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モデル8「身延線 旧型国電等」より、低屋根改造車の配管について

 投稿者:原口 悟  投稿日:2020年 1月18日(土)10時42分23秒
返信・引用 編集済
  先日、モデル8の「身延線 旧型国電等」を購入しました。「模型製作参考資料集」のシリーズで、「片町線」に次ぐものです。元々は昨年9月に出ていたもので、その後、このシリーズは国電以外の「EF59」「箱根登山鉄道」と続いています。

 今回の「身延線」では、時代は完全に区切ってなく、17M車末期から、62系が入った末期までカバーしています。このため、身延線から大糸線へ転出したクモハ43800台、飯田線に転出したクハ47150台も収録されており、「大糸線」と「飯田線」は先行出版されているので、そちらでも収録されています。
 毎回「小物」が特集されており、前回の「片町線」では「扉下ステップ」でしたが、今回は「吊り上げフック」でした。吊り上げフックはRMアーカイブスセレクション「国鉄の客車1950~60」に収録された「70系客車のいろいろ」で、種車の推定の手掛かりになることが記述されています(P121)が、現物の写真が確認できます。他、TR23台車とDT12台車の「前期型」と「後期型」の区別の記述もあります。

 この中で、身延線に縁の無かった車が1両混じっています。P64に「クハ55404」の写真が掲載されているのですが、この車は新前橋電車区にいた車で、写真でも「小山」のサボが入っています。身延線にいたクハ55は、301,319,440,441の4両で、サハ57改造車ばかりなので、原型のクハ55が無理して入れられたことになります。あるいは「小山」が御殿場線の「駿河小山」と勘違いされて、身延線の車と考えられた可能性もあります。

低屋根改造車の配管について
 個々の車両で興味深い点としては、クモハ43800が、配管が「逆配管」であることです(P10)。元々はクモハ43004で、元から逆向きの車なのですが、昭和40年代に入ってからの「部分低屋根車」にもかかわらず、「逆配管」で配管が新設されています。妻面の写真は、他にクモハ43804が掲載されていますが(P11,12)、こちらは、元はクモハ43025(P11の「クモハ43039」は誤り)で、奇数配置の床下機器に対して、「正配管」で配管が引かれており、結果的にクモハ43800と同じ配管レイアウトになっています。クモハ43810も、元はモハ43039で、奇数配置の床下機器に対して正配管で配管が引かれています。クモハ43802は、妻面、屋上の配管がわかる写真は無いのですが、4位側に母線が降りていることが芝生さんの写真で確認でき、元クモハ43022で、床下機器が偶数配置なのに対して、逆配管になっています。このため、クモハ43800台4両は、床下機器の配置にかかわらず、3位側空気管、4位側母線で工事されたことになります。
 他の車では、クモハユニ44803は、床下機器配置は奇数配置(クモハユニ44800~802とは逆)に対して、4位側に母線が降りる正配管(P18)です。クモハ41800(「大糸線 旧型国電等P9),850(P42)は、偶数向きの床下機器配置に対して母線が4位側に降りる「逆配管」です。クモハ51850, 852は、ともに偶数向きの床下機器配置に対して母線が4位側に降りる逆配管(P54)です。
 このため、以上の車は種車の床下機器配置にかかわらず、奇数配管(4位側に母線が降りる)で工事されたことになります。
 これに対して昭和41年に低屋根工事されたクモハ51800,802は、802が床下機器が偶数配置(元クモハ51054)に対して3位側に母線が降りている正配管(P44)です。なお、身延線には縁がなかったクモハ51804(元クモハ51004、大井工場の「方向にかかわらず床下機器は奇数配置」を維持)は3位側母線で床下機器に対して逆配管です(「大糸線」P64)。さらに後の車では、51808(元東鉄のモハ51007で、大井工場の「方向にかかわらず床下機器は奇数配置」を維持)は、3位側母線で逆配管(P46)、51816, 818, 820(元東鉄のモハ51007, 018, 020で、大井工場の「方向にかかわらず床下機器は奇数配置」を維持)は4位側母線で正配管、51826(元51050で、床下機器は偶数配置)は3位側母線で正配管(P49~51)、51830は芝生さんの写真で、奇数配置の床下機器に対して4位側母線の正配管です。クモハ60800台では、60802(60073)、60804(60075)、60812(60115)、60814(60117)は、奇数配置の床下機器に対して、4位側に母線が降りる正配管(P56, 57, 59, 60)。このため、昭和45年にまとめて改造された51806~830、60800~816は、基本的に床下機器に対して正配管で配管されているようなのですが、51808は同時期にもかかわらず逆配管であること、また、51802, 804は、上記の43800~802, 44803, 51850,852, 51800,850と同時期の工事にもかかわらず、3位側母線と逆になっているのが異端です。これらの低屋根改造は、一貫して浜松工場で行われているので、51802, 804, 808が、同時期の他の車と配管の方針が変わった原因は謎といえます。
 
 

VVVF車の「1CxM」

 投稿者:原口 悟  投稿日:2020年 1月18日(土)09時49分57秒
返信・引用
  浅川さん、すぎたまさん、皆さんおはようございます

2両ユニットになっているVVVF車が、1C4M2組搭載であること、こちらでも確認取れました。形態としては、101系以来のMM'(1C8M)に似ており、なじみやすいものだと思うのですが、1C8Mはやや編成両数の自由度に劣るところがあり、特に5両編成を作るのに京王3000系の例が紹介されたように、各事業者とも頭を悩ませていることが伺えます。
 1C4M2組搭載になったことで、電動車が1両だけになったことでも構成が同じになったので、抵抗制御の1C8Mと1C4Mの混成のように制御装置の足並みをそろえるために頭をひねる必要が無くなり、編成中の「xMyT」の構成の自由度が高まったのが、最近の趨勢だと思います。この辺の事情がよく合われていると思うのが、東京メトロ6000系等のVVVF更新で、従来の電気子チョッパ制御では10両編成で6M4Tだったのが、VVVF更新で5M5Tになり、MT比が変わるとともに、「奇数両数のM車」が容認されるようになっています。また、京王井の頭線1000系も、2M3Tで登場した前期車が更新の時期になり、3M2Tに変更されています。こちらは、2M3Tで登場した当初、雨天時の空転に悩まされ、後期車では3M2Tに変更された、という経緯があり、前期車は制御プログラムの書き換えで対処したのですが、更新で抜本的な対策が取られたことになります。
 VVVF車でも、1CxMの「x」の数が違う制御方式を編成内で混成しているところは珍しく、JR西日本の223系2000番台初期車が、モーターを1個抜いた「1C3M」を混成しているくらいだと思います。これは、8両編成、4両編成の全体を1M2T相当にするのが目的だったのですが、こちらも雨天時の空転が多発し、1C3M混成は初年度の落成だけで、その後の落成は1C4Mに戻っています。
 

(無題)

 投稿者:浅川隆雄  投稿日:2020年 1月 6日(月)22時41分43秒
返信・引用
   井の頭線の3100形は初期車が750V定格のモーターで直並列制御を行っていますが、後期車はユニット車と同じ375V定格のモーターで直列制御のみです。なお、東武や221系もそうですが、定格電圧が違っても特性は同じです。
 4個モーター車の2個解放の場合、抵抗が抜ければフル電圧がかかりますから、電気的な特性は同じと考えられます。ただし、車両性能は加速力が低下する分、最高速度や一定の速度に達するまでの時間に差は出てくるでしょう。戦時中や戦後間もない頃のモーター半減車はやむを得ずそうなったもので、あちこちに無理が生じます。最初から半ユニットの場合でも、直列段での連続使用時間を制限するとか、マスコンが直列段でも並列に進めてしまうといった制約はあるようです。
 
 

1CxMのバリエーションと、複数モーター制御方式の混成、クモニ13001の台枠構成など

 投稿者:原口 悟  投稿日:2020年 1月 5日(日)18時37分53秒
返信・引用 編集済
  浅川さん、すぎたまさん、皆さんこんばんは

私の方でも東武8000系のMM'車と1M車のモーターの違い、自己操舵台車のモーター装備の情報等確認が取れました。
 最近のVVVF車の0.5M車など、制御装置とモーターの個数との関係は、確かにVVVF制御が一般的になってからモーターの個数のバリエーションが増えており、「VVVF制御になってからバリエーション化、および複数のモーター個数の制御方式の混成が可能になった」ことが伺えました。
 抵抗制御方式での1C8M車と1C4M車の混成は、先日触れた東武8000系が元祖のよう(McTcの8500形の登場が1964年、6両固定編成の登場は1972年)で、制御装置のノッチ数を共通にして、モーターの方をモディファイすることで、加速のつじつまを合わせたことがうかがえました。一方で、西武2000系は1C4M車の登場は1983年で、こちらは「直並列運転ができない」点以外は1C8M車と共通、との記述があり、モーターの方を共通化して、制御方式の方は割り切ったことが伺えました。
 電気子チョッパ、界磁チョッパ制御車になると、制御装置とモーターの個数との関係は自由度が大きくなったようで、東急8500系では、制御装置を持つデハ8500,8700形と、対をなすデハ8600,8800形の組み合わせが基本で、単独のM車が必要になった時はデハ8500,8700形が単独で組み込まれ、1C8M<と1C4Mで形式を分けていないことがわかりました。
 これらの車両を見ると、1CxMの複数のモーター個数制御の車を混成させて運転することが増えたのは、制御方式の技術進歩によって最近になって「採用するハードルが低くなった」ことと、抵抗制御方式では、なんらかの割り切りが必要だったことが伺えました。その中でも、並列接続ができないことによる「ノッチ数の減少」は、制御段数の多段化によって、「1段の幅」が小さくなったことに依って、段数を間引きしても「段の幅」が小さく、混成しても大きな違いにはなりにくいことが、混成を成立させていることが伺えました。
 話は戻って、阪和社形の2個モーターは、制御装置の段数は1C4Mと1C8Mを混成している新性能車と比べるとかなり少ないはずで、ノッチ数を間引くと、加速性能がかなり変化したと思われます。

クモニ13001の床下の写真発見
 以前この場で「モハ50系鋼体化省電」の側梁が話題になりましたが、関西の工場での唯一の施工だったクモニ13001の床下の写真が見つかりました。RM Models Archive「鉄道車両ガイドvol 21 クモハ12とクモニ13」P67に、近江鉄道の彦根車庫に留置されているクモニ13001の床下を覗き込んだ写真が掲載(1982年9月2日撮影)されています。近江鉄道への譲渡からかなり年月がたち、床下機器が外されているので、台枠とトラス棒の情況がよくわかります。側梁は、木造車時代のものがそのままで、外側に別個に側梁を追加した状況が確認できます。
 

VVVF車とは…

 投稿者:すぎたま  投稿日:2020年 1月 5日(日)15時02分47秒
返信・引用
  浅川さん、原口さん、みなさんこんにちは。

VVVF車の0.5M車とか、そのあたりは、例えば1C1Mの車輌すらあるので、抵抗制御車(チョッパなども含む)の端子電圧と同列に考えない方がいいのではないでしょうか。
井の頭線の3000系も、渋谷方からTcM3M2M1Tcとなっていましたが、M3のデハ3100形は、単独1M車になっており、しかも初期車に組み込まれたものも含め、界磁チョッパ制御になっていました。第11編成から界磁チョッパ制御化されましたが(11~16は改造)、3100形については、終始1M単独制御でした。M2とM1はユニットです。
したがってこれも1編成中に端子電圧が異なるものの、特性は類似の主電動機が混じっている例と言えます。

最近のVVVF車は、戦後の「モーター半分」車とは事情が違うと思うので、除外して考える必要があると思います。その上で、浅川さんは、2個モーター撤去車は、4M車とあくまで性能差が無いというお考えなのですか?。そこがご意見としてはっきりしていないように思えるのですが…。

http://princesscomet.net/

 

定格電圧に注目してください

 投稿者:浅川隆雄  投稿日:2020年 1月 4日(土)17時23分16秒
返信・引用
   東武鉄道8000系やJR西日本221系の1M車は、モーターの定格電圧がユニット車の2倍になっています。だから1M(4個モーター)でも直並列制御ができて、制御段数も同じです。東京メトロ1000系、13000系、東武70000系は台車内の片軸に舵取り機構を備えているため、機構が複雑になるのを避けてモーターは固定軸に取り付けています。同期電動機であるかどうかは関係ありません。
 最近のVVVF車はほとんどが4個モーター並列を1群としています。ユニット車といっても便宜上どちらかの車両に2群分の制御装置を搭載しているだけで、電気的には1C4Mと考えられます。
 

0.5M車のアプローチと、MM'と1M車の混成

 投稿者:原口 悟  投稿日:2020年 1月 3日(金)23時58分26秒
返信・引用 編集済
  皆さんこんばんは

すぎたまさんの話の、2個モータ化のアプローチの方法を見て、現在の「0.5M車」は、「M台車T台車混成」と、「1台車1個モーター化」のどちらのアプローチをしているのか、調べてみたところ、JRでは「M台車T台車混成」ばかりであることがわかりました。
 最初の0.5M車は、JR西日本のクモハ125形で、「M台車T台車混成」で、これ以降の車は、他のJRの車を含め、全てM台車t台車混成でした。「1台車1個モーター化」はかなり特殊で、JR西日本の223系3000番台の「0.75M車」だけでした。これらの0.5M車は、同期電動機の車は個々のモーターを制御する1C1M、JR西日本の225系以降の車、JR東日本のE129系は1C2Mとアプローチが分かれます。JR東海の313系は、1C2Mで、4個モーター車は1C2Mを2組搭載しているようです。
 「1台車1個モーター化」は、東京メトロ銀座線の1000系と、日比谷線の13000系、東武の日比谷線乗り入れ用70000系の例がありました。こちらは同期電動機使用による1C1M制御です。
 もともと4個モーターだったのを降ろした例としては、高松琴平電鉄の1200形が、片方台車のT台車化というアプローチをしていました。
 全体にMT台車混成のアプローチが多いのは、「台車内で回路を完結させる」考えがあるのでは、と思いました。

浅川さんの話の「1C8M車と1C4M車の混成」は、私の身近なところでは、東武8000系の6両編成がありました。8000系の6両編成は、東武野田線で現役ですが、この前(昨年12月1日)の東武鉄道南栗橋工場のイベントで、東武博物館所有の8111編成が休憩車として使われており、写真を撮影したので掲示したいと思います(写真上)。8000系では、MT比の1M1T化のため、1M車も作られており、2両編成(通称8500形、写真下)の他、6両編成に組み込むためのMT車(モハ8800、サハ8700形)も作られています。東武8000系の場合は、1M車は、最初からMM'車と編成を組むため、制御器は独自のものを作って、ノッチのつじつまを合わせていたようです。最近の例では、相模鉄道がJR東日本E231系の設計を導入した10000形電車を導入した時に、1M車を挟み込んで5M5Tの10両編成にした、というものがあり、計画されたものでは、国鉄末期に211系の横須賀線への投入が検討された時、東京地下駅の勾配対策のため、基本編成に1M車を入れて5M5T編成にすることが検討された、という話があったらしいです。

阪和線に戻ると、阪和電鉄時代の写真がRP87-12号のP25~27に掲載されています。モタ300形、モヨ100形は、「2丁パンタ」で設計されたのですが、最後に落成のモタ328~330は1丁パンタだったとRP87-12号にも記載されています(P47)。写真では、P25の1939年12月の恐らくモタ302による単行列車はパンタが片方外されており、モーターも半分降ろされている可能性が有ります。一方で、P26の1936年11月の写真のモタ300型の単行列車は、2丁パンタが残っています。また、P27の1934年秋のモヨ100―クヨ500の2両編成の列車は、モヨ100形とクヨ500形はほぼ同数が製造されており、MT編成前提で製造されたことが伺え、モヨ100形の方は4個モーターで残った(天王寺―和歌山間の「急行」専用車として別扱いされた?)可能性が高そうです。一方で、モタ300形の方は「大阪の国電」の資料でもモタ300形の項目の中に「2個モーター化」の記述があるので、RP87-12号P25,26の写真のような「普通列車専用車」として2個モーター車の運用が分離された可能性はあると思います。
 

片台車T化か片軸T化か

 投稿者:すぎたま  投稿日:2020年 1月 3日(金)10時39分20秒
返信・引用 編集済
  浅川さん、原口さん、みなさんこんにちは。

モーター撤去をどのようにするかによって、回路の組み方が違うのではないかと考えました。
つまり、
●●  ●●のM車を、
●●  ○○にするか(片台車モーター撤去)
○●  ●○にするか(片軸モーター撤去)では、
まるで意味が違うことになりそうです。
浅川さんがご説明の方法は、片台車モーター撤去であり、したがって単純に半ユニット状態になったということでしょうが、原口さんご紹介の600V化降圧改造の車輌は、片軸モーター撤去ではないのでしょうか。
片台車モーター撤去であれば、車輌としてのけん引力は半分(実際は走行抵抗などにも影響すると思うのできっちり半分ではない)になるものの、所定の電圧がかけられるので、その台車分では最高速が出せますよね。
しかし、片軸モーター撤去とすると、かけられる電圧は750Vまでになりますから、直列段までしか制御器(及びマスコン)を動かせられない理屈になります。この場合でも理屈の上では抵抗が抜ければ、やがて最高速になるでしょうが、実際には相当な時間がかかるのではないかと思えます。電流量との兼ね合いも心配かも…。
戦後の一時期、「シリース運転」と称して、ノッチを直列までしか入れないで運転したのは、片軸モーター撤去車があったからというか、直列までしか入れないのだから、片軸モーター撤去をしてもよい、としたからではないかと考えるわけです。

※クモハ103-62の故障時は、直列段が終わって、直並列に切り替わろうとすると、床下の断流器が作動し、制御器のノッチが戻ってしまい、再度直列段に入るため、そこから先に加速出来なくなる現象でした。

ここでは阪和線の例になっているわけですが、片軸か片台車かについては、着目してみる必要があるのではないかと思う次第です。

http://princesscomet.net/

 

2個モーター化によるノッチ数減少の影響

 投稿者:原口 悟  投稿日:2020年 1月 3日(金)09時26分7秒
返信・引用 編集済
  浅川さん、すぎたまさん、皆さんおはようございます

浅川さんの「2個モーターでは、端子電圧は定格のフル電圧がかかるが、制御段数が半分になる」との話を伺って、すぎたまさんの話のように、「最高速度は変わらないが、加速に時間がかかるのでは」と私も思いました。
 マニュアルトランスミッションの車の「1~4速」が、間引きされて1,3速、2,4速だけになるのと同じと考え、速度が上がるまでに低いギア比を長く使わなければならないため、加速に時間がかかる、と考えました。ギア比が加速の違いに現れた例として、カーレースの「F1」の過去のレースで、以下の記述がありました。

 1991年発行の文春文庫ビジュアル文庫「激走!F1 歴史に残る30の名レース」中、「1967年イタリアGP(1967年9月10日)」は、「第1期ホンダF1」と呼ばれる、1960年代のホンダF1の期間で、エンジンの排気量が3リットルになってから(1966年から)の最初の優勝として記録されるレースなのですが、そのゴールの様子が次のように記述されています。

 ブラバム(「ブラバムBT24・レプコ」に乗る、ジャック・ブラバム)よりずっと重いホンダを駆るサーティース(ドライバーのジョン・サーティース)は、5速へのシフトアップのタイムロスを惜しんで、4速のままオーバーレブ覚悟でスロットルを全開にし、チェッカー・フラッグの待ち受けるゴールに突進した。一方ブラバムは素早く5速に入れて全開でサーティースを追った。加速は明らかにブラバムの方が勝っており、2台の差はみるみる縮まっていった。

 低いギアの段数で引っ張ると、加速に時間がかかることがわかる例で、電車でも、加速を上げるために、103系でも、「超多段制御器」が開発(910番台)されているので、逆に段数が半分になると、車と同様に低い段数で引っ張らなければならず、加速に時間がかかると思いました。「大阪の国電」で記述されている、阪和電鉄の「直急」も、雄ノ山峠を越えるための速度を出すまでの時間がかかり、「加速のための停車駅の間引き」が必要になったのかも、と思いました。

「大阪の国電」から、阪和社形の記事をさらに見ると、モタ3000形3004は、国鉄買収後に電動車化されましたが、買収直前の事故でモタ313が廃車になっており、このモーターを転用したものである可能性が指摘されています(P63)。この事故(昭和19年6月27日の山中渓)は、「ボディが折れて廃車、解体された」とあります。阪和社形と同じ設計の新京阪P-6が、最後まで2扉で残った理由として、RM Library 110「阪急P-6」に「P-6の魚腹式台枠は構造上長手方向には強いが、横方向には弱いとされ、それ故か他車を含めて2扉車が3扉化される中にあって、形態を大きく変えなかったことが特記されよう」とあり、山中渓事故で車体が変形するほどになったのは、この弱点が露呈したものかもしれません。
 クテ700形は、「半室荷物車」ですが、「扱量が少なく、阪和時代から急行仕業の時荷物室に補助イスを入れてサロンの気分を出すなど実質上クタ(クハ)で使用された(P63~64)」とありました。

「鉄道線路略図」に見る阪和電鉄
 余談として、「意外なところで阪和電鉄を見た」話をしたいと思います。
 9月の山口への出張時に「SLやまぐち号」に乗ったことを報告しましたが、オハ35系客車の車内の「鉄道路線略図」が戦前のものの復刻でした。国鉄時代の優等列車用車両には、よく「国鉄の路線図」が掲示されており、手っ取り早いところでは「鉄道博物館」の車両で見ることができますが、「SLやまぐち号」のものは、写真のように戦前のものの復刻です。写真下は、あまり良い写真ではありませんが、、近畿圏の拡大図で、阪和線が「私鉄」になっています。左上に見える現在の加古川線も「播丹鉄道」という私鉄で、私鉄の表示になっています。
 

(無題)

 投稿者:浅川隆雄  投稿日:2020年 1月 2日(木)20時35分12秒
返信・引用
  すぎたまさま、
旧型の4個モーター車(1500Vの場合)はモーターの定格電圧が架線電圧の半分で、2個永久直列になっています。これを直列段では2群(4個)直列、並列段では2群並列(2S2P)とします。このうちの1群を解放(撤去)した場合、制御器は直列段でもモーターは定格電圧がかかりますから、抵抗が抜けた時は4個モーターの並列最終段と同じです。ただし、モーターは半減ですから1両あたりの牽引力は半分になります。105系は103系の半ユニットカットと同じ状態で、起動時のショック軽減などのため、抵抗値は変更されていると思います。
実例をあげると、西武鉄道2000系の4連は3M1Tで、クハと組む電動車は電気的に半ユニット、旧型でいう2M解放の状態です。乗って見ればノッチ数が少ないのがわかりますが、ちゃんと足並みは揃っています。東急8000系の3M2T、京王6000系の5M3Tも同様でした。
 

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