teacup. [ 掲示板 ] [ 掲示板作成 ] [ 有料掲示板 ] [ ブログ ]


スレッド一覧

  1. www(6)
  2. 全力全開(0)
  3. 全力全開(0)
スレッド一覧(全3)  他のスレッドを探す 

*掲示板をお持ちでない方へ、まずは掲示板を作成しましょう。無料掲示板作成

新着順:13/3006 記事一覧表示 | 《前のページ | 次のページ》

Re: 正解があるとすればそれは本社

 投稿者:モハ80373 ◆WKtiTNsW9Q  投稿日:2021年 4月21日(水)13時28分16秒
  通報 返信・引用
  すぎたまさんへのお返事です。

> クモハ73503さんこんばんは。
>
> 大井工場の2003年の公開時、車輪の展示で「12000系」と書かれたものがあり、「近鉄」?とか思ったのですが、そんなはずもなく、クモハ12形のものを展示するにあたり、そのように「表記」していたという落ちでした。
> 一方、関東北部の工場勤務の友人は、M'車のことを「えむちょん」と呼んでおりましたね。
> つまり、国鉄の本社の考えた読み方と、現場の呼び方がまるで違っていたということなのではないかと思います。
> 戦前から戦後しばらくの、国鉄電車の形式は、「形式 42」とか、「形式 63」とか書かれており、決して「形式 42000」では無いからです。
> したがって、現場が「ななまんさんぜんごひゃくさん」と呼ぶのを、あくまで「正しい呼び方」とするのであれば、「形式 73500」でないとおかしいのではないかと考えます。つまり、73形ではなくて73000形であり、その500番台であるという認識です。そうすると、クモハ73503さんの父上様が呼んでおられた、「ろくまる」、「ななまる」というのは、厳密には間違いではないかと思えます(失礼すみません)。「ななまんさんぜんごひゃくさん」と呼ぶのが正しいのであれば、クモハ60は、「ろくまんがた」、モハ70は「ななまんがた」と呼ばないと、整合が取れないと思うわけです。
>
> なので、「正解」というものがあるとすれば、それはまあ、国鉄本社が想定したであろう呼び方、すなわち、「形式クモハ42」とあれば、クモハ42001は、「くもはよんじゅうにぜろぜろいち(まるまるいち)」と、形式と番号はわけて呼ぶのが正しいのではないかと思います。しかし、現場はまるでそんなのは無視していたということでしょう。
>
> では、一般のファンであるわれわれはどう呼べばいいのかということですが、それはまあ、現場同様好きに呼ぶしか無いのではないでしょうか。
> 小田急の形式で、2600系(けい)と呼ぶと、「2600形(がた)だ!」、と、いちいち訂正する人がいますが、「どう呼ぼうと現場同様勝手」ではないかと思います。だいたい小田急の例なんかでは、「公式文書」には違いない、「記念乗車券」に、9000型なんて字が使われていた時期もあるのです。
>
> 旧形国電の終焉期には、クモハ73 505なんて表記も出現していました。またクモユニ74とクモハユ74が、「形式かぶり」になっていて、これも「ななまんよんせんがた」と呼ぶと、工場、幕張電車区や千葉駅などでは、どちらの形式を呼んだのかわからなくなります。山陽電鉄では、割り当て車の63形を、そのまま付いてきた車番を尊重したのか、63800形と呼んだと、ピクトリアルの63形特集にありましたね。どのように発音していたのか、興味がありますね。
>
> もう一つ問題かなと思うのは、例えば「山スカ」の編成を、比較的若い世代の人に語るとき、「クハななまんろくせんがた+モハななまんいっせんがた+モハななまんにせんはっぴゃくごじゅうがた+クハななまんきゅうせんさんびゃくがたの4連が、スカ色に塗られていてさ」と言っても、なんのことやらわからないだろう(理解するのに時間がかかるだろう)と思うわけです。言葉というものは、出来るだけ多くの人に理解されないと、情報伝達、意思伝達、思想伝達などの意味をなしえません。例えば私が、ここで突然ヘブライ語で日本の旧形国電を語っても、かなりな人は意味がわからないでしょう。私もヘブライ語知りませんし…。なので、ある程度は共通理解が出来る読み方をするしか、無いのではないかとは思うところです。
──────────

ちょっと古い話題に、何を今さら感がないでもありませんが…汗

基本的には、各自が自由に呼んで、それが正しく車両を特定できるものであれば、それで構わないでしょう。
ただ、疑問に思われる方が出る部分でもあるので、ここであえて背景に立ち入りたいと思います。

旧型国電は、基本組み換え自由。架線の電気方式も一部のローカル私鉄等に乗り入れる場合等を除きDC1.5kvで同じということで、増解結の際、組み合わせも自由という感じでした。
昭和25/1950年、われわれの言う80系が登場して、独自の広幅の貫通幌に新仕様のARE式電磁ブレーキを装備して、固定編成で使用が開始されました。これも幌の問題は別にして他の旧型との混結はありましたが、ARE式電磁ブレーキは従来のAE式との混結では活かせなくなるほか、検査周期が長く取れるメリット(仕業検査は他の旧型は600kmごとが多いが、70・80系は800kmごと。また全検周期も他は2年なのに対し3年ごとと長い)が活かせないこともあり、極力80系は70系以外との混結を避けていたようです。
また、13両以上の編成はARE式電磁ブレーキ必須なため、旧型は70・80系のみ(ほかにはクモニ83、クモユニ74・82の一部が対応改造を受けた)ということで、結果的に80系(サハ75等を含む)が限定運用されていました。

1957/昭和32年のモハ90に始まる新性能電車になると旧型との混結は事実上不可能となり、また車体構造や用途と艤装(性能)との組み合わせごとに「系列」が定められるようになって、1959/昭和34年6月の称号規程改正により、3桁の数字により表されるようになりました。
ですから、厳密に言うと、72(73)系も、42系も、32(14)系も、80系も、本来の意味の系列に近い用法ではありながら、正式には部内ではいずれも「旧型」として扱われており、正式な呼称ではありません。系列は、厳密には新性能電車に対して定義されたものであります。

国鉄の現場では、実際にたとえば(クモハ)43015なら「よんまんさんぜん(とび)じゅうご」などと呼ぶのが原則ながら、形式を明確化して「よんさんのじゅうご」などと呼んだり、まんま「よんさんぜろいちご」だったり、わかりやすく柔軟に対応していたように記憶しています。
臨時列車の運転計画などに関して、旧型国電の場合、使用車両に関しては通常「旧型」と指定するのが原則で、車両を限定する場合も系列ではなく形式を指定してあることがほとんどでした。

旧型は、80系以外は「混ぜこぜ」で、比較的新しい車両ばかりになった晩年以外は混成するのが当たり前だった時代と、系列ごとに完全に区別して使う昨今と、背景の違いにより変化した部分でもあります。
 
 
》記事一覧表示

新着順:13/3006 《前のページ | 次のページ》
/3006