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旧型国電のクレーンつり上げ写真の発見など:RM Library 192~194「国鉄工場めぐり」(上~下)より

 投稿者:原口 悟  投稿日:2018年 5月28日(月)00時02分25秒
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  皆さんこんばんは

用務が続き、御無沙汰しておりました。

先日、RM Library 192~194「国鉄工場めぐり」(上~下)を入手し、旧型国電を含む珍しい写真が多く収録されていたので報告したいと思います。
 RM Libraryでは、この場でも報告された東急碑文谷工場や、西武所沢工場など、私鉄の工場の歴史を紹介した号がありますが、「国鉄の工場」でも同様に写真をメインに歴史を振り返れないか、というコンセプトでまとめられたのがRM Library 192~194「国鉄工場めぐり」(上~下)です。北は旭川車両所から、南は鹿児島総合車両所まで30近い数あった国鉄工場が、昭和20年代末期からJR直前までの写真が紹介されています。
 全体としての印象は「古典車両の写真が多く紹介されている」ことです。元々工場内の事業用としては第一線を退いた古い車が使われることが多く、旧型国電では昭和50年台の大井工場のクモニ13や、以前も話題になった大船工場のクモハ12051やクモハ40、吹田工場のクモハ32002等が有名でしたが、「昭和30年代初頭の時点」で「古典的な車両」が多く紹介されています。全国的には、昭和20年代に行われたオハ61系鋼体化客車の「鋼体化工事」から漏れた、「鉄道院基本型客車」や、国有化以前および買収私鉄の「雑形客車」が事業用として多く使われており、特に中巻P32に収録されている1953年頃の浜松工場の通勤列車は、鉄道院基本型客車や、それ以前の車両限界が少し小さい車を交えた、二重屋根に「トーピードベンチレーター」を並べた車で編成されている、昭和20年代末とも思えない古めかしさを感じさせます。

 旧型国電では、中巻P9の大井工場の天井クレーンで吊り上げられたクモハ73057の写真(1965年1月14日撮影)に注目しました。最近「車体と台車の結合」に注目していて、工場のイベントでの車体の吊り上げ、ジャッキアップで車体の床下を見ることができる機会に台車周りを観察しており、この場でも東武、京急、西武の車両の心皿構造の写真を報告していますが、これらの観察を通して、「旧型国電を吊り上げた写真の紹介は無いだろうか」と考えていたところでした。国鉄~JRの工場の公開イベントが定期的に行われるようになった頃には旧型国電は無くなっていたので、旧型国電の吊り上げ写真は個々の工場で歴史をまとめた「~工場~年誌」のような業務出版物くらいでしか発表が無いのでは、と思っていたので、この写真には驚きを感じました。
 このクモハ73057の写真では、心皿に細いピンが突き出しており、この点では以前紹介の写真では東武8000系に類似しています。また、同じく以前紹介の野辺山SLランドのTR34台車の心皿の構造とも対応しています。
 吊り上げ写真はもう1枚、下巻P6に吹田工場でのモハ63型の吊り上げ写真が掲載されています。これは吹田工場の創立30周年記念絵葉書の写真で、吹田工場は1921年創立らしいので、30周年は1951年のことになり、当時最新の写真ということになります。正面近くから見ているために床下はよくわからないのですが、「奇数車であること」「幕板の通風器はすでに塞がれていること」「掛けサボフックが付いていること」が確認できます。

 他、旧型国電では大船工場の「湘南型前面を切り取ったもの」(1986年3月30日撮影, P25)が注目です。解説では、「国鉄末期の頃、既に消えたクハ86の先頭部が保管されていた。補修されているようだが、この後どうなったのだろうか」とあり、クハ86形とされているのですが、左右の窓下手すりをつなぐ「掛けサボフック」が付けられているので、クハ76形のほうだと考えられます。掛けサボを常用していたクハ76形は京阪神緩行線及び阪和線の車で、主に横須賀線の増発で横須賀線に転入した後、さらに各地に転出したので、掛けサボフックを付けたクハ76形は70系を運用していた線区に数両ずつ散らばっていました。その中で、大船工場で解体されているので新前橋電車区の車なので、湘南型前面の由来は、昭和29年型の76065、昭和30年型の76088、昭和31年型の76082, 085, 091の範囲になるのですが、テールライト直下で切り取られているため、方向はわからないのですが、テールライトが昭和29年型までの旧型ではないことがわかるので、「76065ではない」ことがわかります。また、テールライト上のステップの幅がテールライトの構造と同程度の、幅の狭いもので、残る4両のうちでは76082のみがこの形態(他は幅広)なので、この湘南型前面は「クハ76082に由来する」と考えられます。
 また、運転台内に他の旧型国電に由来する検査標記を切り取ったものが保管されているようで「形式クハ47 自重30.8t」等の文字が読み取れます。

 他、松任工場では、「全焼したクハ79244」の写真が掲載されています(1975年5月26日撮影, P43)。「廃車となったクハ79244は焼失状態であった。経緯は不明である」と記述されていますが、手掛かりとなる写真がRM Library 139「マニ60・61形、スユニ60・61形」(下)に記載されています。P48に全焼したオエ61 74の写真が掲載されており(1989年1月7日撮影)、「国鉄末期に廃車になった車両の処分において不要な木製部分を焼却してから解体したケースがある」と解説されています。このため、クハ79244も、解体に当たって「木製部分を焼却した」のではないかと考えられます。オエ61 74ではさらに塗料が燃え尽きるために「結果として鉄柱材の工法や、種車であるマニ60 2667時代の車掌室付近の窓配置がわかる」と解説されており、クハ79244も乗降扉の「プレスマークを埋めた跡」がよくわかります。また、クハ79244の1-3位側(写真の側)のドア形態は左から右(後ろから前)へ「2段窓―2段窓―1枚窓―1枚窓」なのですが、一番右の扉にはプレスマークが認めらないことから、このドアは元々プレスマークが無かった、すなわち、富山港線転入以前に新しいものに交換されていたと考えられます。

J-Train最新号など
 今月は「J-Train」最新号など、季刊の鉄道雑誌も発売になりました。毎年のこの時期は貨物列車の話題が多く取り上げられ、複数の鉄道史で特集されていました。J-Trainは前号で電車区めぐりが終了したので、「客車の話題の割合が多くなった」印象があります。
 電車の方では、首都圏の電車の動向で、総武緩行線のE231系0番台の「6M4T組み替え編成」が登場したことが報告されていました。川越線へE231系0番台が「6本」転用されることが発表になっており、同数のモハE231-モハE230ユニットが発生することになるのですが、その行き先が確定したことになります。また、山手線から転用されるE231系500番台の数は総武緩行線の所要数(E231系0番台と209系500番台の合計)よりも「6本少ない」とどこかで見たことがあり、この数に合わせてE231系0番台が残り、さらに川越線へのE231系0番台の転用数が決定したことが伺えました。
 
 
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