teacup. [ 掲示板 ] [ 掲示板作成 ] [ 有料掲示板 ] [ ブログ ]


スレッド一覧

  1. www(6)
  2. 全力全開(0)
  3. 全力全開(0)
スレッド一覧(全3)  他のスレッドを探す 

*掲示板をお持ちでない方へ、まずは掲示板を作成しましょう。無料掲示板作成

新着順:28/2940 記事一覧表示 | 《前のページ | 次のページ》

73形の車体の状態に関連して

 投稿者:原口 悟  投稿日:2020年 8月22日(土)00時09分28秒
  通報 返信・引用 編集済
  Kさん、新参者さん、白い陽さん、皆さんこんばんは

10系客車を吊り上げたら台枠が折れたとの話は、私も話を聞いていて、私の方では、吊り上げたのはオロネ10形と覚えていました。
 10系客車に始まる「軽量構造」は、電車では72920台、70300台、80300台に導入されましたが、RP誌の、スハ32系、オハ35系、オハ61系、スハ43系の特集での星晃氏のインタビューや、10系客車の解説を見ると、「軽量客車」は、設計理論の方が先行して、金属素材、冶金技術が追いついていなかったために、先行していた車両(客車ではスハ43系)よりも早く車体が劣化してしまったというイメージがあります。
 津田沼電車区の73系の話題が始まった頃にクモハ73503さんが、「72500,79300台アコモA改良車よりも、72920,79920台の方が車体がくたびれた印象を受けた」との話(6月27日)を紹介されていて、「電車でも軽量構造の弱点」が表面化したのではないかと思った次第です。
 軽量構造は新性能車にも継承されているわけですが、昭和30年代の新性能車は、廃車が早く始まった形式が多く、旧形国電と同時期に消滅してしまった形式が多いのも、軽量構造と当時の冶金の限界があったのではないかと思います。

73形の台枠の補強は、実施された車がかなり多かったようで、「首都圏の72系」掲載の工事車両の一覧を見ると、73形は134両、72形は133両と多数が記述されています。その中で目に付いたのが、1950年度製の73400~403で、401~403がそれぞれ1954年10月19日、8月30日、8月19日付で台枠補強を受けていおり、残る73400も1957年に73902に改造されているので、新製後数年で台枠補強をする事態になったことになります。台枠補強の工事は1954年から1958年の間に実施された車が多いのですが、遅い車では1967年実施の車もいます。工事された車がけっこう多いため、クモユニ74形に改造された車で、台枠の徹底修繕が要求された車の割合は多かったのではないかと憶測します。

Kさんよりの、62系の落成時の検査標記の一覧に関連して、大まかには、戦前形、DT13装備車、DT16以降装備車で周期が異なりますが、62系の改造当初、DT13装備車とDT17,TR48装備車の検査周期を統一する構想があったとの話を伺いました。この構想が結局不可になったことが、その後の仙石線アコモ改造車の種車が72500台、79300台以降に絞られたきっかけになったのかもしれません。
 
 
》記事一覧表示

新着順:28/2940 《前のページ | 次のページ》
/2940