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続・三鷹事件の編成

 投稿者:73おやぢ  投稿日:2018年11月22日(木)19時06分33秒
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  みなさん、こんばんは。
すぎたまさん

当該編成の後部2両が早い段階で現場から失われていたので、「モハ63形下巻では5両しか判明せず」を、「東京方から5両目までしか判明せず」と解釈していましたが、63形5両分の車号を番号順に並べているということでしたか。現場のメモは片端(それも暴走車の先頭であった63019)から順にメモするはずですから、少なくとも、これは一次史料ではないですね。

まず、先に私が示した7両編成の車号はとりあえず横へ置くとして、ほかにNHK出版「三鷹事件」からわかる事柄を申します。

編成中にサハ39形は入っています。同書は新聞社が撮影した写真を多用しており、明らかにサハ39形とわかる(車号は読めない)カットが3枚あります。いずれも隣の車両とは「く」の字状に曲がって脱線していることから、同一車のようです。
もう1枚、検事調書の添付写真がキャプションごと複写されており、「ホーム側より第三車輛側面埋没台車」とあります。車体の角度が微妙で窓が二段か三段かわかりませんが、外帯(シル)が戦前規格で太く、外帯と車体裾にリベットらしきものが見えるので、サハ39形と思われます。
そうすると、少なくとも東京方から、
63019・63057・39(車号不明)…であることは確実です。

ここでMT比を考えてみます。昭和22年ごろのロマンスカーに三鷹電車区の記述があり、「現在は3M3Tの6両だが、近く7両になる」旨の記述があります。そうすると4M3Tの7両が順当であり、63形が5両示されていることから5M2T…は、ちょっと不自然ではないでしょうか。

次に63830の行方ですが、昭和25年1月の配置表によれば下十条所属です。また同車は旧型国電車両台帳によれば、昭和24年6月30日使用開始とあります。「63形下巻」をもとにすると、
63830は使用開始2週間目にして事件に遭遇し、その直後に下十条へ転属、となります。時系列からして完全否定はできず、ありえない話ではないのですが、これまた不自然ではないでしょうか。

以上が正式なお答えであり、以下は想像です。
ここで、先の4M3Tに戻れば、下巻に提示された63形5両は、「1両多いのではないか?」との疑問ないしは仮説が生じます。

63630…63830、ワープロやパソコンが普及するまで、記録はほとんどすべて手書きであり、このようなミスにはよく遭遇しました。もちろん、確たる証拠はありませんが。

桜木町事故の78形の件ですが、誤りの車号が載っていたとされる資料は、おそらく和文タイプではないでしょうか。国鉄に限らず一般の会社ではワープロが普及するまで、印刷会社に外注するほどでないレベルの公式文書は、専門タイピストによる和文タイプでした。そのため、車両の取扱説明書も含めて、けっこう打ち間違いがあります。和文タイプの具体的なキー配置は知りませんが、78144…78188、う~む、というところですが、これも想像です。
実際のところ、運転局や工作局の担当者が直接ガリ切りをした文書や手書きの青焼きのほうが、一般に信用できます。



 
 
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