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17m車末期の仙石線

 投稿者:原口 悟  投稿日:2019年11月10日(日)12時54分47秒
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  皆さんこんにちは

17m車末期の仙石線レポート
 先日RF67-3号を入手したのですが、その中に「仙石紀行」と銘打った仙石線への訪問レポートがありました(P18~20)。訪問は1966年11月23日のことで、訪問者の吉村氏は21日にまだ気動車の「はつかり」で仙台を訪れ、23日に急行「まつしま」で東京に帰っています。
 この時期の仙石線の訪問記事は、1966年10月1日時点の仙石線管理配属の車輌一覧が発表されており、その時はまだ73形の転入はありませんでした。その後、2両いたサハ17形の運用離脱の報告があり、1967年4月1日時点では17m車の交替が完了し、車籍が残っていたのはクモハ12002だけになっていました。11月23日の報告は、73形の転入が始まり、ある程度の車が営業運転に入っている頃になります。
 吉村氏は9:12発の石巻行快速に乗っているのですが、編成は

クモハ11101 - クハニ19051 - クモハ11460 - クモハ11108

の4両編成で、クモハ11108は陸前原ノ町で切り離した、とのことです。仙石線17m車の末期は、3両編成と2両編成を連結した5両編成が標準になっていたのですが、この編成は、2両編成の方が1両だけになっていたことになります。当時、73系が茶色のまま、あるいは仙石線色に塗り替えられて4両編成で営業運転を始めていることが確認されており、検査切れが早くて車両が不足していた、または、20m車置き換えを見込んで、先行して17m車も編成両数を4両に変更していた、という可能性が考えられます。また、クモハ54、クハ68形を「原ノ町の車庫にも見当たらない」と、まだいないことを報告しています。なお、「鉄道史料」25号の仙石線の記事によると、クモハ54、クハ68形の最初の転入は12月9日のクモハ54101、クハ68102が最初で、12月11日にクモハ43109、クハ68106が転入しており、11月23日には「まだ転入していない」ことが確認できました。なお、他のクモハ54、クハ68形の転入は年度末にも間に合わず、1967年4月に入ってからです。
 17m車は、クモハ11245とクハニ19002が運用を外れて野蒜駅に疎開している写真が掲載されています。

1984年の古レール転用の記事
 古レールの記事の続きなのですが、先に報告の記事から20年後の1984年にRP, RJ, RF誌のどこかに「新幹線の中古レールの転用」の記事がありました。中古レールをローカル線の重軌条化に転用するもので、新幹線のロングレールを、溶接部分をかわして20mに切断し、ローカル線のレールを交換する、という内容でした。転用先は、和歌山線、桜井線といった関西地区のローカル線だったように記憶しています。
 
 
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