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三井芦別鉄道ナハニ1形客車、クモハ12012など

 投稿者:原口 悟  投稿日:2021年10月 8日(金)00時24分30秒
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  皆さんこんばんは

先日の「写真とイラストで綴る国鉄17m級電車」で、三井芦別鉄道に行った元モハ31形と考えられるナハニ1形客車に触れたことに関連して、同客車の写真を探してみました。

 HP「DRFC-OBデジタル青信号」で元関西旧国利用者さんが昭和42年9月9日に訪問した時に写真を撮影していることを報告しましたが、他、ヤフオクの出品写真(落札済み)があり、この写真は元関西旧国利用者さんの訪問の9か月後の1968年6月21日の撮影です。また、ガレージキットメーカーの「モデルアイコン」の姉妹サイトの「鉄道模型工作記録帳」の2009年11月23日の記事で、ペーパーによる同客車の製作の参考資料として、茶色時代と2色塗りの写真が紹介されています。
 今年の初めにすぎたまさんが三井芦別鉄道ナハニ1の写真を紹介した時に、73おやぢさんが、「外板の全張替えが行われたのではないか」と考えた根拠として、「ドアの上に回り込んでいるヘッダーが無くなっているように見える」ことを指摘されています。決定的な写真が無いことから、「可能性」として指摘されていますが、これらの写真、特に元関西旧国利用者さんによるナハニ2の下の写真は、「雨樋の影」が幕板に落ちており、ヘッダーがドアの上に回り込んでいるならば、この部分で影が段になるはずなのに、写真では影が一直線に落ちているので、「ヘッダーはドアの上に回り込んでいない」ことが確定します。また、「鉄道模型工作記録帳」の茶色時代の写真でも、ノーリベットと、ヘッダーがドアの上に回り込んでいないことがわかるので、「外板の張替え」はかなり早い段階、おそらく復旧時に行われたと考えられます。同写真では、雨樋が無く、両側のドアの上に水切りがあることが確認できます。すなわち、当時は中央扉を閉めきって、この部分にも座席を設置していた、との情報の傍証になります。

「写真とイラストで綴る国鉄17m級電車」の他の注目点
 「モハ50系列の側梁の外への移設の仕方」について、以前のこの場で話題になりましたが、P19に下からのぞき込んだ写真があります。栗原電鉄C171(元モハ10043 - モハ50039 - クモハ11435 - 西武クモハ375)のもので、「台枠の継ぎ足しがわかる」との解説です。

 17m車が走った線の中で珍しいところとしては、「岡山ローカル」が、P94にサハ17102の岡山ローカル時代の写真(1965.4.26岡山駅で撮影)があります。サハ17の仙石線時代(気動車色)は、昭和41年から42年の1年ほどにか在籍していなかったためか、掲載は無く、富山港線も同様に昭和42年までの短い期間の為か、写真の掲載は有りませんでした。

クモハ12012について
 クモハ12012は、末期は福塩線で走っており、「鉄道車両ガイドVol.21 クモハ12とクモニ13」では、「戸袋窓をHゴム化改造」の記述(P95)があったのですが、同書には写真の掲載は無く、「写真とイラストで綴る国鉄17m級電車」で初めて写真が紹介されました(P61, 1967,8,21撮影)。インターネットの検索で写真を掲載しているところを見つけてはいたのですが、増設運転台側からの写真で、既設運転台側からの写真は、今回初めて見ました。

クル29003について
 配給車のうち、関西の唯一のクル29形である、クル29003の写真が掲載されています(P132)。同車は運用に入る機会が極めて少なかったのか、これまでの17m旧国特集でも写真が紹介されることが珍しく、配給車の特集でも、クル29003だけ写真が無い、ということがしばしば起こっていたので、写真は非常に珍しいものです(1974,9,21吹田工場で撮影)。同車は前面貫通化が行われていることが知られており、写真でも確認できますが、配給車、救援車で貫通扉が設置されているのは、仙石線で貫通化されている車を改造したことに由来するもので、同車は仙石線とは全く縁が無かったので、何故貫通化改造されたのか、謎になっています。
 
 
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