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横須賀線に残ったクハ47形・ジャンパケーブルの格納など:RM Library 250「横須賀線 70系時代(下)」より

 投稿者:原口 悟  投稿日:2021年 3月 7日(日)00時18分59秒
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  皆さんこんばんは

RM Library 250「横須賀線 70系時代(下)」にまつわる話題として、横須賀線に昭和30年代後半まで残った「クハ47形」に触れたいと思います。

 70系に混じって昭和30年代も横須賀線に残っていた戦前型2扉車は、先日も触れた、クモハ43形の印象が強く、私としては、クハ47、サハ48形の印象があまりありませんでした。クハ47、サハ48形の写真も、昭和30年代に入ってからのものはあまり紹介されていなかったのですが、同号で何枚か紹介されました。
 表紙は、1961年4月16日に久里浜駅で撮影された、クハ47形とクハ76形が並んでいる写真で、クハ76形の方も関西から転入した、「掛けサボフック」を付けた車であることも注目ですが、クハ47型が新鮮でした。同車は、偶数向きで、前面は、助士席側の窓が2段窓で、手すりの配置が、ヘッダー上のものが、運転席窓、助士席窓上のかなり外寄り、両窓柱の中間付近に縦に短い手すりが付いていることから、後にクハ68210に改造されたクハ47072に同定されます。この手すり配置は、クハ68210に改造され、新潟に転属して、助士席窓が1枚窓に改造された後も変わっていないことが芝生さんの写真でも確認できます。
 P6にも、1959年4月4日に鎌倉駅で撮影された、クハ47形が写っている写真があるのですが、この車もクハ47072だとわかります。

 サハ48形は、昭和30年代に入ってからの写真は、関西型の車の昭和34年の写真がP20, 21に掲載されており、3扉改造後の写真がP37, 38に掲載されています。3扉改造後の横須賀線の在籍は1年程度しかなかったので、横須賀線時代の写真は珍しいものと思われます。
 なお、クハ68200、210、211も、横須賀線時代の写真をまだ見たことが無く、写真があったとしたら非常に珍しいものと思われます。

ジャンパケーブルについて
 以前のこの場で、クハ79100台(偶数向き車)の「助士席側腰板にあるジャンパ栓納め」の役割についての議論がありました。ジャンパケーブルは、奇数向き先頭車の方に常備され、このためのジャンパ栓納めが車体側に付けられるのが、現在に至るまでの標準フォーマットになっていますが、クハ79100台の助士席側腰板のジャンパ栓納めは、この標準フォーマットに反しているため、「どのような意味があったのか」というのが議論の始まりでした。そこで見つかった情報が、「昭和20年代までは、“基本編成の両側にジャンパケーブルを常備し、付属編成にはケーブルを付けない”という運用だった」とのものでした。その裏付けとして、偶数向き先頭車にジャンパケーブルが付けられている写真がいくつか報告されました。同号にもこれを裏付ける写真が確認できました。
 先日も紹介したP32の1955年8月14日逗子駅で撮影の写真には、まだ奇数向きだったモハ53005とともに、品川行き臨時列車のクハ16451が写っています。クハ16451はモハ53005とともに、奇数向きでありながら、ジャンパケーブルを付けていないことが確認でき、「ジャンパケーブルを常備しない付属編成」であることが伺えます。
 
 
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