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配管のレイアウト、雪かき車の台車、台風と塩害など

 投稿者:原口 悟  投稿日:2018年10月 7日(日)01時42分2秒
  通報 返信・引用 編集済
  34036さん、73おやぢさん、すぎたまさん、皆さんこんばんは

屋上から床下への配管の色々について
 ジュラ電も空気管は運転席側2本で、反対側の配管は避雷器配管であること、21年度車までがこのレイアウトで、22年度から車体設置に変わったとの話を見て、以前、63形は当初避雷器が床下にあったことを教えていただいたを思い出しました。空気管が、更新修繕後の旧型国電のように、ある程度幅を保って配線されているのとは違って、戦前はぴったりくっついて配線されているので、「書籍の写真」から見るのは画像の解像度の点で不利かも、と思いました。
 空気管からのパンタ操作も、「直接バルブをひねる」は極端でしたが、「運転台からの操作」が関係しそうとのことで、「運転台」が持つ、伝統的な考えを感じました。

 「仙石線のクモハ73011」と書いていたのは、クモハ73011は最終期まで残り、昭和55年5月11日のさよなら運転の編成に入っていたことから、強い印象があったことで、記憶が引っ張られていました。逆配管だったのは、確かにクモハ73003, 005で、両車はアコモ改造車投入時に一足先に廃車になっています。もしかしたら逆配管を嫌ったのかもしれません。

雪かき車の台車について
 ラッセル車のキ100,500形の前の台車は、「雪かき器先端の線路からのクリアランスを一定に保つため」に、「枕バネの振動による車体の上下動を起こさないようにするため」、枕バネを抜いた台車を装備していたと聞いたことがあります。雪かき器のクリアランスを一定に保つのは、除雪を一定にすることと、雪を噛んで脱線しないようにするためだと思います。TR41台車に対しては、枕バネを抜いた台車を「TR42台車」と形式が付けられていました。TR20台車の系列も枕バネを抜いた特製のものが付いていたはず(形式はTR20のまま?)です。バネが入っていないので、乗り心地はかなり悪かったと聞いています。
 写真は、幌内と小樽で見た、雪かき車をまとめたもので、上からラッセル車、ロータリー車、ジョルダン・マックレー車です。ラッセルとロータリーは、北広島駅にいた、現在使われている排雪モーターカーも入れています。また、ロータリー車は、先に碓氷峠鉄道文化むらで見たDD53 1も入れています。
 ロータリー車は、キ600は、後のディーゼル雪かき車と比べると、仕組みが簡単で回転翼だけです。ディーゼル車は、マックレー車の役目も兼ねているので、その分複雑になっているようです。
 従来型の雪かき車で、ラッセル車は、本州以南の車は弘南鉄道や、かつての新潟交通の車が有名で、本州以南でも割と目にすることが多いと思うのですが、ロータリー車、マックレー車とジョルダン車は、本州以南では珍しく、目新しい写真では、と思います。

台風と塩害について
 先日、京成電鉄が塩害と思われる大規模な停電によって長時間運休になりました。この「塩害」は、台風24号による強風で塩分が内陸に持ち込まれたためと考えられています。この「台風による塩害」は最近も何度か起こっており、普通、台風の襲来では同時に大雨になることが多いため、内陸に持ち込まれた塩分は雨で洗い流されることが多いのが、「風が強くて雨が少ない」と塩分が洗い流されずに残り、塩害を起こすことがあります。大規模な塩害が起こったのが、1991年台風19号で、西日本で大規模な塩害が起こりました。この時の塩害では、115系の歴史記述で重要な事件が起こっています。
 115系3000番台は、「単独編成での冗長化の確保」のため、モハ114が2丁パンタになるとともに、偶数向きのクハにC-1000コンプレッサーが追加されました。この「2丁パンタの片方」が台風19号襲来の後に撤去されました。当時の趣味誌では、「1丁パンタでも問題が無いために撤去した」のように報告されたのですが、翌月の号で「台風19号による塩害で予備品が払底したために3000番台の2丁パンタの片方を転用した」と訂正されました。このため、部品の供給が安定すると、また2丁パンタに戻されました。

 先月の台風21号の襲来時、「非常に強い台風の上陸は25年ぶり」との報道がありましたが、この「25年前の台風」は、1993年台風13号です。この時は熊本県で高潮による被害が起こりました。「非常に強い台風」の上陸は、1990年代前半に、1990年19号、上記の1991年19号、1993年13号と3つの上陸がある以前は、一気に昭和40年代の1971年台風23号にさかのぼります。昭和30年代は「伊勢湾台風(1959年15号)」「第二室戸台風(1961年18号)」など、6個ほどの「非常に強い台風」が上陸していますが、「1年に2個」の非常に強い台風が上陸したのは、1951年の現在の定義に近い台風の統計が始まってからは、初めての事です。
 
 
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