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デハ63100形震災復旧車の台枠

 投稿者:原口 悟  投稿日:2018年 6月 9日(土)01時36分22秒
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  皆さんこんばんは

少し前の、すぎたまさんからの話で、近江鉄道モハ220形製造に使われたと考えられる元小田急1600形の台枠中に、車体長が少し長いクハ1650型由来のものが入っている可能性が有り、完成した車両のどこかに違いが認められるのではないか、とのコメントを見て、大正末期の木造省電デハ63100形に似た話があったことを思い出しました。

 デハ63100形は、後の17m級省電に受け継がれる基本的な車体のレイアウトを確立した車両でもありますが、製造(最初の落成は大正13年6月)時に、「関東大震災による焼失車の台枠を流用した車がいる」との記事をどこかで読んだことがあります。全長が16.8mおよび近似の値になった5桁の番号の車だけでなく、全長が16.0m程度の4桁の番号に由来する台枠を使って製造された車があり、この場合、「オーバーハングを伸ばしてつじつまを合わせた」ために、他の車に対して「台車が内側に寄っている」ことがはっきりわかったとのことです。また、後にモハ50形に鋼体化改造された時もボルスタ間隔の短い台枠をそのまま使ったため、由来の違いがはっきり分かったとのことです。
 ただし、記事では、「台車が内側に寄っていたことで違いが分かった」と記述されてはいるのですが、「具体的に何番が該当車だったか」の記述は無かったので、この「台車が内側に寄った車がその後どうなったか(クモハ11400台になった?戦災廃車になった?早期に私鉄に譲渡された?)かはわかりません。少なくとも、末期まで国鉄に残った車には該当車はいないと考えられます。

 台枠を利用したかどうかは別問題として、元の木造省電の車体長がそのまま鋼体化で受け継がれた例として、先日も触れた南武鉄道のモハ503形、505形がいます。モハ503型は、元の木造省電の車体長をそのまま移植した16m級の車両になり、モハ505型は元モハ1形の車体長を継承した17m級の車体になっています。南武鉄道の方で、当時新製していたモハ150形の17m級の車体に規格を合わせるような注文が無かったのか、「種車の寸法を継承する要望」があったのか、古典客車利用の電車型客車と併せて方針の不徹底を感じます。

 台枠の流用の仕方も、組み立てられた形のままで使われるものもあれば、部品レベルまで解体してから再組み立てをするものまで幅が有ります。前者は、主にスハ32系ダブルルーフ車を種車にして改造されたオハネ17形があり、RP誌の1999年の10系軽量客車特集で写真の解説があります。その中で、車体を解体して台枠だけにして、さび落としをした上で、その上に車体を組み立てている様子が確認できます。後者は60系鋼体化客車が有り、17m級の木造客車の台枠を解体し、20m級の鋼製客車の台枠を作り上げています。こちらも2000年のRP誌の60系鋼体化客車特集で写真の解説があります。また、最近のRP誌増刊の荷物電車特集号で、クモユニ74形の改造し、元のモハ72型の台枠が亀裂の発生等、劣化が激しいために、台枠の解体と再組み立てに近い大規模な補修を行ったことが記述されており、この過程で車体の角がRが大きいものへの変化が起こっています。このため、「台枠の再利用」も元の車体の形態を受け継がないことがあり得ます。
 
 
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