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実は催促?

 投稿者:耕平ちゃん  投稿日:2007年 2月27日(火)23時16分47秒
  「ハトの遠隔操作に成功と、中国の科学者が主張」

>北京(ロイター) 中国・山東科技大学の研究者がハトの遠隔操作に成功したと、中国国営・新華社通信が27日、伝えた。ハトの脳に電極をつけ、飛んでいるハトの方向転換を遠隔で操作できると主張している。

http://www.cnn.co.jp/science/CNN200702270019.html


ちょっとうさんくさい気もするけど。
本当なら興味深い話です。


・・・あと、これも。

「温暖化で南極の氷が溶解、未知の生物が多数見つかる」

>ワシントン──地球温暖化の影響により南極大陸を覆っていた棚氷が溶解した結果、氷の下に生存している多くの生物が新たに見つかった。ベルギー国際極地財団の研究チームが25日、報告した。新種と見られる生き物も見つかったという。

http://www.cnn.co.jp/science/CNN200702270028.html

面白い発見があるかな。
 
 

遅レス

 投稿者:yuimorメール  投稿日:2006年11月10日(金)17時50分24秒
  >耕平ちゃん

面白いネタをありがとうございます。
自分の中では何かを書こう、形にしようという意欲はうねうねと渦巻いてはいるのですが、仕事が忙しくて。もう少し時間がかかりますが、「シンクロンMAX」か、新作に着手したいと思います。

>トーマさん

息子さんのお誕生日、おめでとうございます。

さそり座仲間だ!

http://blog.goo.ne.jp/yuimor/

 

誕生日おめでとうございます

 投稿者:トーマ  投稿日:2006年10月29日(日)00時09分54秒
  といっても1日遅れで申し訳ありません…汁

なんだかんだと本日は私の息子の誕生日であったのですが
それすら半ば忘れておりました
 

もしそうなら地球は滅亡の・・・

 投稿者:耕平ちゃん  投稿日:2006年10月11日(水)01時34分1秒
  GoogleEarthで確認できるほどの巨大生物が発見されましたよ。

地球外生物?GoogleEarthで全長50メートルの虫が見つかる
http://www.technobahn.com/cgi-bin/news/read2?f=200610021516


ついにやつらの侵攻が始まった?
・・・急げMAX!!
 

こちらの更新は滞っておりますが

 投稿者:yuimorメール  投稿日:2006年 9月18日(月)10時15分8秒
  おかげさまで

 yuimor ならびに ゆいもあ の検索エンジンでのヒット率は 大変によくなっております。

 これも皆さんのお陰です。

 こちらのおサボり分は「ゆいもあ亭【非】日常」に注いでいる次第。

 そちらにもご訪問ください!

http://blog.goo.ne.jp/yuimor/

 

スーパーサイズに限らず

 投稿者:yuimorメール  投稿日:2006年 6月 3日(土)06時33分0秒
編集済
  カップ麺まで実践したのですね。

おそろしい(っというか、3食みんな○○というのが堪えられないね、きっと)。

健康によいかどうかは、置いておいて。

精神状態に影響しそう……。

情報ありがとう>耕平ちゃん

それにgooの方も読んでくださってありがとう。Blogの方もかなり「変」な作品扱ってますのでよろしく!
 

こっちのほうが見やすいので

 投稿者:耕平ちゃん  投稿日:2006年 6月 1日(木)01時46分41秒
  >「スーパー・サイズ・ミー」を見た。

・・・と言う人がいると、つい紹介したくなるサイトがココ。

30日間マクドナルド生活
http://keiziweb.com/kikaku/maclife/maclife01.html

いつのまにか本にもなってるらしい(;^_^A。

いろんな情報というのは必要ですな。
 

祝7777番

 投稿者:yuimorメール  投稿日:2006年 5月27日(土)11時15分18秒
  >耕平ちゃん

あれあれ。7777番踏まれましたか。

最近サボっているからなぁ、ここ。

惰性で更新できてしまうgooとそのブログはなんとか手をつけているのですが、相変わらずリアルが忙しくて……。

今日も今日とて「卒業生父母の会」が開かれるので、その準備にも追われております。
 

じつは

 投稿者:耕平ちゃん  投稿日:2006年 5月27日(土)05時11分15秒
  こちらの7777番も踏んでいたりする。  

>あめんさん

 投稿者:たるP  投稿日:2006年 5月18日(木)14時18分24秒
  ははぁ、なるほどぉー(字面にすると非常にマヌケですが、決して棒読みなわけではなく、感嘆していると思ってください)。
ワタシの狭い読書範囲ではそういう、恣意的に一般的用法とは異なった言葉使いをする(可能性がある)、というのは想像がおよびませんでしたね。
たしかに作品世界は作家の責任において作り出すわけですから、(表現方法も含めて)ある意味自由に構築してかまわないわけですもんね。
それはそれ、これはこれ、ということですね。ありがとうございました。

 実はワタシ、筒井康隆さんの作品を読んだことがなかったのですが、いい機会なので読んでみようかと思います。
本当にありがとうございました。

http://blogs.yahoo.co.jp/talu34r/MYBLOG/yblog.html

 

とりあえず、たるPさんへ

 投稿者:あめんほてっぷ  投稿日:2006年 5月17日(水)16時28分24秒
   たるPさん、見てくれてるかな?

> ワタシがよくわからないのは、ワタシのように発信されたものを受け止めるだけ、で、気が向いたら勝手な感想書くだけの者とは異なり、物書き(作家)さんなわけですよね。
> 議論なんかより創作が大事、これはわかりますよ。でも議論の内容は言葉についてですよ?
> 作家というのは言葉を紡いで物語を創造していくのだと思っているんですが、その作家が「あなたの言葉遣い、間違ってませんか?」と言われてもなんとも思わないものなのでしょうか。

 一般論で言えば、「小説では」どんな非論理的でもいいし、一般的用法と異なった言葉の使い方をしてもかまわないわけですよね。芸術的前衛を持ち出すまでもなく、作家というのは「言葉の新しい使い方」も含めてコトバを創造する存在ですから。
 もし作家が議論するとすれば、それは小説家そのものとしてやっているのではなく、言ってみれば「小説家である自分を代理して、論客である自分が議論する」ということなんです。
 筒井さんが「やつあたり文化論」「虚航船団の逆襲」を書いてみたり、「笑犬楼の逆襲」を書いたりするのはまさにそういう事でやっているわけです。
 「代理」論客である筒井さんは、あくまで「論客」なのですから一般的議論のルールに従う義務があります(ついでに言えば、筒井さんの議論は大変実際的で面白く読めますし、理解しやすい)。
 他人を論理的に説得しようとする文章の中で「まずコンパスが登場する。彼は気がくるっていた」なんてやっていたらとても説得なんか出来ません(笑)。

> ワタシの感覚では由々しき問題だと思うんですよ。作品の意図が読者に伝わらない可能性があるわけですから。

 繰り返しになりますが、作品を書く上ではどれだけ恣意的なコトバの使い方をしてもかまいません。評価されるかされないかは作品の出来映え次第ですから。もし意図が伝わらなかったとすれば、それは作家がヘボだったというだけの事です。もちろんコトバの使い方も含めて、「上手くやれなかった」ということですね。

 そこで、今回の問題に戻りますが、今述べてきたような意味では丈さんは「作家を代理する論客」にはなり得ていませんでした。私の見るところ、意見が衝突しそうな議論をするときに限っても、丈さんには他人を説得する技術や熱意に些か欠けるところがあると思います。議論でも他人を愉しませる、筒井さんや身近で言えばカナメさんのような、エンターテイナー論客としての才能は皆無かと(ゴメンネ)。
 一方、小説家としての丈さんはまた別です。私は小説家としての丈さんを評価する資格がありません(読んでいない作品が多いですし、私が評価することは丈さんの為にはならない気がする)から、BBSの書き込みなどから推定するしかないわけですが、才能はあるのだろうと思います。小説書きにそのリソースを振り向けるのは生活の時間の許す限り大いにおやりになったらよろしいし、それが丈さんの為になると思います。
 ただし、議論はやらぬほうが賢明です。議論の相手方はたるPさんのような気分を味わうことになるでしょうし、何より丈さん本人が乗り気ではないでしょうから。乗り気じゃない議論を誘発するような感想はあまり書かぬ方が、と私からは丈さんにお勧めしたいと思います。

 あ、そうそう「乗り気じゃない議論を誘発するような感想」というのは、「主観だよ主観。何が悪い」(「朝のガスパール」)的感想ということですね(笑)<あ、まとまった<どこがだよ
 

まるで大学の単位論文みたい。

 投稿者:yuimorメール  投稿日:2006年 5月11日(木)21時36分32秒
  「メモ」を書き足し、太らせました。

原稿用紙換算で5枚を越えたところ。

大学の、2年次の「日本文学演習(近代)」の、前期課題を思い出しました。

課題作品が「破戒」で、「社会小説か告白小説か」を論ずるのでした。

規定枚数が「5枚」だったんだ。

で、あのとき自分で「発見」したのでした、視点の問題を。

わたしの結論は「告白小説」。

三人称の小説であるが、情景描写も主人公の心象に密接であるゆえに……、と。

後期の課題は20枚だったな。

担当は民俗学の野村純一先生。

まだ、助教授でいらっしゃったころです。(翌年には教授に)。
 

正しくは、これもきちんと収まるところに収まっていない。

 投稿者:yuimorメール  投稿日:2006年 5月10日(水)22時24分18秒
  だから、正確にはこんな内容を含む、かなり長い論を立ててみたいということ。

しかも「仕事」と、自分の感性を養う、読書やらなんやら、さらに、仕事の一環、人づき合いなどの合間に、なんとか向こう一週間ほどで書いてみたいと思う。
 

言語と言語芸術、主観と客観、論述と対話、主観と独白……長大な論となりそうです。

 投稿者:yuimorメール  投稿日:2006年 5月10日(水)22時19分43秒
  ものを書くという作業は、基本的に孤独な作業である。もちろん、「小説」を書く、その書き方もさまざまにあるが、ここではそれを論じない。というよりも、「さまざまな小説」に触れ、それに見倣おうとする、それを繰り返すしか、それを身に着ける方法はない。つまりは、独創的な自己を盲信するあまり、「模倣していては独創がない」と思い込んだり、主張したりするのは間違いである。見倣う作品などないと慢心しないまでも、「こんな作り方をしてはいけない」と批判しなければならないような、志の低い作品ばかりを読んでいたり、あるいは自己と「流儀」が違うからといって、充分に計算されて描破されている作品をそれと気付かない鈍い感性で接しているようではだめだ。主観描写(心象描写・内省的描写)かくあれ、と学びつつ、客観描写(情景描写)と見えるものが実は人物の心象を見事に映すなどというその見事な多層描写に感心する、そういう体験を重ねることが大切なのだ。

さて「論文」や「評論」というものが、「議論」や「論争」と同様に、「論」であるからといって、「孤独な作業」を本来とするということを忘れてはいけない。そういう意味では「文学的文章」である「小説」と、「論理的文章」である「論文」は、文字という記号の特質に依拠する「作品」であるという意味では(すなわち言い換えると本質において「個人」の「著作」であるという点では)間違いなく「書く」という作業に付き纏う、「その折」「目前」に「伝達相手」がいないという特質に従って書き進めなければならない。

すなわち「客観の確立」を目指すことである。無論、ここに大きな矛盾がある。「孤独な作業」の根幹には決定的な「主観」があるという点である。だからこそ常に「客観」を想定する必要があるのである。

……この調子で、かなり長い「論」になりそうです。続きをお待ちください。
 

あ、腰痛仲間だ(笑)

 投稿者:たるP  投稿日:2006年 5月10日(水)20時40分8秒
  奇遇ですね。
ワタシも最近、腰を痛めました。
辛いですよね。お大事に>あめんさん。
 

本日はギブ

 投稿者:あめんほてっぷ  投稿日:2006年 5月10日(水)19時41分56秒
  休日でしたが、諸手続に忙しく&腰痛で午後は再起不能的に寝ていたので本日はギブアップです。ところで共謀罪の審議はどうなっておるんだろう。  

時間を見つけてまとまったかたちで

 投稿者:yuimorメール  投稿日:2006年 5月 8日(月)22時04分30秒
  仕事(「学校案内」の最終校正)一気に大詰め。

終わり次第、きちんと考えをまとめたいとおもっています。

ちょっと、待ってね。
 

あめんほてっぷ

 投稿者:あめんほてっぷ  投稿日:2006年 5月 8日(月)21時50分25秒
  >たるPさん

仕事始めたばかりで忙しいにもかかわらず、ちょっと毒がたまってきたので(^-^;)また水曜日にゆっくり考えて書きます。
 

くどいですけど…

 投稿者:たるP  投稿日:2006年 5月 7日(日)18時16分1秒
  ワタシがよくわからないのは、ワタシのように発信されたものを受け止めるだけ、で、気が向いたら勝手な感想書くだけの者とは異なり、物書き(作家)さんなわけですよね。
議論なんかより創作が大事、これはわかりますよ。でも議論の内容は言葉についてですよ?
作家というのは言葉を紡いで物語を創造していくのだと思っているんですが、その作家が「あなたの言葉遣い、間違ってませんか?」と言われてもなんとも思わないものなのでしょうか。
ワタシの感覚では由々しき問題だと思うんですよ。作品の意図が読者に伝わらない可能性があるわけですから。例えば辞書にはこう書いてあるから、私が正しいという回答でもいいと思うんですけどね。不特定多数の読者に向けての場合、オレ様定義の言葉を使用するよりも最大公約数的に使用される意味を是としたほうがよいと思うんですけど、どうなのでしょうか。
まあ、感じ方は人それぞれだ、と言ってしまえばそうなのかもしれませんが、例えば、同じように小説をお書きになっていらっしゃるyuimorさんはいかがですか。
単にあまりにもレベルの低い内容なので適当にあしらわれているんでしょうかね。
 

折れ曲がった主軸

 投稿者:たるP  投稿日:2006年 5月 7日(日)18時03分44秒
  あめんさん、お心遣いありがとうございます(感涙)。

さて、折れ曲がった主軸ですが、やはりここで折れ曲がった気がします。

>>たるpさん
>>ワタシは、自分の趣向に合わないことと、作品の良し悪しとは別のことだと思うのです。
> これはおっしゃってる意味がよくわかりません。
(以下、「ハチ公物語」のエピソード)

> 作品の良し悪しってなんですか? 視聴率が高い番組が良い番組ですか? それとも役者がその番組を契機に売れ、話題性充分なら良い作品? (以下略)

「良し悪し」の捉え方でつまづいたように感じます。でもこれは「思い込み」の部分だと思うんですよ。だって誰もそんなこと言っておらず、自分で言い出してるわけですから。
ワタシも

>ワタシも別に売れてる、受けてる作品が「良い作品」だと言うつもりはなく、

と否定しています。
他の方々はちゃんとワタシの意図を汲み取れているように受け止めてるんですけど。
yuimorさんの「ネクサス」という連環は、「良い作品」であり、かつわたしにはとても「面白かった」とわざわざ「」でくくった表現。
カナメさんの「好き嫌いを超えた客観的評価」コメント。
あめんさんからの「自己の好みと普遍性の有無との混同」についてコメント。

これらに反応せず、カナメさん「議論すべし」に反応「好みが違うから議論にならない」とまた捻じ曲がるわけです。
(すみませんねぇ、くどくて)
 

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