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車両基地内の「木工所」

 投稿者:原口 悟  投稿日:2021年 5月 8日(土)11時37分7秒
  通報 返信・引用 編集済
  すぎたまさん、モハ80373さん、おじか193号さん、皆さんこんにちは
シル、ヘッダー付の車等、情報ありがとうございます

すぎたまさんのお話でRJ83-10月号の東急長津田検車区の記事を思い出しました。
 RJ83-10号はRJ誌の創刊200号記念号で、「車両基地」を特集しているのですが、この中の東急長津田検車区の記事(P73~85)に、構内に「木工作業所」があることが記述されています(P82)。引用すると


検車場棟の片隅には、修理場内部よりもっと古めかしい部屋があった。「木工作業所」の看板が出ており、室内では2人の職人が板を組み立て、台のようなものを作っている。軸箱を取り外した置台なのだそうで、のどかな作業である。十数年前に国鉄の名古屋客貨車区を見学したとき、構内に家が何軒も建ちそうな材木を積み上げた木工工場があったのに驚かされたが、当時の国鉄客車にはかなり木を使った部分があった、この長津田検車区に入庫してくる電車はステンレス車か鋼製車ばかりで、およそ木と縁の無いところに木工作業所があるのは妙だ。
「いやあ、木工作業所という名前は残っていますが、ネジなどの部品置き場のようなものですな。もちろん、ご覧のような小さな仕事もありますし、8500系だって木の部品が皆無というわけじゃないですよ。運転台の落とし窓のところに木片を使っています」
内田さんと一緒に8500系の運転台に上がってみたが分からない。気づかないのも道理、窓を収納する受け箱の留具かなにかに使われているらしく、外からは見えない。その木片も、次第にプラスチックに変わっていくようだ。


現在、8500系は、最後に残った車が田園都市線で活躍していますが、オールステンレスの8500系でも「木工」が関与する余地がある、という意外性を感じたものです。

「鋼製」では、エポックとして結構注目されるのは「鋼板屋根」で、72,79形では「鋼製雨樋」との関連でこの場でもしばしば話題になりました。大まかには昭和31年度の車から鋼板屋根になっていますが、80系と70系では鋼板屋根化はあまり話題になっていないようです。客車では、オハ35系の戦後製のものに一旦鋼板屋根が採用されましたが、資材調達との兼ね合いによる特集事情のもので、本格的なものは昭和30年のスハ43系の最末期のオハフ45、オハ46形になるでしょうか。
一方で、木材が大々的に使われた、最後のものは「北海道向け車両の“床”」でしょうか。木製の床は「車内に持ち込まれた雪が解けた水を速やかに吸収する為に、足許が滑りにくい」という利点があるため、キハ22形やキハ56形、711系でも採用されており、昭和50年代に入ってもキハ40系や711系増備車でも採用されていたと思います。
(2021/05/09訂正)
クモハ73503さんよりの情報で、北海道用車両の「木製床」は、711系、キハ40系では採用されてなく、キハ56,27形も昭和43年度の前面窓がパノラミックウィンドウに変わった「パノラミック車」から木製から切り替わったとのことです。

木材については、この場の創始期に「防腐処理」と、「床油」が話題になったことがあります。
「全金車に使われている木製の部品」については、前身の掲示板の時だったと思うのですが話題になったことがあります。上記の72,79形の「鋼板屋根と鋼製雨樋」で、鋼板屋根とされている車で木製雨樋の車がいることが話題の始まりで、各メーカーで「ストック品の木製雨樋を使いきってから鋼製雨樋に切り替えたのではないか」とまとまりました。また、「乗務員扉」が、80系、70系では、鋼製に変わったのに足して、72系では木製で継続したことも話題になりました。
 
 
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