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初期の車内化粧板など

 投稿者:原口 悟  投稿日:2021年 4月17日(土)10時37分9秒
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  スカセンさん、皆さんおはようございます
米押し達磨さん、お久しぶりです

旧形国電の旧2、3等合造車について
 RF70-3号内「省線電車の走るところ」での「クハ16550の車内塗りつぶし」について、同車が元クロハ16800だったとのこと、コメントで改めて気づきました。クロハ16800台は、RP誌の17m国電特集(02-9号)のクロハ16形の2等末期(旧1等廃止後なので厳密には新1等)の記事(P36,37)で、塗りつぶしの旧2等室内の写真があったことを思い出しました。また、クハ16500台に改番されてからのクハ16524の車内の写真がP50に掲載されており(1969.8.18撮影)旧2等室の座席の仕切りが「モケットを貼った板」であることおよび室内が全塗りつぶしであることが確認できます。私としては、「旧2等の証拠」としては、ロングシート裾の「卵形の肘掛け」が印象深いです。17m国電更新車や、キハ55,20、ナハ10系の室内の塗りつぶしのお話も興味深い点で、少し前のこの場で、73おやぢさんよりお話のあった「初期の車内の化粧板は、新製から10年ほど(当時の話題の中心だったモハ72、クハ79920台では、43-10改正の頃)までは新しさを保っていたが、この後、急速にくたびれてしまった」こととも符合します。73おやぢさんは、昭和40年代末に10系客車に乗った時、「くたびれた感じ」を強く感じてしまったとのことですが、この「10系客車の車内」は碓氷峠鉄道文化むらで見ることができます。写真は2016年5月4日に碓氷峠鉄道文化むらを訪問した時に撮影したナハフ11 1の車内で、当時、この場で保存されてからも20年が経とうとしていることもありますが、末期の10系客車を感じることができると思います。また、80系300番台は10系客車との共通点が多いので、飯田線で走っていた80系の車内もだいたいこんな感じだったとの参考になるかと思います。

RM Models 21-5号の常磐線72, 73形製作記事より
 RM Modelsの先月発売の号(5月号)に常磐線の72,73形の製作の記事が掲載されています(P48~55)。TOMIXの73系がリニュアールされたのに合わせて、新製品を使って製作されたもので、クモハ73096や、昭和45年頃に常磐線に在籍していた車から番号が選択されています。この中で気になったこととして、「モハ72938」が製作されているのですが、同車が「ドアコックが床下にある車」として、製品(鶴見線72系セットのモハ72920台)のドアコックのモールドを埋めたことが記述されています。同車は、72920台の後期型(モハ72937以降)なので、ドアコック蓋は腰板にあるのが正当です。
 また、モハ72000台から、72065と72313が選択されていますが、2位側の妻窓埋め込みの違いを表現しています。その中で「2位側妻窓の閉塞は初期車でも存在した」ことが指摘されています。モハ72改造時の原型は、72181までの前期改造車は、配電盤が前位の妻の幕板にあって、妻窓は1~4位のすべてが開閉窓、で貫通扉が無く、吹抜け、72200以降の後期改造車は、配電盤が2位側妻窓の位置に移動して、この窓が埋め込み、他は前期型と同じで、貫通扉の追加は後日の工事です。前期型の2位側妻窓埋め込みは、貫通扉追加工事に合わせて、配電盤を2位側妻窓に移設したためではないか、と考えており、72181までは、貫通扉の有無と、妻窓埋め込みは1対1に対応していると考えています。

昭和30年代の小田急1800形について
 RM Models21-5号では、小田急1800形の製作記事もあり、併せて昭和30年代の小田急1800形の写真も紹介されています(P119~126)。この中で注目なのが1954年11月23日撮影の、元モハ42型戦災復旧とされるデハ1811のカラー写真(P119)です。床下機器配置が偶数配置なので、元の車から、パンタグラフと床下機器との位置関係が変わっていないとしたら、元モハ42004となります。他、黄色と後の2色塗りのカラー写真等が紹介されています。
 
 
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