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31006ですね

 投稿者:73おやぢ  投稿日:2020年10月18日(日)17時51分20秒
  通報 返信・引用 編集済
  みなさん、こんばんは。

東京に来た31形の、驚くべき発見ですね。
まず思い浮かべる、東神奈川などへ一時的に転入した5両の31形ですが、これは在京の時期と塗色違いにより除外されます。
そうすると白い陽さんが言及していた、昭和38年の31006が最有力です。じつは、2001年当時の旧掲示板に私も参加しておりましたので、アーカイブとしてプレイバックします。

2001年時点でほぼ確定できた事実は次のとおりでした。
①昭和38年1月20日、中原区で目撃された編成
?…11472+31006(オレンジで大ヨト標記)+11468+車号不明車…? 左右の外方へさらに連結されていたかどうかは不明
②昭和38年1月23日に次の移動があった。
11472 中原→高槻
11468 東神奈川→高槻
16800 東神奈川→富士
これらは牽引車または救援車の改造種車であり、それぞれ吹田工と浜松工へ入場。ちなみに37年度首の配置表で11468と16800は中原所属となっており、東神奈川とある理由は不明。

以上が要旨であり、31006は東鉄から捻出された改造種車を最終的に吹田へ運ぶための控車だろうという推定になりました。ただ、お迎えのためだけにわざわざ来たのかという点は不明でしたし、今回の発見によって「他局の控車を営業に使っている」という新たな問題が生じました。

次に青梅の31形を掲載したブログを拝見したところ、五日市行きの73形に目が行きました。櫛板部のしわくちゃ具合から73077であり、同車は37年12月14日に品川→青梅と移動しているので、ブログ主さんがいわれる「昭和38年のネガ」と矛盾せず、さらに撮影時期は38年1月の上中旬に絞り込まれます。
この時点では、青梅線で偶数向きM車が必要だったが、1月20日には本来の控車になっているので、この間の変化を探すと、73122が1月18日に浦和→青梅と移動しており、これによって助っ人から解放されたとすれば、整合します。

では、いつからいたのか突き止めたくなりますが、これは手がかりがなく、非常にむずかしいです。私には、それより青梅の31006にサボが付いて(入って?)いることのほうが、驚きです。「ちょっと貸してね」くらいはわかるとしても、サボ入れの箱を溶接するとは考えづらく、どうやって表示していたのか、この疑問こそ大いに知りたいです。ちなみに東神奈川のときは正式な転属なので箱は溶接されていました。
 
 
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