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小田急に入った国鉄形台車について2

 投稿者:すぎたま  投稿日:2020年 5月 6日(水)08時05分48秒
  通報 返信・引用 編集済
  原口さん、みなさんおはようございます。

小田急に入った国鉄形台車ですが、今のところ以下のものが確認出来ました。なお、参考にした書籍はその都度記します。
●TR11について
小田急に入ったTR11は、基本的にクハ1650形、サハ1950形、サハ1960形(特急用車でのち格下げ)に付けられましたが、大半は省ホハ12000系用の、「イコライザーが細い」タイプです。しかし、「レイルロード刊・小田急電車形式集3」によれば、1966年3月撮影のサハ1960には「イコライザーが太い」タイプが付いており、同車の1969年2月2日撮影の写真では(いずれも同書43ページ)、イコライザーは細いタイプに変わっています。これはクハ1964号も同様な変化があり、1966年10月18日撮影画像では「細」、1970年11月22日撮影画像では「太」(同書59ページ)という変化があります。これらのうち、イコライザーが細いものは、おおむね1900系新製時、サハは戦災国電復旧でしたので、それに付けたものです。しかし、一部クハ1650形に「太」のタイプが混じっていたようで、それが振り替えでサハ1950やクハ1964(クハ1551更新)に回ったものと考えられます。結構台車のたらい回しはされていたようです。
●TR22(DT11)について
今まで、小田急にDT11が入ったのは未見でしたが、今回サハ1951号に付いているのを発見しました(同書23ページ。1954年11月29日撮影。DT11は初期形)。サハ1951は竣工図も掲載されていますが、タネ車は省モハ50044であり、タネ車の台車ではありません。この台車がどこから来たのかは謎のままですね。
どだいDT11は、西武、小田急、相鉄以外、民鉄に流れたのはずっと後年のことではないでしょうか。
なお、同系列の台車としては、日車D-18をクハ1659が一時期使用した(元は帝都から流れてきたクハ1551の台車?)ようで、「小田急電車形式集2」の36ページに画像があります。
●TR23について
サハ1752特急車が一時期装着した記録があり、本書にも一応画像が載っていますが、角度的に不鮮明で、TR25であるかもしれず、はっきりしませんでした。一応いくつかの文献にTR23との記載があるので、間違いは無いと思うのですが…。
●1600系のDT12について
特急車1700系がデビューするとき、予算の関係と、安定性を考慮したのか、とりあえずはデハ1600形からKS-33L台車を主電動機とともに流用し、デハ1607-10には国鉄払い下げのDT-12台車とMT-7から10主電動機を取り付けたと記録にあり、写真も残されています。同書でも「2の14ページ」に一応やや不鮮明ながら画像があります。
ところが、不思議なのはその後その4輌分の台車はどこへ行ってしまったのか、という点が未解明です。4輌分と、そこそこまとまった数あったわけなので、例えば後年新製されるクハ1650形増備車やサハ1750形増備車などにあててもいいはずですが、原口さんがおっしゃるように、例えば特別な治具が必要などの理由で、使われなかったのかも知れません。
なお、小田急でのこのMT7-10付きTR25台車の形式は、TR25Bかもしれません。今のところ、小田急での台車呼称は、全てTR**であり、DT**と呼んだことは無いようです(生方良雄「小田急1800形」44ページコラム)。モハ63の割り当て車である1800系の電動台車と大半の制御車用台車がTR25A(これは当時の省-国鉄の呼称に準拠)、DT-12の円筒コロ軸受け化がTR25Cなので、小田急呼称TR25Bが存在するはずです。
●1800系の台車について
1800は、モハ63の割り当て車と、モハ42004(届け出はモハ42005になっているそうですが、モハ42005改めクモハ42005は宇部・小野田線で長く活躍でしたよね)、モハ60050を車体更新してまとめた形式です。
生方氏の著書「小田急1800形」によれば(42ページ)、戦災台車TR25を付けて落成した車輌が5輌あったそうです。当初番号があまりはっきりしなかったのですが、とりあえず「鉄道ピクトリアル286号55ページ」によれば、デハ1802とデハ1807(初代。相鉄に移籍)が、それぞれモハ63591、63589と台車を交換し、それぞれはTR35(DT13)になったようです。すると、交換相手がモハ63500番台なので、デハ1802は主電動機がMT-40なのではないかという疑問も湧きます。
さて、そうするとTR25装備車はあとは残り3輌のはずですね。このうち2輌は判明しました。「小田急電車形式集2の87ページ」によれば、省番号無しで入線したクハ1851と1852にTR25(平軸受け)が付いている画像が掲載されています。また竣工図もありますが、それにも台車の欄に「TR25」と書かれています。他のタイプの車輌(名鉄からの移籍車も含む)には、ちゃんと「TR25A」と書かれているのにです。
後年、残っていたTR25台車はコロ軸受け化されて、TR25Cに改造されますが、最終的に装着したのはクハ1851、1860、1861でした。このうち1860の台車画像は、同書103ページ右下にあります。
ただ、ここで問題になるのは、このクハ1860が装備している台車は、TR25でも初期形の「軸箱外側にクレーン掛けが無い」タイプです。つまりモハ40系あたりの前期形までに付いていた戦災台車由来ということがわかります。
残る1輌の番号は判然としません。ただ、省モハ60050は事故復旧車なので原姿復旧となり、台車も使えたらしく、TR25後期形(軸箱にクレーン掛けあり)を付けていて、同書94ページに画像があります。またクハ1851には、更新後すぐは、コロ軸受け未改造のTR25初期形がついているのが確認出来ます(98ページ)。すると、このモハ60050→クハ1871→クハ1861のことを1輌にカウントしているのかどうかが鍵になりそうですが、もはやよくわからないかもしれませんね…。
●1800系主電動機の謎
同書に掲載されているデハ1811の竣工図(同書89ページ)によれば、同車の主電動機はMT-30になっています(他の図には書かれていないのに、わざわざ()で記載あり)。しかし、同車は国鉄から譲受するさい、下回り無しで譲受したはずです(鉄道ファンに「小田急」と車体に書かれ、日車東京で輸送準備中のモハ42004(ペンキナンバー85023)の画像が掲載されていたことがありますが、台車は仮台車のようでTR23らしき台車)。すると、中古の主電動機を購入したということなのでしょうか。一方、台車は「心皿荷重が重い」という理由で、デハ1802のものを使い、デハ1802には当面クイル駆動のKH-1を付けました(同書84ページ、「小田急1800形」では47・48ページに画像)。しかし、竣工図のデータでは、モハ42004改造のデハ1821→1811は42.00トン、他車は42.35トンと、モハ63のほうが自重が重くなっています。側受けとの関係でしょうか。
よくわからないのですが、このデハ1821→1811も、大半の文献では主電動機はMT-30Aとされ、他車も同様です。しかし、生方氏の著書「小田急1800形」によると、68ページの諸元表には全ての電動車が「MT-30」とされ、この理由もわかりません。しかし、一部文献では「MT-30A、MT-40」とするものもあり、そうすると推定になりますが、1802が台車交換時にMT-40付きになったということかもしれません。いずれにせよ、資料を信用すれば、主電動機は、わずか11輌のグループなのに、MT-30、30A、40と3種あることになってしまいます。特性としてはどれも変わりませんが、構造は細かく異なっていると思われるので、不都合は無かったのか気になりますね。

まとめますと、
・由来が不明で行方も不明な台車:サハ1960に付けたTR22(DT11)。
・由来が不明な台車:デハ1802はモハ63591からのTR35(DT13)を付けた。しかし台車が無いデハ1811に転用し代わりにKH-1を付けたが、その後TR35に復旧したものの、そのTR35台車がどこから来たのか不明。
・行方が不明な台車:デハ1607-10のTR25台車。

かなりよくわからないことになっていました。失礼いたします。

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