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飯田線の急行列車

 投稿者:原口 悟  投稿日:2020年 9月 2日(水)23時51分22秒
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  皆さんこんばんは

箸休めの話題として、KATOの165系急行「こまがね」セットと「伊那」セットを加工したので報告したいと思います

 KATOのNゲージの165系電車は、1980年代に発売された伝統的な製品がありましたが、2010年代に入って本格的にリニュアールされました。最初に発売されたのが、「飯田線シリーズ」の一環として、急行「こまがね」と「伊那」の4両セットが発売されました。「こまがね」は、クハが2段重ねになった編成、「伊那」は165系では珍しいTcMM'Tcの編成です。
 製品は、165系としては一般的な原型ライトが表現されました。中部地方の165系は、中央東線系統の松本運転所、中央西線系統の神領電車区、東海道線系統の大垣電車区のいずれも、1980年代中頃から前照灯のシールドビーム改造が大規模に進行したので、「原型ライトで揃った編成」は、けっこう時代が限られ、1978年頃が最後になります。このため、KATOの飯田線シリーズの中では、「流電と共存していた期間」に特化したものといえます。
 写真上は「こまがね」セットです。車号は、「クモハ155-70 - モハ164-817」を生かして、1978年4月1日の、松本運転所F3編成として、クハを「クハ165-71 - クハ165-73」に書き換えました。これは、細部形態の変更がない(雨樋、水タンクなど)車号を選んだ結果でもあります。サボは、レボリューションファクトリーのステッカーからオレンジ地の「新宿―天竜峡、飯田―天竜峡間普通」を貼り付けましたこれに合わせ、前面の運行表示を「4411M」として、1978年4月時点の下り「こまがね3号」を表現しました。
 写真下は「伊那」セットです。こちらも車号は、「クハ165-129 - モハ165-9 - モハ164-831」を生かして、偶数向きクハの番号を、同じく1978年4月1日の大垣電車区C4編成として、「クハ165-57」に書き換えました。こちらのサボはレボリューションファクトリーの製品が無く、付属のステッカーから、下り「伊那1号」として「上諏訪行」「401M」を貼り付けました。下り「伊那1号」は3両付属編成を連結していることに含みを持たせているのですが、1978年4月1日時点の3両付属編成は、C21編成が「クモハ165-50 - モハ164-509 - クハ164-8」、C22編成が「クモハ165-139 - モハ164-862 - クハ165-10」と、重加工が必要な車両ばかりなので作るとしても先になりそうです。なお、クハ165-129は、シールドビームが異様に高いので有名でしたが、1978年4月時点ではまだ改造されてなく、普通のクハ165でした。
 共通の加工としては、手すりの別パーツ化、ワイパーの別パーツ化を行っています。前頭部の滑り止め塗装は、末期は、115系のような前面種別幕の上だけのものや、信号炎管部分にも広げた凸型などがありましたが。元々はこの部分の塗装は無く、松本運転所の165系が、1977時点で前頭部の灰色塗装をしていない写真が確認できたので、1978年4月時点とした両セットとも、塗装は追加しませんでした。パンタグラフは、「伊那」セットの方は、浜松工場入場車の特徴である、黒色塗装とホーンの白色色入れを表現しています。パンタの黒塗装は旧形国電では一般的で、飯田線の旧形国電も黒塗装とホーンの白色が特徴的でしたが、浜松工場では新性能車のPS16パンタグラフも同様に塗装していました。

 飯田線の急行列車としては、TOMIXが気動車急行の「アルプス」を製品化しており、付属の「こまがね」および富士急行のキハ58形を発売しています。飯田線急行は他に「天竜」がありましたが、「こまがね」「伊那」セットのステッカーには「天竜」も入っています。ただ、当時の神領電車区の165系を見ると、KATOで製品化した車とは細部の形態が違う車が多いので、厳密に表現しようとすると結構な重加工が必要なようです。
 
 
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