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DT12Aは

 投稿者:すぎたま  投稿日:2017年12月27日(水)21時38分45秒
返信・引用
  原口さんこんばんは。

DT12A台車の件ですが、まず流電系のDT12Aについて。
車両史編さん会編の「モハ63形上巻」に記述がありました。非常に複雑なので、簡単に示すと、
●昭和24年10月20日からDT**という形式を制定。それまでは電動台車でもTR**。
●流電系のTR25は→TR25A→DT12Aと改称。軸受けJT3(後には国産化)。
●DT13系は、TR25コロ軸受け→TR25A→TR35→DT13と形式が短期に改められたと考えられる。軸受けJT7(実際にはこの軸受けでのTR25コロ軸受け台車は作られず?。量産されたのはJT12のもの)。
●DT12無印は、当初の形式TR25。昭和10年11月頃製作のものから軸箱守左または右にクレーンかけが設けられている(クモハ40054の台車に見られますが、時期的にあっていますかね)。
●流電用のDT12Aも、当初は形式をわけずTR25と呼ばれていた。
●流電系用のDT12Aは、昭和10年設計のもの(モハ52001と002に装備か)は、軸箱守と軸バネ筒の間が_| ̄|_形で角張っている。
●昭和11年設計のものから、「ハの字形」に変更(モハ52003以降?)。
●TR35A台車の存在。側梁を鋳造品に変更。

…ということなので、真性のDT12A台車(なかでも軸箱上が角張っている昭和10年タイプはわずか4台?)は、ごく少ないことになりますね。
一方、クハ79100の台車をDT12Aと呼んだというのは、ちょっと根拠が無いかと思われます。ソースが鉄道ファンということですが、当該号を取り寄せるよう手配して調べてみますが、何しろ「ロクサン電車の…」特集号で、「クモハ73902は、常磐線最終」とか編集主幹が書いてしまい、指摘されてもそのままだんまりという雑誌なので…。
仮に鉄道ファン誌が言うように、DT12形台車(無印)の戦災台車を大改造して、コロ軸受けがはまるようにするとすれば、
●台車の軸箱受けをカラタケ割りにして、幅を広げ、間に鋼材を挟む。同時に形状をコロ軸受けに合わせて変更。
●軸バネ筒の高さが合わなくなるので、筒の高さを高く改造。
●そうするとブレーキ押し棒がそのまま通らなくなるので、筒を逃げるように六角形に改造×4カ所/1台車
●軸箱下の抜け止めを延長改造 他
…こんな改造、いくら資材不足の時代でもやりますかね…。ここまでするなら、新製台車を履かせて、発生したTR25無印を他車に転用したほうが早いでしょう(当時台車はいくらでも欲しい時代でしょうし…)。

昭和19年製作のモハ63、もし電装されていたら、MT-15+DT12無印台車の計画だったようです。
いずれにせよ、一次資料にあたりたいところなのですが、もうそれもかなわなくなりつつありますね…。

失礼いたします。

http://princesscomet.net/

 
 

「DT12A台車の謎」と鉄道コレクション阪和社型など

 投稿者:原口 悟  投稿日:2017年12月27日(水)01時06分20秒
返信・引用 編集済
  すぎたまさん、皆さんこんばんは

「DT12A」と呼ばれる台車ですが、昭和30年代までの電車形式図の各年版で、クハ79100台(無電装モハ63改造車)の諸元表の中の「台車」の項にしばしば出てきており、「DT12, DT12A, DT13」のようにDT12, DT12台車とは別の台車のように書かれています。ここから、「DT12A」を名乗る台車が何者なのか議論になったのですが、その中で、戦災DT12台車を復旧する時に軸受け部分を大改造してDT13のコロ軸受をあてがう工事が行われたものを「DT12A」と称した、という記事が見つかりました。初出はRF1963-01号とのことです。この議論と関連して、富士重工でクモユニ82への改造からはねられたクモハ73257の謎が議論されたわけですが、その名残が「旧型国電画像編」中「クモハ73」に残っています。富士重工から返却されてから、房総ローカルで使われているクモハ73257の写真が掲載(1975年3月28日、浜金谷駅)されているのですが、併せて台車の拡大写真が掲載されています。これが、クモハ73257の不適格の原因が台車か、モータかわからなかったため、台車の形式が何なのか確認する為に台車の強拡大写真を掲載したものです。この議論から6年経ってから、不適格の原因が「MT30モーター」にあったことがわかり、写真の台車は普通のDT13であることが確定しました。

鉄道コレクション103系3000番台と阪和社型
ここ数日の間にTOMYTEC鉄道コレクションが相次いで発売されました。
 写真上は23日に発売された103系3000番台登場時3両セット(クモハ102-3004―モハ103-3004―クハ103-3004)です。103系3000番台は末期のAU712冷改4両セットが発売されていますが、非冷房の登場時になるとともに、ドアの手掛けが大型の埋め込み型だけの「後期型」になりました。以前のセットは73系アコモ改造車黄緑色、スカイブルー、103系3000番台4両セットとも手掛けが埋め込み式と外付け式の2段になっている前期型が表現されており、後期型は初登場です。
 今日は「鉄道コレクション第25弾」が発売になりました。阪和社型が含まれていることからかねてから注目していたのですが、1箱(10両入り)購入したところ、「シークレット」を引き当てました。阪和社型はクモハ20000台のクモハ20015と、クハ25100台のクハ25103が普通は入っているのですが、写真下のように、クモハ20の方が、クモハ20100台のクモハ20102が入っていました。
 鉄道コレクションは第26弾も予告されており、国鉄末期からJR初期の地方線ステンレス電車になります。

金沢文庫情報
先日の書き込みで触れた、川崎重工からの京急新1000系6両編成が、金沢文庫の総合車両製作所に到着していたのを今朝の通勤時に目撃しました。今年の車は全塗装されたことから、どのような状態で到着するか注目していたのですが、赤と白を全塗装した状態で到着しました。今年度の計画では、6両編成2本と8両編成3本を投入するとのことで、6両編成があと1本、8両編成があと2本作られることになります。そして、2000形は現在8両編成3本が残っているので、今年度分の新車が投入されると、全て置き換えられることになります。このため、2000形が走るのはあと3か月ということになります。
 

モーターのいろいろ

 投稿者:すぎたま  投稿日:2017年12月26日(火)06時35分33秒
返信・引用
  原口さんおはようございます。

クモハ52などのモーターについて。
モハ52001と002、モハ53007、53008(当時は改番前)、モハ51073は、阪和線に1950年9月に転入してきた際、既にMT-30モーター+歯数比2.87になっていたそうです(鉄道史料45号の記述による)。それで、モハ52003~005については、歯数比のみ2.26に改造されています(1954年から1955年にかけて)。少なくともこの時点ではモハ52003~5のMT-30または40化の話は出てきません。
しかし、「1954年8月に出された電車修繕協議会の参考資料による阪和形電車の改造計画」によると、主電動機と歯数比がいろいろなので、MT-30の歯数比2.56に統一してもらいたい旨記載があり、その後実施されたとも読める記述が、「鉄道史料45号」にはありますね。このリストによれば、モハ52003と005はMT-15で2.26、モハ52001、002、モハ53007、008、モハ51073、モハ61の004以外はMT-30で2.87、モハ61004はMT-40で2.87であると記述しています(ただし、昭和29年のはずなのに、「クモハ」と記述するなど、鉄道史料の記載は今ひとつ正確性を欠くのが気になる…)。
なぜかリストには、モハ52004だけすっぽり抜け落ちていて、実際にどうなったのか、もともとどうだったのかがこの資料だけではわかりません。ただこの資料を信じるとすると、モハ40050とモハ41029にMT-16が付いているので、吹田工場で既に振り替えがあった様子も見て取れます。
佐久間にあったクモハ52004では、MT-15らしいということですので、結局出力増強はされなかったのではないかと思えます。
そもそも飯田線における、80系投入での旧形国電第一次置き換えでは、おおよそ100Kwモーターの淘汰が目的のような印象でしたので、もしかすると流電の寿命を縮めたのが、モーターの不統一にあったのかもしれませんね。

MT-15モーターなどの違いについて。
MT-15は風道が並列通風です。このモーターの特徴は、歯車側に開いている通風口が丸穴で、電機子側の穴のフタがルーバー状という特徴があるようです。MT-16は直列通風なので、おそらく電機子側には何も無いのではないかと思われます。
この関係は、図面で見るMT-30(直列通風)とMT-40(並列通風)の関係も同様で、歯車側の通風口が網になっていて、MT-40の電機子側には四角いフタがあり、上面にたわみ風道のつなぎ口がある構造になっています。しかし、小田急1800(おそらくデハ1808)に付けられていたMT-30Aは、見る限り並列通風で、歯車側に小さな通風口がある一方、電機子側にも四角いフタがあります。MT-30無印ならば、電機子側には何も無いはずです。

DT12A台車について。
DT12Aという台車はTR25Aのことを差しているのでしょうか。そうであるとすれば、後にTR35になるDT13のことのようです。平軸受けのDT12にコロ軸受けをはめるためには、軸箱守を大きくする必要があり、DT12~13の軸箱守は、鋳鋼なので、全部作り直しになってしまいます。当時は寸法の小さいコロ軸受けが試験段階でしかなく、量産されるのは客車のコロ軸受け化や、西武鉄道によるコロ軸受け化まで時代が下ってからです。
客車では寸法の小さいコロ軸受けが、戦後間もなくオハ35の4輌と、オハ71500の3輌(後のオハユニ716~8)で、TR23C台車として長期試験されましたが、このタイプのコロ軸受けが量産されることはありませんでした。
流電系のDT12AとTR23Aについていたコロ軸受けは、コロがスウェーデン製の輸入品でしたので、戦後量産されたモハ63形などの国産コロとは別物です。
よって、平軸受けのDT12を改造してコロ軸受け化し、モハ63に取り付けたことは無く、最初からDT13として作られたはずです。ただ、形状としては、どうだったのか(つまりDT12Aタイプで国産コロ軸受けのものが無かったのかどうか)、また、TR25AとTR35がいつから呼び分けられたのか(TR25Aの平軸受けタイプ、TR35の平軸受けタイプが混在したらしいことは、コロ軸受けの抵抗試験のグラフで確認されていますが、どの書籍に載っていたか失念…)、など不明な点も残されています。
小田急のデハ1811については、台車の銘板を海老名車庫で見せていただきましたが、間違いなく「TR25A台車」となっており、デハ1802から流用が正しいとすれば、1946年に入線したモハ63については、少なくともDT13やTR35ではなく、TR25Aと呼ばれていたことは確実かと思われます。
一方、井の頭線デハ1804~に装着されていた台車は、平軸受け(軸バネ筒下「ハ」形)であるにも関わらず「TR35」と呼ばれており、1957年製の井の頭線デハ1800形が製造された時期には(同じデハ1800形で紛らわしい…)、TR35(DT13)の名称が一般化していたと推定されます。

TR23系台車について。
TR23平軸受け。客車用と電車用は細部で異なるが形式分けなし。
TR23A 電車用はコロ軸受け(輸入)。客車用は軸箱守が高く軸箱両側に止めボルトありの平軸受け(当初は溶接軸箱)。
TR23B TR34用の枠に平軸受けをはめたもの。オハ71系のほか、オユ36に取り付け。
TR23C 小形コロ軸受け試験台車。オハ35×4とオハ71×3に取り付け長期試験。後平軸受けに改造。外観はTR23A客車用と同じに。
TR23D以下は省略…です。

TR25B台車は存在する?
西武にはあるようなのですが、国鉄にあったんでしょうか。小田急1800系には、クハに3輌TR25C台車付き(DT12のコロ軸受け化改造)がありましたが、TR25Bという台車は、どうも該当がなさそうです。小田急は、ひととき特急車1700形にデハ1600のKS33を転用した時、国鉄払い下げのDT12とMT7~10を付けた時代があり、後に元に戻されましたが、このDT12が、まさかTR25Bなんでしょうかね(小田急としては)。
余談ですが、デハ1600とDT12の組み合わせは、譲渡後の近江鉄道で「再現」されていたようです。もっとも西武と関係が深い会社なので、もしかするとDT12に見えて、NT-31とかNSC-31であるとかの罠があるかもしれませんが…(笑)。

失礼いたします。

http://princesscomet.net/

 

DT12AとDT13の見分け方

 投稿者:原口 悟  投稿日:2017年12月26日(火)00時38分16秒
返信・引用
  皆さんこんばんは

DT12AとDT13の見分け方について
 クモニ83への改造の不適格に関連して、DT12AとDT13台車の違いもかなり前に話題になったことがあります。
 「我が心の飯田線掲示板」が始まって間もない2004年2月に、昭和50年初頭に富士重工で改造されたクモユニ82000~005, 050, 051の種車として鶴田の富士重工へ改造されていながら改造されずに返却されたクモハ73197,257のことが話題になり、「何故改造されなかったか」原因として、「モーターがMT30だった」とともに「台車がDT12Aだった」可能性が指摘されました。ここで言う「DT12A」は流電用の台車ではなく、モハ63型製造に流用された、DT12台車をコロ軸受に改造したものをさします。この改造は、内容が不明瞭で、改造した台車がどう呼ばれていたか、どのくらいの数が工事されたのか、文献をたどってもよくわからないところが多いです。
 この話題の中で、DT12, 12A, 13の見分け方が紹介されました。外に見えるところでは、コロ軸受の上(たこ坊主の下)の台車上梁の切欠きが無くリブが横一直線に走っているのがオリジナルのDT12、切欠きの形がコの字型に肩が立っているのがDT12A、肩が寝ていてハの字のようになっているのがDT13とのことです。この見方をすると、確かに、流電のDT12Aは切欠きの肩が立っているように見えます。この違いはTR台車にも受け継がれていて、TR23、TR23A、TR34,36でも同様のことが言えます。
 この時は、クモハ73197の方はDT15装備が明らかだったので、不適格の原因はDT15だったことがわかったのですが、クモハ73257の方が、DT12Aか、MT30かがわからないまま、話が終わりました。
 6年後の2010年4月に、クモハ73257の不適格の原因が具体的に記述されている文献の報告がありました。「電車」1978年6月号P78~84「懐古録 中央東線用荷物電車改造」に、クモハ73257は「モーターがMT30Cであったため」不適格になったとの記述があるそうです。クモハ73257は、台車に関しては「DT13」でした。
 

MT15系列のモーターの見分け方について

 投稿者:原口 悟  投稿日:2017年12月24日(日)23時42分49秒
返信・引用
  皆さんこんばんは

MT30/40とMT15/16の風道による見分け方について
すぎたまさん
 MT30とMT40の外から見える違いとして「風道」があるとのことですが、似た話がかなり前のこの場で話題になったことを思い出しました。

 旧型国電で、モーターが交換されたかどうか話題になるのが流電で、元はMT16でしたが、クモハ52001,002はMT30に交換されたとされていますが、文献によってはクモハ52003~005もMT30に交換された、とされているものがあります。一方で、52001,002は交換を記述していながら52003~005について交換を記述していないものもあり、実際はどうだったのかが問題になりました。ここで佐久間レールパークにいた時の52004のモーターを撮影した写真が提示され、「MT15」が搭載されていたことが明らかになりました。ここで、「MT15とMT16の見分け方」として、「風道の違い」が提示されており、「MT15の方は並列通風式のため、通風口の出っ張りが無い」のが特徴で、台車の外側からモーターを見ると、「モーターの右端斜め部分に何も付いていない」ことからモーターがMT15であることが確認できることがわかりました。このため、少なくともクモハ52004は、「MT30への交換」ではないが、「別形式のモーターへの交換」は事実である、という結論になりました。
 MT15系列では、標準設計のMT15以前の電機メーカーオリジナルのモーター(日立のMT7、芝浦のMT9、東洋のMT10など)がデハ63100形およびそれに由来するモハ50型に搭載されており、車両諸元の一覧表で事業用車に改造された元モハ50系列の車にたまに記載が見つかります。また、17m級省電を多く導入した西武鉄道では、この辺りのモーターの記載をよく見る気がします。これらの電機メーカーオリジナルのモーターがどのくらい残っていたかも今となっては不明なもので、割と目にすることの多いMT7ならともかく、デハ63100当時から少数派だった三菱MT13(デハ631000形2両に搭載)、奥村MT14(デハ63100形1両に搭載)の搭載該当車はどの車で、いつ頃まで使われ続けたか、今となってはわからなくなっています

金沢文庫レポート
 金沢文庫の総合車両製作所で、東急田園都市線用2020系の2本目が登場しました。1本目の時は気づかなかったのですが、屋根の方の部分を白く塗装しています。今年度は2本投入の予定とあるので、一応今年度分の製造が終了したことになります。
 また、鉄道ダイヤ情報の予告で、確か今週に京急新1000系6両編成が確か川重から回送されてきます。6両編成なので800形が交替することになります。
 

小田急1800のモーターの謎

 投稿者:すぎたま  投稿日:2017年12月22日(金)06時16分46秒
返信・引用
  みなさんおはようございます。

車両史編さん会編「モハ63形中巻」を読んでいますと、MT-30形モーターと、MT-40形モーターの図面が載っています。おおよその違いは、電機子側に四角いフタと、蛇腹風道の接続口があるか無いか(その他軸受け)です。
モハ63形では、500番台からMT-40になったという記述が見られますが、実際のところどうなのか、はっきりした資料がありません。

それで、小田急の1800は、モハ63の割り当て車(1811-1861除く)であるわけですが、これのモーターは、「吊り掛け電車をもとめて」さんのところに、貴重な画像が掲載されています。
http://tsurikakedensha.blogspot.jp/2015/09/blog-post_8.html
ところが、これをよく見ますと、画像手前右側・吊り輪のすぐ手前に、小さな四角い網がかかった風道が見えます。これはMT-30モーターの特徴のようです。
しかし、奥側(電機子側)に、四角い穴が開いていますが、これも風道で、MT-40形モーターの特徴です。
すなわち、MT-30とMT-40の特徴を併せ持つ謎のモーターということになります。
小田急の諸元表ですと、デハ1800のモーターは、「MT-30A、MT-40」とあり、MT-40の車輌は、モーター無しで譲受したデハ1811用に新製したものではないか(振り替わりはありそうですが)と思えますが、MT-30Aという形式は、特殊な形式に思えます。
しかし、実際に上記のように、MT-30無印と、MT-40の中間のようなモーターを付けていたことがはっきりしたわけなので、モハ63には、もともとごく初期にはモハ60戦災車などのMT-30を装備したが、それが枯渇してからは、風道を改良したMT-30Aモーターを新製して装着、さらに500番台からは、軸受けにコロ軸受けを採用したMT-40モーターに移行した、という説明が成り立ちそうな気がします。
そうすれば、小田急のモハ63は、昭和21年車と、22年車の一部(当然500番台では無い)ですから、モーターの形式も頷けるわけです。

つまり、今まであまり語られなかった「MT-30A」というモーターが、戦後新製されたものとして国鉄に存在し、それを装着しながら、表向きMT-40装備とされていた車輌が、案外多数あったのではないか、という仮説が成り立ちうるということでしょうか。

そうなってくると、クモニ83形などのタネ車振り替え(主電動機がMT-30のため不適とされた)にも、なにがしかの影響を与えていないのか、気になるところです。

西武のMT-30や、東武の7300系のモーターで東洋に更新されなかったものはどうなっていたのか、気になりますね。その他クモハ50形やクモハ53形のモーターの由来なども…。

失礼いたします。

http://princesscomet.net/

 

白塗りの京急新1000型

 投稿者:原口 悟  投稿日:2017年12月16日(土)09時42分17秒
返信・引用 編集済
  皆さんおはようございます

白塗りの京急新1000型について
 先日、「京急で白塗りの電車が走った」とのニュースがありましたが、当日(12月14日)朝にこの電車を金沢文庫の工場で撮影していたので報告したいと思います。
 この電車は、金沢文庫の工場内に待機しているのを少し前から見ていたのですが、この状態で金沢八景から久里浜の京急ファインテック久里浜工場まで回送されたところが報道になりました。報道の写真で、車号が「1201」であることがわかりますが、8両編成は2016年度落成車は1177~1184、1185~1192と続番になっておりこの続番にはならず、1201から改めて付番されることになります。
 車両が回送された理由は、「塗装をするため」と報道にありました。新1000型の塗装は、2015年度の1800型から従来塗装を踏襲した全面ラッピングになりましたが、今回は「普通の塗装」をすることにさらに変更になり、ベースの白塗りをしたところで残りの塗装を久里浜で行うために車両を回送したとのことです。
 回送された車が「8両編成」であることが確定したことにより、この車と交代して運用を離脱するのは3本残っている2000系8両編成のうちの1本ということになります。以前、2000系は横浜8:05発の羽田空港行特急に入ることが多いことを紹介していますが、最近この列車には全く入らなくなりました。一方でこの列車に続行する同じく羽田空港行特急には相変わらず入っています。8:05発の列車は京急川崎まで4両編成を品川方に連結しているのですが、10月末のダイヤ改正で、2000形は連結運用に入らないよう方針が固定された可能性が有ります。
 また、10月の改正では、追浜20:20発の普通列車が常に品川に行くようになりました。以前は金沢文庫行で、金沢文庫で品川行き列車に接続していたのですが、変運用で車両がそのまま品川に直通することが常態化していました。金沢八景発までは「金沢文庫行」と案内していたのですが、金沢文庫到着直前に「”本日に限り”金沢文庫からそのまま品川行きになる」案内放送があり、金沢文庫で行き先を品川に変えて走っていました。

現在の金沢文庫の総合車両製作所で製造している車ですが、中央東線特急用E353系を継続して製造しています。12月23日からE351系のスジを置き換える形で営業運転を始めるとのことですが、さらに製造されており、年度末の改正ではE257系のスジのかなりの部分も置き換えられると思われます。
一方、私鉄用では、京王線新5000系を末尾「7」の編成まで目撃しており、「7本製造予定」とどこかで見た記憶があるので、運行予定の定員制特急に必要な分の製造がとりあえず完了したと考えられます。
 

西馬込レポート(その4)今年の展示車両

 投稿者:原口 悟  投稿日:2017年12月11日(月)00時26分33秒
返信・引用
  今年のイベントでは、車両展示のところは10分単位で交替する入れ換え式になっていました。
 写真上が5500形で、両側を5300型に挟まれています。5300形はショートスカートの前期型と、ロングスカートの後期型です。気になる点としては、5500型が連結器の下に電気連結器をぶら下げていることで、現在の浅草線と直通する線の中では品川―金沢文庫間で京急車が8両+4両の連結があるくらいなので、今のところは必要としないはずです。今後都営車と京急車の連結運転が考慮されているのでしょうか。
 写真中央は今年のゲストで、京成から新3000型、公団から9200型、京急から新1000系アルミ車です。9200形は、京成新3000型の同形車で、実質的に塗装の違いだけです。新1000系アルミ車は先に報告したように更新が始まっており、写真の編成は8両編成の3本目なので、来年度には更新される可能性があります。京成の系列のゲストはここ数年は当年度に運用を外れる車(京成3500形未更新車、公団9000形など)が来ていたので、今年は「形式」の点では大きな動きは無いことが伺えます。
 写真下は大江戸線12-000型と5300型の並びで、12-000型は公開時にはいつもこの線にいます。並んでみると車体の小ささがわかります。

今回の報告は以上です。
 

西馬込レポート(その3)リニアモーター

 投稿者:原口 悟  投稿日:2017年12月11日(月)00時08分33秒
返信・引用 編集済
  都営地下鉄独特の展示と思われるものが「リニアモーター」です。

 浅草線5300形のモーターと並べて展示されていたのですが、リニアモーターは理論的には同じなのですが、従来のモーターの概念からはかけ離れるもので、何か別のもののように感じます。
 隣にはパンタグラフも展示していたのですが、こちらも浅草線用と大江戸線用が並べられており、大江戸線用のものは非常に小ぶりでミニチェアのようです。
 

西馬込レポート(その2)都営大江戸線12-000形の台車の構造

 投稿者:原口 悟  投稿日:2017年12月10日(日)23時43分24秒
返信・引用 編集済
  都営大江戸線12-000型の台車は、普通の鉄道の台車とはかなり様子が異なるものです。

 小断面にまとめるため、車輪が小さく、隣に展示されていた浅草線用の台車と比べるとかなり背が低いです。また、「自己操舵機能」のリンクが確認できます(写真下)。他、「リニアモーター」装備のため、この点でも構造が独特です。
 

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