teacup. [ 掲示板 ] [ 掲示板作成 ] [ 有料掲示板 ] [ ブログ ]

 投稿者
  題名
  内容 入力補助画像・ファイル<IMG> youtubeの<IFRAME>タグが利用可能です。(詳細)
    
 URL
[ ケータイで使う ] [ BBSティッカー ] [ 書込み通知 ]

スレッド一覧

  1. www(6)
  2. 全力全開(0)
  3. 全力全開(0)
スレッド一覧(全3)  他のスレッドを探す 

*掲示板をお持ちでない方へ、まずは掲示板を作成しましょう。無料掲示板作成


青梅鉄道公園のクモハ40054の観察報告(その8)接触器等の取り付け

 投稿者:原口 悟  投稿日:2018年 9月 2日(日)01時01分16秒
返信・引用
  クモハ40形の場合、空気側の機器配置は先に34036さんが指摘したように特殊で、向かって左側(後位)に接触器等があり、右側(前位)に空気溜めがあります。
接触器等は表から見ても、かなり長い足で車体に接続されているように見えますが(写真上)これは、支持金具が、中梁の高さから見てもかなり垂れさがった形になっているため(写真中央、写真下)です。金具への固定は、分厚いワッシャーを介した、主制御器等と同じ方式です。
 
 

青梅鉄道公園のクモハ40054の観察報告(その7)AK-3コンプレッサーの取り付け

 投稿者:原口 悟  投稿日:2018年 9月 2日(日)00時53分49秒
返信・引用
  次に、空気側の各期の取り付け状況を紹介したいと思います。

AK-3コンプレッサーは大抵中央付近に据えつけられているので、空気側では一番目立つ機器だと思います(写真上)。AK-3コンプレッサーは、本体はほぼ円筒形で、これを専用の枠に収め、この枠を支持金具へ固定する方式になっています。支持金具の高さは、中梁から1段低い位置で(写真下)、側貼りから見ると、クランク状にかなり垂れ下がった形になっています(写真中央)。コンプレッサーの枠と支持金具の間の固定は普通のボルト締めです。
 

青梅鉄道公園のクモハ40054の観察報告(その6)MG関係諸機器の取り付け

 投稿者:原口 悟  投稿日:2018年 9月 2日(日)00時41分6秒
返信・引用
  MGの外側には、設置スイッチや制御回路遮断機が並んでいます(写真上)
これらは、MG起動スイッチ(写真下)以外は1本の金具に横一直線に取り付けられ、MGをぶら下げる金具に固定されています。MG起動スイッチはこれらとは別に、碍子をはさんで、枕木方向の支持金具に固定されています(写真下)
 

青梅鉄道公園のクモハ40054の観察報告(その5)電動発電機の取り付け

 投稿者:原口 悟  投稿日:2018年 9月 2日(日)00時24分27秒
返信・引用
  電動発電機(MG)は、一般に設置スイッチや制御回路遮断機の裏に置かれるもので、目立たないものです(写真上)。取り付けは、MG本体に取り付けのための構造があり、これを車体側の取り付け金具に接続しています。接続は分厚いワッシャー(絶縁兼用か?)を挟んだ、主制御器と同じ方式で、重量物を受け止めるために、金具はアングル材の加工です。写真中央は外側、下は内側で、支持金具は中梁から垂れ下がるような支持部の構造になっています。  

青梅鉄道公園のクモハ40054の観察報告(その4)断流器の取り付け

 投稿者:原口 悟  投稿日:2018年 9月 2日(日)00時15分27秒
返信・引用
  断流器(写真上)は、断流器に付く取り付け金具はレール方向で、抵抗器を付けるものと同じ碍子を介して車体側の取り付け金具に固定されています(写真中央)横梁のすぐそばに取り付け金具が取り付けられており、H型鋼の隅を少し削って碍子を収めています。
写真下はこの梁を挟んだ反対側のCS5制御器への配線を撮影したものです。
 

青梅鉄道公園のクモハ40054の観察報告(その3)CS5主制御器の取り付け

 投稿者:原口 悟  投稿日:2018年 9月 2日(日)00時07分17秒
返信・引用
  CS5主制御器(写真上)も重量級の物品なので、頑丈な取り付けられ方をしています。
写真中央は向かって右側、、写真下は中央の取り付け部分です。主制御器の上側の枕木方向に取り付けのための支持金具が取り付けられ、これをかなりゴツイ絶縁ワッシャー?を介して台枠に直結する支持金具にボルト止めされています。
この台枠に直結する金具なのですが、側梁の裾に高さが合っています。
 

青梅鉄道公園のクモハ40054の観察報告(その2)主抵抗器の取り付け

 投稿者:原口 悟  投稿日:2018年 9月 1日(土)23時55分28秒
返信・引用
  抵抗器は、碍子を介して台に取り付けられ(写真上)、それがさらに台枠に取り付けられるわけですが、抵抗器はかなりの重量物ゆえ、まず両側はかなり頑丈な構造で台枠に結合していました(写真中央)また、表に見える形態から、両側だけで支持されていると思っていたのですが、それだけでは大重量を受け止めきれないためか、中間でも支持の足が出ています(写真下)中間の足は2つで、抵抗器の枠を3等分する位置に付いています。この中間の足は、さらに側梁と中梁を渡す金具に結合され、車体に固定されています。この「側梁と中梁を渡す金具」は以下に占める他の床下機器の結合でも使われています。
写真上の抵抗器を見ると、青文字で何か書いているのがわかると思います。どうも碍子を作ったメーカーの社紋のようで、この車だけでも結構いろいろな社紋がありました、また「1978」と製造年と思われる数字が書き込まれたものもあり、以前クモハ40054の「謎」として話題になった日光線運用置き換えによる廃車と車籍復活に関係するものの可能性(国府津電車区配置に伴う再整備時に新品に交換した?)ことが考えられます。
 

青梅鉄道公園のクモハ40054の観察報告(その1)主抵抗器の細部

 投稿者:原口 悟  投稿日:2018年 9月 1日(土)23時38分32秒
返信・引用 編集済
  皆さんこんばんは

これまで皆さんに教えて頂いた事柄から、旧型国電の特にメカニカル事柄について、まだまだ知らないこと、および誤認していることが多いと感じ、身近に細部を観察できる保存車両として、青梅鉄道公園のクモハ40054を観察することを思い立ち、今日青梅鉄道公園を訪問しました。主に床下機器の車体への取り付け方を中心として情報を集めてきたので、報告したいと思います。

最初に、主抵抗器について報告したいと思います。
抵抗器については、バリエーションがモデル8「大糸線 旧型国電等 模型製作参考資料集B」P74で紹介されていますが、クモハ40054は、この中では「小6半1」の、MT15系列装備の車両としては標準的なものです(写真上)。しかし、車体下にもぐってみると、半分サイズの抵抗器の後ろに大型抵抗器が1つあることに気づきました(写真中央)。半分サイズの抵抗器は、隣り合う抵抗器(MT15系列では、「小6大1半1」の並びの「大」の抵抗器)とともに役目が異なっていて、この抵抗器が内側に回っていると考えられます。半分サイズの抵抗器が後ろに回っている例は、63型由来の車にしばしば見られます。
写真下は、抵抗器を下から見たところで、奥に内側に回った抵抗器(大)が見えます。

クモハ54002の写真について
34036さん・73おやぢさん
 私もクモハ54002の写真を探したのですが、「旧型国電車両台帳」P100の写真と、「旧型国電50年(1)」P134の写真は同じものです。他に更新前の省電の写真が多く掲載されている書籍として交通新聞社「国電車両写真集 写真と車歴でみる1950年代を走った国鉄車両」があるのですが、クモハ54002の写真は有りませんでした(54形は、001, 005の空気側の写真が掲載)。また、RM Libraryで最近「1950年代の戦前型国電」と銘打って上、中、下巻が発売(No. 223~225)され、クモハ54形は下巻の収録なのですが、写真は他の偶数番号車も含めて空気側でした。
 

お返事

 投稿者:34036  投稿日:2018年 8月29日(水)20時52分46秒
返信・引用
  皆さん、こんばんは

73おやぢさん コメント並びに追記ありがとうございます。

54002の件、
実は原形あるいは更新前の電気側を、確実に判定できる写真にはお目にかかれておりません。
判断の根拠は、下記の外は更新後の写真でしかありません。

ご呈示の「旧型国電車両台帳」、
実は今世紀の変わり目前後の10数年間、全くテツから遠ざかっていた時期がありまして、
旧国ファンのバイブルと云われながらも、入手をしそびれております。

私が参考にした写真は、JTBキャンブックス「旧型国電50年Ⅰ」p.134に掲載されている54002です。
山側からとらえた未更新の姿ですが、同じく床下が日陰となりつぶれていて、確実な判定はできません。
(もしかしたらご呈示いただいたのと同じ写真かもしれません。)

43系4扉化車や関西型モハ51など、吹田工場で更新工事を受けた車両が、
原則的に、もとの床下機器配置を保持している、という「一般側」に照らして、
本車にもこれが適用できそう、との判断でしかありません。
(ただし、実際にはほとんどの参照写真が更新後のものではあるのですが)

ただ、本「一般側」に例外は見当たらなさそう、を前提に、
上記写真からは、運転台寄りには抵抗器群はなさそう、との判断を下しておりました。

なお、参考にはなりませんが、下記文献に山側からとらえた54002(未電装)が掲載されています。
場所は吹田工場で、メーカーから回送されてきたときのもののようです。

RJ No.126 (77-08) <特集●旧型国電は生きている> p.28


54006、54008の更新前の山側写真も見つけておりません。
実は、さらには関西向けモハ60偶数車(後の54104~112 ev など)についても、
更新前の山側が判定できる確実な写真はみておりません。

ただ、これら車両の更新後については、発表されている写真から、
何れも抵抗器群は凡て連結面寄りに設置されていると思います。

一方で、43系4扉化車や関西型モハ51で、抵抗器群が移設されている例は、
あるのかもしれませんが見つけていません。
54002が抵抗器を移設した可能性は否定できませんが、
その後に続く偶数車全車が奇数車と鏡対称であったものが、更新時に抵抗器群を後方に移設した、
というのも考えにくいのではないかと考えております。



レールファンNo.139-140の記事紹介、ありがとうございました。

2016年5月15日のこの場へのご投稿「城東線・片町線の向きについて」で

「昭和39年ごろに発行された鉄道友の会機関誌「RAILFAN」に国電の方向に関する連載記事があり」、として
モハ40の戦後の方転について、この文献を引いて紹介されていたのは知っておりましたが、
空気圧縮機と空気溜の位置関係のことにも言及があったのですね。

モハ40だけでなく、モハ42そしてモハ30も同様の状況なのですが、
前者は両運転台車、後者はモハ40の中間電動車化ということで
夫々関連性があるのですが、両方が合理的に説明できる理屈が思い浮かびません。
 

追記です

 投稿者:73おやぢ  投稿日:2018年 8月27日(月)20時36分3秒
返信・引用
  みなさん、こんばんは。
34036さん。

先日のご投稿(覚え書き)を拝見していたところ、1点確認したいことが生じましたので、お知らせしたいと存じます。

私も関西式の電気機器配置が奇数と偶数で鏡対称であるのは承知していましたが、51系の全てがそうだと思い込んでおり、54形は考えたことがありませんでした。

そこで確かめるべく、「旧型国電車両台帳」の100ページにある更新前の54002を見たら、車体中央にある主制御器の右(前位)側、シャドウでつぶれていますが、なにやら”小さな箱が並んでいる感”があり、主抵抗器のようなのですが。なるほど飯田線時代の主抵抗器は後位にありますが、遮断器導入に関連して主抵抗器が移動しているということはないでしょうか。

54002は写真が日陰であり、54004はもともと奇数向けなので参考にならず、54006と54008の更新前の写真は発見できず…というわけで、もどかしいのですが、まずはお知らせまで。

 

レンタル掲示板
/258