teacup. [ 掲示板 ] [ 掲示板作成 ] [ 有料掲示板 ] [ ブログ ]

 <思いやりのあるコミュニティ宣言>
 teacup.掲示板は、皆様の権利を守りながら、思いやり、温かみのあるコミュニティづくりを応援します。
 いつもご協力いただきありがとうございます。

 投稿者
  題名
  内容 入力補助画像・ファイル<IMG> youtubeの<IFRAME>タグが利用可能です。(詳細)
    
 URL
[ ケータイで使う ] [ BBSティッカー ] [ 書込み通知 ]

スレッド一覧

  1. www(6)
  2. 全力全開(0)
  3. 全力全開(0)
スレッド一覧(全3)  他のスレッドを探す 

*掲示板をお持ちでない方へ、まずは掲示板を作成しましょう。無料掲示板作成


更新修繕のタイミング?

 投稿者:原口 悟  投稿日:2021年 6月19日(土)10時53分56秒
返信・引用
  新参者さん、皆さんおはようございます

 少し前にお話のあった房総急行165系の地下対応見送りは、房総の165系が185系の中でも末期の車で、昭和47年時点でも新製から数年くらいだったので、大規模に手を加えるのを見送ったからではないか、と考えてみました。東京地下駅完成と、これに伴う房総方面の優等列車の運行計画がいつ定まったか(183系の製造予算認可とも関係?)は情報が無いのですが、「急行は両国、特急は東京」と住み分ける計画があって、房総急行電車化では在来構造での新製の方針になったかもしれません。
 一方で、先日話題にさせていただいた「更新修繕の機会」は、武蔵野線の101系1000番台が該当するかもしれません。武蔵野線の電車運転の計画時は、72系アコモ改造車の計画もあったことを話題にさせていただきましたが、101系1000番台は、101系の中でも車齢の高い車から種車を集めたため、101系置き換えの過程で、「車齢の高い車が集まる結果になった」という記述を見たことがあります。昭和50年基準で、101系量産車の一番古い車は車齢が17年になり、大規模修繕の機会にもなるので、「武蔵野線開業」という大プロジェクトに合わせて、A-A基準対応の「101系の大規模修繕」を行なったと考えてみました。

サロ165等の下降窓ですが、少し前にこの場で「下降窓は、窓収納部の水抜き穴の保守等、こまごまとした保守が必要」との話がありました。現在の冷房の水抜きの水垢のつまりと同様に、水垢の沈澱が著しいと思われるので、「水抜き穴の詰まり」に現場では苦しめられたのではないかと思います。
また、昭和30年代から40年代は「酸性雨」の環境問題が深刻だった時期に相当します。新幹線関係の記事で見たことがあるのですが、新幹線開業からしばらくたったころに「レールの絶縁不良」が頻発し、レールにいろいろと水を吹きかけて現象を再現する実験を行ってもどうしても再現できなかった、という話があり、当時は酸性雨が表面化した頃で、工業のばい煙の規制が起こる前(硫黄酸化物規制のための「硫黄の回収」が義務化されたのは確か1968年)だったので、現在(記事の執筆時で1990年代)よりずっと酸性雨が多かった影響ではないか、としていました。サロ165のユニット窓化は首都圏が活発で、他の地区では珍しかったことや、キロ28のユニット窓化は関西で多かったことは、当時の重化学工業地域の分布とも関係しているかもしれません。
 
 

ありがとうございます

 投稿者:新参者  投稿日:2021年 6月17日(木)00時27分37秒
返信・引用
  原口様

いつもの変な疑問に対して、よくぞ調査していただきまして感謝の言葉もありません。

JR化以降に、165系がキーストンプレーの補修そこから上を全金更新、455系、58系が木根太
の金属化とそれより上を全金更新ということですね。

国鉄時代の特保ではそこまで行っていない(当時の財政状況を考えれば納得ですが・・)。
とすれば、地下サロ改造の結果から1972年度の485,489では木材追放はされていないと
考えてよさそうですね。

気になるのは、直流型の腐食(サロ窓含む)度合いが、交直流型のそれと比べて進んで
いるように思えるのですが。車齢も被っているのが多数いるし、電蝕かなぁ・・。
使用線区の降水量や塩害?
 

特別保全工事と車両更新工事の床構造に関するメニュー

 投稿者:原口 悟  投稿日:2021年 6月13日(日)23時16分52秒
返信・引用 編集済
  すぎたまさん、新参者さん、皆さんこんばんは

車輌の床の構造について、「大規模に手を加える機会」は、「車両の整備に関係する大規模なプロジェクトの実施の時」ではないか、と思い、新性能車では最初の機会と思われる、「特別保全工事」と、JRになってからの「延命工事」または「更新工事」の、床に関する工事内容を調べてみました。車両は、「急行型」に注目し、165系(RP94-3号)、455系(RP96-4号)、キハ58系(RP00-6号)での記述を見てみました。

 特別保全工事の床に関するメニューは、キハ58系で、「床鋼板(出入口部)補修」「全面塗床施工(ただし、キハ27、キハ56形式は耐水ベニヤへの交換)」とあります。キハ58系の場合、新製時の普通車の床敷物は「ネオプラスリウム」、グリーン車は「リノリウム」、北海道用は「床鋼板の上に木根太を置いて木板張り、キロ26形のみ、客室は合板の床にリノリウム張り」と記述されており、北海道用以外の車は共通で、「在来の床敷物を撤去して、床材を塗布」、北海道用は「短冊の木板を撤去して、耐水ベニヤを改めて敷き詰め」だったと考えられます。このため、北海道用の車は、先日紹介の小樽の保存車のような「短冊張りの床」からかなり印象が変わったと思われます。

 特別保全工事では「木根太」に関する記述は無かったのですが、JR東日本の更新工事では、165系では「床は床鋼板の補修を行い、耐水ベニヤをやめ、金属化を図り、床仕上げ材の貼り替えを行った」、455系では「床材の更新(木根太は金属化)」、キハ58系では「床材を金属製に更新し、床敷物を変更(RP00-7号)」とあり、「金属製への変更」の記述が共通で、「木根太の金属化」の記述もありました。このため、木根太まで交換するような工事は特別保全工事では行われず、更新工事になってから手が付けられた、と解釈できます。
 

RE:14系は

 投稿者:新参者  投稿日:2021年 5月21日(金)23時23分50秒
返信・引用
  すぎたま様 こんばんは。

12系、14系とも木材追放は北陸トンネル火災以降なんですね。
寝台車は大改造したのだろうか・・。
全検の時に寝台部を含めて総バラシするので、
その機会を使って不燃化したのだろうか?
サロ110-1000、165系(ATC化があるにせよ)の不燃化が
不活発なので、スハネフ14のみ不燃化だったのかなぁ。

1972年度の485,489系は年明け(1973)以降は
全金化されてるかもしれませんが、サロ481、489
のうちサロ110地下型に改造されたのは、1973年度
以降ばかりなので、1972年度は木材追放が全車に
及んでないのか全く追放されていないのか、
意図的に避けた様に思えます。
 

14系は

 投稿者:すぎたま  投稿日:2021年 5月21日(金)05時48分39秒
返信・引用
  新参者さんおはようございます。

14系客車については、寝台車は落成時は全車木根太、座席車は1973年落成車から金属床になっているようです。
北陸トンネル事故を経て、当然寝台車は全車不燃化改造をしたと思われますが、床をはがして工事したのかなどは資料がなくてわかりませんね。
座席車の遡及改造をしたのかについてもわかりません。しかし、定期運用を持っていたのは寝台車でしたから、座席車で改造されたのは北海道転用車や、ジョイフルトレイン改造車などだけかもしれませんね。

http://princesscomet.net/

 

(無題)

 投稿者:1884  投稿日:2021年 5月17日(月)21時49分26秒
返信・引用
  自由人同盟 埼玉1884 参上
 

二重床

 投稿者:新参者  投稿日:2021年 5月16日(日)23時53分40秒
返信・引用
  お久しぶりです。皆様。

急行、特急系に採用されている二重床ですが、
キーストンプレート→根太(木材)→耐水ベニヤ→樹脂(リノリウム?)
で軽量客車以降使用されていますが、
A-A'基準の183系は、この辺の可燃物が排除されているはずです。
サロ110の1000番台化改造が中途半端に終わり1200番台の増備に
走ったのもこの辺の不燃化改造が関係してるのではないかと
思います(資料を見たことがありませんが)。
房総急行で165系の地下対応放棄も多分に・・。

ならば、1971年度予算の457系、485系、489系は可燃床ではないかと。
14系客車?
183系の客車版ですし、その後の改造、使用でも床の全取り換え等は
無かったようなので、不燃化されているのでは・・。
12系はどうなんだろう?
キハ65・・。

以前お話しした711系も二重床で北陸トンネル火災以前に製造された分は
可燃床です(モハは例のレール並行根太)。
時期的に微妙なのが1972年度予算の485系、489系の所謂200番で、
183系のフィードバックが床まで及んでいるのかどうか・・。

少量の使用では103系の貫通路スロープに1972年度の非冷房車までは
木材があったような気がしますが、1973年度冷房車は憶えていません。
1974年度のA-A'基準化以降は木材ありません。
1973年度以前でも、1000番台、1200番台は金属化されています。
近郊型は113-1000が先行して不燃化していますが、
冷房化以前は101系と同じコルク→樹脂ですので、
国鉄量産型全金車は301系ということになるのか?
あれ?、0系・・。

長々と駄文失礼しました。
 

北海道用車両の「二重窓」の材質

 投稿者:原口 悟  投稿日:2021年 5月11日(火)01時25分45秒
返信・引用
  皆さんこんばんは

「鉄道車両への木材の使用」の例として、北海道用車両の床板を先日取り上げましたが、北海道用車両ではもう1つ、「二重間窓の内窓の枠」も木材が遅くまで使われていました。
 写真上は2018年9月に小樽の鉄道記念館を訪問した時に撮影した、キハ56 23の窓で、内窓を上昇させた夏仕様、中央は、キロ26 107で、内窓を下降させた冬仕様になっていました。この「内窓の枠」が木製であることがRP誌のキハ58系特集で記述されていました。写真でも、木材をはめ込んで窓枠にした「分割線」が見えます。手宮の保存車はモデルチェンジ前の車ですが、木製の内窓枠はモデルチェンジ車にも継承されているかも知れません。
 写真下は2011年10月の旭川への出張時のモハ711-107で、10月1日の時点で既に内窓は下ろされていましたが、少し上げてみたものを撮影したものです。窓枠は、キハ56、キロ26とは異なり、全体が一体となった1枚もので、アルミの一体プレスもののようです。
 

北海道用車両の床板(その3)キハ40形

 投稿者:原口 悟  投稿日:2021年 5月 9日(日)03時08分37秒
返信・引用 編集済
  キハ40形は、2018年の出張時に、苫小牧から室蘭へ行った時に乗ったのですが、この時の写真が上(キハ40 1703、9月10日、室蘭駅)です。床板はすでに木製ではなくなっており、ビニール敷きであることが改めて確認できました。

現在は、苫小牧―室蘭間の普通列車は全て気動車になっているのですが、2011年の出張時はまだこの区間の711系電車の運用がありました。写真中央は、2011年の出張時、行きに「北斗星」を使って、東室蘭駅に到着した時に撮影したクハ711-114です。2011年度末の改正でこの区間の711系の運用が無くなったので、この区間で特急用以外の電車を見ることのできた最後の機会になりました。
写真下はこの時の出張で見た、711系の原色復元編成(10月2日、旭川駅で撮影)です。

改めて、「従来の車輌製作技術の延長で、木材を大々的に使った新製車両」を考えると、クモハ73503さんよりの情報から、キハ56,27形のモデルチェンジ車(1967年度本予算)より前の車(昭和41年度第1次債務)となり、キハ27 125~129、キハ56 138~151が該当車になります。なお、RP誌のキハ58系特集(87-4号、00-5,6号)では、昭和42年度本予算での設計変更で木製床からの切り替えの記述がありませんでした。また、「バス窓」について、キハ10系は、上昇窓の枠は木製で、キハ20系になってアルミサッシに切り替わったことが確認できました。
 

北海道用車両の床板(その2)キハユニ25, 711系

 投稿者:原口 悟  投稿日:2021年 5月 9日(日)02時50分2秒
返信・引用
  小樽では、キハユニ25 1(1958年帝車)も見ましたが、この車は床敷物が本州以南の車と同じビニール敷物です(写真上)。床板を木製としたのは「キハ22から」で、それ以前の製造のキハユニ25 1~6およびキハ21形は本州以南の車と同じです。

711系は、2011年の旭川への出張時に札幌―旭川間で乗車しました。写真中央は2扉原型編成のモハ711-107(10月1日、滝川駅で撮影)、下は3扉改造編成のクハ711-215(10月4日、札幌駅で撮影)です。当時、711系は、1980年室蘭電化時の増備車だけになっていたのですが、床は、本州以南の車と同じ床敷物であることが確認できます。
 

レンタル掲示板
/302