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「国鉄17m級電車」を見て

 投稿者:73おやぢ  投稿日:2021年10月23日(土)13時03分58秒
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  みなさん、こんにちは。
同書を見ていくつか気づいた点のうち、2つ紹介します。

まずは22ページの16224です。2エンドで母線のジャンパが栓納めに装着しっぱなしというのは、きわめつけに珍しいです。たしか本社の指導(要するに叱られた)で使用が禁じられたはずで、古いRP誌(昭和35年の国電特集)にも42形の1エンドで母線ジャンパが栓納めに収容されている写真がありました。ちなみに22150にも母線の栓納めが残っていますね。もちろん東鉄が使用するはずもありませんが。

もう一つは、160ページの弘南クハ1611です。私は各種文献なるものを持っていませんが、たまたま弘南の竣工図がありますので、おそらく文献記載の新旧対照はこのとおりではないかと思います。まず、1610は旧30系、1612は旧西武につき除外すると、50系譲受車の候補は1611、1613、1614の3両ですね。弘南では時系列で付番しているため昭和45年に1両だけ導入した16528は1611が確実で、キャプションはなにかの勘違いのようです。

ところが、その先で新たな疑問が生じました。昭和49年の2両は竣工図で16449→1613、16548→1614となっていますが、形態が合いません。私はこの2両を実見したことはありませんが、後年まで在籍していたためネット画像は容易に発掘できます。その結果、1614はリベット付きシル太と乗務員室の額縁により旧番は16449ですね。つまり真実の新旧対照は16449→1614、16548→1613と逆転しています。しかも旧16548はクロハ出自だがベンチ7個で、仕切りの櫛板撤去(ベンチ復活)車であることも、話をややこしくしているようです。
 
 
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