初は鋼製水タンクをそのままFRPに置き換えただけで、今回発売のクハ455と同じ配置でした。この次の42年度本予算は165系900番台(後の169系900番台)が製造されたのですが、これらの車も同じ配置でした。クハ165の次の予算は42年第三次債務(クハ165-156~187)から、床板機器が抜本的に再配置され、FRPの水タンクが中心線に移動しました。この予算から冷房が準備工事になっています。クハ169はすべてこの配列です。
 455、475系の場合、登場時から水タンクがFRPになったとの記述が多くの交直流急行型電車特集で記述されていますが、実際は、鋼板タンクが続いています。また、付き方は、クハ165の41年度早期債務の車と同じく、公式側にぶら下がっています。但し、クハ455の場合、容量を700リットルに縮小し、長さが短くなった水タンクが付いています。これがいつFRPタンクになったかは確認できてなく、今回クハ455-302とともに製作した、クモハ475-48 - モハ474-48 - クハ455-57は、冷房準備車登場直前の41年度第2次債務での製造で、水タンクはFRPになっています(TOMIXのクハ455新製品と同じ形態)。
 クハ455-302の種車は、クハ165-140で、初期冷房改造ではないので、床下機器配置は、1000リットルの鋼板タンクが公式側にぶら下がっていたはず(写真中央の左から2番目)なのですが、クハ455-302は、クハ169と同じ、FRPの水タンクが中心線にぶら下がった形態になっていました(写真中央の右から2番目)。このため、どこかの段階(おそらく冷房改造時)で床下機器を根本的に並べ替えたと考えられます。
(5) ホイッスルを検電アンテナ前に付けていました。
 アンテナは、円錐の台が一般的で、ホイッスル組込みの台形のものへは、北陸の場合、AU12冷房車(クハ455では、62~64)からです。クハ455形300番台への改造では、アンテナは円錐の台で、別にホイッスルをその前に付けていました。

 今回の製作での共通の加工としては、室内の座席を近郊化改造に合わせて一部を切り取り(クモハ475、モハ474-48、クハ455-57の場合は昭和59年度中、クハ455-302は改造時)、手すり、ワイパーの別パーツ化を行っています。信号炎管は先日紹介のGREENMAXの避雷器から、低、厚のパーツを使い、車体色に塗りました。クハ455-302以外の車の種別窓の埋め込みは、0.14mmプラペーパーを切り出して接着し、車体色に塗りました。汚物処理装置は、クモハ475,474-48、クハ455-47に取り付け、クハ455-302へは流し管のパーツを取り付けました。
 写真下は、富山港線での4両編成を組んでみたものです。クハ455-302がこの運用に入ったかどうかは不明(60-3改正当初はクハ455-20が運用に入っていた)ですが、1両単独で入ったので、この運用に入った可能性はあるのでは、と思います。

水タンクについて
 上記の475系とも関係するのですが、「水タンク」は、個々の車両を調査するには意外と厄介な存在です。旧形国電でも、WC取り付け改造車の特徴でもあるのですが、模型製作で、「どのような形態のものがぶら下がっているか」調べるのですがいがうぃと判りにくいものです。後天的にWCが取り付けられた、「400番台」は、改造時期から考えると、FRPタンクにはるはずですが、それ以前からWCが付いていた横須賀形、および70, 80系の水タンクの形態はわからないところが多く、上記の165系で紹介した鋼板タンクは、恐らく昭和30年頃から(ナハ10系の登場と同じ頃)で、それ以前はリブの付いた鋼板製(オハ35系泰葉43系に付いているものと同じもの)が大多数と思うのですが、70, 80系には、楕円断面の水タンクが付いているものがあります。また、10系寝台車ではFRPの大型のもの(14系以降の寝台車に付いているもの)に交換された車がいる(金沢運転所の急行「能登」用の車など)のですが、パーツでは販売が無く、再現には難しいもので、同様に円筒型のタンクに交換している旧形客車(直江津客貨車区の急行「妙高」」用の車など)もいて、これも模型での表現が難しいものです。
 

レンタル掲示板
/301