teacup. [ 掲示板 ] [ 掲示板作成 ] [ 有料掲示板 ] [ ブログ ]

 投稿者
  題名
  内容 入力補助画像・ファイル<IMG> youtubeの<IFRAME>タグが利用可能です。(詳細)
    
 URL
[ ケータイで使う ] [ BBSティッカー ] [ 書込み通知 ]

スレッド一覧

  1. www(6)
  2. 全力全開(0)
  3. 全力全開(0)
スレッド一覧(全3)  他のスレッドを探す 

*掲示板をお持ちでない方へ、まずは掲示板を作成しましょう。無料掲示板作成


台枠再訪(番外)「おぎのや」記念館

 投稿者:原口 悟  投稿日:2019年 4月 9日(火)00時32分1秒
返信・引用
  横川駅前の「おぎのや」の向かいに「おぎのや記念館」が開設されていることに気づきました。展示は「釜めし」関係のもの(写真上)の他、鉄道関係のもの」もあり、「115系の座席」が展示されていました(写真下)。
展示の写真の中で注目したのが、「高崎―横川間電化当初の横川ローカルの電車」で、「クモハ41-モハ30-クモハ40」の3M編成を組んでいました。クモハ41は「幌枠付き」なのでクモハ41029です(新前橋配置で他に幌枠が付いているクモハ60125は後年の転入)。また、クモハ40は、40044です。ただ、3両全てパンタを上げているのではなく、中央のモハ30はパンタを下してモーターをカットしていました。
 
 

台枠再訪(その7)マイネ40形

 投稿者:原口 悟  投稿日:2019年 4月 9日(火)00時09分51秒
返信・引用
  「客車」としては、もう1両、「マイネ40形」が碓氷峠鉄道文化むら」には保存されています。「戦後型オハ35系列」としては、先に紹介した手宮のオハフ33形、オハ36形と同時期の車になるのですが、「寝台車」という独特の構造を持つからか、床板の方向は「レール方向」で、オハ35、オハフ33型とは異なることがわかりました(写真上)。また、側梁は、スニ30型と同じ、高さ10㎝です(写真下)。  

台枠再訪(その6)荷物室の床の厚さ

 投稿者:原口 悟  投稿日:2019年 4月 9日(火)00時02分41秒
返信・引用
  碓氷峠鉄道文化むらにはより古い車として、三笠鉄道記念館でも報告した「スニ30形」が保存されています。この車の荷物室の台枠も厚さを測ってみたのですが、オハユニ61形よりは少し薄く、18cm程度でした。側梁は、オハ35系までは「アングル材2本を重ねて、上向きのチャンネルとしたもの」が使われていることを、以前に紹介しましたが、その高さは写真中央で示すように10cm程度で、この上に根太と床板を積み重ねて20cm近くまでかさ上げしていることになります。
「荷物車」としては、「キニ58形」が碓氷峠鉄道文化むらには保存されていますが、この車の床板の厚みを図ったところ、興味深いことにオハユニ61形とほぼ同じ「20cm」でした(写真下)。
 

台枠再訪(その5)オシ17形

 投稿者:原口 悟  投稿日:2019年 4月 8日(月)23時48分33秒
返信・引用
  10系客車には、従来車の台枠を利用して、軽量構造の車体を構築したグループがいますが、「碓氷峠鉄道文化むら」には、このグループから、「オシ17形」を改造した「オヤ17形」が保存されています。オシ17形は、以前に「3軸台車を装備していた構造にどのように2軸台車をあてがったのか」という疑問を解決するために、心皿部分の観察をしたことを報告しています。
床下を見ると、写真上のように、太い台枠に木製の床板が張られた「従来の構造」をそのまま継承していることがわかります。また、床板の張る方向は「レール方向」です。
写真下は、床下を観察しているときに気づいた、「厨房側の“廊下の仕切り”の部分の構造」です。上下方向が「レール方向」になり、床下に潜り込んで食堂室方向に頭を向けて寝転がった時に、「中梁の左側」だけに認められた構造で、「厨房」と「廊下」を分ける構造と判断しました。左が廊下、右が厨房になります。
 

台枠再訪(その4)オハ12形

 投稿者:原口 悟  投稿日:2019年 4月 8日(月)23時34分5秒
返信・引用 編集済
  「キーストンプレートと15cmチャンネル材」の組み合わせはその後の多くの車両で採用されました。

写真は「保存車」というよりは、「休憩所」の代用として使用されている「くつろぎ」のオロ12型の床下ですが、オハネ12形ときわめて類似性が高く、側梁も「15cmチャンネル」であることがわかります。なお、「15cmチャンネル」あるいは「15cmI型鋼」は碓氷峠鉄道文化むらの「気動車」でも確認できました(キハ20、キハ35形)。
 

台枠再訪(その3)オハネ12形

 投稿者:原口 悟  投稿日:2019年 4月 8日(月)23時26分21秒
返信・引用
  オハネ12型は、ナハフ11形とは少し異なっています。
キーストンプレートが縦通しているのはナハフ11形と共通(写真上)ですが、側梁は、写真下のように「15㎝チャンネル材」です。このサイズは横梁と同じで、このため、ナハフ11形に見られた「横梁の端の切れ上がり」はオハネ12形には見られません。
 

台枠再訪(その2)ナハフ11形

 投稿者:原口 悟  投稿日:2019年 4月 8日(月)23時21分0秒
返信・引用
  周知のように、客車では、「10系軽量客車」で台枠の構造に劇的な変化が起きます。
碓氷峠鉄道文化むらには座席車のナハフ11 1と寝台車のオハネ12 29が保存されており、両車を観察してきました。まずナハフ11 1の方です。

床下を見ると上の写真のようにレール方向の「キーストンプレート」が前後方向の全体の荷重を受け止めるようになっており、従来の「中梁」が見られない劇的な構造の変化が起きました。一応横梁はあるのですが、「機器吊りの支持材」の性格が強くなっています。
写真下は「側梁」を測定したものですが、高さが10cmしかありません。
 

台枠再訪(その1)オハユニ61形

 投稿者:原口 悟  投稿日:2019年 4月 8日(月)23時07分59秒
返信・引用
  皆さんこんばんは

昨日、群馬を走る蒸気機関車を見に行こうと思い立ち、調べたところ、「SL碓氷号」の方の運転日だったことがわかり、磯部駅の南に隣接する信越化学工業の東側の水田地帯で列車を撮影するついでに、「碓氷峠鉄道文化むら」へ出向いて、昨年夏の訪問以降、新たに生じた「台枠」に関する疑問点を解決すべく、車両を観察してきました。先にこの場で「鋼体化」に関係する側梁の移動について、オハユニ61形を例にして写真を紹介しましたが、今回、改めて定規を持って寸法の測定もしてきました。

まず、前回も報告した「オハユニ61形」の再訪の記録です。
写真上は「荷物室のレール方向に張った床板」と「客室の枕木方向に張った床板」の境界部分を示したものです。荷物室と客室とで床板の張り方が違うことがこの場でも紹介されましたが、今回改めて確認したものです。
写真中央は、横梁の途中に「機器吊りの支持」として貼り付けられたチャンネル材を測定したもので、中梁と側梁に使われている「20cmチャンネル材」であることがわかります。
写真下は荷物扉部分の「台枠の厚み」を測定したもので、20cmあることがわかります。このため、荷物扉の取り付けは、側梁の20cmチャンネルの上に行われていることがわかります。荷物車の場合は、荷物の大荷重を受け止めるために床板を強化しており、20cmチャンネルの内側に傾斜を付けて床をさらに厚くしていることがわかります。
 

片運モハと台枠など

 投稿者:原口 悟  投稿日:2019年 3月31日(日)13時35分16秒
返信・引用
  新参者さん、すぎたまさん、皆さんこんにちは

私鉄への「片運モハ」の導入
 「モハ63形私鉄割り当て車」が導入された私鉄の各方面にわたってかなりの変動をもたらしたことはRP誌の今回の特集でも紹介されていますが、「片運モハ」の導入も私鉄から見ると大きな変革になったのではないかと気づきました。
 先日の書き込みでも紹介しましたが、戦前の私鉄の車種はかなりの大手でも「両運モハ」と「片運クハ」が一般的で、片運のモハを大々的に運用したのは省電に限られましたが、モハ63形は「片運モハ」で、「少なくとも2両固定編成での運用を要求される」ことになり、私鉄から見ると、従来の電車運用から大きな変革を迫られたと思われます。

「標本抽出データ」としての買収国電
 「私鉄買収国電」ですが、買収私鉄は、広い地理分布、都会(Urban)から地方(Rural)までの広い経済的環境までカバーしているため、「統計学」的に「標本抽出」したデータとして、戦前の私鉄の動向を考察するのに使えるのではないかと考えました。
 上記の「両運モハ」と「片運クハ」に関連しますが、買収車のモハは、東京都市圏の南武鉄道、大阪都市圏の阪和電鉄を含めて、全て「両運モハ」で、省電(モハ1形)払い下げ車も、全て両運に改造して入線しています。クハ(合造車含む)は、「片運クハ」が大多数で、「両運クハ」が、モハ改造車を中心として若干数存在します。これに対して「サハ」は、すぎたまさんも紹介している「蒸気機関車列車時代の客車を改造したサハ」が富士身延鉄道と豊川鉄道にいました。また、特殊な例として伊那電気鉄道の「サロハユニフ」等の「牽引サハ」がいました。この他では、南武鉄道の「得体の知れない車」くらいで、サハの運用はかなりの特殊な環境下でないと行われなかったことが伺えます。

客車の台枠の「側梁」について
 客車の場合、乗降扉は両端にあって、側梁のある部分には基本的に扉は無いため、「側梁の違い」が外からは見えにくいことになるのですが、荷物車の場合は、荷物の大荷重を受け止めるために床板が厚くなるので、オハ61系以降の「20cm高さの台枠」でも床板の厚み増加のため、「20cm高さの台枠」は工作には都合が良かったかもしれないと考えました。普通の床だと、RP誌のスハ43系の台枠構造の図から見ると、多分床板高さより台枠の方が数cm高いと思われ、オハ64,オハフ64形の「中央扉の追加」では、たぶん台枠を切り取ってステップを追加したと思われ、もしかしたら、増設扉の部分に「側梁と床板の関係」が見える痕跡が観察できたかもしれません。

横浜シーサイドライン金沢八景駅開業
 今日3月31日は、京急の金沢文庫駅の横に作られていた、横浜シーサイドラインの「金沢八景駅」が開業します。「金沢八景駅」は、長く海沿いの「仮駅」でしたが、区画整理とともに本駅の建築が始まりました。金沢八景駅は3月28日(木)に訪問し、写真上は京急の高架新駅から撮影した、開業を控えた横浜シーサイドラインの金沢八景新駅、中央は、琵琶島から見た、金沢八景旧駅です。写真下は、新旧両駅の間の交差点から見た、新旧両駅を写した「パノラマ写真」で、カメラの「パノラマ写真」機能を使いました。

年度替わり直前の総合車両製作所横浜工場
 金沢文庫の総合車両製作所では、東急2020系が出場待機していました。2020系の落成が急ピッチで、今月に入って3本目だったように記憶します。また、埼京線E233系も製造されており、2020系の横に分割された編成がいました。この車両は公式の落成は年度明けになってからかも知れません。
 

床板の行方

 投稿者:新参者  投稿日:2019年 3月23日(土)20時43分21秒
返信・引用
  皆様こんばんは。

資料がなかなか手に入らず、その後の考察が進んでおりません。
先日発売されたRP.959「私鉄の63形電車」で?な写真が有ります。
P12の小田急1800形の床板が枕木方向です。
63形は枕木方向の根太受けに角材を置き、その上に長板をレール方向に貼るのが基本のハズです。この写真が、床版改修後の1800形なのか割り当てられた63形にイレギュラーが混じっていたのか・・。

原口様
色々貴重な画像をありがとうございました。特に1両中に枕木、レール方向を含んだオハニは興味深いです。客室がスハ43同様枕木方向で荷室がレール方向かと思うのです。
荷扉から積み込み後レール方向に荷物を滑らすでしょうから、枕木方向ですと板の継ぎ目と滑り方向が直角になり、荷物が床を削りやすくなると思われます。
改造荷物車の床に興味が沸いてきましたが、今さらですね。

ちなみにリニア鉄道館のオハ35206(戦前製)の床が枕木方向です。

すぎたま様
この形状からですと、この木造車は台枠上面に枕木方向根太(小横梁)、その上面にレール方向に床版になりそうです。
どうも木造車は台枠より幅広の車体を、側面に張り出した上記根太で支えるように見えます。

単純では無い床板に皆様、ご教授頂きありがとうございました。
 

レンタル掲示板
/264