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首都圏にいたクモハ31形、クハ79030台

 投稿者:原口 悟  投稿日:2020年10月16日(金)01時16分56秒
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  皆さんこんばんは
荒井@青梅さん、お久しぶりです

クモハ43、クハ58形由来のクモハ31形、クハ79形ですが、昭和30年代中頃に何両か首都圏に転入しており、以前のこの場でも話題になったことがあります。最近の文献では、「写真とイラストで綴る国鉄72・73系電車」P103に、首都圏の情況があり、それによると


1963年頃、大鉄から東鉄にクモハ31形5両、クハ79形2両(060,066)が転属し、31形のうち4両は横浜線、1両は総武緩行線(ツヌ)、79形は山手線と総武緩行線に1両ずつの配置となった。いずれも前面の運番窓が2桁、または未装備(79060)だったので、総武緩行線では付属編成、山手線では編成の中間に組み込まれた。塗色はぶどう色2号になって転入したが、車内妻面の車号標記は朱色だった。31形は木製ドアが残る車両もあり、東京での使用は無理と判断され、1年ほどで全車大鉄に戻された・


とあります。この場でも、クモハ31形については、あまり長く使われなかったことがこの場でも確認されており、「路線の条件に適合していなかった」ことが伺えた、との話になりました。一方で、これとは別にクハ79036,040が同時期に総武緩行線(ツヌ)に配属されており、当時の79040の写真がイカロス出版「電車区訪問記1960-70」の津田沼電車区の章中、P24に掲載(1963年10月18日撮影)されており、こちらは運行窓が3桁Hゴムになり、幌枠が外され、箱サボ枠が取り付けられるなど、東鉄の前面になっており、かなり手が加わっています。また、クハ79066の写真(同日撮影)もあって、同車の特徴である天地の小さい3桁運行窓になり、箱サボ枠が付くこと等結構手が加わっています。

 青梅電車区で目撃されたクモハ31形らしい車ですが、「昭和38年」と、クモハ31形が東鉄に転入した年と同じなので、1つの可能性として、横浜線に転入したとされる4両の車のうちのどれかが、「使い勝手が悪い」ために早いうちに運用を外れ、疎開したことが考えられます。あるいは、「ぶどう色になって転入」と文献にはありますが、疎開した場合は、朱色のままで運用に入り、塗り替える間もなく運用を外れたか、あるいは首都圏回送直後で、塗り替え待ちで待機していたことも考えられます。
 
 
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