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昭和のキラキラネーム

 投稿者:1380  投稿日:2019年 6月 7日(金)11時06分46秒
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  こんにちは。

クモハ73503さんが、「国電」のJR化後の名称のことについて若干触れていましたので、これについて私なりの意見を述べたいと思います。
まず、JR発足後にJR東日本が国電に代わる名称を一般公募しました。私が投票したのは「首都電」と「都市電」でした。
「首都電」は、申すまでもなく「首都圏の電車」という意味です。
「都市電」は、「都市を走る電車」という意味であると同時に、JR西日本の管轄となった関西圏でも使用できるように考案したものでした。
しかし、史実がキラキラネームとなってしまったことは、言うまでもありませんでした。
と同時に、ライフラインともいうべき大都市圏の公共交通機関の名称に、いかにも安易かつ気まぐれな名称を命名するのはいかがなものかと思いました。

しかし、この名称は未だに見直しや改廃等が行われていません。私は、この名称については一貫してアンチの立場を取っています。以前、某鉄道雑誌に「地球環境に関する英単語(Earth Ecology・Environment等)とコラボレーションしてみてはどうか」などと提言してみたことがあったのですが、そのような動きは全然なさそうでした。
我々の周囲では、「当時選考委員だった某氏(あえて名を秘す)が、未だに駄々を捏ねているのではないか。また、このことでJR東日本も某氏に忖度しているのではないか」などというのが定説となっているようです。

取り急ぎ、以上です。
 
 

八高・川越線の車両

 投稿者:クモハ73503  投稿日:2019年 6月 7日(金)01時05分41秒
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  皆さんこんばんは。

原口さん早速ハエ71の写真ありがとうございます。

209系やE231系はJR化後の車両ですから「国電」ではありませんが(E電という言葉はやはり馴染めませんでした)

これらの車両も登場から既に20年を超え改造や編成組み替えが行われてかつての「旧型国電」みたいになりつつあるな、と感じてしまいます。

やはり電車は古くなる程面白味が出てくるものだな、と思ってしまいます。

保守をする現場としては厄介者なのでしょうけれどね。
 

川越車両センターハエ71編成

 投稿者:原口 悟  投稿日:2019年 6月 6日(木)23時46分13秒
返信・引用 編集済
  皆さんこんばんは
クモハ73503さん、お久しぶりです

 E231系3000番台の情報をありがとうございます。ハエ45,46編成のほうが先行落成したのは予想外でした。
 ハエ71編成は昨年9月1日の青梅鉄道公園訪問時の帰りで出会っており、車内の銘板を撮影していたので写真を紹介したいと思います(写真上、中央)。写真下は拝島駅に入るハエ71編成です(同じく2018年9月1日撮影)。
 

八高・川越線の車両

 投稿者:クモハ73503  投稿日:2019年 6月 6日(木)20時35分46秒
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  八高線で偶然ハエ71のクハがりんかい線出身中間が譲渡時にJRが製造した編成に出くわしました。

JRが譲渡時に製造したモハ209-3101のドアです。

車内のカラーもグレーではなくりんかい線出身の車両に準じてますがドアが無塗装です。

平成17年川重製です。
 

八高・川越線の車両

 投稿者:クモハ73503  投稿日:2019年 6月 5日(水)02時06分23秒
返信・引用
  皆さんご無沙汰しております。

原口さんお久しぶりです。

実は八高線用のE231系3000番台の件ですが41・42と登場したあと番号を飛ばして

先に45・46編成がデビューしており43・44編成はまだ完成してない状況です。

いずれはE231系3000番台は6本揃う予定ですが現状では209系3100番台がまだ運用に就いています。

興味深いのがりんかい線から譲渡されたこの209系3100番台のうちの1本の中間車が

譲渡された際にJRで製造された2005年製の車両という事です。

りんかい線から来た車両はドアの室内側が化粧板仕上げになっていますが

JR製はステンレスむき出しであり座席袖の部分の形状もJRの209系やE231系と同じ物になっています。

E231系の製造も大詰めを迎えた2005年に突如製造された209系ではありますが

三鷹区からやって来る元総武線車両の209系3500番台やE231系3000番台よりも5年以上新しい車両とは言え

異端車には変わりないので43・44編成が改造され完成次第廃車になってしまうのかもしれません。

5年以上古い車に置き換えられるという不可解な事態になってしまいますけど。

房総地区の古い209系と差し替えで生き延びてくれればと思っているのですがね。
 

西武武蔵丘車両工場レポート(番外)川越・八高線の電車

 投稿者:原口 悟  投稿日:2019年 6月 5日(水)00時41分2秒
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  武蔵丘車両工場へは、大宮から川越線を使って、東飯能乗り換えで行きました。
川越・八高線の電車は最近では、下記のクモハ40054訪問の時や、以前の武蔵丘工場訪問の時に報告しましたが、その時からの変化として、営業運転に入っているのは、209系3500番台とE231系3000番台だけになっていました(写真上:高麗川駅、写真中央:川越駅)。編成番号はE231系3000番台が「45」(写真下)、209系3500番台は「55」が確認でき、確か209系3500番台は5本、E231系3000番台は6本が落成する予定で、置き換えるべき編成は209系3000番台が4本、3100番台が2本、205系3000番台が5本なので、全交換することになり、そしてあと1本E231系3000番台が投入されれば置き換えが完了することになります。209系3000番台と205系3000番台はすでに置き換えが完了しており、209系3100番台も本線では目撃せず、川越電車区でも見られなかったので、2本とも既に運用を離脱している可能性が有ります。
 

西武武蔵丘車両工場レポート(その5)床下機器を支持する「碍子」の「屋号」

 投稿者:原口 悟  投稿日:2019年 6月 5日(水)00時22分1秒
返信・引用 編集済
  車内と床下の公開に使われた車は2000系(車内)と101系(床下)でしたが、床下の抵抗器を支持する「碍子」に「屋号」のような記号が書き込まれているのに気付きました(写真上)。同じものが昨年夏に観察した青梅鉄道公園のクモハ40054にもあったので紹介したいと思います。写真中央と下がクモハ40054の抵抗器の碍子に書き込まれた「屋号」です。西武101系では、抵抗器をぶら下げる金具の上だけに碍子がありますが、クモハ40054では金具を上下から碍子で挟み込んでいます。興味深いことに、「山に五」の屋号の抵抗器が西武101系とクモハ40054の両方に確認できました。西武101系の方は「山に五」の屋号だけしか見つからなかったのですが、クモハ40054の方は色々で、写真下の「カギに井」の屋号の他、「AG」や「菱にNPC」といったものもありました。類似の屋号としては、「山に五」の方では、地元に「山にサ」という屋号の「スーパーヤマサ」という店があり、「カギに井」については、佐伯泰英の時代小説「鎌倉河岸捕物控」で登場し、現在も盛業中の造り酒屋「豊島屋」の屋号「カギに十」が有名です。碍子に書き込まれた屋号も、メーカーのもので、「山に五」のメーカーはかなりの老舗かもしれません。  

西武武蔵丘車両工場レポート(その4)ローラーベアリング

 投稿者:原口 悟  投稿日:2019年 6月 5日(水)00時00分4秒
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  今回注目したのは「ベアリング」の展示です。
確か以前この場でベアリングが話題になったことがあり、「ベアリングの発達史」の記事が紹介されたことがあります。ここに展示されたのは「円筒コロ軸受」で台車の方に付いているものを分解したもの(写真上)の他、ギアボックスの方に内蔵されると思われる軸受もありました(写真下)。昭和戦前にスウェーデンから輸入された京急デハ230形の軸受では、軸受にグリースが充填されていましたが、この軸受では潤滑剤はグリースではないようです。
 

西武武蔵丘車両工場レポート(その3)踏面ブレーキのリンク

 投稿者:原口 悟  投稿日:2019年 6月 4日(火)23時45分12秒
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  工場内では台車やモーターの整備ラインが公開されていましたが、その中から、台車のブレーキのリンクの様子がわかるものがあったので写真を撮影しました。このリンクは、多分旧型国電の頃からあまり変わっていないと思われます。  

西武武蔵丘車両工場レポート(その2)その他のコンプレッサー

 投稿者:原口 悟  投稿日:2019年 6月 4日(火)23時35分19秒
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  ついでに、展示されていた他のコンプレッサーから、3つを紹介します。
西武鉄道にAK-3が入ったのは、戦後の戦災省電を含む国鉄からの大量の省電の導入が始まりで、旧西武鉄道、旧武蔵野鉄道および関連の合併私鉄由来の車輌を国電で標準化した格好になります。国鉄型の機器は昭和20年代後半から30年代初頭の車両を強く個性づけたものになり、確か451系辺りまで、旧型国電と親和性の高い機器が使われていたと思います。AK-3コンプレッサーもこの一環で、西武鉄道および西部譲渡車が入った私鉄でかなり最近まで現役でした。
紹介の写真のコンプレッサーは昭和50年代に入ってからのもので、国電の影響からは脱却したもので、むしろほかの私鉄の類似のものがあります。
 

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