teacup. [ 掲示板 ] [ 掲示板作成 ] [ 有料掲示板 ] [ ブログ ]

 投稿者
  題名
  内容 入力補助画像・ファイル<IMG> youtubeの<IFRAME>タグが利用可能です。(詳細)
    
 URL
[ ケータイで使う ] [ BBSティッカー ] [ 書込み通知 ]

スレッド一覧

  1. www(6)
  2. 全力全開(0)
  3. 全力全開(0)
スレッド一覧(全3)  他のスレッドを探す 

*掲示板をお持ちでない方へ、まずは掲示板を作成しましょう。無料掲示板作成


0.5M車のアプローチと、MM'と1M車の混成

 投稿者:原口 悟  投稿日:2020年 1月 3日(金)23時58分26秒
返信・引用 編集済
  皆さんこんばんは

すぎたまさんの話の、2個モータ化のアプローチの方法を見て、現在の「0.5M車」は、「M台車T台車混成」と、「1台車1個モーター化」のどちらのアプローチをしているのか、調べてみたところ、JRでは「M台車T台車混成」ばかりであることがわかりました。
 最初の0.5M車は、JR西日本のクモハ125形で、「M台車T台車混成」で、これ以降の車は、他のJRの車を含め、全てM台車t台車混成でした。「1台車1個モーター化」はかなり特殊で、JR西日本の223系3000番台の「0.75M車」だけでした。これらの0.5M車は、同期電動機の車は個々のモーターを制御する1C1M、JR西日本の225系以降の車、JR東日本のE129系は1C2Mとアプローチが分かれます。JR東海の313系は、1C2Mで、4個モーター車は1C2Mを2組搭載しているようです。
 「1台車1個モーター化」は、東京メトロ銀座線の1000系と、日比谷線の13000系、東武の日比谷線乗り入れ用70000系の例がありました。こちらは同期電動機使用による1C1M制御です。
 もともと4個モーターだったのを降ろした例としては、高松琴平電鉄の1200形が、片方台車のT台車化というアプローチをしていました。
 全体にMT台車混成のアプローチが多いのは、「台車内で回路を完結させる」考えがあるのでは、と思いました。

浅川さんの話の「1C8M車と1C4M車の混成」は、私の身近なところでは、東武8000系の6両編成がありました。8000系の6両編成は、東武野田線で現役ですが、この前(昨年12月1日)の東武鉄道南栗橋工場のイベントで、東武博物館所有の8111編成が休憩車として使われており、写真を撮影したので掲示したいと思います(写真上)。8000系では、MT比の1M1T化のため、1M車も作られており、2両編成(通称8500形、写真下)の他、6両編成に組み込むためのMT車(モハ8800、サハ8700形)も作られています。東武8000系の場合は、1M車は、最初からMM'車と編成を組むため、制御器は独自のものを作って、ノッチのつじつまを合わせていたようです。最近の例では、相模鉄道がJR東日本E231系の設計を導入した10000形電車を導入した時に、1M車を挟み込んで5M5Tの10両編成にした、というものがあり、計画されたものでは、国鉄末期に211系の横須賀線への投入が検討された時、東京地下駅の勾配対策のため、基本編成に1M車を入れて5M5T編成にすることが検討された、という話があったらしいです。

阪和線に戻ると、阪和電鉄時代の写真がRP87-12号のP25~27に掲載されています。モタ300形、モヨ100形は、「2丁パンタ」で設計されたのですが、最後に落成のモタ328~330は1丁パンタだったとRP87-12号にも記載されています(P47)。写真では、P25の1939年12月の恐らくモタ302による単行列車はパンタが片方外されており、モーターも半分降ろされている可能性が有ります。一方で、P26の1936年11月の写真のモタ300型の単行列車は、2丁パンタが残っています。また、P27の1934年秋のモヨ100―クヨ500の2両編成の列車は、モヨ100形とクヨ500形はほぼ同数が製造されており、MT編成前提で製造されたことが伺え、モヨ100形の方は4個モーターで残った(天王寺―和歌山間の「急行」専用車として別扱いされた?)可能性が高そうです。一方で、モタ300形の方は「大阪の国電」の資料でもモタ300形の項目の中に「2個モーター化」の記述があるので、RP87-12号P25,26の写真のような「普通列車専用車」として2個モーター車の運用が分離された可能性はあると思います。
 
 

片台車T化か片軸T化か

 投稿者:すぎたま  投稿日:2020年 1月 3日(金)10時39分20秒
返信・引用 編集済
  浅川さん、原口さん、みなさんこんにちは。

モーター撤去をどのようにするかによって、回路の組み方が違うのではないかと考えました。
つまり、
●●  ●●のM車を、
●●  ○○にするか(片台車モーター撤去)
○●  ●○にするか(片軸モーター撤去)では、
まるで意味が違うことになりそうです。
浅川さんがご説明の方法は、片台車モーター撤去であり、したがって単純に半ユニット状態になったということでしょうが、原口さんご紹介の600V化降圧改造の車輌は、片軸モーター撤去ではないのでしょうか。
片台車モーター撤去であれば、車輌としてのけん引力は半分(実際は走行抵抗などにも影響すると思うのできっちり半分ではない)になるものの、所定の電圧がかけられるので、その台車分では最高速が出せますよね。
しかし、片軸モーター撤去とすると、かけられる電圧は750Vまでになりますから、直列段までしか制御器(及びマスコン)を動かせられない理屈になります。この場合でも理屈の上では抵抗が抜ければ、やがて最高速になるでしょうが、実際には相当な時間がかかるのではないかと思えます。電流量との兼ね合いも心配かも…。
戦後の一時期、「シリース運転」と称して、ノッチを直列までしか入れないで運転したのは、片軸モーター撤去車があったからというか、直列までしか入れないのだから、片軸モーター撤去をしてもよい、としたからではないかと考えるわけです。

※クモハ103-62の故障時は、直列段が終わって、直並列に切り替わろうとすると、床下の断流器が作動し、制御器のノッチが戻ってしまい、再度直列段に入るため、そこから先に加速出来なくなる現象でした。

ここでは阪和線の例になっているわけですが、片軸か片台車かについては、着目してみる必要があるのではないかと思う次第です。

http://princesscomet.net/

 

2個モーター化によるノッチ数減少の影響

 投稿者:原口 悟  投稿日:2020年 1月 3日(金)09時26分7秒
返信・引用 編集済
  浅川さん、すぎたまさん、皆さんおはようございます

浅川さんの「2個モーターでは、端子電圧は定格のフル電圧がかかるが、制御段数が半分になる」との話を伺って、すぎたまさんの話のように、「最高速度は変わらないが、加速に時間がかかるのでは」と私も思いました。
 マニュアルトランスミッションの車の「1~4速」が、間引きされて1,3速、2,4速だけになるのと同じと考え、速度が上がるまでに低いギア比を長く使わなければならないため、加速に時間がかかる、と考えました。ギア比が加速の違いに現れた例として、カーレースの「F1」の過去のレースで、以下の記述がありました。

 1991年発行の文春文庫ビジュアル文庫「激走!F1 歴史に残る30の名レース」中、「1967年イタリアGP(1967年9月10日)」は、「第1期ホンダF1」と呼ばれる、1960年代のホンダF1の期間で、エンジンの排気量が3リットルになってから(1966年から)の最初の優勝として記録されるレースなのですが、そのゴールの様子が次のように記述されています。

 ブラバム(「ブラバムBT24・レプコ」に乗る、ジャック・ブラバム)よりずっと重いホンダを駆るサーティース(ドライバーのジョン・サーティース)は、5速へのシフトアップのタイムロスを惜しんで、4速のままオーバーレブ覚悟でスロットルを全開にし、チェッカー・フラッグの待ち受けるゴールに突進した。一方ブラバムは素早く5速に入れて全開でサーティースを追った。加速は明らかにブラバムの方が勝っており、2台の差はみるみる縮まっていった。

 低いギアの段数で引っ張ると、加速に時間がかかることがわかる例で、電車でも、加速を上げるために、103系でも、「超多段制御器」が開発(910番台)されているので、逆に段数が半分になると、車と同様に低い段数で引っ張らなければならず、加速に時間がかかると思いました。「大阪の国電」で記述されている、阪和電鉄の「直急」も、雄ノ山峠を越えるための速度を出すまでの時間がかかり、「加速のための停車駅の間引き」が必要になったのかも、と思いました。

「大阪の国電」から、阪和社形の記事をさらに見ると、モタ3000形3004は、国鉄買収後に電動車化されましたが、買収直前の事故でモタ313が廃車になっており、このモーターを転用したものである可能性が指摘されています(P63)。この事故(昭和19年6月27日の山中渓)は、「ボディが折れて廃車、解体された」とあります。阪和社形と同じ設計の新京阪P-6が、最後まで2扉で残った理由として、RM Library 110「阪急P-6」に「P-6の魚腹式台枠は構造上長手方向には強いが、横方向には弱いとされ、それ故か他車を含めて2扉車が3扉化される中にあって、形態を大きく変えなかったことが特記されよう」とあり、山中渓事故で車体が変形するほどになったのは、この弱点が露呈したものかもしれません。
 クテ700形は、「半室荷物車」ですが、「扱量が少なく、阪和時代から急行仕業の時荷物室に補助イスを入れてサロンの気分を出すなど実質上クタ(クハ)で使用された(P63~64)」とありました。

「鉄道線路略図」に見る阪和電鉄
 余談として、「意外なところで阪和電鉄を見た」話をしたいと思います。
 9月の山口への出張時に「SLやまぐち号」に乗ったことを報告しましたが、オハ35系客車の車内の「鉄道路線略図」が戦前のものの復刻でした。国鉄時代の優等列車用車両には、よく「国鉄の路線図」が掲示されており、手っ取り早いところでは「鉄道博物館」の車両で見ることができますが、「SLやまぐち号」のものは、写真のように戦前のものの復刻です。写真下は、あまり良い写真ではありませんが、、近畿圏の拡大図で、阪和線が「私鉄」になっています。左上に見える現在の加古川線も「播丹鉄道」という私鉄で、私鉄の表示になっています。
 

(無題)

 投稿者:浅川隆雄  投稿日:2020年 1月 2日(木)20時35分12秒
返信・引用
  すぎたまさま、
旧型の4個モーター車(1500Vの場合)はモーターの定格電圧が架線電圧の半分で、2個永久直列になっています。これを直列段では2群(4個)直列、並列段では2群並列(2S2P)とします。このうちの1群を解放(撤去)した場合、制御器は直列段でもモーターは定格電圧がかかりますから、抵抗が抜けた時は4個モーターの並列最終段と同じです。ただし、モーターは半減ですから1両あたりの牽引力は半分になります。105系は103系の半ユニットカットと同じ状態で、起動時のショック軽減などのため、抵抗値は変更されていると思います。
実例をあげると、西武鉄道2000系の4連は3M1Tで、クハと組む電動車は電気的に半ユニット、旧型でいう2M解放の状態です。乗って見ればノッチ数が少ないのがわかりますが、ちゃんと足並みは揃っています。東急8000系の3M2T、京王6000系の5M3Tも同様でした。
 

Re: 2個モーターの直列運転

 投稿者:すぎたま  投稿日:2020年 1月 2日(木)12時35分28秒
返信・引用
  > No.2846[元記事へ]

浅川隆雄さんへのお返事です。

>  750V(または675V)定格のモーターで2M車の場合、それぞれのモーターには定格のフル電圧がかかりますから、スピードが遅くなることはありません。ただ、直並列組合わせ制御ができないので4M車の直列段がなく、制御段数が半分になったと考えればよいわけです。
>  実例として103系と105系を比べれば、105系は直列段のみですが、車両性能は103系と同じですね。

そうなんでしょうか。105系の場合は、最初から直列制御で設計されているので、それもなんとなくうなずけますが、もともと4Mで設計されている車輌のモーターを半分にしたら、ギア比をいじるとかしなければ、原口さんがおっしゃるように速度は低下し、けん引力も低下するでしょう?
103系で言えば、マスコン2ノッチまでしか引けないのと同じでは?

私のHPに顛末の記載があるのですが、仙石線でクモハ103-62が故障した時は、直列段までしか制御器が回らなくなり、50キロ程度しか出せず、かつ勾配を登り切るのもやっとでした。

それとも、制御段数が半分になるのと同じだとすると、加速に時間はかかるが、最終的に所定の速度は(理屈の上では)出る???
単行の場合は、1M1Tになったのと同じ??

すみません。今ひとつわかりません。

今年もよろしくお願いいたします。

http://princesscomet.net/

 

2個モーターの直列運転

 投稿者:浅川隆雄  投稿日:2020年 1月 1日(水)23時13分18秒
返信・引用
   750V(または675V)定格のモーターで2M車の場合、それぞれのモーターには定格のフル電圧がかかりますから、スピードが遅くなることはありません。ただ、直並列組合わせ制御ができないので4M車の直列段がなく、制御段数が半分になったと考えればよいわけです。
 実例として103系と105系を比べれば、105系は直列段のみですが、車両性能は103系と同じですね。
 

新旧の交替:サンフランシスコより(その3)MUNI Metro新旧車両の車内と「リコ式吊り手」

 投稿者:原口 悟  投稿日:2019年12月31日(火)23時52分4秒
返信・引用
  Muni Metroの新旧の車両では、車内設備が大きく変わりました。
在来車の「BREDA」は、FRP製のバケットのクロスシート(写真上)だったのですが、「SIMENS」は、一体型のロングシートに変わりました(写真中央)。また、運転室仕切りも大きくデザインが変わりました。BREDAも長手方向のシートがあるのですが、SIMENSでは座席が長手方向一本になり、通路が大きく広がりました。ただ、FRP製なので、車両の加減速によって滑りやすく、バケット式でないので、より滑りやすさが強調された感じです。
写真下はBREDAの「リコ式吊り手」です。リコ式吊り手は、日本国内では、東京地下鉄道(現在の東京メトロ銀座線)の車両に導入されたのが始まりで、その後銀座線では昭和30年代くらいまでの車で使われていました。元々アメリカからの技術導入で、写真のリコ式吊り手はいわば「本家」でもあります。新型車両では、写真中央のように、吊り手はリコ式吊り手ではなく、バンドがぶら下がった簡素なものに変わったので、このリコ式吊り手もここ数年以内に見られなくなるものです。

それでは、皆さん良いお年を
 

新旧の交替:サンフランシスコより(その2)MUNI Metroの新型車両

 投稿者:原口 悟  投稿日:2019年12月31日(火)23時33分20秒
返信・引用 編集済
  サンフランシスコ市営鉄道(Muni Metro)にも、新型車両の投入が始まりました。

Muni Metroの一般運転用車両は、連節車のLRV2, LRV3形「BREDA」が主力になっています。BLEDAは、1996年から、従来車「BOEING」を置き換えて投入が始まり、BOHINGを2002年に置き換え完了しました。このBREDAも、最初の車輛の登場から20年が経ち、2021年には新路線も開業するので、置き換えのための新型車両が計画され、2017年からLRV4形「SIMENS」の投入が始まりました。SIMENSも前回の出張以降の登場なので、今回が初見参です。
写真上は在来車のLRV3(Nライン終点の「Ocean View」で撮影)、写真下が新型車両のLRV4(Balboa Park車両基地で撮影)です。外見は、従来車の「BREDA」の流れを受け継ぎ、より鋭角的にした印象です。
 

新旧の交替:サンフランシスコより(その1)BARTの新型車両

 投稿者:原口 悟  投稿日:2019年12月31日(火)23時17分56秒
返信・引用
  サンフランシスコは、2015年以来4年ぶりの訪問になったのですが、市内の鉄道に新旧の交替の波が押し寄せていたので、海外の話題になりますが、紹介したいと思います。

サンフランシスコ国際空港からサンフランシスコ市内、オークランド市内から郊外を結ぶ鉄道「BART」は、1972年の開業で、開業レポートが当時のRP誌に掲載されています。写真上は開業時に投入された非貫通前面の「Aシリーズ」です。その後、輸送量の増加に伴って、1980年代に中間車にもなる貫通型先頭車の「Cシリーズ」(写真中)が投入されました。これらの車がBARTの主力だったのですが、2扉クロスシートで、2004年にはサンフランシスコ国際空港に路線が延長され、輸送量が増加(最長で10両編成を運転)して、混雑が激しくなったため、3扉の新型車両が投入されることになり、2017年から投入が始まりました。前回の出張後の登場になるので、新型車両は今回が初見参です。新型車両は2023年まで増備されて、在来の車を置き換えるとのことです。写真下が新型車両で外吊りの扉が特徴です。これらの写真は12月12日にBalboa Park南の地上区間から地下に潜る直前のところで撮影しました。
 

阪和社形の「2個モーター」詳述

 投稿者:原口 悟  投稿日:2019年12月31日(火)18時35分25秒
返信・引用 編集済
  すぎたまさん、皆さんこんばんは

JRR「大阪の国電」の阪和社形の「2個モーター」ですが、まさに「直列制御」だったようで、「ほとんどの電動車は2個モーターの永久シリーズ運転にレベルダウンした(P22)」と記述されています。さらに、モタ328~330が2個モーターだったことと、2個モーター化による性能低下の関係で、「大阪、和歌山両府県境の碓ノ峠(原文ママ、「雄ノ山峠」のことと思われる)越え25‰を考慮し、天王寺―和泉砂川間の平坦線は各駅停車、山越えの和泉砂川―東和歌山間をノンストップの「直急」なる奇妙な列車も設定された」とあります。阪和時代の末期に見られた省電(最初は東鉄のモハ34-クハ38、後に大鉄のモハ43-クハ58)の借り入れも、「モーター不足のための運用可能車両の不足」が原因と記されています。

「2個モーター」というと、省電では、600V区間運用のために降圧改造されたクモニ13形や、同様に600V区間対応だった南武社形のクモハ2007がありますが、こちらは入力電圧が半減したため、並列制御が可能になっており、また、最近の新車で一般的になりつつある「0.5M車」は、2個モーターを前提として設計されているので、阪和社形のように、4個モーターを前提として設計されたのを、2個に減らしたのとは同列には考えられないと思いました。
また、「2個モーター」だと、実質1M1Tになるわけで、この状態でTc車を連結すると1M3T相当になってしまい、端子電圧750Vで149kw相当の強力モーター装備と言えども、走行がかなりきついのでは、と思われ、クヨ500形、クテ700、クタ750形は、雄ノ山峠を越えない平坦線限定だったか、大部分休車指定だったのでは、という可能性が出てきます。筑波鉄道から木造客車のクタ800形が入ったのも、輸送力増加に対して、「軽い客車」が要求されたのでは、ということも考えられます。
 

レンタル掲示板
/281