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最果ての客車列車:宗谷本線321レ - 昭和55年

 投稿者:原口 悟  投稿日:2018年 2月24日(土)12時52分56秒
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  皆さんこんにちは

宗谷本線321レの製作
 稚内へ行く普通客車列車として有名だった宗谷本線321レを製作したので紹介したいと思います

 321レは以前、60-3改正以降のスユニ50―オハフ50の2両編成になった末期の編成の製作を報告しましたが、今回は昭和55年時点の4両編成を製作しました。写真上が編成を組んだもので、先頭から

DD51 1191(旭) - マニ36 2114(北スミ) - スユニ60 201(旭アサ) - スハ32 234(旭アサ) - スハフ32 264(旭アサ)

です。この列車は、昭和40年代はC55型蒸気機関車が牽引していたことで有名で、この当時の訪問記録がけっこう見つかりました。また、使われる客車はスハ32系の印象が強いようで多くの訪問記でも記述されていたので、最近になってスハ32型の完成品が発売されてから、製作を構想していました。
 スハ32系の製品はTOMIXが先行しており、マニ36型スハ32改造車も発売していたのですが、旭川客貨車区の「スユニ60」の製品が無く、321レの製作は構想段階にとどまっていました。昨年になってKATOから急行「だいせん」セットが発売され、スユニ60が製品化されたので321レの製作にGOサインが出ました。さらに、KATOからもスハ32系の単品(スハ32、スハ33、スハフ32:以前は中央本線客車列車セットのスハ32だけ)が発売されたので、KATO製品だけで編成を組むことが可能になったので、スハ32発売を待って製作を始めました。

 写真中央はスユニ60です。スユニ60は一般型の0番台と北海道形の200番台があり、KATOの「だいせん」用スユニ60は200番台のなかでも前期型の方に窓配置が合っていたので、前期型の中から番号を選びました。ただ、製品では車掌室の扉が鋼製のものが整形されているのに対し、入手できた旭川のスユニ60形の写真では、車掌室の扉は木製のものしか見つからなかったので、写真が見つからなかった車号から「201」を選びました。
 200番台の特徴は、床下の蓄電池箱の追加と、車掌室のストーブ煙突の追加です。北海道の一般型客車では「大型の電池箱」が有名ですが、元々はこちらの方がオリジナルの形態で、蓄電池の単位体積当たりの容量が増大したので小型化した、というのが実態です。北海道では、全体の蓄電池容量の増大のため、従来の電池箱のケースをそのまま利用して電池を追加し、北海道の客車の特徴となりました。現在高崎にいるスハフ32 2357は大型の電池箱が床下にぶら下がっていますが、これは、オリジナルの形態ということになります。スユニ60の場合は、「小型の電池箱を2組設ける」という形で電池容量を増大しており、蓄電池のパーツを追加しました。表現を統一するため、パーツは後述のスハ32、スハフ32の電池箱を大型のものに交換して切り取ったものを使いました。
 煙突は、スユニ60の場合、車椎用室側の一番端のベンチレータ位のすぐ内側に付いています。パーツとしてはKATOの急行「大雪」セットのスユニ61用としてASSYパーツが出ているのですが、入手していないので、手許にあったEVERGREENの1.2mm径プラ棒を使って自作しました。このプラ棒は取り付け足の無いベンチレーターパーツへの足の追加、および小径の穴を埋める用途で購入したのですが、20年近く前に購入してまだ使い残りがあります。T字の煙突にするためにT字の取り付け部に0.3mm真鍮線を埋め込んで強度を上げました。

 写真下はスハ32です。スハ32、スハフ32は写真が見つかった旭川客貨車区の車から車号を選びました。
 KATOのスハ32は、屋上のベンチレーターが9個です、これに対してTOMIXではベンチレーターが8個で、WC部のベンチレーターがありません。全体としては8個の車の写真の方が多く見つかっており、9個の車は少ない(昭和10年頃までに製造された車に限られる?)ようです。スハ32 234はベンチレーター8個だったので該当箇所のベンチレータを撤去して取り付け穴を埋めました。
 屋根はMrカラーの「ジャーマングレー」を吹きました。Mrカラーのジャーマングレーは写真のようにかなり黒っぽく、蒸気機関車時代の旧型客車のイメージに合っているので採用しました。なお、マニ60の方にはタミヤカラーのジャーマングレーを吹いたのですが、こちらは普通のダークグレーに近く、同じ「ジャーマングレー」でもかなり違います。このため、「電化区間を長く走っている車」のイメージで隅田川客貨車区の車であるマニ60に採用しました。
 床下の蓄電池箱は、前述のように大型のものに交換しました。用いたのはGREENMAXのガーランドベンチレーターパーツに付属のものです。
 車軸発電機は、北海道のものがギアドライブが有名ですが、台車側装架のものは、KATOの北海道の急行のセットでTR11, TR23, TR47, TR50が出ているのですが、模型の方では製品のままの表現(車体側のベルト駆動型)にしています。実際、写真でもどちらのタイプのギア駆動だったかは確認できなかったので、加工を保留しました。

 スハ32、スハフ32にはレボリューションファクトリーの方向幕ステッカーから「稚内行」を貼り付けました。

 これで、宗谷本線の客車列車を昭和55年、60年時点のそれぞれ「利尻」、321レを作ったことになり、機会が有ったら、気動車急行「宗谷」や、稚内機関区のキハ22型を作ってみたいと考えています。
 
 
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