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Re: 電車の記号「ク」

 投稿者:1380  投稿日:2018年 8月 4日(土)08時35分8秒
返信・引用 編集済
  > No.2519[元記事へ]

私は、電車の記号「ク」「サ」につきまして、
ク:「くっつく」と「Crew」(クルー)
サ:「はさまる」と「Sub」(サブ)
のダブルミーニングで支持させていただいています。
もちろん、「くっつく」と「はさまる」が元の意味で、英語はその補強です。
そうすれば、例えば「クモハ」の「クモ」はCrew+Motorで説明がつきますので。

それから、京成電鉄のアルミ試作車クハ1601F(旧『開運号』のなれの果て。付随車クハ1601+中間電動車モハ1602。試作高性能車モハ704-クハ2203と4両固定編成を組成)を幼い頃拝見させていただいたことがありましたが、なぜ完全な付随車なのに「サハ」ではなく「クハ」なのか、疑問に思ったことがありました。
後になり、京成電鉄ではその当時「サハ」が設定されていなかったのと、「モハにくっついているので『クハ』なのだろう」ということを知り、妙に納得したものでした。
 
 

昔の本にありました

 投稿者:前納浩一  投稿日:2018年 8月 3日(金)21時48分8秒
返信・引用
  みなさん、こんばんは。

本の名前は覚えていないのですが、昭和40年代に発売されていた単行本に、既に「駆動のク」という話が載っていました。
 

木製車の闇

 投稿者:73おやぢ  投稿日:2018年 8月 3日(金)20時37分2秒
返信・引用
  みなさん、こんばんは。
34036さん

前々から不思議ではあったけれど、公式記録に残る性質のものではないので、永久に解明されないだろうと思っていた疑問。
それは、前面貫通扉の存在、特に木製車です。
モハ1形が430mm、これは通ろうと思えば通れないことはない、という非常用の位置付けでしょうね。それがモハ10形では車体の大型化があったにせよ一気に600mmとなり、なんとか貫通路として通用しそうな幅になります。続く鋼製モハ30形の構想段階(貫通型)ではさらに700mmに拡大されています。こうなると、日常的な使用を前提にしたのでは?と思いたくなります。旅客の移動はさすがに無理がありそうですが、検札の車掌が次の停車駅を待たずに隣の車両へ移動する、という図式でしょうか。そういえば昭和40年代の東武鉄道にいた3210などの雑多な形式には幌がなく、悪ガキ高校生が面白がって移動することはありましたが、業務用(検札)にも活用していたのでしょうか。ちなみに鎖錠はしてなかったので、扉は簡単に開きましたが、怖くてすぐに閉めた記憶があります。

戦前の「鉄道」誌に木製省電の記事があり、知人から一部をコピーしてもらっていたので、引っ張り出したところ、モハ10形の解説で4種(初期車、標準車、クロス座席改、デハユニ改)の写真を見つけました。車号の記載はありませんが、デハユニ改は1位にカップラーの小箱付き奇数向き車(すなわち10156とは別物)で、場所は東京駅中線でした。付属編成封じ込めは確実ですが、忌避された理由はやはりわかりません。

などと考えながら、なにげに「国鉄電車発達史Ⅱ」の口絵を見たら、最下段の10110が奇数向き転向車ですね。木製車の闇は深そうです。

●駆動車の件
駆動の「ク」とは、きわめてユニークな発想です。しかし、拡散したら困りますね。
そもそも電車(いわゆる省電や国電)の世界に「駆動」という概念や文言は存在しないはずです。
一瞬、気動車かもしれないとの思いつきが生じました。内燃機関で発生した回転力をどのように車輪へ伝えるのか、どうやって速度や力を可変させるのか、内燃機関は逆回転できないので後進させるための仕組みは――このあたりを駆動装置とか駆動系などと称するのではないかと考えたのです。ところが、結果は悲惨でした。鉄道車両の場合は動力伝達装置(または機構)と称することになっており、こちらにも「駆動」の文言はありません。
「駆動」を使う人は自動車かミリタリー(ジープとか戦車)の世界から鉄に入ってきた人、あるいは両刀使いではないでしょうか。
個人的には「くっつける」「さしはさむ」説が絶対に正当とは考えていませんが、少なくとも「駆動」だけは勘弁してよ、というのが正直な気持ちです。

 

総合車両製作所横浜工場の動向

 投稿者:原口 悟  投稿日:2018年 8月 2日(木)23時47分46秒
返信・引用
  皆さんこんばんは

今日の通勤時、金沢文庫の総合車両製作所に都営浅草線5300型が入場していました
今月から都営浅草線では5500型の営業運転が始まり、5300形の離脱が始まることになるのですが、動きが始まったことになります。総合車両製作所横浜工場では東急1000系の地方私鉄向け改造も行っていることから、都営5300形も地方私鉄向けの改造が行われる可能性が有ります。
横浜工場では、中央東線用E353系の製造が継続して行われており、工場内に常に何両か見られる状態になっています。また、京急1000系の新製車も待機しており、川崎重工の車は既に6両編成2本が営業運転に入っているので、今年度最初の総合車両製作所の新製車と思われます。また、昨年までの白1色ではなく、塗装された状態なので、横浜工場内で塗装が行われたと考えられます。
 

NHKの知識番組で

 投稿者:すぎたま  投稿日:2018年 8月 2日(木)21時44分28秒
返信・引用 編集済
  34036さんこんばんは。

かつて放送していたNHKの番組では、番組内に国鉄の職員と思われる人が出ていたと記憶していますが、その人は、
ク=くっつけるのク
サ=さしはさむのサ
と解説していました。言い回しの差は多少ありますが、「駆動車」というのは違うのでは無いかと思います。
NHKの番組は、鈴木健二氏が司会をしていたものだったと思いますが、リサーチはかなり厳密にしており、いい加減な、裏打ちが無いことを番組内の回答とするとは、当時のNHKの厳密さからして考えられません。

だいたい「駆動」しているのはモハなわけで、制御車が駆動しているわけではありませんよね。制御車はあくまで「駆動を遠隔制御」しているわけで。
「くっつけるのク」である説を補強するものとして、京成電鉄には長く「サ」の記号の設定そのものがなく、付随車も「ク」としていました。これこそ、クは駆動車ではなく、(電動車に)くっつける車の意味である証拠では無いでしょうか。
ただ、武蔵野鉄道は制御車をサハとしていた時期があるようで、この場合「サは差し挟むのサ」ではなさそうですね。subordinateには「~を下位に置く、~を従属させる」という意味があるそうなので、そのあたりかもとは思いますが…。

貨車のムラサキも、「いろは…つねならむ うゐのおくやま けふこえて あさきゆめみし…」のムラサキだという珍説が、鉄道雑誌に載ったこともありましたが、それはこじつけっぽいなと感じました(笑)。

失礼いたします。

(追記:鈴木健二氏の名前をミスタイプしておりました。訂正いたしました。なお番組名は「クイズ面白ゼミナール」と思います。

http://princesscomet.net/

 

電車の記号「ク」

 投稿者:34036  投稿日:2018年 8月 2日(木)06時06分41秒
返信・引用
  皆さん、こんにちは

最近偶然WEBページを見ていて感じたことをひとこと。

最近はそうした需要も多いのか、鉄向けというよりは一般者向けに車輛の記号の意味を解説したページが結構多数出ていますね。
日付を見るとかなり古いものもあり、最近というのは当たらないかもしれませんが。

そうした中で「制御車」の「ク」の意味として、「くっついて行く」に加えて「駆動車」説を挙げているものがありました。

この説に関しては、私には次のような経験があります。

以下三人の会話。
A:鉄ではなく、特に電車に関心があるわけではないが、「制御車」の名称などは多少の知識がある
B:自称鉄、
そして私

A:(私に問いかけて)
『制御車の記号は「ク」だが、どうして「セ」じゃないのか。「ク」の理由は?』(趣旨)

私:
『実はね、記号「ク」は「くっついて行く」からきている。』

A:(途端に怪訝そうな表情)

(そこで間髪を入れず)B:
『いやいや、駆動車のク!』

A:(私の方を見て無言だが 「どうなのさ?」の表情)

私:
とにかく分が悪そう。順を追ってに説明しようとは思ったが

その道のりの長さを考えると、
だいたいこの方たちに説明してみたところで何の得があるのだろう感が湧いてきて
一気にその気が失せてしまった。
それで、「フーン、そうなんですか?」みたいな顔をして....


これはかれこれ20年ぐらい前のお話です。
「駆動車」説って、いったいどこから出てきたんでしょうかね?
 

KATOより、119系発売

 投稿者:原口 悟  投稿日:2018年 7月28日(土)23時21分36秒
返信・引用
  皆さんこんばんは

今週末にKATOより119系電車が発売になりました
 かねてからの予告通り、発売形態は3両セットと2両セット、トレーラーのクモユニ137です(写真上)。形態は、窓下の手すりが帯の上に出ている後期型で、車号は3両セットがクモハ119-32(T)―クモハ119-33(M)―クハ118-24、2両セットがクモハ119-29(M)―クハ118-21、クモユニ147がクモユニ147-2です。119系投入当初、前期型は3両編成の方が多かったのに対して、後期型は両編成が1本だけだったので、3両編成はただ1本の編成が模型化されたことになります。
 写真下はこれまでに発売された119系の比較で、上からTOMYTEC鉄道コレクション、MICROACE、GREENMAX、KATOです。鉄道コレクション、MICROACE、GREENMAXはTOMIX TNカプラーへの交換、手すり別パーツ化、パンタグラフの交換をしています。
 ディテールの違いは、通風グリルの表現に典型的に表れており、強さはMICROACE > 鉄道コレクション > KATO > GREENMAXになります。KATOとTOMIXでは、一般的にはKATOの方が表現が強めで、鉄道コレクションでも受け継がれていることが多いのですが、119系に関してはKATOよりも鉄道コレクションの方が表現が強く感じます。GREENMAXは、完成品発売の展開の初期に出た、動力ユニットと床板をTOMIXからのOEM供給品としたものと、最近の、動力ユニットと床板を自社オリジナルにしたものがあり、写真は、後者の3両編成セットのものです。GREENAX製品は通風グリルが非常にあっさりしていて、初期製品では表現が塗装に埋もれた感じになっているため、手持ちの車両では、タヴァサホビーハウスの通風グリルを上から貼り付けて表現を強化しました。これに対して最近の製品では、印刷で通風グリルにスミ入れをした状態になっており、通風グリルの存在が強調されています。動力ユニットはGREENMAX完成品で一般的な2個モータータイプです。
 前面のワイパーは、鉄道コレクションとGREENMAXはタヴァサホビーハウスのパーツで別体化していますが、原型は、GREENMAXは印刷だけ、鉄道コレクションはシングルアームの簡易型のモールドに銀を印刷です。MICROACEはダブルアームワイパーの強いモールドが有るので、前面の手釣りは別パーツ化しましたが、ワイパーはそのままです。これに対して、KATOはダブルアームの細いモールドに印刷になりました。
 助士席窓の内側にぶら下がっている運行表示は、KATO製品では運転台パーツに表現されています。以前の製品では、GREENMAXとMICROACEはステッカーで表現、鉄道コレクションは窓への印刷でした。これらの製品は、タヴァサホビーハウスの製品で窓の裏側に運行表示を貼り付けています。
 クモユニ147は、これまでの製品は、MICROACE製品と鉄道コレクション第20弾、WINの車体だけの発売がありました。クモユニ147は昭和60年から61年の間、大垣電車区のクモニ83を置き換えて東海道線を走っており、確か113系に連結されて走っていたこともあります。
 

RP18-9号「配給電車」より

 投稿者:原口 悟  投稿日:2018年 7月28日(土)01時19分42秒
返信・引用 編集済
  皆さんこんばんは
野獣先輩さん、初めまして

今月発売のRP18-9号は「特集 配給電車」でした。
 17m旧国由来の配給車は、芝生さんの写真等、けっこうあちこちで紹介されているので、「形式写真」では目新しいものは少なかったのですが、京都鉄道博物館でクモル145―クル144が公開された時の細部写真や、電車区内での配給車の作業風景などに注目すべき写真がありました。その中でも注目だったのがクモル24001の「無蓋部の中」の写真(P13)で、木板が枕木方向に敷き詰められて床になっていること、その上に乗るようにモーターの点検蓋が設置されていることでした。クモル145―クル144の無蓋部の床は、確か以前この場で写真が紹介されたことがあり、滑り止めをプレスした鋼板で、京都鉄道博物館公開時の写真等でも確認できます。積荷は「車軸」のイメージが強く、掲載の写真でも、車軸を搭載しているものが多いのですが、他にもいろいろな藻をを輸送することがあったようで、クーラー(P49~の東神奈川電車区での作業風景)、小物の入った籠(P16)、屑鉄の入ったドラム缶(P13)もありました。また、興味深いものとして備品として常備している「自動連結器と連結するアダプター」がありました(P51)。自動連結器と連結する機会は付随車の救援車ではしばしばあり、昭和57年に大垣電車区のクエ9421が非電化区間の樽見線へ事故復旧に、機関車牽引の客車、貨車、操量車混成編成に加わって出動した例があります。
 クモル24006が貫通型に改造されていることについては、「種車時代に施工されていたようだが、詳細は不明である」とあります。改造前(クモハ11118)は、仙石線に所属していて、17m車末期の5連運転時にほとんどの元モハ30系、31系の車は貫通型に改造されているのですが、「鉄道史料」の仙石線旧型国電の記事でも、「貫通化改造された年月日」の記載が他の車は有るのですが、クモハ11118はこの項目が空白で、改造の乗降がよくわからないところが「詳細は不明」と書かれたことと関連しているようです。
 配給電車の運転についての記事(P22~)もありますが、この中では新前橋電車区のスジ(6961M・6962M)はクモル145―クル144になってからですが、熊谷駅で何度か見たことがあります。このスジは86-11改正で廃止になったとのことなので、最末期に見ていたようです。また、配給電車の概要(P10~)で、工場入場車両の配給電車への併結が、「近畿圏では多かった(P17)」と記述されており、カラー頁にも写真が掲載されているのですが、入出場車両の配給列車への連結は「首都圏でも見られた」こと、また、小山、新前橋電車区への配給列車は電気的に逆方向の車を長ジャンパケーブルを用いて強引に連結していたことについての記述はありませんでした。
 私鉄の配給列車も記述があり(P52,53等)、この中では、京急の運用が、久里浜工場から金沢文庫の車庫へ行く列車が追浜を午後1時30分過ぎに通過するところを見たことがあります。

 旧型国電関係では、RF誌で70系の連載が始まっており、今月発売号は第3回で全金車直前の頃の新製車が紹介されていました。また、RM誌では、南武線73系のさよなら運転の頃の記事が有りました。

近江鉄道モハ220形のジャンパ栓について
 野獣先輩さんの写真を見て、モハ226とモハ223の助士席側床下のジャンパ栓の形態が違うことに気づきました。他の車を調べてみると、モハ226だけ、スノープローが付いていることが原因か、独特で、他の車はモハ223と同様の、クモニ83等の荷物電車に付いていたものと同様の形態のものが付いていました。ジャンパ栓の形式が違うと、互換性が気になるのですが、モハ226と他のモハ220形が連結して走っている写真が見つかったので、一応連結はできるようです。
 

Re: 近江鉄道モハ220形の種台枠

 投稿者:野獣先輩  投稿日:2018年 7月26日(木)06時09分19秒
返信・引用 編集済
  > それで、当時RM誌に推定として載っていたのが、
> モハ205--221
> 以下台枠流用した実際の車輌として、
> モハ203
> モハ201-クハ1201
> モハ202-クハ1202
> が推定されていました。仕上がり、台枠の厚さ、車体長さ、幅などから判断して、間違いなさそうです。
> ところが小田急時代の旧番号を書き出しますと、
> 205--デハ1605
> 203--デハ1610
> 201--デハ1609
> 1201--クハ1657
> 202--デハ1603
> 1202--デハ1602(旧デハ1601)
> となっており、クハ1650形が1輌混じっています。問題なのは、クハ1650形は戦後製、デハは戦中の製作なので、車体長が若干異なるのです。
> そうすると、1輌だけはモハ220形に改造後も、寸法が異なっていたのではないか?、という疑問が生まれます。

> <追記>
> 小田急デハ1600形の車体長は15800ミリ ボギーセンター間距離10400ミリ
> 同クハ1650形1657号の車体長は16350ミリ 同上11150ミリ
> です。データは、「鉄道ピクトリアルアーカイブスセレクション1 小田急電鉄1950~60の70ページ車両要目表によります。
>
> 失礼いたします。



早朝からおはようございます。

確かに、モハ221~225とモハ226では車体の高さや設計が微妙に異なってますね。

そのことから、モハ200・クハ1200形の台枠とモハ220形との関係が次のように証明することができるでしょう。

モハ205(元・三岐鉄道モハ140)⇒モハ221
モハ203⇒モハ222
クハ1202・モハ202・モハ201⇒モハ223~225
クハ1201⇒モハ226

多分、私の予想ではこういうふうだと思います。

モハ226は他のモハ220形とは設計が異なっており、間違いなく1953年製のクハ1201の台枠の流用でしょう。
 

木造省電の制御回路600V車と100V車について

 投稿者:原口 悟  投稿日:2018年 7月25日(水)23時42分18秒
返信・引用
  皆さんこんばんは

34036さんの7月17日のお話で、木造省電時代の「制御回路600V車と100V車」の話題を見て、「旧型国電車両台帳 院電編」に制御回路電圧に関連する記述があったことを思い出しました。
 P67からの「クハ23500 - クハ5について」で、「クハ5」なる形式の実在について記述されているのですが、このなかで制御回路600Vと100Vについても触れられていました。昭和3年改番以降の形式で、4桁番号の車は「70kw」のモーター出力、5桁番号の木造車は「100kw」のモーター出力の車と、関連する車に分けられましたが、同時に、前者は制御電圧600V、後者は100Vであることが記述されていました。具体的には、P67に「クハ23500形(後のクハ15形)」が、制御回路電圧で

23500~23513 制御回路電圧600V 制御管式制動装置 70kw電車用
23514~23523 制御回路電圧100V 元空気溜管式制動装置 100kw電車用
(原文は電動機出力が1500V電圧の出力)

のグループに区分され、昭和3年改番で前者が「クハ5形」、後者が「クハ15形」に区分される予定のところ、近日中に制御回路が100Vに統一されるのを見越して、全部まとめて「クハ15形」に区分したのが、「クハ5形」が幻の形式になった原因ではないかと考察されています。
 また、7月21日にご紹介の中央線の車輌運用と同時期のものが、70kw車と100kw車に分けて記載されており、それによるとご紹介の運用は昭和3年11月1日のもので、「③ 41-61 11本 東京ー国分寺間 基本3連 増結3連」が70kw車の運用で、他は100kw車になっています。この直前の昭和3年10月1日時点では、70kw車の運用はMTMCMの5両編成が10運用、MTTMの4両編成が7運用、MCの2両編成が2運用で、70kw対応のクハは12両が所要だったのが、11月1日には、70kw対応のクハの所要が無くなるので、10月中にクハの100kwへの対応改造が行われたと考えられるとあります。一方で、P70に昭和4年の目撃談として、「モハ1 - サハ6 - モハ1 + クハ15 - モハ1」の編成があったとの記述があり、モハ1形の制御電圧100Vへの改造は昭和5,6年のことだったことから、この編成に入っていた「クハ15形」は、「特殊な運転方法を取らなかった限り70kw連結用制御車(制御電圧600V)を"クハ15形"と称していたのではないか」と考察されています。
 実は、これらの記述を見ると、制御電圧600Vの車と100Vの車は、厳密に運用を分けられていたことが伺えます。昭和3年11月運用で見ると、増結編成は70kw車11本、100kw車16本になり、この時点では初期型狭扉モハ10形は、少数(4両ほど?)の方転で所要数が満たされ、その後の70kw車の淘汰と制御電圧100V化で、追加改造されたことが伺えます。
 

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