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真空ブレーキから空気ブレーキへの変化について

 投稿者:原口 悟  投稿日:2019年 8月17日(土)20時50分36秒
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  皆さんこんばんは

8月6日に報告した「密着連結器を装備した貨車」に関連して、貨車のブレーキについて紹介したいと思います。

 鉄道車両の直通ブレーキは、イギリスに発祥する「真空ブレーキ」とアメリカに発祥する「空気ブレーキ」の系統があり、日本では明治期の真空ブレーキ導入から、大正8年(1919年)に空気ブレーキの導入を決定して、昭和に入る頃から空気ブレーキの本格使用を開始しており、電車では木造車でも空気ブレーキ導入以降の新製車が大多数なこともあって、ブレーキに関する記述は、空気ブレーキの動作に関するものが主で、甲武鉄道の電車や、院電についてのブレーキについては記述が乏しいのが現状です。
 真空ブレーキから空気ブレーキの移行については色々なところで記述されているのですが、「貨車」については、途中に「直通ブレーキの無い時代」が挟まります。最近では学研の「よみがえる貨物列車」に記述があり、古くはRM誌の通巻130号から135号の当たるの「私有貨車セミナー」に記述されているのですが、1906年の国鉄発足の頃は、各買収私鉄中に真空ブレーキ装備の車が多く、貨物列車も真空ブレーキを使っていたのですが、当時の真空ブレーキの欠点の1つでもあった「空気漏れがあるとブレーキがかからない」問題が、編成中の絶対両数が多い貨物列車では、接続するブレーキホースが多いために特に深刻で、明治44年(1911年)の改番の頃には、機関車のすぐ後ろの数両を真空ブレーキの重点整備車両とした以外は、直通ブレーキを廃止しました。
 ここで、代替策として、「各車に手ブレーキを操作する「制動手」を配置して、機関車の合図で一斉にブレーキをかける」方法が採用されました。これが、大正初期の貨物列車に特有の「制動手小屋を付けた貨車」の由来になるのですが、決め手とならず、数年で取りやめになっています。RM Library「3軸貨車の誕生と終焉」上巻に制動手小屋を付けたフア27000形(M44)の写真が掲載されていますが、ここでも「制動手小屋が付いていた期間は新製後5年程度のため、写真は極めて珍しい」との記述があります。
 その後、直通空気ブレーキの採用が決定したのですが、貨車は絶対両数が多いため、明治期の貨車を中心にブレーキシリンダーの装備までは手が回らず、ブレーキの引き通し管だけの装備にとどまった車が多く発生しています。貨物列車では、昭和5年から空気ブレーキの全面使用を開始(この時に最高速度が65km/hに設定)したのですが、この時に「ブレーキシリンダーの無い車」を区別する為に、ブレーキシリンダーの無い車は記号の左側に十字のマークを書き込むことになりました。この「十字が書き込まれた貨車」は、昭和30年代の写真でもしばしば認められます。RM Library「3軸貨車の誕生と終焉」に多く収録されているタンク車では、大正期の車は構造上ブレーキシリンダーをつけにくかった(台枠の幅が狭く、ブレーキユニットが収まらない?)ためか、後に「タサ1形」にまとめられた車は大多数がブレーキシリンダーが無く、昭和に入ってから製造された数両だけがブレーキシリンダー装備でした。
 「ブレーキシリンダーが無い車がいつまでいたか」ですが、タサ1形では、昭和20年代まではけっこうな数が存在していましたが、昭和30年代に入って急速に淘汰され、昭和40年ごろに無くなっています。タサ1形では、ブレーキシリンダーの有る車だけが43-10直前まで残っていました。
 なお、タサ1形の両数ですが、1990年代の貨車に関する記述では総両数が「208+」とあり、二代目(一旦改造で別形式になった車が元の形式に復元され、これを別の車としてカウントする)の両数が不明瞭だったのですが、その後、「3軸貨車の誕生と終焉」で個々の車の車歴が検討され、RM201号の「私有貨車セミナー」で確定値が出ています。製造の「208両」に対して、国鉄籍45両を引き、国鉄車の払い下げ車をカウントし、別形式(タラ100形)からの復元車をカウントした結果、「+」の数値は「11両」で、「219」が確定数値になっています。

 なお、日本最初の直通空気ブレーキ車ですが、アメリカから技術が導入された北海道の幌内鉄道では、当時開発されたばかりの直通空気ブレーキが導入されており、以前にこの場に写真を紹介した「開拓使号」と手宮に保存されている客車は製造当初から空気ブレーキ装備でした。
 
 
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