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Re: 南池袋に京急800が!?

 投稿者:井土ヶ谷  投稿日:2017年 8月17日(木)02時42分22秒
返信・引用
  > No.3711[元記事へ]

佐川飛脚伝説さん 、さにーさん、大野目 五十鈴さんへのお返事です。

アドレスは以下の通りです。

http://www.youtube.com/watch?v=-Un5xhrtDdQ

 
 

Re: 南池袋に京急800が!?

 投稿者:佐川飛脚伝説  投稿日:2017年 8月16日(水)08時49分10秒
返信・引用
  さにーさん、大野目 五十鈴さんへのお返事です。
>
> Youtubeに外から撮影したものがあがってましたよ。

その画像を拝見しました。アドレスはこちらです。

http://m.youtube.com/#/watch?v=-Un5xhrtDdQ

この800形はデハ812-6で、823編成のような旧塗装に戻されています。西武新2000系はクハ2098、東急7700系はデハ7702(元デハ7046)で、後者は製造間もない1966年に田園都市線溝の口駅ー長津田駅間開業の祝賀電車として使われた車両です。
 

Re: 南池袋に京急800が!?

 投稿者:さにー  投稿日:2017年 8月15日(火)05時35分43秒
返信・引用
  大野目 五十鈴さんへのお返事です。

Youtubeに外から撮影したものがあがってましたよ。
 

すみません…

 投稿者:佐川飛脚伝説  投稿日:2017年 8月14日(月)22時10分17秒
返信・引用
  井土ヶ谷さんへのお返事です。

> 記事編集すれば良かったのに、なぜしなかったんですか?
>
> 掲示板の一番下に、編集・削除が出来るとあるのに......。

何かの手違いで投稿していました。お騒がせしてすみませんでした。2つ目の投稿は削除しました。
 

南池袋に京急800が!?

 投稿者:大野目 五十鈴  投稿日:2017年 8月14日(月)18時50分27秒
返信・引用 編集済
  6月ごろから話題になっていましたが、南池袋2丁目に完成した14階建てのオフィスビル
藤久(とうきゅう)ビル東5号館の、外から見える1階に西武2000と京急800(812
-6)が、さらに中には東急7700(旧7000)があるという情報を得ていたので、どう
いう形であるのかな?とオープンした翌日の8月11日(祝)に現地へ行き、同時にオープン
した丸善池袋店として文具やカフェを中心とした店舗の中に、京急800を先頭部分だけを
カットした形(運転台と背後の仕切戸と窓)で展示してありました。
その横に西武2000があり、中にあった東急7700は全面しか見られませんでした。
この展示車をもの珍しそうに撮影している人がいました。

この建物のオーナーが鉄道趣味関連の出版社に勤務していたらしく、車両の展示はこうした
影響もあるようです。
ビルの建設計画にあわせて、3年前から私鉄で廃車になった車両を探していたところ、西武
・東急・京急が候補に挙がり交渉していたとか。
ビルの広さから1両まるごとの展示はできないとしても、先頭の「顔」の部分だけカットし
て展示することを各社とも引き受けてくれたようで、ビルのガラスをはめ込む前に各社同じ
日に工場からトレーラーで搬出して設置したようです。
現時点でまだ鉄道雑誌では発表されていませんが、みなさんももし南池袋へ行く機会があり
ましたら、一度ご覧になってはいかがでしょうか?
1階はカフェになっていますので、コーヒーを飲みながら車両を見るのも面白いかもしれま
せんね。
http://www.maruzenjunkudo.co.jp
 

Re: ミュージックトレイン号

 投稿者:井土ヶ谷  投稿日:2017年 8月10日(木)10時32分9秒
返信・引用
  > No.3706[元記事へ]

佐川飛脚伝説さんへのお返事です。

記事編集すれば良かったのに、なぜしなかったんですか?

掲示板の一番下に、編集・削除が出来るとあるのに......。
 

Re: ミュージックトレイン号

 投稿者:佐川飛脚伝説  投稿日:2017年 8月 9日(水)16時38分9秒
返信・引用
  元京急ファンさんへのお返事です。

> (1) 「マリンパーク号」
> 快特(当時は快速特急?)ではなく特急でした。
> 旧1000形が使用されていました。
>
> この前後に1本名無しの快速特急が三崎口行きで存在しました。
>
> (2) 三崎口~品川定期直通快特は、
>
> 上り、8:23・8:44・15:00頃 の3本
> 下り、記憶不明ですが、15:00頃の送りこみが品川発で存在したと思います。
> なお、8:23・8:44 の送り込みは、
> 当初久里浜発でしたが、後に堀ノ内発に変更になりました。
>
> なお、15:00 頃の便は、八景で先行の特急を追い越し、
> 最速で確か57分くらいで運転していました。
>
> こちらは、2000形が使用されていました。

600形登場や羽田駅開業からしばらくたって京急電鉄から発売されたビデオソフトを購入したことがあり、内容は当時の700形から600形までの現役の形式車両(当時は2100形がまだ未登場)の紹介と、品川から三崎口までの600形快特の前面展望です。前面展望の冒頭には品川駅の反転フラップ式案内表示器が登場し、「快特 三崎口 8両 マリンパーク号」との表示がありました。後に快特にも愛称が与えられ特急と合わせて2本が運転されていたといいます。マリンパーク号は羽田空港駅開業と同時に愛称名が廃止されており、当時のマリンパーク号は1500形と旧1000形にのみヘッドマークが掲出されていました。ただ、2000形や600形はヘッドマークステーがなく掲出できない状況でした。仮に愛称名が復活してもヘッドマークが掲出できるのは1500形しかなく、それ以外の形式は窓内から吸盤での掲出でしょうか。
 

Re: ミュージックトレイン号の運用

 投稿者:元京急ファンメール  投稿日:2017年 8月 9日(水)00時29分55秒
返信・引用 編集済
  > No.3702[元記事へ]

井土ヶ谷さんへのお返事です。


> また表示を見ると「貸切」とありますが、確かミュージックトレイン号って、有料という以外では停車駅は
> 普通の快特と変わらなかったし、貸切列車というイメージがないんですが、「貸切」だったんですね。それと

往路 号車指定で、乗車駅が品川~文庫の快特停車駅(京急蒲田は快特含め通過の時代)
一般客は乗車できませんでした。アイドルの興行?込みです。

復路 号車指定着席保証で、三浦海岸、三崎口、津久井浜で乗車可能、
今のウイング号と同様に中央か久里浜あたりから、
快特扱いで一般客乗車可能になっていたと思います。


> 運用に入る、まあこの逆も合ったと思いますが、海水浴時の京急ダイヤの構成からすれば十分あったのでは
> ないかと思います。それだけ京急の夏は暑かったんでしょう。

久里浜以南の最大運転本数(両数)は以下の状況でした。

0分 快特 品川~三崎口 主に2000形 8両
8分 特急 都営線内~三崎口 主に1000形 8両
10分 快特 品川~三浦海岸 主に700形4連×2本などかき集め編成
   かき集めの方は、6両の運転もあったかもしれません。

の20分間隔の繰り返しで、最大9本毎時が単線で運転されていました。
特急とかき集め快特は、久里浜以南続行運転で、
実質的には1本の列車の様に、待ち合わせ運転されていました。
質より量が優先されていました。

驚くべきは、こんな過酷な運転でも事故にならない事ですね。
 

Re: ミュージックトレイン号

 投稿者:元京急ファンメール  投稿日:2017年 8月 9日(水)00時05分3秒
返信・引用
  > No.3700[元記事へ]

佐川飛脚伝説さんへのお返事です。

> やがて京急の主流を羽田空港にとって代わられたのか1994年を最後に夏期ダイヤの設定はなくなり、三浦海岸フェスティバルも開かれなくなり、そして京急直営の海の家だった京急三浦ビーチセンターもなくなっています。現在は定期の快特が三崎口まで運転されるようになっていますが、当時の定期快特で三崎口まで行くのはマリンパーク号くらいでした。

私の記憶と違いますので、一応、書かせていただきます。
もしかすると、年代によって運用が異なるのかもしれません。
以下は、久里浜~三崎口 特急20分間隔の時代に、定期運用されていました。

(1) 「マリンパーク号」
快特(当時は快速特急?)ではなく特急でした。
旧1000形が使用されていました。

この前後に1本名無しの快速特急が三崎口行きで存在しました。

(2) 三崎口~品川定期直通快特は、

上り、8:23・8:44・15:00頃 の3本
下り、記憶不明ですが、15:00頃の送りこみが品川発で存在したと思います。
なお、8:23・8:44 の送り込みは、
当初久里浜発でしたが、後に堀ノ内発に変更になりました。

なお、15:00 頃の便は、八景で先行の特急を追い越し、
最速で確か57分くらいで運転していました。

こちらは、2000形が使用されていました。
 

ミュージックトレイン号の運用

 投稿者:井土ヶ谷  投稿日:2017年 8月 8日(火)20時34分51秒
返信・引用
  動画を見ていると、登場する車の不可思議な点に気づきます。品川発の列車でしかも三浦海岸行きならば
発車ホームは品川駅1番線のはずですが、動画では2番線からで、アイドル達が乗り込んだのが2番線なので
あたかも2番線から発車の印象がありますが、背後の1番線には整列待機している乗客がいるので、
アイドルを乗せた後、引上げ線に回送して転線後、1番線に入線、待ってた乗客を乗せるという事だったのでしょう。

また表示を見ると「貸切」とありますが、確かミュージックトレイン号って、有料という以外では停車駅は
普通の快特と変わらなかったし、貸切列車というイメージがないんですが、「貸切」だったんですね。それと
運番も「B」になっているので、察するに上りの通勤快特で運用後、折り返しでミュージックトレイン号に
入ったと思いますが、ただそうなると増結の4両はどこへ行ってしまったのでしょうか。前4両の連結だと
して、当時2000形は他形式と連結することはなかったし、これで分かる事は、前後に到着の2000形通勤快特
が品川始発の臨時快特に運用するため、増結車を切り離し後、8両は快特、4両は引上げ線に待機させ、
その後に到着した2000形12連を8両はミュージックトレイン号に4両は引上げ線に入線させ、先に到着の
4両と引上げ線内で連結、ミュージックトレイン号が発車後に、増結車同士の快特三浦海岸行きとして
運用に入る、まあこの逆も合ったと思いますが、海水浴時の京急ダイヤの構成からすれば十分あったのでは
ないかと思います。それだけ京急の夏は暑かったんでしょう。

そういえばあの頃は、横浜等主要駅では、改札口周辺で三浦海岸までの往復切符(硬券)の発売がされていて
駅員が拡声器を使って、発売を喚起してたし、正月もそんな感じでしたね。同じような白いテーブルを使って駅員
が立ったり座ったりして販売してました。動画は2分程度ですけど、短いながらこれだけの情報を読取る
ことが出来るのだから、動画も写真と並んですごいですね。
 

京急マーメイドトレイン

 投稿者:井土ヶ谷  投稿日:2017年 8月 8日(火)09時59分37秒
返信・引用 編集済
  マーメイドトレインの話があったので夕べに引き続き、動画をアップしときます。

http://www.youtube.com/watch?v=inexe9bu2U8

 

Re: ミュージックトレイン号

 投稿者:佐川飛脚伝説  投稿日:2017年 8月 8日(火)07時18分6秒
返信・引用
  井土ヶ谷さんへのお返事です。

> 湘南に比べて海水浴客が閑散としている昨今の三浦海岸ですが、バブル前後の頃は活況がありました。
> そんな時代を象徴するのが、ミュージックトレイン号な訳ですが、最近YouTubeを見ていたら
> そのミュージックトレイン号の動画を発見しました。

その動画は小生も確認しました。車両は現在リバイバルカラーとなっている2011編成で、当時は京急90年の特別カラーでした。
やがて京急の主流を羽田空港にとって代わられたのか1994年を最後に夏期ダイヤの設定はなくなり、三浦海岸フェスティバルも開かれなくなり、そして京急直営の海の家だった京急三浦ビーチセンターもなくなっています。現在は定期の快特が三崎口まで運転されるようになっていますが、当時の定期快特で三崎口まで行くのはマリンパーク号くらいでした。
 

ミュージックトレイン号

 投稿者:井土ヶ谷  投稿日:2017年 8月 8日(火)01時43分17秒
返信・引用
  湘南に比べて海水浴客が閑散としている昨今の三浦海岸ですが、バブル前後の頃は活況がありました。
そんな時代を象徴するのが、ミュージックトレイン号な訳ですが、最近YouTubeを見ていたら
そのミュージックトレイン号の動画を発見しました。詳細は以下の通りです。

http://www.youtube.com/watch?v=GY-traTsmgo

 

Re: 鉄ピク京急特集号

 投稿者:佐川飛脚伝説  投稿日:2017年 8月 7日(月)22時25分2秒
返信・引用 編集済
  この京急特集号には初日号など各種看板付き列車が掲載されたコーナーがあり、なかには昨年に運転された「KEIKYU MARMEID TRAIN」なる女性限定の特別列車(6両編成の1000形)がありました。近年の臨時・貸切列車は京急川崎始発が多いなか、同列車は品川から三浦海岸までの運転だったといいます。検索してみると、車内では6名のモデルによる水着ショーが繰り広げられたといい、これは京急では54年ぶりだとか。かつて、1962年6月に品川から逗子海岸(現在の新逗子)まで運転されていた「青い海岸号」(旧1000形)の再来のようで、そちらでも外国人モデルによる水着ショーが開かれ話題となっていました。
このコーナーで惜しいことは、今年の1017編成による初日号の掲載がないことです(2011年の初日号は掲載)。
 

Re: 鉄ピク

 投稿者:元京急ファンメール  投稿日:2017年 8月 6日(日)13時48分1秒
返信・引用 編集済
  > No.3693[元記事へ]

ラストランナーズさんへのお返事です。

> > さて、10年~15年後、2扉クロス新型車登場となるのでしょうか
> >
> > ・ステンレス2扉車の登場?
> > ・車両製造側の状況変化でアルミ車両の製造復活
> > ・少子超高齢社会に合わせて、2扉車両廃止
>
> その頃になると京成スカイライナーの都心/京急直通が具体化して京急もスカイライナー車両を保有した上でそれに取って代わる可能性もあります。
> よって一般2ドア車の製造を行うかどうか不透明です。

おそらく、現状の2系統の優等列車系統は維持されるのではないかと思います。

(1) 現エアポート快特(都営乗り入れ) 系
  成田空港<--(都営)-->羽田空港
  スカイライナーの車輌に切り替える可能性も 0 ではないかもしれませんね。
  こちらは、京成・京急・都営が走行距離按分で車両を所有するか、
  スカイアクセス線と同様に上下分離方式などの手法もあり得そうですね。
  (京成のみ車両保有、京成が京急・都の2者に線路使用料支払い)

(2) A 快特 系
  泉岳寺(品川)<--横浜-->三崎口方面
  泉岳寺・山手線新駅周辺開発の関係があるので、
  神奈川県方面からの本線・久里浜線の車両を
  より魅力的にすることも必要と思います。

  こちらは、2100 後継2ドア車両ではないかと想定しています。

  人口減少に合わせ、600形登場時の隠れた思惑であった、
  「A特・H特の3ドアクロスシート車両共用」というのも、
  選択肢かもしれません。(ウイングを含め)
 

Re: 記念きっぷ (ほか)

 投稿者:佐川飛脚伝説  投稿日:2017年 8月 4日(金)19時18分27秒
返信・引用 編集済
  井土ヶ谷さんへのお返事です。

> 羽田空港駅開業時に発行された記念切符は、記念のルトランカードと羽田空港・天空橋・羽田の三駅の硬券入場券
> のセットで入場券の方は、通常の物でそれぞれ開業日と最終日の日付印が押されている物でした。
> ペーパークラフト式の物はエア快運転開始と羽田空港開業1周年の時の物で、同じくルトランカードもあり
> カードは全駅、切符は、羽田空港・空港第2ビル・成田空港
> の三駅のみの発売で、発行したのは発売駅と関係ない都営交通でした。

そうでした、エアポート快特運転開始と羽田空港駅1周年のものでした。ご指摘をいただきありがとうございます。
>
> また、2100がエア快に入らなかったのは京成側の事情で、要は京成にとってエア快は通常の特急の
> 羽田空港行きというだけで、所謂、普通の特急と同じだったので折り返しの都合で、普通の運用に入る事も
> あったので、それだと2ドアはまずいので、600になったようです。事実あの頃のエア快の運用は
> 羽田ー成田ー上野ー高砂で、京成線内ではエア快ではなく、あくまでも特急でダイヤ上でも同じ、
> 折り返しの成田ー上野も特急、上野ー高砂は特急又は普通、高砂到着後、一旦車庫に入線、しばらくたって
> 行き着たルートの逆で羽田へと戻る。当時はそんな感じでした。
>
> まあこんな運用だから、乗り通す客もなく4年で空港間輸送がなくなり、エア快の存在価値が低くなった
> わけで、アクセス特急が出来るまで空港間輸送はお預けになった訳です。一方、泉岳寺の場合は駅の所有は
> 都営で、京急は共同使用というだけですが、そう自由に使える訳ではない物の、引上げ線の折り返しを
> 京急乗務員がやればという条件付きで、出来たようです。

確かに当時のエアポート快特は成田空港からそのまま羽田方面に折り返せず、京急や都の車両が上野に顔を出していました。ましてや上野ー高砂間の普通としても運転されており、これに2扉はまずい…ということでしょうか。当の2100形は羽田空港からの折り返しではエアポート急行や普通(京急蒲田行)として運転されるものがあります。
また、羽田空港駅開業当時から北総の車両による空港線内折り返しが登場しており、これらは7050形(それと京成車両)を除いて「蒲田」表示が間に合わず、京急蒲田行はかつての穴守稲荷行よろしく無表示で走行、なかでも9100形は種別も行先も無表示で室内のLEDのみ「普通 京急蒲田 行き」と表示されていました。これら北総車両は後に「蒲田」表示が順次追加され、9100形だけは3色LED時代は「京急蒲田」となっていました。空港間直通のエアポート快特は後に京成線内をエアポート特急から快速に格下げのうえ佐倉や成田までに短縮され、その後は成田スカイアクセス線経由で復活しています。
泉岳寺駅の件ですが、京急乗務員による引き上げ線での折り返しが緩和されたことにより2100形などの快特の泉岳寺乗り入れが実現したもので、もし折り返しが緩和されていなかったら、快特はおろか普通の泉岳寺発着はなかったと思います。泉岳寺発着の普通は土休日の京急川崎行最終が該当します。
 

記念きっぷ (ほか)

 投稿者:井土ヶ谷  投稿日:2017年 8月 3日(木)22時54分1秒
返信・引用
  > No.3694[元記事へ]

佐川飛脚伝説さんへのお返事です。

> 確かに羽田空港駅の開業時、確かペーパークラフト付きの記念乗車券が発売されていた記憶があります。そのペーパークラフトはエアポート快特として運用される予定だった3者の車両で、都は5300形、京成は3700形で京急は2100形となっていました。2100形はエアポート快特運用を見越したのか車端部のボックスシートが跳ね上げ可能な構造になっていたものの、結局2扉の乗り入れが都から認められずエアポート快特は600形が使われていました(京成も3700形と3400形を使用し、稀に3500形も)。2100形の浅草線乗り入れは実現しなかったものの泉岳寺までは乗り入れ可能で、2000形ではあり得なかった快特専用2扉車の泉岳寺乗り入れが実現しています。それ故に泉岳寺駅では「快特三崎口行が2つドアで到着します」といった放送や「2ドアのとき乗車口はありません」の表記があったりします。同様は京成AE100形が羽田空港乗り入れを想定してか前面に非常扉を装備しており、そちらも京急蒲田の空港線カーブが曲がれず幻に終わっていました。しかし都の馬込車両基地でのイベント出展で回送ながら浅草線を走行したことはあります。

羽田空港駅開業時に発行された記念切符は、記念のルトランカードと羽田空港・天空橋・羽田の三駅の硬券入場券
のセットで入場券の方は、通常の物でそれぞれ開業日と最終日の日付印が押されている物でした。
ペーパークラフト式の物はエア快運転開始と羽田空港開業1周年の時の物で、同じくルトランカードもあり
カードは全駅、切符は、羽田空港・空港第2ビル・成田空港
の三駅のみの発売で、発行したのは発売駅と関係ない都営交通でした。

また、2100がエア快に入らなかったのは京成側の事情で、要は京成にとってエア快は通常の特急の
羽田空港行きというだけで、所謂、普通の特急と同じだったので折り返しの都合で、普通の運用に入る事も
あったので、それだと2ドアはまずいので、600になったようです。事実あの頃のエア快の運用は
羽田ー成田ー上野ー高砂で、京成線内ではエア快ではなく、あくまでも特急でダイヤ上でも同じ、
折り返しの成田ー上野も特急、上野ー高砂は特急又は普通、高砂到着後、一旦車庫に入線、しばらくたって
行き着たルートの逆で羽田へと戻る。当時はそんな感じでした。

まあこんな運用だから、乗り通す客もなく4年で空港間輸送がなくなり、エア快の存在価値が低くなった
わけで、アクセス特急が出来るまで空港間輸送はお預けになった訳です。一方、泉岳寺の場合は駅の所有は
都営で、京急は共同使用というだけですが、そう自由に使える訳ではない物の、引上げ線の折り返しを
京急乗務員がやればという条件付きで、出来たようです。
 

Re: 鉄ピク

 投稿者:佐川飛脚伝説  投稿日:2017年 8月 3日(木)17時14分21秒
返信・引用
  ラストランナーズさん、元京急ファンさんへのお返事です。
>
>
> > 2100形の登場時の構想では、
> >
> > ・15年程度で2扉クロス新型車登場
> > ・2100形は、現2000形同様に3ドア化
> > ・当時は2000形3ドアももっと短命な感じだったのですが、
> >  予想以上に頑張っています。
>
> あとは最初は12編成96両を製造して成田空港直通に使おうとしましたが都と京成の合意が得られず2100形の直通は断念され残り2編成の製造は中止されました。

確かに羽田空港駅の開業時、確かペーパークラフト付きの記念乗車券が発売されていた記憶があります。そのペーパークラフトはエアポート快特として運用される予定だった3者の車両で、都は5300形、京成は3700形で京急は2100形となっていました。2100形はエアポート快特運用を見越したのか車端部のボックスシートが跳ね上げ可能な構造になっていたものの、結局2扉の乗り入れが都から認められずエアポート快特は600形が使われていました(京成も3700形と3400形を使用し、稀に3500形も)。2100形の浅草線乗り入れは実現しなかったものの泉岳寺までは乗り入れ可能で、2000形ではあり得なかった快特専用2扉車の泉岳寺乗り入れが実現しています。それ故に泉岳寺駅では「快特三崎口行が2つドアで到着します」といった放送や「2ドアのとき乗車口はありません」の表記があったりします。同様は京成AE100形が羽田空港乗り入れを想定してか前面に非常扉を装備しており、そちらも京急蒲田の空港線カーブが曲がれず幻に終わっていました。しかし都の馬込車両基地でのイベント出展で回送ながら浅草線を走行したことはあります。
 

Re: 鉄ピク

 投稿者:ラストランナーズ  投稿日:2017年 8月 2日(水)11時41分19秒
返信・引用
  > No.3687[元記事へ]

元京急ファンさんへのお返事です。


> 2100形の登場時の構想では、
>
> ・15年程度で2扉クロス新型車登場
> ・2100形は、現2000形同様に3ドア化
> ・当時は2000形3ドアももっと短命な感じだったのですが、
>  予想以上に頑張っています。

あとは最初は12編成96両を製造して成田空港直通に使おうとしましたが都と京成の合意が得られず2100形の直通は断念され残り2編成の製造は中止されました。

> さて、10年~15年後、2扉クロス新型車登場となるのでしょうか
>
> ・ステンレス2扉車の登場?
> ・車両製造側の状況変化でアルミ車両の製造復活
> ・少子超高齢社会に合わせて、2扉車両廃止

その頃になると京成スカイライナーの都心/京急直通が具体化して京急もスカイライナー車両を保有した上でそれに取って代わる可能性もあります。
よって一般2ドア車の製造を行うかどうか不透明です。
 

Re: 鉄ピク京急特集号

 投稿者:井土ヶ谷  投稿日:2017年 7月30日(日)23時58分44秒
返信・引用
  > No.3691[元記事へ]

佐川飛脚伝説さんへのお返事です。

> さにーさんへのお返事です。
>
> > 買いました。まだ、写真を見ただけで本文はほとんど読んでませんけど。。。分厚くてボリューム満点で、読むのに気合いがいりそうです。さて「京浜急行ノスタルジー」からよもうかな。
>
> 私も購入しました。1998年以来19年ぶりのの京急特集増刊号で、この間に空港線の羽田空港延伸や1000形(いわゆる新1000形)の登場、モーニングウィング号の設定などがありました。この増刊号には台湾の京急彩繪列車までが掲載されています。

発売日当日に、上大岡の八重洲ブックで購入しました。私が行った時は鉄道誌コーナーには一冊しか
なく完売間近かと思いましたが、売場のレジ付近等に山積みになっていました。まあ百貨店も
自らのサイトに公開するぐらいだから、気合いの入れようが違いますね。

http://www.keikyu-depart.com/kqdep/shop/shop_news/tmp01.html/?id=5240

 

Re: 鉄ピク京急特集号

 投稿者:佐川飛脚伝説  投稿日:2017年 7月30日(日)23時12分8秒
返信・引用
  さにーさんへのお返事です。

> 買いました。まだ、写真を見ただけで本文はほとんど読んでませんけど。。。分厚くてボリューム満点で、読むのに気合いがいりそうです。さて「京浜急行ノスタルジー」からよもうかな。

私も購入しました。1998年以来19年ぶりのの京急特集増刊号で、この間に空港線の羽田空港延伸や1000形(いわゆる新1000形)の登場、モーニングウィング号の設定などがありました。この増刊号には台湾の京急彩繪列車までが掲載されています。
 

鉄ピク京急特集号

 投稿者:さにー  投稿日:2017年 7月29日(土)11時50分47秒
返信・引用
  買いました。まだ、写真を見ただけで本文はほとんど読んでませんけど。。。分厚くてボリューム満点で、読むのに気合いがいりそうです。さて「京浜急行ノスタルジー」からよもうかな。  

携帯電話サービス

 投稿者:井土ヶ谷  投稿日:2017年 7月28日(金)12時49分22秒
返信・引用
  7/27付けの京急HPによると、戸部ー上大岡間のトンネル区間で携帯電話サービスが利用可能になるようで、
本日から同区間で、開始され今後は他のトンネル区間も工事が行われるようです。京急としてはサービスは
始めても車内マナーは従来通りのようです。一昔前までは車内で携帯を使う行為を許さなかったのが
今やマナーモードならOK、優先席付近はマナーモード、電源を切れなんて、何だか矛盾が腹んでいるような
感じですが、「報道しない自由」じゃないですけど、そういうことは言わないということ何ですね。

つまり「言わない自由」ってことです。

http://www.keikyu.co.jp/report/2017/20170727IN_17022MT.html

 

さらに発売初代1000型

 投稿者:大野目 五十鈴  投稿日:2017年 7月24日(月)18時23分19秒
返信・引用
  今月中旬トミーテックが新製品の発表会を企業向けに行い、11月に鉄コレ京急初代1000型の6両セットBと、2両セットBが発売されます。

6両セットは
1029+1030+1127+1128+1031+1032

2両セットは 1073+1074

6両セットの1029~1032は全面貫通後の冷改前の車両を模型化します。
6年前の暮に、京急鉄道フェアで発売された先頭+中間の2両セットのリニューアル版(?)
といったところでしょうか?今回1127+1128の中間2両も加わり、三崎口寄の先頭にパンタ無しでの6両となります。

2両セットは前面に貫通扉がありながら、種別行先方向幕が窓の内側に設置されているタイプを模型化します。(ただし登場時は方向板だったらしいが)今まで初代1000型の前面は、1964(昭和39)年以降に登場もしくは更新された車両を模型化していましたが、それ以前
のタイプは今回が初登場となります。
年輩のファンは懐かしいかもしれませんね。今回発売されるセットと以前発売のセットと連結すして楽しめるでしょう。
 

Re: 鉄ピク

 投稿者:元京急ファンメール  投稿日:2017年 7月17日(月)13時40分24秒
返信・引用
  > No.3686[元記事へ]

吉本 尚(管理者)さんへのお返事です。

> 鉄ピク増刊号の予告が出てますが、内容を見ると“相変わらず”の感です。
> 私も雑文を載せて貰っているのであまりけなすわけにもいかないが、表紙も銀1000だと、あんな車両では根掘り葉掘り紹介されたところで購買意欲も湧きそうもありません。
>

下記の様な実情が、趣味誌まで影響しているのでしょうか。
本来では、下記の幻の新型車両だったのでしょうが、
せめて、新1600番台やその8連にしても良かったのでは?

2100形の登場時の構想では、

・15年程度で2扉クロス新型車登場
・2100形は、現2000形同様に3ドア化
・当時は2000形3ドアももっと短命な感じだったのですが、
 予想以上に頑張っています。

実際に、その頃になると、

・まさかのステンレス車輌導入
 (現実的にアルミ車両の導入困難)
・やむなく、新型車導入の代わりに2100形更新

さて、10年~15年後、2扉クロス新型車登場となるのでしょうか

・ステンレス2扉車の登場?
・車両製造側の状況変化でアルミ車両の製造復活
・少子超高齢社会に合わせて、2扉車両廃止

SUS 1000 に関しては、下記の問題をクリアして欲しいです。

遮熱性
  夏の日射が車内の温度に影響している?
  アルミ車に比べ劣っている気がします。

居住性
  クロスシート系座席の減少
  単純に旅客サービスの質の点から見れば、
    長時間乗車 - クロスシート
    短時間乗車 - ロングシート


  ※優等運用の車両は、車両中央部も千鳥にクロスにしてほしい。

  端|クロスX4 dd ロングX8 dd クロスX6 dd ロングX5|端
  部|ロングX5 dd クロスX6 dd ロングX8 dd クロスX4|部

クロス座席数比較
600 | 先頭車両:12席 中間車両:16席
新1000アルミ|先頭車両:8席 中間車両:16席
新1000SUS|先頭車両:4席 中間車両:8席
千鳥クロス|先頭車両:16席 中間車両:20席

 

鉄ピク

 投稿者:吉本 尚(管理者)  投稿日:2017年 7月17日(月)12時19分28秒
返信・引用 編集済
  鉄ピク増刊号の予告が出てますが、内容を見ると“相変わらず”の感です。
私も雑文を載せて貰っているのであまりけなすわけにもいかないのですが、表紙も銀1000では、あんな車両を根掘り葉掘り紹介されたところで、購買意欲もちょっと減退しそうです。

https://www.shosen.co.jp/shop/products/detail.php?product_id=3605743

 

Re: 座席指定のこと

 投稿者:佐川飛脚伝説  投稿日:2017年 7月11日(火)20時39分55秒
返信・引用
  爆笑鉄道物語さんへのお返事です。

> 1993年4月当時の京成時刻表を見ると席の割当はモーニングライナーは成田空港/空港第2ビル、成田/佐倉、八千代台とあるだけだったのでこの当時でも青砥~上野の利用ってできたのでしょうか?
> 逆方向のイブニングライナーであっても上野、日暮里、青砥しかありませんでしたし。

モーニングライナーは当初から青砥や日暮里からの利用が不可能です(ただ成田方面から八千代台までの利用は可能、イブニングライナーも青砥までの利用が可能)。現在の京成時刻表には「青砥からご乗車できません」とあります。以前京成日暮里駅が島式2線だった時代、上野行スカイライナーが来ると「ご乗車できません」とアナウンスされていました。
 

Re: 座席指定のこと

 投稿者:爆笑鉄道物語  投稿日:2017年 7月 8日(土)03時29分4秒
返信・引用
  > No.3683[元記事へ]

佐川飛脚伝説さんへのお返事です。

> 爆笑鉄道物語さんへのお返事です。
>
> > これ、座席定員制の末期から既にコンピュータ発券になり、座席指定制移行と同時に上野~青砥や八千代台~空港第2ビルも可能になっていたはずです。
>
> 下りのシティライナーでも上野や日暮里から青砥までの利用が可能だったはずです。日暮里駅のライナー券売機を見たところ、シティライナーの降車駅に「青砥」が含まれていました。モーニング・イブニングライナーは座席定員制時代も上野や日暮里から青砥、もしくは成田空港2駅や成田から八千代台間相互の利用が可能でした。

1993年4月当時の京成時刻表を見ると席の割当はモーニングライナーは成田空港/空港第2ビル、成田/佐倉、八千代台とあるだけだったのでこの当時でも青砥~上野の利用ってできたのでしょうか?
逆方向のイブニングライナーであっても上野、日暮里、青砥しかありませんでしたし。
 

Re: 座席指定のこと

 投稿者:佐川飛脚伝説  投稿日:2017年 7月 1日(土)08時32分13秒
返信・引用
  爆笑鉄道物語さんへのお返事です。

> これ、座席定員制の末期から既にコンピュータ発券になり、座席指定制移行と同時に上野~青砥や八千代台~空港第2ビルも可能になっていたはずです。

下りのシティライナーでも上野や日暮里から青砥までの利用が可能だったはずです。日暮里駅のライナー券売機を見たところ、シティライナーの降車駅に「青砥」が含まれていました。モーニング・イブニングライナーは座席定員制時代も上野や日暮里から青砥、もしくは成田空港2駅や成田から八千代台間相互の利用が可能でした。
 

Re: 鉄ピク

 投稿者:爆笑鉄道物語  投稿日:2017年 6月29日(木)05時06分18秒
返信・引用
  > No.3673[元記事へ]

吉本 尚(管理者)さんへのお返事です。

> 来月にも鉄ピク臨時増刊の京急特集号が刊行の運びとか。
> 過去の号を振り返ると1970年、1980年、1988年、1998年と約十年ごとの発行。それなのに今回は20年近くも間隔が開いてしまっています。
> 既刊の号を見比べるとこんどの号の表紙を飾るいい車両が思いつかないですね。やはり話題性や魅力を感じる新車がないと。
> 実をいうと、この私メも同号の末席に雑文を掲載して頂くことになっています。ページだけ無駄に消費したような内容なんですが・・・。
> でも約20年ぶりの発行ですから全体的にはかなり濃密な内容になるのではないでしょうか。

その次の阪神特集も20年振りの発行になります。
 

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