teacup. [ 掲示板 ] [ 掲示板作成 ] [ 有料掲示板 ] [ ブログ ]

【重要】teacup. byGMOのサービス終了について
 <思いやりのあるコミュニティ宣言>
 teacup.掲示板は、皆様の権利を守りながら、思いやり、温かみのあるコミュニティづくりを応援します。
 いつもご協力いただきありがとうございます。

 投稿者
  題名
  内容 入力補助画像・ファイル<IMG> youtubeの<IFRAME>タグが利用可能です。(詳細)
    
 URL
[ ケータイで使う ] [ BBSティッカー ] [ 書込み通知 ]

スレッド一覧

  1. www(6)
  2. 全力全開(0)
  3. 全力全開(0)
スレッド一覧(全3)  他のスレッドを探す 

*掲示板をお持ちでない方へ、まずは掲示板を作成しましょう。無料掲示板作成


新性能化直前の京浜東北線73形の写真の発見

 投稿者:原口 悟  投稿日:2022年 5月 7日(土)09時37分6秒
返信・引用 編集済
  皆さんおはようございます

新性能化直前の京浜東北線73形の写真発見
 先日TOMIXの72,79形を購入したことを報告しましたが、これを京浜東北線末期の車輌に加工するため、情報を集めているところ、最近になってYoutubeにスライドショー形式の動画で新性能化直前の京浜東北線73形の写真が紹介されているのを発見しました。単純に「京浜東北線 73形」で検索をかけると確認ができます。ついでに私が以前この場に紹介した、新性能化直前の京浜東北線73形編成の情報も出てくる(2013年10月22日の書き込み、元々は田中景一さんが確か2007年頃に企画室コン「73メモ」より紹介していただいた情報)ので比較のため見てみてください。
 Youtubeで紹介されているのは、「京浜東北・根岸線の73系(1)」「京浜東北・根岸線の73系(2)」と「京浜東北73系乗車記録」「京浜東北73系車庫寸描」で、1970年秋から、1971年4月の写真が紹介されています。参考として、当時のこの場で紹介した、新性能化前日(1971年4月19日)の下十条電車区73形の編成を紹介します。

下19 73309-72632-78380-72935-78225-72085-72576-79340(4/10疎開回送)
下20 73383-72633-78220-72934-78508-72694-72540-79374
下21 73255-72945-78335-72067-78372-72147-72169-79318
下22 73367-72264-78178-72542-78385-72246-72255-79488
下23 73245-72548-73095-72587-78507-72591-78352-72944-72586(当時「72506」と紹介されたが、こちらの方が正当と考えられる)-79384(当時「79334」と紹介されたが、こちらの方が正当と考えられる)
   (奇数方2両は疎開回送時に連結したものと思われる)
下24 79943-72948-72943-79951-72957-72960-72947-79946
下25 79455-72949-72864-79941-72958-72950-72959-79934
下12 73187-79386-73291-72124-78212-72538-78389-72662-72068-79472
   (4/1より予備、奇数方2両は疎開回送時に連結したものと思われる)
予備 73371-72143-78358-73325-78503-72551-72554-79470(4/16疎開回送)

このうち、「京浜東北・根岸線の73系(2)」で、下(動画内では「モセ」)20、下21、下23、下24の4編成の、新性能化数日前、京浜東北線を走る写真が紹介されています。編成の車両番号も紹介されていて、上記の車両番号と同じ番号が記録されています。この中で注目なのは、長く可部線で走り、現在運転台部分が整備中の「クモハ73383」で、下20編成の先頭に立って京浜東北線で最後の活躍をしている写真が多く紹介されています。また、製作目標の「全920番台編成」の下23編成の写真も紹介されており、模型化の参考になりました。

「京浜東北73系乗車記録」では、下21編成に乗車して沿線を撮影した写真が紹介されており、この時下20編成とすれ違っています。

「京浜東北73系車庫寸描」では、1970年秋と、1971年4月の、蒲田電車区での73形の写真が紹介されています。当時、蒲田電車区は103系への交替が完了しているので、73形は、下十条電車区および浦和電車区の車両の外泊に限られます。
 1971年4月の写真では、上記の「予備」編成が蒲田電車区へ疎開している状態の各車の写真が紹介されています。「4月16日」に疎開回送されたので、その後の写真ということになり、動画内では「日」の記述はないのですが、4月19日までの数日間での撮影となり、まさに新性能化直前の写真ということになります。
 この中では、他に1970年秋の編成が紹介されているのですが、そこから車両番号を引用させていただきます

モセ17 73245-72548-78503-72658-78178-72554-72633-79386
モセ21 73367-72049-78509-72542-78385-72246-72264-79488
モセ24 79359-72948-72943-79951-72957-72960-72947-79946

で、注目は、モセ72編成の「モハ72049」で、前位幕板の「63形時代の通風グリル」が原形で残っているのがわかる写真が紹介されています。また、同編成のクモハ73367は、DT15台車装備ですが、従来、長穴か丸穴かが不明(「写真とイラストで綴る国鉄72・73系電車」でも不明)でしたが、「長穴」であることが確認できました。また、「写真とイラストで綴る国鉄72・73系電車」でも前面形態が不明ですが、「前面は原型で、中央窓は上辺の窓枠が見えない形態」「非公式側の扉は、左からプレスマークの有る1枚窓 - プレスマークのない1枚窓 - プレスマークの有る1枚窓 - プレスマークのない1枚窓」で、Hゴムは全て黒であることがわかりました。
以上の動画では、写真は白黒ですが、「京浜東北・根岸線の73系(1)」では、カラー写真が紹介されています
 
 

旧形国電の先頭車化改造車:TP22-6号より

 投稿者:原口 悟  投稿日:2022年 4月24日(日)09時29分34秒
返信・引用
  皆さんおはようございます

旧形国電の先頭車化改造車について
 RP誌の今月発売号(RP22-6号)は「先頭車化改造車」の特集でした。
 メインは59-2改正以降活発になった地方線区列車の短編成化による先頭車化改造車のため、旧形国電に関するものは本文にはなく、写真頁のほうに「旧形国電の運転台取付改造車」(P30~)として記事が立てられていました。
 大々的な先頭車化改造車の背景は、本文で記述(「電車の先頭車化改造 その経緯と工事の実際」(P10~)されていますが、旧形国電の場合は都市圏から地方圏への転用に伴う先頭車の必要性によるものが主で、大まかに時期区分をすると、

(1)昭和20年代後半から30年代前半にかけての、地方買収線区の車両取り換えの為の、クハ47050台、クハ55300台等の改造
(2)昭和50年代の地方幹線電化に伴う電車運転開始に伴うクハ75,77,85形の改造。クモハ73600形の改造も一応同時期

に分けられると思います。ただ、「昭和戦前の先頭車化改造車」については、クロハ59022~025が、その後さらに改造された姿が写真で紹介されたくらいで、「最初の大規模先頭車化化改造プロジェクト」と言える、昭和1桁台後半の木造省電「クハ17形」の記述はありませんでした。クハ17形は、116両が改造され、前形式のサハ26形が全て改造されるほどで、両数的にも現在までの前形式を含めて、「最大規模」と言えるものなので、クハ17形の記述が無いことは「片手落ち」と言えます。

 写真の中で注目だと思ったのは、「クハ79056」(P33)で、この車は中間に封入されることが多くで、趣味誌でも中間に封入される写真の紹介が多いのですが、「先頭に立った写真」が珍しいと思いました。
 また、気動車の方で、キハ183形100番台(写真ではP28)が紹介されていますが、改造当初の、オリジナルのキハ183形に準じた、下半分が赤の「キン肉マン」と呼ばれた塗装の時代の写真が掲載されています。

 私鉄の譲渡車関係の先頭車化改造車も紹介されていますが、その中で「最新の先頭車化改造車」である「アルピコ交通20100形」が、いわば「番外」として「新車紹介」(P101)で紹介されています。
 

雨樋の取り付け方

 投稿者:原口 悟  投稿日:2022年 4月 3日(日)23時55分4秒
返信・引用 編集済
  皆さんこんばんは
すぎたまさん、コメントありがとうございます

 「木製雨樋の付け方」については、クハ79220等の鋼製雨樋の上に見える留め金のようなものが木製雨樋の台座の跡かもしれないと思って、図2の左の図のような構造を考えたのですが、お話の「斜め下から上に向けて釘が打たれていた」となると、実際の付け方は図の雨樋の底の構造をなしている三角形の部材を釘打ちで固定している、という感じでしょうか。この「下から釘で固定」の証拠と思われる写真が見つかりました。これも「写真とイラストで綴る国鉄72・73系電車」で、P118のクハ79430の写真が、下から見上げるようなアングルになっており、2段になっている木製雨樋の下段の上の縁に沿って、釘打ちと思われる等間隔の点が並んでいるのが確認できました。
 となると、「雨樋取付の跡」の位置はもっと下になって、「鋼製雨樋の上」に木製雨樋取付の跡は見えなさそうで、鋼製雨樋のに見えたものは、図2の中央の図のように「屋根布固定の部材」が有力かと思いました。
 鋼製雨樋の取り付けのところで、図の通りだと、工具が入らないのでは、とのことですが、実は「工具が入らない」前例がありました。RM Library 244「無蓋車の本(上)」P30のトム50000形の構造の記述に、「妻柱は、当初トム11000形と同じプレス成型品を用いたが、C断面では、ボルト締め付け時に工具が干渉する欠点があり、1941年頃からZ断面の新型妻柱に設計変更した」とあります。戦前の全鋼製の無蓋車が登場(ト20000形等)して、しばらく溶接で組み立てられていたのが、戦時体制になって木体化された時に、各部がネジ、ボルト止めになった時に最初C型鋼で設計されたのが、組み立て時に具合が悪いことから、変更されたものです。新製時ではなく、後から交換なので、溶接あるいは接着剤とは考えにくいので、雨樋の上辺近くに斜め上からネジ止めでしょうか。
 鋼製雨樋への交換は、もう1両、クハ79444があります(「写真とイラストで綴る国鉄72・73系電車」P139では、日車製で唯一の鋼製雨樋とありますが、後天的に交換されたものであることが以前のこの場で確認されています)。この車の場合、じょうごから雨樋縦管まで、全面的に交換されているので、「元の構造の名残」が見られず、鋼製雨樋での新製車と変わらない見かけになっています。

 これらの情報を基に、雨樋の図を改訂しようと思います。

4/8追加
 鋼製雨樋の図の新版(第3版)を作りました。
 木製雨樋は、下側の部材へ、斜め上に向けて釘を打ちつけて外板へ固定したと考えられ、鋼製雨樋は、木製雨樋を撤去した跡に、雨樋を、外板と接するところの上辺近くに、ネジを斜め上からねじ込んで固定したと考えました。また、この図を描いていた思いついたのですが、鋼製雨樋が、木製雨樋に対して、下辺の方に合わせるように付いたのは、釘を打ちこんだ穴に合わせてネジ止めをしたのかもしれないと考えてみました。ただ、釘とネジの打ちこむ方向が若干違う筈なので、ねじ込む角度を変えて釘穴に対してネジのタップを立てるのは難しいとも考えられ、釘穴は、ネジ止めの高さを合わせる目安で、これに高さを併せてネジ止めをしたのかもしれません。

 なお、鋼製雨樋のパーツは、当時新製されていた車と完全に同じものではなかったようで、当時一般的だった鋼製雨樋は、ゴムのカバーがかぶせられていたのに対し、富山港線の73.79形に使われた鋼製雨樋はゴムのカバーが省略されています。「写真とイラストで綴る国鉄72・73系電車」のP13の写真でも、全金更新車で、転入したばかりでまだ茶色のクモハ73013は、雨樋のゴムのカバーが明るい灰色で目立つのに対して、クモハ73363とクハ79244の鋼製雨樋は、ゴムのカバーが無いのがわかります。
 このゴムのカバーは、かなり前(2000年よりも前)の前身の掲示板か、115系の掲示板での質問を見ており、鋼製雨樋登場当初は、「架線からの絶縁を意図したのではないか」との説が提示されました。また、ゴムのカバーが省略されるようになったのは昭和50年代になってからで、確か115系では、昭和52年の新製車(115系300番台の中でも、狭い意味で「後期型」と呼ばれる車)からだったとおも思います。
 

木製雨どいは

 投稿者:すきだま  投稿日:2022年 4月 3日(日)21時20分1秒
返信・引用
  原口さん、みなさんこんばんは。

木製雨どいの図はまちがっているように思います。「国鉄鋼製電車史」に図があったと思うのですが、釘止めで、斜め下から上に向けて釘が打たれていたかと思います(今参照出来ないので記憶だけですが)。
鋼製雨どいの想像図も、ネジ止めするとしても、ネジ位置が図の通りだと工具が入らない位置と思うのですが(木製雨どいの図も同様)。

http://princesscomet.net/

 

富山港線73,79形半鋼製車の「鋼製雨樋交換」の形態について

 投稿者:原口 悟  投稿日:2022年 3月31日(木)23時49分53秒
返信・引用
  皆さんこんばんは
以前、「写真とイラストで綴る国鉄72・73系電車」発売時に、富山港線の1967年昇圧時に転入した73,79形半鋼製車の「鋼製雨樋への交換」の形態について考察しましたが、形態が確定したと見て良い写真を見つけました。

「写真で見る国鉄73,79形電車」P13, 63のクモハ73363の写真から最初、「深いチャンネル材の上半分に屋根布が被さった形態(図1)」と考えたのですが、73おやぢさんより、「72系鋼製雨樋車以降の標準の雨樋パーツを用い、雨樋の上に木製雨樋を剥がした跡が見えるのではないか(図2)」の説が紹介されました。両説のキーになるのが、「雨樋の上(あるいは上半分)に見える構造が何なのか」になります。
 2019年6月にHP「My Old Steamers 現役蒸気と復活蒸気」内「その他現役・富山港線」に1972年11月24日に富山駅で撮影されたクモハ73305の写真があることを報告しましたが、この中のクモハ73305を正面近くから撮影した写真で、鋼製雨樋の様子がわかりました。正面近くから見ているので、背後に屋根が被さらず、正味の雨樋の高さが見えています。これを見ると、正面に見えるじょうごに対し、側面の雨樋は、雨樋下の影が深く、鋼製雨樋に交換されている事がわかります。この雨樋の高さが、明らかにじょうごの高さ(従来の木製雨樋の高さと同じ)に対して低く、上戸の下半分ほどの高さしかないように見えます。このため、鋼製雨樋の形態は、図2の73おやぢさんの説の「鋼製雨樋は標準品を用い、その上の木製雨樋を剥がした跡が見えている」の方で確定として良いと思います。
 クモハ73305は、「写真で見る国鉄73,79形電車」P62に「富山港線型前面」時代の写真が掲載されている(1970年7月13日撮影)のですが、この時点では、雨樋が木製の原型であることが確認できます。従って、RF69-11号で報告(1969年8月18日の訪問)された「鋼製雨樋への交換がクモハ73347から始まった」から約1年後の時点で、クモハ73305は交換が行われてなく、その後1972年11月24日までの間に鋼製雨樋への交換、助士席側前面窓のHゴム1枚窓への交換、避雷器のLA12AからLA15Bへの交換が行われたことになります。

 また、「My Old Steamers 現役蒸気と復活蒸気」の写真で、クモハ73305と連結しているクハ79半鋼製車の番号も確定しました。
写真では、1-2位側の一番前と2番目の扉の間の幕板に「京浜東北」プレートが見えるのですが、同時期のクハ79220にはこのプレートが存在しないことを確認しており、「少なくともクハ79220ではない」ことを報告していましたが、改めて写真を見た結果、「クハ79240である」と結論しました。
 富山港線にいた3両の半鋼製クハ79形のうちクハ79244は、戦中形モハ63形(サモハ63003)に由来します。「写真で見る国鉄73,79形電車」P129で、シル、ヘッダーの幅がモハ63形の戦中形と戦後型、そして昭和27年以降の新製車で異なることが紹介されており、クハ79244も戦中形なので他の車とシル、ヘッダーの幅が異なっています。このため、「写真で見る国鉄73,79形電車」P13の右側に運転台部分だけ写っているクハ79形は「クハ79244」と確認できます。これを踏まえて「My Old Steamers 現役蒸気と復活蒸気」を見ると、クモハ73305と連結しているクハ79形は明らかにシル、ヘッダーの幅はクモハ73305と同じです。このため、この車は「クハ79240」に確定します。また、信号炎管の位置が、クハ79220, 244は助士席側なのに対して、クハ79240は運転席側で、写真の車は、助士席側の信号炎管がある位置に何もないことからも、クハ79240であることが示されます。
 

TOMIXよりモハ72、クハ79920台発売 (その3)床板と方向幕パーツ

 投稿者:原口 悟  投稿日:2022年 3月26日(土)22時36分16秒
返信・引用 編集済
  写真上はモハ72、クハ79920台、中央はクモハ73、クハ79300台の床下です。

 モハ72920台の床板は、前回のものを継承しています。このため、抵抗器の中で、半分サイズの抵抗器が奥まっているのは表現されていません。
 クハ79300台、920台は、前回製品の発売時は、床板をクハ79100台(最初に発売された製品)から流用したため、偶数向きで主空気だめが枕木方向に配置された形態になっていました。リニュアール製品発売時に主空気だめがレール方向に配置された専用の床板が作られました(写真中央)。クハ79920台では、これをひっくり返して奇数向きにしています(写真上)。厳密には、中央上の蓄電池箱を撤去すると、奇数向きになります。
 ATSは、先頭部は、胴受両脇のATS-B受電器が表現されています(前景の写真)。このため、「中央線時代」と比べるとやや新しい時代に合っています。ATS-B受電器は、装備の契機となった三河島事故よりも前から装備が始まってはいるのですがこの時に付けられたのは胴受中央にぶら下がる「垂直型」で、胴受両側のものはもう少し後(昭和40年頃?)です。また、ライトスイッチのON, OFFと組み合わせる、ATS-S車上子のパーツも付属していますが、中電運用を考慮した一部の車以外はおそらく不要です。

 写真下は方向幕パーツです。左は付属セットのクモハ73、クハ79300台用方向板、中央は付属セットの運行窓用で、R付運行窓がクハ79300台を考慮した黒Hゴムになっています。右が920番台セットのもので、付属セットと併せて中央線、総武線の行き先が収録されています。
 方向幕の中に角型のHゴムの運行窓、左右がやや広く、角型の方向幕のパーツがありますが、これはクモハ73形全金更新車のもので、これから発売が予想されます。また、R付の運行窓が、黒Hゴムと白Hゴムで作り分けられていますが、パーツが共通化されています。これが、クハ79920台が「前期型」になった原因でもあります。また、「方向幕パーツ」としても製品展開を期待したいところです。
 方向幕は、京浜東北線のものはまだないので、付属セットの「白幕」を付けて、鳳車両製造の京浜線用方向幕を使って表現しようかと考えています。

撮影年に疑義の有る写真の発見
 今回の報告に当たって72系の資料を見直していたところ、撮影年に疑義の有る写真を見つけました。
 RP17-11号P27の下の方に掲載されている御殿場線の73系の写真は、1973年1月15日撮影と記載されています。写っているのは、半鋼製で、前面窓が、運転席、中央窓がHゴム支持のクモハ73形等なのですが、前面のHゴム窓の天地が小さく、正方形に近いです。この形態は東鉄の改造車には存在せず、大鉄の改造車であることを示しています。この形態の車は「クモハ73064」で、同車は1977年に御殿場線に転入しています。ドア窓の形態もクモハ73064に合っています。このため、撮影年月日は「1973年1月15日」は有り得ず、おそらく「1978年1月15日」が正当です。
 また、解説文に「御殿場線ローカル電車の新性能化は、1979(昭和54)年10月、三鷹区などから捻出した非冷房の115系により行われた」とありますが、この時転入した115系は、モハ114は800番台ですが、全て小山電車区から転入しています。
 

TOMIXよりモハ72、クハ79920台発売 (その2)付属3両セット

 投稿者:原口 悟  投稿日:2022年 3月26日(土)21時50分51秒
返信・引用 編集済
  付属セットはクモハ73原型車―サハ78―クハ79300台昭和31年形の編成です。
 サハ78は基本セットの方に組み込んで、6両基本編成+2両付属編成にする前提になっています

 クモハ73形は、先に発売の京浜東北線をイメージした5両基本セットと3両付属セットの時に、ドア窓が「全2段窓」と「全Hゴム1枚窓」の2形態が発売され、今回は「全Hゴム1枚窓」のほうがセットに入りました。元モハ63形も前回発売時のリニュアールでライトユニットが改訂され、ライトの形態も、ステーが分離した形態にアップデートされました。
 クハ79形は、前回発売ではライトが屋根上の300番台の昭和29年形が登場しましたが、今回はライトが幕板に埋め込まれた昭和31年形が製品化されました。

 クモハ73形に付いている避雷器はLA15A(リブが無く、十字の蓋)なのですが、前述のように、「中央線」としてはエラーです。クモハ73形の場合は、モハ63形から改造時の原型はLA12A(箱型)で、昭和30年代後半の時点では箱型を残していた車が多いようで、全金更新の時に亀の子型に交換した車が多いです。
 

TOMIXよりモハ72、クハ79920台発売

 投稿者:原口 悟  投稿日:2022年 3月26日(土)21時43分36秒
返信・引用
  皆さんこんばんは

TOMIXよりモハ72、クハ79920台セットが先週末に発売されました
 今回、京浜東北線の72系末期のオール全金車編成を作ろうと思い、同時発売の付属セットと併せて購入したので報告したいと思います。

 写真上はクハ79920台、中央はモハ72920台の公式側と非公式側側面、下は両車の前後妻面です。
 クハ79920台TOMIXの72系の中でも早く発売された富山港線セット(以下、第1世代)が初登場で、その後、鶴見線セットでモハ72920台の製品化とともに細部を改訂した製品(以下、第2世代)が登場しました。今回、ライトユニットが全面改訂されるとともに、方向窓、運行窓が標示記入済みのパーツをはめ込むように改訂されました。写真ではパーツから「浅川」表示をはめ込みました。
 クハ79920台は、第1世代の時は、窓の寸法がクモハ73形全金更新車と共通になっていたので、厳密にはドア窓の形が異なっていました。これが、第2世代で、モハ72920台の製品化とともに改訂され、ドア窓の形が修正されました。
 72系新製品では、TNカプラーがエアホースを表現した新型になりましたが、今回「両側に空気管がある」真価が発揮されました。クハ79920台は両渡りで、前後とも、空気管が両側にあるので、この状態が再現されたことになります。
 モハ72920台は、鶴見線セット発売の時に製品化されましたが、今回、モーター車が一って設定されました。鶴見線セットの時はクモハ73形をモーター車にすることでモーター車化を回避していました。72920台は、試作型(~72924, 79923)、前期型(72925~72936, 79924~79933)、後期型(72937~, 79934~)に分けられ、クハ79920台の方は、ドアコック蓋が無い前期型が表現されているのに対して、モハ72920台の方はドアコックが腰板にある後期型が表現されています。クハ79920台では前期型と後期型では運行窓の形も異なる(後期型の方が天地が高い)のですが、この部分も前期型に形態が合っています。このため、後述のクハ79300台と部品が共通化されています。
 避雷器は、ドラム缶型で小判状の蓋が付いたLA15Bが付いているのですが、製品が意図している「中央線時代」に対してはエラーと考えられます。72920台は製造時はLA12B(パイプ型)を付けており、中央線時代はパイプ型だったはずです。避雷器は101系、151系からLA13(亀の子型)、昭和40年頃からLA15カバー無し(釜飯型)と変わり、LA15のカバーもリブが無く、十字の蓋が付いたLA15A、リブが付き、小判型の蓋が付いたLA15Bと変化しており、亀の子型はクモハ73、モハ72形全金更新車、釜飯型はクモハ73500台が装備しましたが、昭和40年代中頃から急速にLA15A、昭和40年代末からはLA15Bに交換されています。このため、モハ72920台とLA15Bの組み合わせは、私が考えている京浜東北線末期としても、登場しているかどうか、微妙なところです。
 

GREENMAX 旧形国電用床下機器パーツ新製品報告

 投稿者:原口 悟  投稿日:2022年 2月27日(日)13時59分12秒
返信・引用
  皆さんこんにちは

GREENMAXより、旧形国電用床下機器パーツのリニューアル新製品が先週末に発売になりました。早速購入したので、報告したいと思います。

 製品は電動車用(写真上:8596B)、制御・付随車用(写真中央:8596A)、汎用(写真下:8596C)の3種で、電動車用は8596Bと8596Cを4枚ずつ、制御・付随車用は8596Aと8596Cを4枚ずつのセットになっています。製品は黒整形ですが、ディテールを浮きだたせるため、グレー塗装しています。
 機器の配置は、最大公約数的で、各形式に合わせるにはある程度の切った貼ったが必要になります。説明書には、機器配置例として、電動車用はクモハ73形奇数車とクモハ41型既修者、制御・付随車用はクハ68形偶数車、クハ47100台偶数車の配置例が紹介されています。
 最大の注目点は抵抗器で、クモハ73形の「大(新)6半1」の他、別パーツとして「大(旧)6半1」「小6半1」が表現されています。これにより、クモハ54形でよく見られた「大4小2」の配置、特に、新形と旧形が混在した抵抗器(大)の配列の再現が可能になります。
 また、CS5制御器と断流器は金属グリルの新形の他、別パーツで木製グリルの旧形が再現されました。これも車両によっていろいろで、従来製品ではモリタやBona Fide Productで各種のCS5と断流器が発売されていますが、選択の範囲が広がりました。
 ブレーキ関係ではブレーキシリンダーとてこの「左向き」と「右向き」が別パーツとして再現されました。GREENMAXの従来品では、客車用の床下機器でブレーキシリンダーが表現されているのですが、確か右向きの方だけだったので、奇数向き、偶数向きのそれぞれを表現するには若干難があったのですが、これが解決します。モデル8の旧形国電資料で、手ブレーキのリンクの各種が紹介されているので、それぞれ表現することができるようになります。
 AK-3コンプレッサーは「前面」と「背面」の2ピース構成になりました。AK-3コンプレッサーは各種の形態があるようで、BONA FIDE PRODUCTでは複数の製品が発売されています。
 電動発電機は標準形態のものです。角型等、別形態のものは入ってなくて、これの再現は別調達です。
 水タンクは、形態としては旧形で、客車ではスハ43系辺りまでが装備していたもの、電車では戦前にWCが取り付けられていた車が装備していたものです。戦後型では、80系、70系の前期車が付けていた楕円形断面、10系客車が装備していた軽合金製、昭和40年代に入ってからのWC取り付け車が装備していたFRPの円筒型がありますが、これらの表現では別にタンクを調達する必要があります。また、トイレ流し管も別箇調達です。
 他、旧形国電で馴染みの各種床下機器が確認できますが、制御器はCS5だけで、80系以降のCS10は入りませんでした。CS10は床下機器旧製品で表現されており、しばらくはそちらの利用になりそうです。
 これらの新製品により、KATOの飯田線旧型国電の床下機器の加工等、利用先がいろいろ考えられ、利用価値が高いのではと思います。
 

箱根登山鉄道モハ107観察報告(その4)制御器と碍子

 投稿者:原口 悟  投稿日:2022年 2月13日(日)23時53分14秒
返信・引用 編集済
   床下の制御器は、国鉄のCS5をスケールアップしたような形のものが付いています(写真上)。
 写真中央は制御器を支持する「碍子」の接写で、「屋号」に注目しました。1両の中でメーカーが色々で、上から「NPC」「東」「何かの文字(「革」か?)」「山に五」です。
 写真下は台車で、銘板は塗りつぶされていて解読できなかったのですが、日本車両NA7A(RMアーカイブス33「私鉄車両めぐり 関東2・箱根登山鉄道」より)のようです。1959~61年の間にブリル台車から交換されたとのことですが、時期の割には、軸受が平軸受なのが珍しいです。

GREENMAXのクモハ11、クハ16400台キットの続報
 GREENMAXから予告された、クモハ11、クハ16400台リニュアールキットについて、「ストレートに組むと片隅運転台になる」との続報が発表されました。キットは車端部の側板が交換できるようになっており、運転台パーツと中間車パーツが入ることが前もって発表されていましたが、「片隅運転台」が発表になったことから、KATOのクモハ11、クハ16400台(リベット有で全室運転台)よりさらに前の「初期車」(昭和10年までの鋼体化車で、モハ50010、クハ65010まで)ということになります。
 また、床下機器の新製品化に伴って、これまでの旧形国電のエコノミーキットも新製品化されるようで、4両セットを中心に新製品化がいくつか発表されています。
 

レンタル掲示板
/308