teacup. [ 掲示板 ] [ 掲示板作成 ] [ 有料掲示板 ] [ ブログ ]


スレッド一覧

  1. www(6)
  2. 全力全開(0)
  3. 全力全開(0)
スレッド一覧(全3)  他のスレッドを探す 

*掲示板をお持ちでない方へ、まずは掲示板を作成しましょう。無料掲示板作成

新着順:3/2552 記事一覧表示 | 《前のページ | 次のページ》

モハ63形のクモハ73、クハ79形への改造に当たっての方向など

 投稿者:原口 悟  投稿日:2018年11月 4日(日)01時40分59秒
  通報 返信・引用 編集済
  皆さんこんばんは

豊川分工場での更新修繕について
 豊川分工場での工事については、以前にクモハ61形のうち、中央扉が前へ開く「特異車」であるクモハ61005に関連して、クモハ61形の更新修繕に関連して話を伺ったことを思い出しました。最近話題になった元モハ40型クモハ41型の方向と床板機器配置とも関連するのですが、豊川分工場では、基本的にプラクティスは大井工場に従うのですが、クモハ61005に関しては、方向を転換(偶数向きから奇数向き)するに当たり、「車体はそのままで全ての機器を点対象に付け直す」工事が行われたらしい、とのことでした。

モハ30173のDT11台車の行方
 DT11台車のうち、モハ30173については、モニ53008(後のクモニ13008)の火災復旧に転用されたとの情報をどこかで見ました。モハ30173からクハ47023(後のクハ47011)への改造は、以前も「台枠の謎」で触れましたが、台車が豊川鉄道の客車から転用されたこと等、モハ30173から流用されたものがどのくらいあるのかが不明瞭で、実質的には名義だけの転用が伺えます。

モハ72001~181中偶数番号車の方向について
「旧型国電50年(1)」P169に、モハ72000台の改造について、「初期の72001~181(欠番あり)までは奇数向きは奇数番号、偶数向きは偶数番号のままで中間電動車としたもので(例外があるがそれはモハ63形時代に転向していた車両)」の記述があり、モハ63形時代(昭和20年代前半の混乱期のことか)に電車区内での車両の需給によって片方の先頭車の不足が生じて方転使用が生じ、そのまま改造されたことを指すように読めるのですが、この記述に基づけば、「奇数番号でありながら偶数向きの車」がいてもおかしくないのですが、そのような車はまったく見られない事と、電車区ごとの需給調整の割には奇数向きのモハ72000台偶数車が多いように感じたことから、既述を疑問視していました。34036さんが72000台改造年月日と方向との関係をコンパイルしてくださいましたが、「途中できれいに切り替わる」ことから、「改造時に工事方針が変化した」ことが決定的になったと感じました。

モハ63形からクモハ73形とクハ79形への改造に当たっての方向について
 モハ63形から、クモハ73形とクハ79形(100台)の方向についても気になったので、番号基準で調べてみました。
 「旧型国電車両台帳」によると、モハ63形の奇数番車がクモハ73形の奇数番車、モハ63形の偶数番車がクモハ73形の偶数番車と対応するものが多いのですが、モハ63形の偶数番車からクモハ73形の奇数番車への改造が点々と見られます。例えば、末期まで残った車では、クモハ73169はモハ63578から昭和27年10月20日に汽車支店で改造されています。
 これに対して、サモハ63形は、当初は全てサハ78300台に改造される予定でしたが、予定通りサハ78形になったのは昭和26年度の20両だけで、昭和27年度に入ってからはクハ79形(100台)に変更になっています。こちらは全て偶数方向に揃えられたわけですが、元番号を見ると奇数番号車もいて、末期まで残った車では、クハ79218が元モハ63069です。
 モハ72形の改造は、昭和26年度に多くが行われていますが、クモハ73形の改造は、昭和26年度は吹田工場の020までだけで、後は昭和27年になってからの改造です。クハ79形が全て偶数車になったので、クモハ73形は、偶数車のラストナンバーが「73174」になって、それ以降は奇数番号車が続くのですが、クモハ73形、クハ79形への改造に当たって、モハ63形のモーターのある偶数番号車の奇数向きへの、モーターの無い奇数番号車の偶数向きへの方転を行う「方向の整理」が行われたことが伺えました。もし、サハ78300台への改造が、当初の予定通りに行われたとしたら、クモハ73形の方向は、モハ63形の元の方向通りに行われたものがほとんどになり、偶数番号車は「73200」辺りまで達したのではないかと考えられます。

昭和20年代前半の横須賀線の情況
 先日、RPアーカイブスセレクション34「湘南電車時代」を読み返したのですが、P30の「モハ32形時代の横須賀線電車」の写真が、いわゆる「戦後の混乱期」を色濃く残すものなのに気づきました。3枚の写真(上は昭和24年、中央、下は昭和25年)のいずれも、横須賀線列車にモハ63形が混成されています。上の写真は、2両目にサモハ63形が入っており、「前照灯の台座だけ」が確認できます。中央の写真は「お化け電車」モハ32028が先頭で、2両目はサハ48形、3両目はモハ63形です。下の写真は、横須賀色への塗り替えが進んでいる時代で、3両目がモハ63形ですが、驚くべきことに走行中のはずなのにモハ63形の一番後ろの扉が開いています。戦後間もないころは、扉が破損して、ドア無しで旅客営業をしていたという話はありますが、昭和25年時点では、だいぶ車両は整備されているはずなので、謎な状況です。なお、下の写真では、前から4両目と5両目の車は横須賀色の3扉車ですが、両車とも、パンタグラフが無く、扉間の窓が5枚なので、サハ57形です。

京阪神「新快速」への座席指定車の連結
 最近の話題になりますが、「乗りものニュース」で、「京阪神の新快速に座席指定車を連結する」とのニュースが出ました。更新工事の始まった223系1000番台のうち、4両編成のクハ222形を、2扉の「座席指定車」に改造(12両編成の9号車に連結)するとのことです。
 京阪神快速線の「グリーン車」は、55-10改正で廃止になりましたが、その後、「新快速へのグリーン車の連結」がしばしば話題に上り、1990年代前半にはアンケート調査が行われたとの情報を確かRJ誌のニュース欄で見たことがあります。今回の「座席指定車」は、いわばグリーン車の復活になるのですが、「普通車指定席」扱いで、名前は「Aシート」になるとのことです。位置づけとしては、JR北海道の新千歳空港連絡快速「エアポート」の「μシート」に類似しているといえます。

学研「よみがえる貨物列車」より
 学研より「よみがえる~」と銘打ったシリーズの本が出版されていますが、そのうちの「よみがえる貨物列車」を購入しました。仔の魔かに珍しい写真がいろいろあったので紹介したいと思います。
 P101に「EF65形77号機」が牽引する特急貨物列車の写真があります。EF65 77は、現在東芝府中工場で保存されている「EF65 535」の改造前の車です。EF65型500番台のうち、EF65 535~542は、EF65 77~84から改造された車で、製造から1年足らずで改造されたため、「EF65 77時代の写真は非常に珍しいといえます。
 P41に「家禽車」パ1形の写真が掲載されています。「家禽車」は「パ」の記号が設定されていたことを知ってはいたのですが、現車の写真を見たことが全く無く、「記号の解説」だけの存在だったので、写真は貴重だと思います。「家禽車」としての特別な装備は、「5弾の棚を設置して70個の鳥籠を詰めるようにした」ことで、この「鳥籠」は、中国や東南アジアの市場で見る、「鶏が入った籠」のことで、日本でも中国やアジアと同じように鳥籠が使われていたことを示すものでもあります。
 動物輸送関係では、P26に「豚を豚積車に積むためのプラットホーム」の写真があります。豚積車は2段になっているのが特徴ですが、プラットホームの方も豚積車に合わせて2段になっています。元は絵葉書の写真のようで、解説文に「豚の置き場と言えば何だか汚い感じを持つ人もいるかも知れないが、豚の出荷の多い駅ではどうしてどうしてこんなモダンな待合室を作ってサービスしている。そしてここから直接に専用の豚積車に積んで運送されるのである(現代風の表現に適宜変換)」とあります。
 記号の解説がP18~19にありましたが、明治44年改番の記号に、「炭水貨車」を示す「タス」の記号が有りました。蒸気機関車のテンダーのことを示すようで、テンダー機関車が珍しく、機関車とテンダーが別の車と認識されていた時期があったことを反映しているようです。
 
 
》記事一覧表示

新着順:3/2552 《前のページ | 次のページ》
/2552