teacup. [ 掲示板 ] [ 掲示板作成 ] [ 有料掲示板 ] [ ブログ ]


スレッド一覧

  1. www(6)
  2. 全力全開(0)
  3. 全力全開(0)
スレッド一覧(全3)  他のスレッドを探す 

*掲示板をお持ちでない方へ、まずは掲示板を作成しましょう。無料掲示板作成

新着順:105/2563 記事一覧表示 | 《前のページ | 次のページ》

お返事へのお返事です

 投稿者:73おやぢ  投稿日:2018年 8月 7日(火)17時32分57秒
  通報 返信・引用
  みなさん、こんばんは。
34036さん

ご提示の電車誌は昭和43年1月号です。著者は三鷹電車区の職員にして熱心な電車研究家でした。本社運転局で電車の履歴などに疑問が生じたときなどは電話連絡で呼び出され、持参した弁慶の勧進帳まがいの巻物を机上に広げると、電車の履歴がびっしり書き込んであったそうで、伝説となっています。
そうした著者ですから、根拠なしに書くとは思えませんが、裏付けに関しては不明です。まあ、称号規程改正会議の議事録でも発掘されないかぎり、密室の会話は永遠に不明ですが。

ところで、”くっつき説”とは異なる説をご存知でしょうか。電車誌の創刊号(昭和30年10月号)に「電車記号誕生のいわれ」と題した知識コラムがあり、これはこれで興味深いです。

引用
ク…制御車の記号でモーターを具備しないと云う意味で「具備」の「ク」を用いた。コントロール装置を備えるので、コントロールの「C」の変語「ク」が想像できるが、そうした意味はない。
サ…付随車の記号で、電動機、コントロール装置以外に、更に何も装備しないと云う意味で「更に」の「サ」を用いた。
以上。

とあります。耳慣れぬ(使い慣れぬというべきか)「具備」の文言が引っ掛かかるのと、”くっつき説”ほどのストーリー性は感じられませんが、こちらは車両の機能や構造の違いが消去法で論じられ、達の文言とも乖離していません。
また、「ク」の後段、クォントロールのくだりは注目です。「ク」登場時に(用語の有無はともかく)制御車という概念はなく、俗っぽい言い方をすれば「不完全なる電車」と位置付けられていた認識を言い当てているからです。
惜しむらくは執筆者の記載がないことですが、話の展開から工作系の人のような感じがします。電車誌は戦前に発行されていた「ECL(電気車の意)」誌の復刊との位置付けですから、過去の同誌にあった記事から持ってきたのかもしれません。

これに関連して思い出したのは、昭和22年に発行された「わかりやすい電車工学」という、電車従業員向けのハンドブックです。著者の若島正三氏は下十条や蒲田の区長を歴任した、電車界のエキスパートです。ちなみに本書に「駆動」は一言半句も登場しません(笑)。それはともかく、記号の由来はありませんが、電車の種類の紹介に興味深い表現があります。

引用
電車は設計上、次の三つに分類することができる。
電動車…主電動機を具備し、原動力車となり、かつ運転台を有する電車。
制御車…主電動機は持っていないが運転台を有する電車、これは電動車に連結してこれを制御し得るものである。
付随車…主電動機も運転台も持っていない電車、電動車に付随してのみ運転し得る。
以上

第一の注目は、もちろん「具備」です。日常的な使用頻度がそう高くないはずの語句に遭遇したのは偶然で片づけるわけにはいかず、何らかの因縁がありそうです。
第二の注目は、電動車を基本とする消去法で話が構成されており、電車創刊号の”具備説”と骨格が似ています。達の文言ともぶれがありません。

当初、”具備説”は信頼に足るものかどうか迷いましたが、少なくとも門前払いはせず、真贋を検討すべき水準にあると考えます。
次に、この種の問題で考慮すべき視点について、ふれてみます。

●称号規程は誰のものか
“くっつき説”は電車の進歩発展の過程を結果的にうまく表現している点が、マニアを含む部外者を納得させる力になっているようです。しかしながら、全て運転系の視点であることが、唯一最大の問題点と指摘することができます。

大正期に運転系と工作系の力関係がどうであったのか、また称号規程は誰の管掌なのか、改正が合議であれば主導権はどちらにあったのか知りませんが、戦後の事例から考えれば、管掌と主導権は工作系でしょう。そうすると、「ク」と「サ」の2回とも、運転系の主張を工作系が受け入れたことになるわけで、普通に考えれば不自然です。同じ組織内の別部局が一枚岩でないのは、避けて通れぬ組織病であり、後年の国鉄運転局と工作局の関係もそうでした。

●語呂や語感による伝達の難易度
この項は個人的想像ですから、聞き流していただいて結構です。見出しは適当な表現が見つかりませんでしたが、要は「電話連絡で容易に相手に伝わるかどうか」ということです。昭和40年代までの鉄道電話はおもちゃのような代物で、聞き取れないこともしばしばでした。電車の記号は(結果的に)3種しかなく、記号で何か(客貨車でいうところの積み荷や室内設備)を表現せねばならない積極的な理由はありませんから、実務者にとっては由来や理由付けなどはどうでもよく、業務を円滑に遂行できるかどうかのほうが、はるかに重要です。

そうすると理由付けに拘泥することなく、客貨車で既に使用済みの記号を勘案しつつ、語呂のいい組み合わせを順に探していくという超合理的な方法をとった可能性はゼロではないと考えます。当然、それを証明するすべは全くないわけですが、「もともと公式の理由付けはなかった」のであれば、電車関係の教科書や参考書に全く言及がないという、きわめて不思議な現象は霧消します。さらに副次的効果(?)として、公式発表がない以上、立ち場を異にする人が、自分達に都合のいい解釈を後付けするという流れも、自然な成り行きとして考えられます。おっと、この項はあくまでも想像であり、おまけです。

結局、本件はどうするかといえば、
諸説あり、一例(自信があれば「有力な説」とするもよし)をあげれば”くっつき説”がある…(以下は具体的な内容を解説)…が、確たる裏付けは不明である。

あたりが、落としどころではないでしょうか。そうすると、確証がないことにはふれず断定調で言い切る(実見していませんが、おそらく某手帳はそうではないでしょうか)のは、ちょっとなぁと感じます。

私には密室の会話をこれ以上追及する情熱は持ち合わせておらず、その一方、持っていた材料は全部出したので、これ以上お話を続けることはできません。
「わからないということが、よくわかった」というところで、締めさせていただきます。


 
 
》記事一覧表示

新着順:105/2563 《前のページ | 次のページ》
/2563