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NEKO PUBLISHINGより「写真とイラストで綴る国鉄17m級電車」発売

 投稿者:原口 悟  投稿日:2021年10月 6日(水)23時39分51秒
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  皆さんこんばんは

NEKO PUBLISHINGより、「写真とイラストで綴る国鉄17m級電車」が発売になりました。「写真とイラストで綴る国鉄72・73系電車」に引き続いて、宮下さんによりまとめられた本で、昭和40年代前半までに大多数が無くなってしまった17m級旧形国電について、昭和30年代から40年代の、いわば「旧形国電が注目される前」の写真が多く紹介されています。それゆえ、珍し写真が多いと思うのですが、その中で気づいたことを紹介したいと思います。

仙石線旧型国電の「標識灯掛け」について
 以前のこの場で、仙石線の旧形国電に特有の装備として、「標識灯掛け」を話題にさせていただきましたが、その時に、20m級旧国(戦前形、73形)では、入線当初は装備してなく、昭和48年末から追加が始まったらしいことと、この頃、郡山工場または盛岡工場への回送経路が、仙台駅の連絡線から、石巻駅から石巻線経由に変わったことが関係するらしいことがわかりました。
 これに対して、「写真とイラストで綴る国鉄17m級電車」に収録された、仙石線の17m級旧国の写真を見ると、標識灯掛けを装備しています。このため、「標識灯掛け」は昭和42年3月の17m車から20m車への置き換えの時に一旦無くなり、そのあと昭和48年から復活したことになります。このため、「昭和42年に標識灯掛けが無くなった」原因を改めて考えなくてはならなくなりました。
 また、17m車の標識灯掛けの装備状況にも個性があり、1~4位側の腰板全てに装備している車と、1位側と4位側(向かって右側)にだけ装備している車がいます。P168からの配属履歴と見比べると、昭和33年までに仙石線に配属された車は1~4位側の全て、昭和33年以降に配属された車は1,4位側だけという傾向があるようですが、クモハ12002,003,010が例外で、仙石線に古くから配属されているのに1,4位側だけです。さらに、昭和40年から始まった貫通路整備で、サボ枠を助士席側に移設した車は、標識灯掛けが干渉するので、サボ枠に中に移設しています。この時に、運転席側の標識灯掛けを裾に下げている車(クモハ11252、P50)がいます。このため、標記灯掛けが1個で済むようになった理由も考えなければいけないことになります。

三井芦別鉄道ナハニ1について
 「三井芦別鉄道ナハニ1」とされる写真がP158に掲載されています(1954年8月撮影)。ただし、写真の車は、窓割が「2D22222D2」とサロ35形のような配置で、ドアはステップ付き、浅い丸屋根で、車体はノーシルノーヘッダーで窓の上の角にはRが付いており、床下にはトラス棒が見える、という車です。ナハニ1形は、今年初めにすぎたまさんが写真を紹介しており、また、HP「DRFC-OBデジタル青信号」で写真が紹介されていますが、元関西旧国利用者さんが昭和42年9月に三井芦別鉄道を訪問して写真を撮影しており、窓割は「2D22D22D2」で、中央扉にステップが付いていることが確認できることから、P158の写真は明らかに別の車です。2色塗りの腰板の塗りが薄いこと、車両番号の上に社紋が付いていないこと、形式は「~ハ」と2文字で、番号は「1」であることから、三井芦別鉄道ではないと思われますが、探してみたところ、候補となる車が見つかりました。
 三井芦別鉄道の近くに、上芦別駅から分岐する「三菱鉱業芦別鉱業所専用鉄道」という鉄道があり、この鉄道の客車に、木造客車の台枠に電車が他の半鋼製車体を組み合わせて新造(「鉄道協和工業昭和30年11月新製」の銘板有)された「ホハ1,2」という客車がいたのですが、この車の写真がHP「まつしま本舗(新社屋)」の2009年10月25日の記事に掲載されているのを見つけました。掲載されている写真は2両の鋼製のボギー客車と、2軸の木製の客車2両を連結して駅に止っている写真なのですが、この客車が、窓割が「2D22222D2」で、ノーシルノーヘッダー、窓の上の角にはRが付いており、床下にはトラス棒が付いていることから、明らかにP158の車と同じ車です。なお、同HPでは種車の報告があり、ホハ1は元ホハ13024、ホハ2は元ホハ13026で、昭和29年鋼体化とのことです。このため、P158に掲載されている「三井芦別鉄道ナハニ1」とされている写真は、実際には「三菱鉱業芦別鉱業所専用鉄道ホハ1」となります。

省電の運転席の「原型」について
 写真ではないのですが、P2(表紙の裏側)に「モハ50形を見本とした運転室と連結面の解説図」が掲載されています。元は1941年9月に鉄道時報局より出版されたもので、「モハ50形として落成した時の原型」の形態が表現されているといえます。後年は、保安装置の追加等で、いろいろな機器が追加されているので、追加機器のない原型の状態を確認できるのは貴重で、これを見ると、「スピードメーターが無い」こと、助士席側の「舟こぎ型」の手ブレーキのレバーもわかります。連結面側の「妻開戸」の形態も注目で、関連してP88には、開戸を撤去しただけで貫通路が吹き抜けのクハ16408の写真が掲載されています。解説には、「貫通扉の整備は全車には及ばなかった」とあり、クモハ73、モハ72形で見られた貫通扉未整備車が、戦前型省電にも存在していたことが示唆されています。
 
 
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