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「国鉄型車両の記録 80系・70系電車」発売

 投稿者:原口 悟  投稿日:2018年 6月16日(土)21時09分55秒
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  皆さんこんばんは

鉄道ピクトリアル別冊「国鉄型車両の記録 80系・70系電車」が発売されました
 80系、70系電車について、以前にもこの場で話題になった事柄についても触れられているので、点々と紹介したいと思います

80系100,200番台について
 80系100,200番台は昭和31年度予算による前期型と、昭和32年度の予算の後期型に分かれ、後期型ではベンチレーターが変わっていますが、形式写真のページで、前期型と後期型多が分けて紹介されています。今までは前期、後期の区別なく一括して紹介されていたので、分けて紹介されたのは今回が初めてではないかと思います。また、前期、後期の区別の由来になるベンチレーターの変化も1990年台前の80系の特集等では触れられていない(300番台になってから変化したと紹介されていることが多い)ことが多く、ある趣味誌で特集が出てから、訂正の申し入れを行い、翌月号で訂正が出た、との話を伺ったことがあります。
 この番台では、「クハ86100台が両渡りだったどうか」の記述が揺れが有ります。「早い段階から」「後期型から」「300番台になってから」の説が並立しているのですが、この号では100番台は「片ワタリ」との記述(P87)になっており、本文中でも300番台になってからのところで両渡りを含む車両の構造について記述があります(P27)。また、クハ86100台はこの号では前期型、後期型ではなく、「湖東線向け」で区分されており、「腰板のタイフォン」が区別の理由になっています。このため、前期型、後期型両方に湖東線向けのタイフォン付きが存在しています

モハ80102~117の範囲の簡易運転台取り付け車について
 この範囲の簡易運転台についてもこれまでの特集号の間で記述に揺れが有り、特に「何番が簡易運転台付だったか」がわからない状態でしたが、「1958年から翌年にかけてモハ80103,108~110へ簡易運転台を追設した(P68)」とあり、番号とともに「後から追加した」と記述されています。また、簡易運転台の付き方も、本文の方に「1958年3月から翌年4月に改造、改造内容はモハ70やモハ72の簡易運転台設置車とは異なり、1位側妻面への簡易運転台への設置、そして妻面下部への標識灯の設置である。」(P40)とあり、少し前のRF誌で確認された、「標識灯の設置」の記載がありました。また、「最盛期の国鉄車両」にあった「モハ70,72型のごとく」とされている簡易運転台は、「標識灯の設置の流儀(運転席側の腰板に標識灯が付いている)」については確かにその通りでした。
 なお、標識灯については、確か「入換標識灯」が「1灯を表示」とあり、操車場や貨物駅で機関車が「運転席側のテールライトを点灯させて前進している」のを見ることがあるので、これが「入換標識灯」のようです。このため、モハ80,70,72型の簡易運転台は「入換のための必要最小限の装備が付いている」と解釈できます。これと比べると急行型のグリーン車、特急型の食堂車に付いている簡易運転台はテールライトが両方に付き、前照灯も付いているので、かなり重装備といえます。

PS23パンタ装備車について
 この号では、PS23パンタ装備車が区別されて形式写真が紹介されています。昭和48年10月の中央西線、篠ノ井線電化による工事なのですが、変わった車としてはモハ80232が、パンタのシューをかわす切欠きだけでなく、足の追加により補強がされています(P71)。また、車歴表にも項目が立てられている(P159)のですが、その中でモハ80206,207の2両が「大垣区配置時代から施行済み」とあり、松本への転入以前にPS23を搭載していたように書かれています。

仙石線のモハ70形と押し込みベンチレーター取り付けについて
 仙石線に配属されたモハ70047, 123, 124, 125の4両は押し込みベンチレーターに換装されましたが、この号では、モハ70047の写真の解説に「写真は多摩地区に落成配置され、新前橋区、陸前原ノ町区を経て松本署に転属したり車両であるが、通風器は吸出形(グローブ形)のままであった」とあり、最後までグローブ形であったように書かれており、巻末の車歴表でも押し込みベンチレーター換装は70123, 124, 125の3両だけが記載されています(P159)。この部分だけを見ると、モハ70047は「仙石線に配属されてはいたが、ベンチレーターの換装を行わなかった」ように読み取れ、実際に仙石線から大糸線に転属したクモハ54005がその通りでした。これに対して、モハ70047は実際には押し込みベンチレーターに交換されていることが芝生さんの写真からも確認でき、この点では同誌の記述は「誤りである」ことになります。ただ、「いつ改造されたかわからない」のは確かで、「鉄道史料」にあった仙石線所属車両の経歴の中でも、モハ70047は改造の記録が無く、前所属の「新前橋区時代に既に施行か」と記述されています。

クハ86059,060の前面窓について
 この場でも何度か話題になり、未解決の問題でもあり、「クハ86059, 060がいつまで前面窓が原型で残っていたか」ですが、P84のクハ86059の写真の解説で「更新修繕を施工されていないため、側引き戸のHゴム支持化は後に行われたが、前面窓のHゴム化は施工されていない」とあります。写真は1962年の田町区時代で、静岡時代までは前面窓が原型であったことは確認されたのですが、山陽本線に転属してからは今に至るも不明のままです。

「サロシ88形」の構想について
 80系の計画形式は、「クハユニ88形」「サロハ89形」がこれまでの趣味誌で紹介されたことがあり、この場でも「どのような形態だったのか」話題にさせていただきましたが、、今回、半室食堂車「サロシ88形」の構想が初めて紹介されました(P24)。列車の運行計画の中で車両の需給の中で計画され、その後修正されたクハユニ88形、サロハ89形とは異なり、検討チーム中での「構想」の段階でとどまったものですが、前2形式が「形式図の発表」が無く、どのような形態だったのかわからないのに対して、構想といえども「形式図」が書き起こされており、これが掲載されています。これを見ると食堂部のレイアウトはスハ32、オハ35系の半室食堂改造車のオハシ30型によく似ており、客室部分はかなり狭くなっています。また、オープンな部屋ではなく、区分室になっており、皇族用電車の「クロ49型」の区分室が2つ並んだ感じ、また、寝台車ですが、「マイネ40形」の区分室に似ています。

他、「80系と70系の混結に関する、KE53とKE52の混用についての詳細(P14)」「東鉄と大鉄のモハ70形のジャンパ連結器の差異についての詳細(P30)」についての新しい情報が発表される等、けっこう新情報が発表されています。
 
 
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