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Re: 芝生さんのモハ72577の写真に写っている、手前のクハ79形の車内の色について

 投稿者:K  投稿日:2020年 7月18日(土)21時25分39秒
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  > No.2952[元記事へ]

原口 悟さんへのお返事です。

> 白い陽さん、34036さん、クモハ73503さん、皆さんこんばんは
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> モハ72500台のアコモ改良に関連して、「車内の色」がテーマになっているので、「車内の色」の手掛かりがないか、芝生さんの写真を見直してみました。その中で気づいたことを報告したいと思います。
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> 3段窓で残っている車は、基本的に戸袋窓のうち窓が3段窓で残っており、この窓は元々はクリーム色だと思うのですが、淡緑色に見える車がいました。この中では、鶴見線のモハ72577が、手前のクハ79形が、車内を明らかに淡緑色に塗りつぶしており、戸袋のうち窓も同じ色のように感じました。なお、手前のクハ79形ですが、1974年10月21日に浅野駅で撮影された写真で、同じ日に同じ場所で撮影された写真は「クハ79156」でした。クハ79156の写真の方では、運転室も淡緑色で、戸袋の3段窓の背後に見える内窓も淡緑色のように見えます。しかし、アコモ改良工事の一覧(「首都圏の72系、RP00-5号、「写真とイラストで綴る国鉄72・73系電車」)を見ると、B工事にも、C工事にもクハ79156は入っていません。アコモ改良以外で、室内を緑色に塗られたのは、常磐線で10連運転に関連して工事された車がいたと思いましたが、クハ79156は、常磐線には縁の無い車(池袋―津田沼―浦和―東神奈川と移動)でした。このため、アコモB, C更新工事の一覧にも、脱落があり、クハ79156は、脱落した車の1両かもしれない、と考えました。なお、モハ72577も、常磐線には縁の無い車(こちらは東神奈川に長く在籍)です。
>
> また、「アコモデーション改良供試車」で話題に出た、モハ72626の写真で、戸袋内窓の色がわかり、淡緑色ではなく、クリーム色系の色で、これが「内装を薄茶色4号に塗装」したことを示すものではないか、と思いました。
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> また、片町線のモハ72形の戸袋内窓が淡緑色のように感じるものがあり(特に72643, 650)、これがもしかしたら阪和線旧型に施行された「アコモ改造」に関連するものかもしれません。阪和線の方では、72559, 565, 566, 567の写真がありますが、クリーム色よりは緑色がかっている車がいるように感じます。
>
> クモハ73形全金更新車のパンタ鉤外しリンクについて
>  クモハ73117が、京阪神緩行線時代にパンタ鉤外しリンクが前面に降りていなかったとのことで、他のクモハ73形はどうだったか見てみました。京阪神緩行線に縁の深い、吹田工場の更新車を芝生さんの写真で見てみたのですが、引き回しは
>
> 前面:73024 (63.6.5), 028 (62.10.5 or 63.10.4), 033 (64.3.31), 035 (62.11.19 or 62.11.30), 043 (62.9.14 or 62.9.12), 049 (63.4.20), 170 (63.7.16)
> 室内:73030 (63.3.30), 037 (63.3.8 or 63.3.1), 088 (63.3.26), 359 (63.1.31 or 63.2.1)
>
> となりました。()内の数字は改造年月日で、「or」で並べているのは、前は「写真とイラストで綴る国鉄72・73系電車」、後ろは「首都圏の72系」のデータです。クモハ73028が「1年違っている」のが気味悪いですが、1963年の1月から3月の四半期に工事された車が、リンクが室内引き込みになっているようです。一方で、これらの車とほぼ並行して工事されていたと思われるクモハ73049が、リンクが外に出ているのも奇妙です。
>  なお、吹田工場のクモハ73形全金更新車は、73049以外全て御殿場線に転属しており、観察したのは全て御殿場線時代なのですが、前面に降りているものは全て紐(あるいはビニール被覆のワイヤー)です。これに対して唯一京阪神緩行線に残ったクモハ73049は、前面に降りているのは「クランクしているロッド」です。京阪神緩行線時代の写真は、他にクモハ73043のものが「ガイドブック最盛期の国鉄車両」に掲載(2巻P37)されており、クモハ73049と形は違いますが、「ロッド」だったのが、御殿場線では「紐」に変わっています。このため、前面にリンクが降りている車の、「吹田工場工事時の原型」は、「ロッド」で、御殿場線に転属してから「紐」に交換された(時期的に、浜松工場か、大船工場のどちらの工事かは不明)と考えられます。
>
>  また、「ガイドブック最盛期の国鉄車両」の同じページにクモハ73195の横浜線時代の写真が掲載されており、リンクは前面に紐で降りています。このため、クモハ73195については、リンクの室内引き込みは富山港線に転属してからと考えられます。クモハ73013は、芝生さんが品川駅構内の留置線に疎開しているときに撮影しており、前面に紐が降りているように見えます。このため、富山港線転入前にリンクが室内引き込みだったのは、クモハ73117だけと見て良いと思います。
>
> クモハ73503さん
>  少し前に「品川駅に疎開する73形」ご覧になったとの話を伺いましたが、ちょうどその頃に芝生さんも訪問していて、写真を撮影されています。そのうちの1枚が、上に紹介したクモハ73013です。芝生さんがこの写真を掲載して下さったのは、当時「サハ78形500番台の中で、パンタ台がどの車に残っていたか」がこの場で話題になっており、そこで、サハ78503の情報を、品川駅の留置車の中から引き出して下さったものです。
 
 
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