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昭和50年ごろの関西の旧型国電など

 投稿者:原口 悟  投稿日:2018年12月16日(日)12時11分37秒
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  皆さんこんにちは

先日紹介した、「アルファベータブックス」の「1970年代~80年代 続・関西の国鉄アルバム」から、旧型国電関係の写真を報告したいと思います。

京阪神緩行線の旧型国電は、P18(吹田―東淀川間、撮影日の記載は無し)とP19(岸辺ー千里丘間、1975年8月9日)の2枚が紹介されています。どちらもクハ70300台昭和31年型が先頭に立っていますが、P19の写真の方は、2両目がシル、ヘッダー付きの全金車で、しかもエンド標記がパンタグラフとは反対側に付いているので、エンド標記が書き換わった後の「モハ72018」です。また、この写真は上記のとおり「1975年8月9日撮影」と京阪神緩行線の旧型国電の最末期であることと、モハ72018が所属していた末期の明石電車区ではクハ79形が非常に少なく、奇数向きのクハ79は「クハ79395」しか存在しませんでした。また、クハ79395は、1-3位側は、前から3番目の扉だけ黒Hゴム支持であることが芝生さんの写真から確認でき、写真の車も同じ特徴を持っていることから、この車は「クハ79395」と確定します。3両目はモハ72500台で、1―3位側の前から2番目と一番後ろのドア窓が黒Hゴム支持です(一番前の扉は不明)。明石電車区のモハ72500台はあまり情報が無いのですが、少なくとも「モハ72707」が、前から2番目と一番後ろのドア窓が黒Hゴム支持で(一番前の扉は黒Hゴム支持)候補車になります。4両目は3扉の偶数向きのクハ55形で、戸袋窓が白Hゴム支持になっています。該当するクハ55形は、004,012の2両がいるのですが、どちらも1975年11月5日廃車です。違いとしては、009は裾リベットが1列、012は2列、ベンチレーター数が009は8個、012は7個(一番前のものが無し)という違いがあるのですが、ロングなのでここまでの確認はできません。5両目はモハ72000台奇数車のノーシルノーヘッダーの全金車です。1975年8月9日の時点で残っていた車は72021,079の2両です。72021は、「吹田工場」の改造車なので、前位の2連窓が扉の方に寄っていることで区別ができます。また、72079は1-3位側の前から3番目の扉が黒Hゴム支持でした。
P18の写真のクハ79形は、1―3位側のドア窓が一番前と前から2番目だけが白であとは戸袋窓を含めて黒です。また、「鋼製雨樋」であることが確認できます。このため、79453か79463ではないか(両車ともHゴムの色の資料は無し)と考えられます。

 片町線はP78~79の見開きの淀川電車区でのクモハ60163を先頭とした5両編成の写真(1976年12月18日撮影)、P79上の放出駅でのクハ79100台を先頭にした写真(1975年7月7日撮影)、P80上の四条畷駅でのクモハ73108を先頭にした写真、P81上のクハ79055を先頭にする写真(1975年7月19日撮影)の4枚です。
 クモハ60163の写真では、「シルバーシートマーク」が付いていることが注目されます。片町線でのシルバーシート設定は確か1976年10月1日だったので、それ以降の写真であることが確定します。2両目はモハ72920台で、1976年12月18日の時点で残っていたのは72954,956,961,963の4両で、このうち72954が、1―3位側の前から3番目と一番後ろのドア窓が黒Hゴム支持で、写真の車と同じ形態で有力候補です。3両目はサハ78形の、扉が1方向に開く300番台です。前位に向けて扉が開くので、残り1両になっていた、「サハ78375」と同形態です。また、左側の円形にクモハ73型が写っており、助士席窓の底辺が異様に高い形態がわかるのですが、この車は助士席窓がHゴム支持になっていた「クモハ73081」です。写真があまりに遠景で、Hゴムがわからず、木枠で底辺が高い、飯田線のクハ68400のような形態だと思ったのですが、昭和51年12月と最末期だったので、「クモハ73081」に同定しました。
 P79の写真のクハ79形は、当時の79100台の所属自体が79242だけになっていたので、「クハ79242」に自動決定します。
 P80の写真のクモハ73108の次の車は、サハ78形で、戸袋窓がHゴム支持なので「サハ78516,517」であることがわかります。
 P81の写真のクハ79055に続く車はモハ72500台の、戸袋窓に保護棒が残っている車、3両目はモハ72920台です。

 阪和線は、P110の、クハ55を先頭とする1975年6月15日撮影の写真、P114-115見開きの1974年11月30日撮影のクハ76―クモハ50-モハ72920台―クモハ60ノーシルノーヘッダー車の4両編成、P116の1975年6月1日撮影の紀ノ川橋梁を走る70系4両編成、P117の1974年2月撮影の山中渓―紀伊間を走る70系4両編成の写真が掲載されています。
 P110の写真ではクハ55形は平妻の0番台です。阪和線には001と007の2両がいましたが、007の方は前面の運行表示窓、戸袋窓をHゴム化しており、1-3位側の中央扉が黒Hゴムでした(田中さんの1975年2月の写真)。P110の写真の車は、クハ55007の方に形態が一致するのですが、1―3位中央扉が白hゴムである点が違いです。このため、田中さんが撮影した1975年2月から、P110の写真の1975年6月15日の間に入場して窓ゴムを交換したと考えられます。
 P114-115見開きの写真では、同じページのEF15形牽引の貨物列車が注目でした。貨車が「3軸ボギータンク車」を連ねており、専用種別が「石油類(除くガソリン)専用)と読めるので、「タキ55000形」であることがわかります。貨物列車は、先頭からEF15―ヨ6000―ワム90000―タキ55000が5両―タキ1500or3000が2両―ワフ21000―補機のEF52形の編成です。また、タンク車は全て「丸善石油」の社紋が確認できます。丸善石油は、和歌山から少し南の「下津」に製油所を持っており、最寄りの下津駅、加茂郷駅常備のタンク車がありました。「トワイライトゾーンMANUAL10」掲載の昭和54年4月1日の私有貨車常備駅名一覧表によると、「タキ55000形」が下津駅に55007~55011,55013~55015,55019~55025の15両が常備されていたので、その一員だとわかります。なお、丸善石油下津製油所は1982年1月に閉鎖されています。
 ちなみに、「丸善石油」の社紋は、2枚の円板の並びで、左側は赤い縁取りに「Z」の文字、右側は同じく赤い縁取りに「ツバメのマーク」でした。以前貨車関係の情報を調べていた時、「幼少の頃、「黒いタンク体に赤い鳥のマーク」の車が怖かった」との思い出を紹介していた方がいて、「その貨車は「丸善石油」か「キグナス石油」ではないか」とのコメントが有りました。「キグナス石油」の1987年までの社紋は「月に白鳥」の図案でしたが、キグナス石油(および全身の日本漁網船具)のタンク車は数が少なかったので、「編成単位で赤い鳥のマーク連なっている」のは上記の阪和線の貨物列車のように、丸善石油の方が有力と考えられます。

シルバーシートについて
 クモハ60163に「シルバーシート」のマークがついていたことを紹介しましたが、線区によっては旧型国電が残っている間にシルバーシートの設定が間に合ったところがあることが、末期の旧型国電では注目されます。片町線が1976年10月設定だったほか、横浜線と南武線が1977年10月1日で、旧型国電末期の1年くらいシルバーシートマークが付いていました。

 「シルバーシート」が最近話題のNHKの番組「チコちゃんに叱られる」で取りあげられたことがあります。

Q:なぜ高齢者のことを「シルバー」と呼ぶのか

に対して、

A:たまたま銀色の布地が残っていたから

という答えで、間に何もないと飛躍していますが、この間に「シルバーシート」が入ります。すなわち、昭和48年に「老人優先席」を設定した時、色分けをする座席のモケットが、新幹線用のシルバーグレーの布地だけが余っていたため、優先席用に転用したというもので、これに合わせて「シルバーシート」の名前が設定されました。座席の方はその後[優先席]の名前が一般化して、「シルバーシート」の言葉は使われなくなっていきましたが、ここから高齢者を「シルバー世代」と呼びことが派生し、こちらの用法は今に至っていることになります。

また、「チコちゃんに叱られる」で取り上げられた鉄道関係のものに「新幹線の色」があります。

Q:なぜ東海道新幹線の色は青と白

A:色を決める会議の席にあった煙草の箱が青と白だったから

というもので、会議の場に「ハイライト」の箱があり、その色に由来するとのことです。
煙草の箱に由来するものとしては「湘南色」も、会議の場で「オレンジと緑色」のパッケージの煙草の箱があり、この色に決まったとのことで、「ミカンと葉の色」の理由は後付であるとの話を見たことがあります。他に、地下鉄丸ノ内線の赤も煙草のパッケージに由来するとの話を聞いたことがあります。
 たばこのパッケージの色は、特徴的なものが多く、私が昔からよく見ているカーレースでは、たばこメーカーがメインスポンサーになった色の車が1990年代までよく見られました。「F1世界選手権」の「マクラーレン」の「マールボロ」の赤と白のカラーリングが有名ですが、「ロータス」の「JPS」の黒と金色のカラーリング、同じくロータスの「キャメル」の黄色1色も知られています。
 
 
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