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いろいろお答えです

 投稿者:73おやぢ  投稿日:2018年10月18日(木)00時02分43秒
  通報 返信・引用 編集済
  みなさん、こんばんは。
34036さん

●63500形の断路器
プレスアイゼンバーン「大阪の省電」(1)に63502(電車のアルバムと同じ)と63712が載っています。大型かつ上質な印刷により誌面でも細部がよくわかります。撮影は2両とも空気側であり、断路器はBSです。
63701と63703ですが、じつは同一のオリジナル写真が手許にあります。撮影者が明確なので貼る訳にもいかず、事実の報告でご容赦ください。
63701の空気側に断路器は全くありません。断路器の開閉は下回りの検査などで最初と最後に踏む重要な手順であり、なおかつ1500Vが通電されますから、作業効率や保安上、奥まった箇所に設置することはありえず、車側に取り付けるはずです。つまり、写真から判断するかぎり、63701にBSはありません。63703の空気側にある断路器はBSでした。63701と63703はほとんど同一ロットにもかかわらず、BSの有無にばらつきがある理由は不詳です。
ちなみに配管は上記の4両とも全く同じでした。すなわち、

電気管は左右振り分けで、電気側にMS、空気側にBS(ただし63701にはない)を設置。空気管は向かって右(2位)にある。
という、“教科書どおり”の標準型でした。

●72110に関連して72082のこと
少なくとも、72082の鋼体強化後は完全な奇数向き(戸袋位置とパンタの関係が正当の意)です。では、吹田工場が鋼体強化にさいして方転を伴う大がかりな作業を行ったかというと、断定こそできないものの、改造前の旧態がすでに奇数向きだった可能性が濃厚です。

というのも、大井工場が担当した63形(偶数)→72形(偶数)のうち、ある程度の両数は原車が偶数だったにもかかわらず奇数向きで出場しているからです。72030をはじめとする鋼体強化車の数両、仙石線にいた72132などで偶数番号の奇数向きを確認できます。昭和27年の会報「ロマンスカー」のレポートには、72044、72084、72136などが奇数向きとの報告があります。これは27年度施工の72200~から奇数向きに統一するという精神を先取りして、26年度の途中から奇数向きにしたようです。72082はレポートで指摘された72084より後日の出場(27年度へ繰り越し)ですから、大井落成の時点で奇数向きだった可能性は大です。

●14110の旧番のこと
写真が限られるので、これは難問です。当然ですが、手許に生写真はありません。
「旧型国電50年Ⅱ」に、「14110は車体下部のリベット2列、14111は中央扉をふさいだところが電気溶接…」とあり、リベットの消滅箇所を示唆しています。これをもとに「青春時代国電(Ⅰ)」または「1950年代の戦前型国電(上)」の豊川駅の写真を見ると、裾にリベットは見えず、中央扉付近に縦方向のリベットの列がかろうじて見える(ような気がする)ので、改番後に14110となった個体のように思えます。避雷器のアースもかなり特徴的で、もう1両の62形のアースが気にはなりますが、少なくとも14110に酷似しています。もっとも、二つの書のキャプションは62形としての車号が相違しているため、改番の新旧関係は依然として不明です。

丸屋根の14110と14111は驚くほど瓜二つで、差異を見出すのが困難です。しいて言えば14111のサボ入れと車号の位置が中央からずれていることくらいでしょうか。以上から考えるに、
印画紙上で車号を読み取ることができ、リベットの消滅具合またはサボ入れの位置がわかる62形時代の写真があれば、新旧車号の関係を確実に証明できる、ということでしょうか。

さて、添付した表は昭和28年の総裁達の別冊です。静鉄局が何らかの強固な意志を持ってこの指示を無視したのなら話は別ですが、まずはこの線で進められた(ご提示のB案)とするのが妥当ではないでしょうか。そうすると、次のシナリオが思い浮かんできます(あくまでも想像であり、読み物です)。

昭和28年時点で2両いた62形はどちらも実態が偶数向きだったにもかかわらず、この事実を本庁は承知していなかった。そこで62形の車号の奇偶だけをもとに14110と14111の新車号を用意して改番を指示した。新旧で番号が逆転しているのは奇偶のルールを守った結果ですが、これがそもそもの錯誤の発端ですね。次に翌29年の追加2両が14114と14116であることから考えると、この時点で静鉄のM車が偶数向きという事実を本庁も認識するところとなり、「だったら、既存の14111は14112に改番すべき」となったが、結果的に再改番は行われず、14112は欠番、14111は中途半端な存在に、ということではないでしょうか。

台車の件は、写真が少ないので、正直よくわかりません。ただDT11の供給元を検証する手はあると思います。戦災台車はとっくに整理されているでしょうから、常識的には廃車発生品と思われますが、それほど候補がないような…。しかも昭和30年廃車の14033は河原に転落しているので、そんな台車が再生可能かなという疑問はあります。
 
 
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