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 投稿者:新参者  投稿日:2020年 8月19日(水)23時40分46秒
返信・引用
  皆様こんばんは。

皆様には釈迦に説法ですが・・・。

全金更新車
鉄道ジャーナルに連載された「車両とともに30年」で、これらモハ63上がり車両の台枠補強
(台枠上面に波板をキーストーンプレートとして貼って補強)の意味合いもあったとの記述
が記憶にあります。

73おやぢ様
画像の79423の乗務員扉の上部から相当「錆」が上がっているように見えます。
これでは、内部(運転室)への濾水が結構あったように見えます。

占領軍のロング志向
足の長い彼らには、日本人にとっては広いサロ45のシートピッチも、足は組めず嫌われた
というような記述を読んだことがあります。>上記”30年”だったかも・・。

K様
クハ66000には1983年8月下旬に乗りました。車内の痛みはそれほどではありませんでしたが、
車体が汚かったです。モハ62、クハ66は登場当初はレジン制輪子だったんですね。
組合掲示板で「従来のものにした(鋳鉄制輪子)」ですから。
レジンだったらあんなに汚れなかったかも。
まぁ、ただ車体シリンダーのままレジンにすると従来車と混結時に問題があったか、
ブレーキシューの検修回帰が従来車と合わないなど面倒くさいのが想像できます。
ここの画像で、クハ66002の全面貫通扉下部が相当錆びています・・。これが運転室への
「雨水侵入」の結末でしょうか。

クハ66などはクハ115化して、御殿場線用のクハ115を捻出すればモハ115の先頭車改造は
不要なのにと当時思っていましたが、相当嫌われていたんでしょうね>62、66

クハ401などでも結構貫通路下部の腐食はありましたが、全検後は綺麗に(内部は
ともかく外部は)なってくるのが通例だった。この辺クハ66は手の施しようがない造作
だったんでしょうかねぇ。

皆様
モハ62の制御器はCS10に統一されているようですが、この辺種車と一致していますか?
DT13とCS10の組み合わせってクモハ73902とモハ71002~005は知っていますが、奥の深い
72、73では何が起こっても不思議でないので・・。

長距離を乗った最後の釣り掛け国電がモハ62になるのかなぁ・・。
 
 

もう一つの謎

 投稿者:白い陽  投稿日:2020年 8月18日(火)18時25分40秒
返信・引用
  皆さん、こんにちは。

Kさん

遅ればせながら73504の車内表記の貴重なお話をありがとうございます。

73500番台の実際の施工工場の話はかつてこちらで話題になったのですが、原口さんにお書き頂いたので省略させていただくとして、今回、一旦は73502と表記されていたとの話を伺ったことがヒントになって、ちょっと見方を変えて解けた謎があります。

もったいつけた言い方になってしまいましたが、それは73500番台の付番について、です。タネ車のモハ72の番号と73500番台になってからの番号に関連性がなく、モハ63時代まで遡ってみても関連付けられなかったのですが、施工予定だった工場毎に見てみると

(OY施工予定、偶数車)
73502(72293)
73504(72305)
(TT施工予定、偶数車)
73506(72016)
73508(72048)
73510(72076)
73512(72100)
73514(72112)
73516(72205)
73518(72244)
73520(72247)

(KY施工予定、奇数車)
73501(72207)
73503(72254)
73505(72285)
73507(72290)
73509(72291)
73511(72299)

(OY施工予定、奇数車)
73513(72215)
73515(72230)
73517(72231)
73519(72292)

と、見事に昇順で番号が割り振られていることになります。この法則で、もし実際の施工工場毎に割り振りを改めることになっていたら、73504は73502に繰り上がることになるのでは?、単なる誤記ではなく深読みの結果ではないかと考えてみました。

それにしても、73500番台はなぜ73501~付番されたのでしょう?、翌年度の73600番台はセオリー通りに73600~の付番なのに。



「あんな車やそんな車」
ありがたいお言葉を頂戴して感激です。いま1番は「72209」ですが、72080も72146も72310も気になりますし、見たことのない79317や79441、72704、横浜線では73145、73147、73157、73243、アコモ改造時期に借り入れされていた昭和28年型のクハ79など、ちょっと思っただけでもこんなにたくさん出てきてしまいます。


62、66型の組合掲示板

これまた貴重な記録ではないでしょうか。
補助溜めのドレンコック移設や床の点検蓋寸法など、使用側の意向を汲まずに一気に製作した結果かもしれませんね。新形式や72970の時のように先行試作でフィードバックが行われていれば、順調に営業に入れることが出来たのかもしれませんね。
当初、改造予定で長野に送られた79206の状態があまりにも悪く、改めてタネ車を回送したりということがあって、予定が遅れたという背景もあるのかもしれませんが。


重ね重ね、貴重な記録をありがとうございました。


ではまた。

 

62系など、いろいろ

 投稿者:73おやぢ  投稿日:2020年 8月18日(火)18時17分0秒
返信・引用
  皆さん、こんにちは。

最近、62系の話題が多いようですね。
62系の種車は1973年度中に施工場所へ送り込み済みなので、1974年の冠水事故の影響が及ぶことはありませんが、改造には紆余曲折があったようです。

40年ほど前、国鉄の担当者と雑談をする機会があり、そのさい62系に関する話が二つありました。
ひとつは「種車を解体したら台枠が使用に耐えなかったので、急遽、差し替え車を送り込んだ」とのことでした。工場はうろ覚えですが、長野だったような気がします。
もうひとつは落成後で、「主電動機点検蓋の位置に錯誤があり、修正が必要になった」とのことでした。62系の車内を見たことはありませんが、台車の軸距の差に起因したものと、別のところで聞いたことがあります。

Kさん
はじめまして。よろしくお願いします。
数々の写真をお見せいただきまして、ありがとうございます。南武線で通学とは、じつにうらやましい環境でしたね。アコモ改善の詳細を具体的にご存じなのは、まさに地の利であると、合点した次第です。当時、私は原形至上主義に凝り固まっていたので、窓がアルミかどうかの認識しかなく、車内の観察はさっぱりでした。79373や79374は三段窓時代に撮影していたので手許の配置表は×印のチェック済で、仮にアコモ改善後の同車が目の前にいても撮影しなかった可能性があり、もっと柔軟な気持ちでいるべきでした。手遅れですが。

白い陽さん、クモハ73503さん
なるほど、津田沼車が無風状態で、南武線のアコモ改善車を改造種車にするとは解せないとの感覚は理解できます。房総ローカルは千鉄局の所管なので、仙鉄局(仙石線)や静鉄局(御殿場線)と同等(首都圏車とは別の意)の扱いだったのでしょうか。津田沼区を訪ねたさい、アコモ改善や62系投入の可能性を聞けばよかったのですが、当時はそこまでの知恵がなかったのが悔やまれます。

ただ、62系の種車になったアコモ改善車がすべて「もったいない改造」かというと、そうでない例もあるようです。Kさんに貼っていただいた画像でもそれとなくわかりますが、79423の最前部通風器付近の屋根はだいぶ不自然で、中原区がこの車両を候補に差し出した理由がわかるような気がします。冷静に考えれば、そもそもこうした車両にアコモ改善を施工したこと自体が無駄だったといえなくもないのですが。

すぎたまさん
まず、45004は別の意味で貴重です。サロ45形は専用車に指定されたものの解除は比較的早く、1949年には日本人用として復活していたことがわかる点で貴重です。会社重役や鎌倉マダムが乗るサロ45形に「進駐軍将兵は立入禁止」と表示され、戦勝国の彼らが乗るのはロングシートのサハ48形という対比は、ある種痛快です。
もうひとつの12形は、「山手」の電車系統別標のはがし痕です。山手時代の11200~を貼りましたので、鋲との間隔などをご確認ください。
 

謎が解けました。

 投稿者:K  投稿日:2020年 8月17日(月)20時48分32秒
返信・引用
  原口さん、73502等の謎が解けました。ありがとうございます。これらは見るからに鷹取車と同仕様であり、不思議に思っていました。国鉄工場内で外注することもあったのですね。(それなら実態に合わせて、作業工場名で帳簿を記述すればいいのにと思いました)
車両製造メーカへの外注はいろいろな事例がありますが、これもあくまでも帳簿上は国鉄工場施工になるのですね。
写真はS49.8に兵庫から回着翌日に撮影した66000の妻面と62001の写真です。川重に外注したそうですが、鷹取工の銘板や表記です。
JRになってからの工事で一番驚いたのは、川重製E217試作車の量産化工事で、新潟鐵工で車体を振り替えたこと。車体そのものは川重から回送したようですが、旧車体が新潟鐵工に置かれていたのを見てびっくりしました。(熊本市電のLRVの製作現場を見学に行ったときのことです)
 

クモハ73500台など

 投稿者:原口 悟  投稿日:2020年 8月16日(日)20時10分47秒
返信・引用 編集済
  皆さんこんばんは

クモハ73500台について
kさん
 クモハ73500台ですが、大井工場工事とされている車について、実は「鷹取工場に外注された」ものがあります。お気づきの車のうち、実際に大井工場で工事されたのは、クモハ73504の方で、他、クモハ73515も大井工場での工事でした。73502と、他、73513, 517, 519は、工事が鷹取工場に外注されたと考えられています。この場の創始時にも、クモハ73504, 515が他の車とあまりに形態が違うことが話題になり、「実際の工事」の情報が集まりました。それによると、73502の種車の72293が1966年12月17日付、73513の種車72215が1966年12月20日、73517の種車72231が1967年1月7日、73519の種車72292が1967年1月17日付で鷹取工場へ甲種輸送された、という資料、また、73519については、1967年5月18日付で甲種輸送状態から復元、という記述もあり、鷹取工場での工事を示すものと考えらえる、とのことです。お気づきの「車内番号表示」も、73502の方が「73513, 517等と同様」で、73504が異なっているのも、「工事した工場が異なる」ことを反映すると思われます。また、73502が、車内番号の「2を4に書き換えたように見える」とのお話は興味深いもので、工事現場の方で工事する車の番号に勘違いがあった(鷹取工場から帰ってきた車と番号が同じだったので間違いに気づいた?その場修正ができる大井工場場内で工事した車の方の番号を書き直してつじつまを合わせた?)ような事情があったのでしょうか。

62系について
Kさん、すぎたまさん
 62系の工事については、「写真とイラストで見る国鉄72・73系電車」でも、工場による出来の差がかなりあったとの記述があり、掲示板の掲載内容中の「扉のばたつき」と「運転席雨水侵入」の記述は「出来の差」がかなり深刻だったことが伺えます。運転席については、「湘南型前面」を一から組み立てることが、国鉄工場ではかなり難しいことだったのだろうか、ということもうかがわせます。

掲示板に関する余談ですが、最近の工場の一般公開で楽しみにしていることの1つが工場内の掲示板に掲載されている「車両の工事」の内容を見ることで、特に東京総合車両センター(大井工場)では、首都圏の大規模な電車の転用工事の工事メニューが詳しく記述されているので注目しています。これまでに見たものとしては、山手線205系の転用、京浜東北線209系の房総地区転用、E217系の更新工事等があります。

103系の特別保全工事と更新工事について
1380さん
 「二度更新」の逆の例として、当初特別保全工事車を更新する予定があったのが取りやめられた車として、仙石線の「クモハ103-144 - モハ103-308 - サハ103-193 - クハ103-586」がいたことを思い出しました。同編成は、アコモ改造車置き換えのために転出した車で、転属時に特別保全工事と冷房改造を併せて行いました。1990年代前半に非冷房車を、首都圏の車を更新工事して転用した時、1本いた冷房改造された上記の編成を、更新工事を施工して継続使用する構想があったのですが、車体の傷みが予想以上に進行していたため、首都圏の車を更新工事して置き換えることに変更された、と話を見たことがあります。
 なお、アコモ改造車置き換えに転入時に保全工事と冷房改造を行った編成はもう1本いた(クモハ103-149 - モハ103-315 - サハ103-240 - クハ103-599)のですが、105系へ改造されています。
 

初期故障の範囲かと

 投稿者:すぎたま  投稿日:2020年 8月16日(日)19時18分52秒
返信・引用 編集済
  Kさん、みなさんこんばんは。

62系の組合掲示で、結構明らかになったことがありますね。
従来使用開始が遅れたのは、「点検蓋の関係」とか言われていて(たしかRJ記事?)、全然意味がわからなかったのですが、おおよそ明らかになったのでは無いでしょうか。
いずれも組合が要求したことは、いわゆる「初期故障的」な不具合がいくつもあって、それに対して現場で検討してからの改善要求と見ることが出来ると思います。この程度の不具合は、この種の車輌ではあることなのではないかと思うのですが…。
まあ、62系も案外謎だらけの車輌であったことは、否めませんね。組合の掲示は歴史的な資料と思えますので、掲載に問題は無いと思うのですがどうでしょうか。

中でも注目点は、DT13装備のクハは、TRに交換すると記載されていたのに、実行はされなかったあたりでしょうか。

千葉も組合が強い土地柄だったようなので、62系の増備は、この様子だと微妙だったかも知れませんね…。
小田急4000のように、流用品をパンタと主電動機とCP、制御器(小田急4000は制御器は流用してない)くらいにし、それ以外は新品とすれば、もう少し自由度も上がったのかも知れませんが…。

乗れなくて残念(笑)。
 

記録上の日付

 投稿者:K  投稿日:2020年 8月16日(日)17時23分42秒
返信・引用
  白い陽さん
「あんな車やそんな車」、おっしゃっていただければ探します。管理がよくないので、見つかるかどうかはわかりませんが。
原口さん
いろいろご教示いただき、ありがとうございました。
S46からS51までは南武線を日々通学につかっていたため、変化を記録しておりました。

なぞとして残っていることに、73502と73504についてがあります。これらはモハ72から全金化、クモハ化で、大井工場を同日に出場していたことになっていますが、形態に違いがありすぎで、さらに73504の車内車号表示が、502の2を4に書き換えたような形跡がありました。(73502の方は513、517等と同様で、手書きではない表示) 国鉄の人に聞く機会もないまま50年経ちました。この辺の経緯を、どなたかご存じあればご教示いただけると嬉しいです。

記録上の日付が実態とずれている例として、62503を示します。同車はS49.12に郡山工で改造出場したことになっていますが、S49.8に仙石線へ行った時に、東北線から同車をほぼ完成していると思われる姿で目撃しています。完全に完成するまでにあれから数か月もかかるようには見えず、長野工担当分の66002等と編成を組むために、帳簿上は12月落成としたように思われます。
写真はS49の年末に、富士区で許可を得て撮影したものですが、出場日直後でしたが車体の綺麗さに明らかに差がありました。
62,66系は組合から欠陥車と言われ、走り出すまでに時間がかかりました。組合の掲示板の写真も参考までにアップします。(微妙な内容ですが、45年も前のことなので載せます。不適切であれば消去します)

 

二度更新

 投稿者:1380  投稿日:2020年 8月16日(日)11時36分14秒
返信・引用
  皆さん、お暑うございます。

貴重なお話、誠に有難うございます。

72系アコモA更新車のクハ79373・クハ79374・クハ79423がそれぞれクハ66300・クハ79606・クハ66301に改造(再更新)されていた話、非常に興味深く拝見させていただきました。

アコモA更新もボデー載せ替え更新(62系・72系970番台化)も、現代流の表現では「大規模修繕工事」に該当すると思われます。

首都圏管内の103系でも、一旦特別保全工事(アコモ併施)を行った車両に対し、改めて車両更新工事を行った事例が4両ほど存在していたのを思い出しました。
(該当車両はモハ103-219+モハ102-374とモハ103-432+モハ102-588だったと思います。)
国鉄末期であれば、アコモ改善を行うこと自体が大規模修繕だったはずなのですが、JR東日本発足後にこの4両に改めて車両更新工事(これも大規模修繕)を施工したのは、何らかの特段の事情があったのかもしれません。

と同時に、「歴史は繰り返す」を改めて実感させられてしまいました。

以上です。
 

お礼

 投稿者:白い陽  投稿日:2020年 8月16日(日)02時15分31秒
返信・引用
  皆さん、こんばんは。

Kさん

原口さんもお書きになられていますが、短期間の容姿をよくぞ残していただきました。感謝しかありません。が、そうなるといろいろ欲が出てきてしまいまして、もしやあんな車やそんな車もお撮りになられているのではないかと期待もしてしまいます。

南武線では、昭和46年度下半期で大半の車がアコモ改造を受けたのに、それから1年も経ずに翌年9月には101系の第一陣46両が転入して、アコモ改造を受けた車であっても他区へ転出したり(リハへの79369を含む)、改造のタネ車になったりと、計画的というより場当たり的な印象が否めないです。

アコモ改造の対象となったトタ、ナハ、ヒナ区では、京浜東北線・常磐線の新性能化によって捻出された車と振替えとアコモ改造とが絡み合って日に日に様相が変わっていた頃ではないかと思います。是非実見してみたかったです。


仙石線の79407について。

以前、田中景一さんのHPにリハ区へ貸し出し中に撮影された同車の画像から話題になったのですが、その後ツヌ区へ返却されてからの写真がPR誌に掲載されており、前面の行先板入れは撤去されておりました。
どうやら仙石線で使用するにあたり、行先板入れを仮設したのではないかと思われます。
よく見ると、関東型のように何枚も行先板を収納できるタイプではなく、私鉄にあるような1枚だけ入るタイプであることからも仙石線仕様と言えそうです(79943も同タイプか?)。
もしもそのままツヌ区で使用されていたなら、また異端車が増えていたかもしれません。


ではまた
 

クハ79369のアコモA更新から仙石転属までの間

 投稿者:原口 悟  投稿日:2020年 8月14日(金)23時00分15秒
返信・引用
  皆さんこんばんは
Kさん、クハ79374とクハ79369のアコモA改良の状態の写真の紹介ありがとうございます。

 クハ79369の方はアコモA更新(1972年1月6日:「首都圏の72系」より)から仙石線転属(1972年11月11日)まで1年以内で、「東鉄時代の写真」はクハ79373,423よりさらに条件が厳しいので、よく撮影して下さったと思います。クハ79369が、「盛岡工場改造説」が出たのも、転属前にアコモA更新を受けた証拠が見つからなかったことが一因ではないかと思われ、首都圏でアコモA工事を受けた「証拠写真」として重要なものだとも思います。

 クハ79369の動向に関連して、2013年12月29日にこの場に報告していたので、そこから情報を紹介したいと思います。元は「鉄道史料」掲載の仙石線の車両情報です。
 クハ79369が仙石線に転属したのは、1972年8月19日に塩釜付近で事故が起き、クハ79921とモハ72223が事故廃車になったための補充の為なのですが、この時、鶴見線17m車置き換えのために待機していた72系の中からクモハ73029とモハ72562が抽出されて貸し出されました。この後、11月11日付でクハ79369が転属し、恐らく同時にクモハ73029が返却されたと思われます。そして、貸し出されたままのモハ72562が12月29日付で正式に陸原区に転属の処理が行われました。このため、モハ72562は、正式に弁天橋電車区に所属したことがあったものの、鶴見線では全く走ったことが無く、クモハ73029は、曲がりなりにも仙石線を走った唯一のクモハ73形全金更新車、ということになります。
 

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