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関東省電の幕板の種別表示窓:RM Library 249「横須賀線 70系時代(上)」より、内田康夫作「後鳥羽伝説殺人事件」に見る芸備線三次駅

 投稿者:原口 悟  投稿日:2021年 2月 4日(木)01時38分35秒
返信・引用 編集済
  皆さんこんばんは

関東省電の幕板の種別表示について
先日、RM Library 249「横須賀線 70系時代(上)」を購入しました。この中に、以前この場で話題になった、側面幕板に取り付けられた「種別表示窓」(半分が窓が空いていて、「急行」等の表示を引き出すもので、類似のものが飯田線、身延線に転出したクハ47型やクモハ42型の前面助士席側窓下に付いています)が確認できる写真が掲載されているのを確認しました。
 P7に1951年5月撮影の、代用2等車になっているサハ48022の写真と、同時期撮影の同じく代用2等車になっているサハ57010の写真が掲載されていますが、両車とも、幕板のほぼ同じ位置に種別表示が取り付けられています。また、P13にもう少し後の1953年10月撮影のサハ48022の写真があり、この時まだ代用2等車で、幕板の種別表示が残っています。
 同時期の写真が他にも掲載されているのですが、例えばP13の1950年10月撮影のモハ32020や、P14の同月撮影のモハ43022には幕板には種別表示は無いことがわかり、種別表示が付けられた車は「代用を含む2等車」に限られる可能性が有ります。

大船工場の職員輸送用車について
 同書には、大船工場の職員輸送車についての記述もあります(P36~)。1959年1月19日の木造省電モニ3414 - クヤ9000の編成と、同年6月17日撮影のモハ11424 - クハ16535の写真が掲載されています。

内田康夫作「後鳥羽伝説殺人事件」に見る芸備線三次駅
 最近BSで昔の2時間ドラマを見ており、当時の鉄道の様子に注目しています。内田康夫「後鳥羽伝説殺人事件」は「浅見光彦シリーズ」最初の作品として知られており、TVドラマ化がかなり早い段階から行われています。この話では、「最初の殺人事件の現場」が「芸備線の三次駅の跨線橋」で、TVドラマでも三次駅の跨線橋が実際に出てきます。何度かのTVドラマ化でその時々に三次駅の跨線橋が出てきますが、その周辺の情況が変化しているものもあり、変化していないものもあって、目を引く要素になっています。これまでに見た「後鳥羽伝説殺人事件」は

1990年1月16日日本テレビ放送「備後路殺人事件」(水谷豊主演)
2000年9月4日TBSテレビ放送「後鳥羽伝説殺人事件」(沢村一樹主演)
2009年4月10日フジテレビ放送「後鳥羽伝説殺人事件」(中村俊介主演)
2018年2月26日TBSテレビ放送「後鳥羽伝説殺人事件」(平岡祐太主演)

で、このうち前3作で三次駅の跨線橋が出てきます。3作の間でも20年近い間が空いているのですが、跨線橋を含む、三次駅の様子は全く変わっていないことが新鮮でした。これに対して、三次駅に入ってくる鉄道車両は年代を感じ、1990年版では国鉄当時の原型で首都圏色のキハ47形が走っているのに対し、2000年版では広島地域色の上が黄色のキハ47形が走っています。そして2009年版では、広島地域色は変わっていませんが、リニュアールされたキハ47形が登場します。さらに、三次駅は登場しませんが、2018年版では、朱色に戻ったキハ47形リニュアール車が登場します。このように、鉄道車両を「その時代を反映する風物」として注目している次第です。ちなみに一番最近のものでは最初の殺人事件は「三次駅の跨線橋」から「後鳥羽院御陵」に変更され、三次駅は出てきませんでした。

TVドラマでは、西村京太郎原作のドラマもよく見ていますが、これまでに見た「製作時期が一番古いもの」は、上記の水谷豊主演の浅見光彦シリーズで、一番最初の放送は1987年9月8日の「平家伝説殺人事件」でした。国鉄末期からJR初期の土讃本線と予土線が出ており、高架化される前の高知駅や、新製投入されたばかりのキハ54形0番台が出てきます。

(2/10追記)
先日、1987年放送の、浅見光彦シリーズ「平家伝説殺人事件」を紹介させていただきましたが、書き込みの直後の2月7日(日)にBS-TBSで、2005年12月26日にTBSテレビで放送された、沢村一樹主演の「平家伝説殺人事件」が放送されました。1987年の水谷豊主演「平家伝説殺人事件」からは19年後になります。舞台は同じ予土線沿線の四万十川流域にある、「藤ノ川」でこの地に出向くために、高知から土讃本線と予土線を乗り継いでいます。BS-TBS版で出てきた車両は、「キハ54形気動車が牽引する、トラ45000形の“トロッコ列車”」でした。
「平家伝説殺人事件」は、これはまだ見ていないのですが、他にフジテレビで1999年7月2日に放送された榎木孝明主演版と、2018年5月21日にTBSで放送された平岡祐太主演版があり、だいたい10年の間をおいて30年間にわたって4本が製作されたことになります。このため、土讃線南部から予土線の列車も、30年間の変化を追えることになります。

(2/13追記)
三次駅ですが、3回目の「後鳥羽伝説殺人事件」の後の2013年から2015年にかけて改築されています。このため、2009年までの放送で見られた三次駅は、駅及び周辺が大きく変化しています。また、2009年の放送と2000年の放送の間でも、三江線専用ホームだった「0番線」が無くなる変化が起こっています。また、三次駅構内には転車台があったのですが、東武鉄道の「SL大樹」運行に伴って鬼怒川温泉駅に移設されました。写真は、2019年8月18日に「SL大樹」に乗った時に、鬼怒川温泉駅で撮影した、元三次駅の転車台です。
 
 

列車選別装置と連結器周り

 投稿者:原口 悟  投稿日:2021年 1月31日(日)00時21分49秒
返信・引用
  前納さん、皆さんこんばんは

 クハ103-535の排障器に付いている金具が「列車選別装置の車上子」ではないかとの情報をありがとうございます。芝生さんのクモハ103-66の写真の列車選別装置の車上子が付いている状態も確認しました。クハ103-525の写真もありましたが、京浜東北線で中間に封入されているところで、排障器に列車選別装置が付いているかどうかは確認できませんでした。
 写真上は「ポッポの丘」で、クハ103-525の連結器部分を正面から撮影したところで、下に並べたクモニ83006とキハ38 1の連結器の写真と同じく、「連結器と胴受けの構造」を比較する目的で撮影したものなのですが、胴受の後ろに話題の「列車選別装置の取り付け金具」が見えています。正面から撮影しているので、金具の位置関係が明瞭で、助士席側にオフセットしていることと、軌道間隔の半分以上の間隔が有りそうなほどの大きさのものがぶら下がっていたらしいことが伺え、クモハ103-66の写真でも、列車選別装置は結構大ぶりなことが伺えます。

 胴受けを見ると、クモニ83006のものとクハ103-525のものは「コイルばね」がだいぶ異なっており、クハ103-525の方が「巻きが細く、間隔が広く、線材が細い」ようです。また、キハ38 1は両側のばねの間隔が非常に狭く、模型の観点から、「部品の共用はできない」と感じました。
 

列車選別装置の車上子

 投稿者:前納浩一  投稿日:2021年 1月26日(火)19時40分29秒
返信・引用
  原口さん、みなさん、こんにちは。

排障器についている謎の金具は、中央線快速時代に使用していた列車選別装置の地上子を取り付けていた金具と推察します。
芝生さんのサイトで、クモハ103-66の写真などが判りやすいです。
 

「青4号」の富山港線2色塗り以外の用途

 投稿者:原口 悟  投稿日:2021年 1月25日(月)23時32分44秒
返信・引用
  皆さんこんばんは

 富山港線の昭和20年代後半から30年代前半にかけての2色塗りは、最近の情報で「クリーム色1号」と「青4号」とされていますが、「青4号」の富山港線以外の用途が見つかりました。
 RP04-02号(特集 キハ35・45系)を読んでいたところ、キハ35系の製造予算ごとの変化のところで、まず、昭和37年度本予算のところ(P14)に「行先方向幕の文字のうち、黒字のものは青4号とした」とあります。さらに、昭和38年度本予算(追加)のところ(P15)に「行先方向幕の文字色を青4号から青15号に変更した」とあります。この記述から、キハ35系の場合、方向幕の文字が青4号だったのはキハ35 33~56、501~512、901~910、キハ30 1~15の合計61両となります。
 同時期の電車を見ると、ちょうど昭和37年度本予算で製造されたのが103系の試作車(900番台)でした。ちなみに「ポッポの丘」のクハ103-525は予算ではずいぶん後の昭和40年度第2次民有になります。近郊型、急行型電車では、MT46モーターからMT54モーターへの移り変わりの頃に相当し、モハ111,110の末期、115系の最初の製造の頃になります。
 

クモニ83レポート(補遺その5)クハ103-525のTR201台車

 投稿者:原口 悟  投稿日:2021年 1月24日(日)01時16分54秒
返信・引用 編集済
  皆さんこんばんは

「ポッポの丘」のクハ103-525の続きとして、TR201台車の細部を紹介したいと思います。

写真上は前位台車の「側受」です。側受は揺れ枕吊りの上に付いていますが、この位置を「かなり外側に付いている」と感じました。側受けは、この場でも旧形国電の台車のものがしばしば話題になっており、私もこの場にTR34台車とDT13台車のものを紹介しています。両台車と比べると、TR201台車の側受はかなり外側で、旧形国電ではDT17台車以降のものに近そうで、「コイルばね形式の揺れ枕吊り」という共通点があるので、「揺れ枕吊りの構造」で側受け位置が制限されたのでは、と思いました。写真中央は、両側の側受と、中央の心皿を併せて撮影したもので、心皿と側受の位置関係がわかるのではと思います。

写真下は排障器です。狭義の排障器は、車輪の前に下に突き出しているものですが、この車の場合、排障器の取り付け台座がさらに前に伸び、左右をつなぐ部材の下に、何かを取り付けるような部材が下にぶら下がっています。また、この位置は中央ではなく、非公式側にかなり寄っています。これが何なのか、謎です。
 

クモニ83レポート(補遺その4)クハ103-525の手ブレーキのリンク

 投稿者:原口 悟  投稿日:2021年 1月17日(日)13時24分39秒
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  皆さんこんにちは

電車の制御車の中には、床下機器の中に「手ブレーキのホイール」が目立つ車がいます。「ポッポの丘」のクハ103-525も、手ブレーキのホイールが目立つので、この部分も観察しました。
 写真上はホイール部分、中央は大ホイールから運転台の手ブレーキへのリンクです。
 手ブレーキの取り回しは、旧形国電のものは、モデル8「大糸線 旧形国電写真等」P75に各種の図が掲載されており、この元となるものが「とれいん」1988年2月号P56~63に掲載されています。これらの図と比較すると、クハ103-525は収録のどの分類とも異なっており、「台車ブレーキを鎖車で駆動する」方式になっています。また、大ホイールが外側に、小ホイールが内側にあるレイアウトも旧形国電では見られないもので、これが「手ブレーキのホイールが目立つ」要因になっています。
 写真下は写真上と似たアングルですが、向こう側のATS-S車上子を撮影したものです。
 

クモニ83レポート(補遺その3)ボールドウィンA形台車

 投稿者:原口 悟  投稿日:2021年 1月16日(土)11時19分42秒
返信・引用 編集済
  皆さんおはようございます

「ポッポの丘」には、地方私鉄の電車も何両か展示されています。その中には、昭和初めの地方電化私鉄の発展期に製造された、「ボールドウィンA形台車」を装備した車もいて、これらの台車も見てきました。

 上は長野電鉄モハ1003の台車で、U形イコライザーを装備した台車です。軸箱の蓋を見ると、日本車両の社紋が刻印されていることに気づきました。このタイプの台車は、GREENMAXで「日車D形台車」の名前で発売されていることもあり、「日車D形台車」と呼ばれることも多いものですが、この台車は、真正の「日車D形台車」ということになります。
 モハ1003は、「運輸省規格型電車」のカテゴリーに入るもので、ボールドウィンタイプの装備例としては末期の車になります.

 下は銚子電鉄デハ702の台車で、こちらはデハ701とは異なり、「弓形イコライザー」台車です。見かけはかなり異なりますが、台車の外側に張り出す、三角形のブレーキ支持部は「日車D形台車」と共通の構造で、「ボールドウィンA形台車」であることが示されます。この台車は住友製鋼の「KS-33L」台車とのことです。
 銚子電鉄デハ700形は昭和3年に伊予鉄道デユワ101形として作られた木造車を昭和16年に日本鉄道自動車で鋼体化して、モハ51形となった車を昭和53年に譲受した車ですが、機器はデユワ101形由来のものを継承しています。台車もデユワ101形由来のもので、こちらはボールドウィンタイプの早い方の装備例になると思われます。
 

クモニ83レポート(補遺その2)DE10との再会

 投稿者:原口 悟  投稿日:2021年 1月 9日(土)11時40分36秒
返信・引用
  「ポッポの丘」には、以前「船の科学館」にいたDE10 30が移動してきています(写真上)。DE10は、2010年3月23日に航海から帰ってきたときに「船の科学館」を訪問しており、その時に「羊蹄丸」で見て以来の再会です(写真中央)。羊蹄丸にはDE10とともにスハフ44もいましたが、こちらは真岡鉄道真岡駅の「SLキューロク館」に移動しており、こちらもちょうど5年前の2016年1月10日に訪問しています。  

クモニ83レポート(補遺その1)ATS-B受電器

 投稿者:原口 悟  投稿日:2021年 1月 9日(土)09時41分24秒
返信・引用
  皆さんおはようございます

先日の「ポッポの丘」訪問時にクモニ83形以外で注目した物品を紹介したいと思います。

写真は、クハ103-525の「ATS-B受電器」です。
 ATS-Bは、ATSシステムの中でも歴史が古いもので、首都圏、関西圏の「国電」区間を中心に整備され、いわば「国鉄時代」の「国電」を代表するアイテムといえます。ATS-Bは、JRに変わってから、新しい世代のATSへ次第に後退しており、2000年頃までには、実際に使っている線区は無くなっていたのではないかと思います。使われなくなったATS-B受電器は、次第に撤去されたり、装備したままの車が廃車になったりして、現物を見ることが次第に少なくなり、現在、ATS-B受電器を装備した状況で残している車は、非常に珍しい存在ではないかと思い、注目したものです。
 写真上は、ATS-B受電器を装備した連結器部分全体を撮影したもの、中央は向かって右側のATS-B受電器の接写、下は、ATS-B受電器の後ろ側の「配線」を撮影したものです。「配線」は見る機会のなかなかないものなので注目しました。
 ATS-B受電器は、下根気当時は、黄色や水色で塗装されていて、視覚的にも目立ったものですが、写真の状態では、塗装が落ちたのは、無塗装のような感じになっています。

 ATS-B受電器は、Nゲージではあまり販売パーツを見ないもので、古くは、プラ丸棒に真鍮線を通したものを自作したり、最近では銀河モデルとトレジャータウンから、TOMIX TNカプラーの下に接着する真鍮版パーツが出ています。また、KATOの101系発売に合わせて発売された交換パーツに、ATS-B受電器を一体成型した胴受けが入っています。なお、ATS-B受電器の「色」は、銀河モデルでは塗装済みパーツとして水色のものが発売されているのを見ており、KATOのものは黄色で成形されています。
 

首都圏に残ったモハ30, 31系列の車の裾の変化。

 投稿者:原口 悟  投稿日:2021年 1月 7日(木)22時39分6秒
返信・引用 編集済
  すぎたまさん、73おやぢさん、皆さん明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。

 三井芦別の客車は、これまでの17m級国電の特集でも、遠隔地ゆえ、触れられることが少ないもので、写真が見つかったことが注目だと思いました。
 すぎたまさんよりの写真で注目したのは、「裾の形状」で、以前にも紹介したRPアーカイブス16「国鉄の客車1950~60」中「70系客車のいろいろ」(P120-127、オリジナルはRP58-11号)による、1930年度までの特徴の「下降形」がわかりますが、モハ31形の写真を改めて見ていたところ、この部分の形態が後天的に変化した車がいたことに気づきました。
 「旧形国電車両台帳」のP32~36がモハ31系の写真頁ですが、この中で、P34のクハ38017の写真では、同車は裾が「下降形」(S6.6.19製ですが、前年度の形態を継承)ですが、その下のクハ16001(元クハ38005)の写真では、裾が「70系客車のいろいろ」による「上昇型」です。他、芝生さんの写真では、可部線のクモハ11205が、元は魚腹台枠で、裾は下降形のはず(元モハ31007、S4.10.19川崎製)ですが、上昇型になっています。また、元モハ30形でも、かなりの車が裾が下降形から上昇型に変わっています。
 一方で、元モハ32形の系列は「下降形」を残している車が多く見つかりました。モハ32系列は飯田線、身延線にいて、豊川分工場と関連が深かったので、豊川分工場で更新修繕をしたことによる特徴ではないか、と思いました。また、仙石線の17m車は、モハ30,31系列共に裾が下降形で残っていることを確認しました。
 このため、裾が「下降形」から「上昇型」へ変化したのは、首都圏に遅くまで残った車に代表される、「大井工場で更新修繕を受けた車」の特徴ではないか、と考えてみました。更新修繕1と2のどちらで裾の修正が行われたかはわからないのですが、昭和30年頃の首都圏のクモハ11100台に裾が下降形の車がいるので、「更新修繕2」の方が有力かもしれません。

 模型で見ると、KATOから発売された南部支線セットは、クモハ11248、クハ16007のセットで、クハ16007の方は、昭和5年型のリベットの多い車体と、「裾を上昇型に修正した」形態が表現されています。また、クモハ12形は、クモハ12052になっていますが、こちらも裾が「上昇型」です。このため、地方のモハ31系列を表現するには、「裾の下降形への修正」が必要になることがわかりました。

クハ455形300番台の水タンクのレイアウトについて
 先日、富山港線の475系の製作の報告で、クハ455-302の「水タンクのレイアウトが変化したこと」を紹介しましたが、その「解答」がRP14-2号の455,475系特集に見つかりました。
 P62~72が「急行型交直流電車 改造先頭車の記録」で、その中のクハ165から改造の300番台の改造内容の記述(P65~)に


種車の110kVA-MGは、直流から交直流化の改造を行った上で再用した。交直流化に伴って、リアクトルが大きくなるため、、水タンクがアルミ製のものはFRP製に取り替えた。


とあります。クハ455-302の種車のクハ164-140は、この「水タンクがアルミ製」の製造ロットで、アルミ製(先の書き込みで「鋼製」と表現したもの)の水タンクを交換するに当たって、同時に床下機器を再配置したのが、床下機器が変化した原因でした。他、クハ455-301(元クハ165-139)も、同じ床下機器の再配置が行われていることが確認できます。
 なお、オリジナルで、FRPの水タンクが中心線上にレイアウトされているのは、165,169系のAU13冷房準備車以降(クハ165-156以降、クハ169形0番台全車)の特徴で、クハ455形は、オリジナルではAU13冷房準備車は存在せず、新製冷房車も、水タンクが公式側に付いているレイアウトを継続しているので、水タンクが中心線上に付いているのは、他形式からの改造車だけに見られる特徴です。
 

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