teacup. [ 掲示板 ] [ 掲示板作成 ] [ 有料掲示板 ] [ ブログ ]


スレッド一覧

  1. www(6)
  2. 全力全開(0)
  3. 全力全開(0)
スレッド一覧(全3)  他のスレッドを探す 

*掲示板をお持ちでない方へ、まずは掲示板を作成しましょう。無料掲示板作成

新着順:91/2445 記事一覧表示 | 《前のページ | 次のページ》

TR23A台車交換の過程

 投稿者:原口 悟  投稿日:2018年 1月13日(土)10時13分0秒
  通報 返信・引用 編集済
  すぎたまさん、皆さんおはようございます

TR23A台車に関係するこの場での記述を探してみたところ、11年前の2007年初頭の事でした。ここで話題になって、ある程度流れがつかめたのは、先に紹介の昭和42年の中央西線事故車に由来する台車交換(クハ47151)と、阪和線時代の台車交換(クハ47153,155)で、昭和50年代の交換は当時も謎のままでした。

まず、阪和線時代関連ですが、クハ47151のコロ軸受台車は2代目であることがわかりました。「旧型国電50年(1)」P103の昭和26年1月撮影のサハ48036(後のクハ47151)の写真では平軸受の台車に交換されており、その後、「関西国電50年」P148の昭和29年1月の写真ではコロ軸受に戻っていることが確認できます。このコロ軸受に戻った交換は流電のMT30モーター交換の記述もあった「鉄道史料」の「阪和盛衰記」にあったとのことで、この記述とRF誌の流電関係の連載記事等を照らし合わせて考えられた台車交換の流れは、

- 昭和26年11月にサロハ66018, 019をクハ47021,022(後のクハ47153,155)に改造して飯田線に転属させる当たって、転出先の都合(飯田線の方でコロ軸受台車を嫌ったか?)で平軸受けの台車に交換することになり、クハ55071とサハ48036の平軸受の台車と交換した。-

と考えられました。クハ55071のコロ軸受の台車はこの交換が起源で、クハ47151改造当初の台車は、当初のものではなく、1段階新しいもので、RF99-12号で、車体が昭和11年製なのに対し、台車に昭和12年製の銘板が付いているとの記述があるとのことです。これに対して、サハ48036の初代のコロ軸受台車については「関西国電50年」や「急電」等の関西の旧型国電関係の文献でも交換の記述が見つからず、「いつ平軸受になったか」は不明のままに終わりました。

次に、中央西線事故関連の台車の流れは、飯田線で関連する車はクハ47151だけでした。これは、「特発予備」でTR23A装備と思われるクハ76型の写真が掲載されていることとも関係するのですが、交換の記事が「急電」182号(昭和43年2月発行)にあり、それによるとクハ68048,088が事故廃車になった昭和42年7月9日の中央西線の事故では、クハ76023も損傷しており、復旧用の台車をクハ47151から調達したと記述されているとのことです。クハ47151の方は昭和42年9月9日付で台車をTR23AからTR23に交換しており、同年8月3日付で廃車になったクハ68048,088から程度の良いものを抽出して交換したとのことです。そしてクハ76023はクハ47151から発生したTR23A台車を装備して同年9月22日付で同じ事故の被災車のモハ70082とともに復旧したと記述されています。

サハ48034については、「関西国電50年」に昭和30年12月の阪和線時代の写真ではTR23Aが確認できるとのことで、交換は関東に移ってからと考えられるとのことでした。このため、サハ58011とともに関東時代の交換が考えられる2両が当時も交換の流れが不明のまま残りました。サハ48034は昭和35年時点で平軸受になっていることから、交換は昭和30年代前半に絞られます。クハ47063、および4両のクハ76形のうち、上記クハ76023と、昭和39年時点でTR45が確認できるクハ76015を除いた、クハ76002とクハ76013が何らかの関係があるのかもしれませんが、受け持ち工場が大井工場なので、交換用の台車(TR36, 43)が豊富だったと考えられるので、これらのバックアップが発生源として有力とも考えられます(クモハ50002の台車も同様の発生源か?)。
これに対して昭和50年代に入ってからの交換のクハ47102、クハ68400は、浜松工場に入場するTR36, 43系列の台車の車は神領電車区の70,80系、大垣電車区の80系くらいしか思いつかず、これらの車は昭和51年にはまだ廃車が始まっていなかったので、これらの車起源とも考えにくいです。同様に、クモハ42011のDT13台車も、浜松工場受け持ちのDT13装備車は神領のモハ72900とクモニ83型くらいで、どちらも廃車はクモハ42011の台車交換よりも後です。これについては、「首都圏の72系」に、首都圏の旧型国電の解体が、大船工場だけでなく、遠隔の工場でも解体されたとの記述があり、解体車が日車豊川工場にも送られたとのことなので、豊川で「部品取り」が行われ、これがクモハ42011、クハ47102、クハ68400に使われた、ということも考えられると思います。

金沢文庫レポート
金沢文庫の総合車両製作所横浜工場で、「東急2020系」の「2本目」が登場しました。
確か2017年度の投入予定は2本と聞いていたので、当年度分が完了することになります。
また、15日(月)に静岡鉄道A3000系の3本目と4本目が引き出されていました。色は「緑」と「黄色」です。
 
 
》記事一覧表示

新着順:91/2445 《前のページ | 次のページ》
/2445