teacup. [ 掲示板 ] [ 掲示板作成 ] [ 有料掲示板 ] [ ブログ ]


スレッド一覧

  1. www(6)
  2. 全力全開(0)
  3. 全力全開(0)
スレッド一覧(全3)  他のスレッドを探す 

*掲示板をお持ちでない方へ、まずは掲示板を作成しましょう。無料掲示板作成

新着順:211/2939 記事一覧表示 | 《前のページ | 次のページ》

クハ86060等、最先任車両について

 投稿者:原口 悟  投稿日:2019年10月 7日(月)00時31分23秒
  通報 返信・引用 編集済
  皆さんこんばんは

モハ80373さん
 クハ86059, 060についての情報をありがとうございます
 クハ86060の方の前面についての可能性ですが、下関運転所にいて、広島車両所に入場していたと考えられることから、呉線に転入した山スカのクハ76形のような角が角ばったHゴム窓になった可能性もあると考えました。三鷹電車区時代の山スカのクハ76形のうち、木枠前面の車は木枠で残っていたのですが、1975年に呉線に転属後、前面窓をHゴム支持に改造され、この時に元の窓の形を利用したような角が角ばった窓になりました。写真は田中さんの「旧型国電の記録」でクハ76036, 51を確認できます。ただ、この改造が行われたのは、80系も廃車期に入った頃(昭和51年から52年?)で、クハ86060が改造されたとしたらもう少し前(昭和45年頃?)になると思われるので、話題になっていないということは、お話の通り、他の車と区別がつかない形態だった可能性は高いと思いました。

クモハ73503さん
 私も藤沢駅ホームのキオスクはしばしば見ていますが、写真を見て、「80系らしさ」を醸し出すものとして「ヘッドライト」に注目しました。また、「NewDays」と入っている運行窓の造作は300番台をモチーフとしている一方で、側面窓の表現はモハ80373さんも触れている0番台ののアルミサッシ交換車のイメージが強いと思います。

七尾線の415系の置き換えの発表
 少し前の話になりますが、七尾線の415系、413系の521系への置き換えが発表になりました。写真は2015年1月10日に金沢駅で撮影した415系C01編成ですが、改造時にクハにMGが搭載されていた試作冷房車を中心に改造車を集めた関係で、古めの車が集まりました。当時のこの車輌を報告した時に、その中でも最も車齢の高い車は写真下のモハ414-801で、1964年製(写真撮影の時点で車齢51年)になると教えていただききました。その後、結果的に最も古い車が集まったC01編成とC02編成が先行廃車になっています。他の車も同等に古い車がいるのですが、2020年度に、これらの車が置き換えられることになります。今年は和歌山線への227系投入で105系500番台も置き換えられており、一番車齢の高い車は岡山電車区の115系300番台3両編成(1974年製のものが存在)か、和田岬線の103系(1973年製のものが残っている?)になりそうです。

「最先任車両」について
 415系800番台が話題になった頃に、その時々の「もっとも現役の経歴の長い車」を話題にさせていただきました。
 条件として「定期の旅客営業に付いていること(動態保存車はカウントしない)」「車体新製車(旧形国電ではモハ50系)は経歴を引き継がない」「事業用代用車(クモハ40形等)は第1線から引退したとしてカウントしない」を定義して調べたところ

本山支線の置き換え(2003年3月14日)まで:クモハ42001(1934.1.14製造)
大川支線の置き換え(1996年3月24日)まで:クモハ12052(モハ31018として1929.12.11製造)

となり、その前は

浜川崎支線の置き換え(1980年11月17日)まで:クハ16215(デハ73223として1926年12月30日落成)

となります。デハ73223は、昭和元年12月30日に落成した3両の「最初の半鋼製車両」(デハ73200, 223, 225)のうちの1両で、客車の半鋼製車は3か月ほど後になってからの落成なので、客車、気動車を含めて昭和30年代以降ずっと「最先任車両」だったことがわかりました。
 さらに「製造いらい改番していない(昭和34年改番のモハ―クモハおよびサロ―サハの格下げは継続とする)」を条件に追加すると

本山支線の置き換え(2003年3月14日)まで:クモハ42001(1934.1.14製造)

は変わりませんが、その前はクモハ12052、クハ16215は改番を経験しているので対象から外れ、次は

JR直前まで:クモハ42005(1933.12.27製造)

が、少しだけ前の製造になります。ちなみに、13両のクモハ42中、42005は唯一昭和8年中に落成した車になります。その前は横須賀形20m車(17m車は全て改番を経験しているため)になり、

飯田線新性能化(1983年6月30日(定期運転))まで:クハ47009(1931.5.16製造)

になります。ちなみに、流電廃止以降の飯田線で最も古い営業用の車はクハ47069(サハ48015として1930.12.22製造)になります。この前は

身延線新性能化(1981年8月31日)まで:クハ47001(1931.2.24製造)

になります。なお、同時期の身延線で最も古い車はクハ47057,059(サハ48001,002として1930.12.13製造)になります。この前は

岡山ローカル置き換え(昭和50年)まで:サハ48018(1930.12.22製造)

で、上記のクハ47069と同じ日の落成です。17m車は改番されているので、サハ48018が最長不倒になります。

 なお、同時期の客車はスハ32系ダブルルーフ車になるのですが、昭和16年の大改番を経ているので、「改番していない」を条件づけると、昭和20年代からサハ48018が最先任車両になります。
 ちなみに、スハ32系ダブルルーフ車で遅くまで営業運転に入っていたのは、肥薩線の「ガーランドベンチレーター撤去車」スハフ32 44, 45があり、両車とも1930.7.14落成で、電車で最初に落成した20m車が上記のサハ48001, 002になるので、半年ほど前の落成になります。

 クモハ42001以降の最先任車両は、JR西日本の471系が1962年製造で、「改番していない」の条件も満たします。この辺りになると気動車も候補があって、JR四国のキハ28 2002、JR東日本のキハ58 23が最先任車両だった時期があると思われます。

 なお、現在、イベント運転車を含めて一番古いのはJR東日本のスハフ32 2357で、1938.12.24製造です。
 
 
》記事一覧表示

新着順:211/2939 《前のページ | 次のページ》
/2939