teacup. [ 掲示板 ] [ 掲示板作成 ] [ 有料掲示板 ] [ ブログ ]

 投稿者
  題名
  内容 入力補助画像・ファイル<IMG> youtubeの<IFRAME>タグが利用可能です。(詳細)
    
 URL
[ ケータイで使う ] [ BBSティッカー ] [ 書込み通知 ]

スレッド一覧

  1. www(6)
  2. 全力全開(0)
  3. 全力全開(0)
スレッド一覧(全3)  他のスレッドを探す 

*掲示板をお持ちでない方へ、まずは掲示板を作成しましょう。無料掲示板作成


西馬込レポート(その3)リニアモーター

 投稿者:原口 悟  投稿日:2017年12月11日(月)00時08分33秒
返信・引用 編集済
  都営地下鉄独特の展示と思われるものが「リニアモーター」です。

 浅草線5300形のモーターと並べて展示されていたのですが、リニアモーターは理論的には同じなのですが、従来のモーターの概念からはかけ離れるもので、何か別のもののように感じます。
 隣にはパンタグラフも展示していたのですが、こちらも浅草線用と大江戸線用が並べられており、大江戸線用のものは非常に小ぶりでミニチェアのようです。
 
 

西馬込レポート(その2)都営大江戸線12-000形の台車の構造

 投稿者:原口 悟  投稿日:2017年12月10日(日)23時43分24秒
返信・引用 編集済
  都営大江戸線12-000型の台車は、普通の鉄道の台車とはかなり様子が異なるものです。

 小断面にまとめるため、車輪が小さく、隣に展示されていた浅草線用の台車と比べるとかなり背が低いです。また、「自己操舵機能」のリンクが確認できます(写真下)。他、「リニアモーター」装備のため、この点でも構造が独特です。
 

西馬込レポート(その1)都営浅草線5300形の台車の構造

 投稿者:原口 悟  投稿日:2017年12月10日(日)23時35分49秒
返信・引用 編集済
  皆さんこんばんは

12月9日(土)に都営地下鉄浅草線西馬込検車区で一般公開イベントがありました。今回は浅草線用の新車5500型の公開が予告されており、見に行ってきたので報告したいと思います。

 まず、今年の各鉄道イベントで注目している、台車の構造です。
 西馬込検車区では浅草線とともに大江戸線の車両も検査をしており、両方の台車が公開されていました。最初に浅草線用の台車です。
 浅草線5300型の台車は、近畿車両の「KD302」の形式とともに都営地下鉄の形式の「T-1B」(電動車用)の形式もあります。私鉄で多く採用されている、心皿の高さを低くした構造ですが、ここでは車体側の空気ばね支持構造ごと外して展示されていました。空気ばねの下に付く横梁の下を見ると、心皿に突き刺さる構造が見えました(写真下)。空気ばねに支持される梁は、台車を外すときに車体側に残したり、台車側に残したりと様々で、これまでに報告したイベントでも両方の様式が見られました。
 

KATOより、クモハ53008―クハ68400、クモハユニ64000茶色ークハ68420セット発売

 投稿者:原口 悟  投稿日:2017年11月27日(月)23時20分48秒
返信・引用 編集済
  皆さんこんばんは

KATOより、クモハ53007-クハ68400、クモハユニ64000茶色―クハ68420セットが発売になりましたので、報告したいと思います。
 今回は、初めて以前発売の車両番号の車が再発売になりました(写真上)。クモハ53007は最初の飯田線旧型国電で、最初の発売から現在までの製品の改良が盛り込まれました。併せて、編成相手が、本来の相手であるクハ68400が新規に製作されました。クモハユニ64000は、割と最近発売されていますが、バリエーションとして、茶色時代になりました。編成相手は最初の発売の時にクモハ53007とセットになっていたクハ68420で、昭和55年頃の編成相手です。
 写真中央は、以前製作の、クモハ54002をベースにしたクハ68400(右)と今回の製品(左)を並べたものです。クハ68400は「内側に寄ったテールライト」が特徴で、今回の製品でもこれが表現されたのですが、以前製作のクハ68400では、「テールライトの位置の修正」までは行わなかったので、並べてみると「テールライトの位置の違い」がわかります。また、クハ68400は末期は台車がコロ軸受に交換されていましたが、このコロ軸受台車が表現されました。ASSYパーツを見ると、製品名が「TR36」となっているのですが、現車の台車の発生源は70系のクハ76で、恐らく実際はTR43です。以前製作のクハ68400もコロ軸受の台車を取り付けているのですが、こちらはオハフ33用のTR34をボルスタ―部を改造して取り付けています。
 写真下はこれまでに製作したクモハユニ64000を並べたものです。左から鉄道コレクションの飯田線クモハ54008をベースにした、岡山ローカル時代、前回の横須賀色製品をベースにした静岡運転所時代、今回の製品、前回の製品です。方向が変わると共にパンタ鉤外しの引き回しが変わったり、窓のHゴム化が行われたりと、それぞれの段階でどこかしら変化しています。今ならば、静岡運転所以前の状態の製作は、運転席窓が原型な分、今回の茶色製品から加工した方が少し楽です。

金沢文庫レポート
 金沢文庫の総合車両製作所横浜工場では、現在JR東日本E353系が主に製造されています。このほか、私鉄の車両も点々と見られています。最近は京王新5000系が継続して製造されており、先日「5005」の編成を目撃しています。また、今月に入って東急の新7000系と2020系が登場しています。
 東急新7000系は当初、確か19本が製造される予定でしたが、その1/3の7本が製造されてから長らく製造が止まっていました。今回、「7008」の編成を含む2本が製造されています。おそらく地下鉄直通1000系から改造の1500形の工事が終了し、残る在来車が新7000系で置き換えられると思われます。
 2020系は最近になって工場内に姿を現しました。のっぺりした感じに見えます。
 他、先日京急新1000系も姿を現しています。塗装が途中で白1色でした。
 

東武南栗橋車両基地レポート(その4):その他の車輌

 投稿者:原口 悟  投稿日:2017年11月26日(日)01時32分4秒
返信・引用 編集済
  その他の車両として、JR北海道から譲受されたスハフ14型(写真上)と、「大樹」用のヨ3500形(写真下)を紹介します。
 スハフ14は会場入り口近くの工場建屋脇の「大樹」用検修庫へつながる線に留置されていました。元は「はまなす」用の車ですが、「北斗星」のサインを掲示しています。JR北海道からこの車を含む14系が4両譲渡された時は、JR四国からの車にさらに追加される形になるので、何故譲受があったのが不明でしたが、その後JR四国の車の発電用ディーゼルエンジンが不調で、使えるエンジン確保のためとの情報が入っています。発電用ディーゼルエンジンは、部品展示でも紹介されていました(写真下)。
 ヨ3500は「大樹」のATS搭載用としてヨ8000とともに譲受されたもので、ヨ3500の方がこちらに残っていて、モーターカー連結で構内運転をしていました(写真中央)。
 

東武南栗橋車両基地レポート(その3):車両の展示

 投稿者:原口 悟  投稿日:2017年11月26日(日)01時22分14秒
返信・引用
  車両の展示では、今年から運行を始めた500系「リバティ」(写真上)と70000系地下鉄日比谷線直通車(写真中央)が展示されました。70000系によって置き換えられる、日比谷線在来車の東武20000系、地下鉄の03系は南栗橋に来る時も乗ったのですが、行動の範囲内では、70000系と地下鉄13000系の営業運転には出会いませんでした。
写真下は休憩兼、運転台見学用となっていた8000系の復刻塗装車の1つで、2両編成なので大師線、亀戸線ワンマン運転用です。
 

東武南栗橋車両基地レポート(その2):部品の展示

 投稿者:原口 悟  投稿日:2017年11月26日(日)01時05分39秒
返信・引用
  今回のイベントでもいろいろな部品が展示されていました。
 その中でも注目だったのがモーターから、5050,5070系用の吊り掛けモーターです(写真上)。モーターの展示は、最新の50000系用から、100系用、2000系用、10000系用と現用のものが並んでいたのですが、その中で、一番端に5000系(遡れば7800系)用の古いものが展示されていました。外枠の鋳出しでも見えますが、形式は「TDK-544」で、吊り掛け式のモーターとしては国鉄MT40Aと並ぶ最後のものです。7800系は国鉄よりも少し後の昭和36年まで7800形を製造しており、このモーターかどうかはわからないのですが最終期の車ではモーターが高速回転に対応していたとの記述を見たことがあります。

 このほかの部品から、写真中央はCLG-703型電動発電機、写真下はRWS-20A型電動空気圧縮機です。MGはたいていどの製品も円筒形で、どこの工場で見ても形態は似たりよったりですが、CPの方は色々配管が引き回されており、恐らくメーカーごとの形態が多様です。
 

東武南栗橋車両基地レポート(その1):東武8000系の車体と台車の結合

 投稿者:原口 悟  投稿日:2017年11月26日(日)00時50分41秒
返信・引用
  皆さんこんばんは

先週の日曜日(11月19日)は、東武鉄道南栗橋車両基地の公開イベントでした。今回もいろいろなものを見てきたので紹介したいと思います。

今年になってから、「台車と車体の結合」に注目し、一般公開イベントで台車と車体をこの場に報告させていただきましたが、今回は東武8000系を紹介したいと思います。
 南栗橋の工場では、車体と台車の切り離しはホイストによるつり上げ式です。今回は東武8000系8172号車がつり上げデモで使われていました(写真上)。
 写真中央は下から見上げた車体側の心皿部分、写真下は台車の方の心皿部分です。東武8000系の場合は、心皿部分に車体側から細いピンが付き立ち、これが台車を突き通るとともに皿状の受けで車体重量を受けています。
 今年は京急久里浜工場で新1000系、西武武蔵丘工場で西武2000系、6000系、JRの大井工場でE231系の車体と台車の結合を見てきましたが、この部分は形式ごとにかなりのバリエーションがあり、「心皿式」「ボルスタレス」と単純にくくれないほどの多様性が有るようです。
 

昭和30年代後半の鳳電車区と富山港線:J-train2018年冬号より

 投稿者:原口 悟  投稿日:2017年11月23日(木)01時24分37秒
返信・引用
  皆さんこんばんは

鉄道雑誌の11月発売の号が先日相次いで発売になりました。RP誌は103系特集で、永尾さんと前納さんが103系に対して行われた改造についてまとめているのですが、J-trainの2018年冬号も発売になっており、連載記事の昭和30年代後半の電車区訪問や、115系3000番台等、注目すべきものが多かったので、今回、まずJ-trainを購入しました。
 今回の電車区訪問は、「鳳電車区」と「富山運輸区城川原派出所」でした(P159~)。鳳電車区は、省型はクモハ61001,002とクモハ51073、クハ16型と70系だけだった、73系、クモハ60形が大挙転入する直前の昭和38年ごろ、富山港線も同じく昭和38年頃で、2色塗りが無くなってから、クモハ11型が転入するまでの間です。注目すべきは、阪和車型の写真が多く紹介されていることで、吹田工場で固定窓のHゴム支持化の工事が始まる直前に相当し、末期は阪和社型でもHゴム支持の前面窓が多くなっていく中で、前面窓が原型の写真が多く紹介されています。阪和社型は、ちょうど今月末に鉄道コレクション第25弾の発売が予定されており、その中にクモハ20000台とクハ25100台が入っているので、両車のバリエーションを作るのにちょうど良いタイミングで写真が紹介されたことになります。省型では、阪和社型に混じって活躍していた17m車のクハ16450とクハ16264が紹介されています。
 城川原派出所の方では、南武社型のモハ、鶴見社型のクハ、クモハ1310が紹介されていますが、この中で「クモハ2010」とされている写真に疑問があります。クモハ2010形は、片運化されており、後位の乗務員扉が撤去されているはずですが、写真の車には乗務員扉が残っています。また、「私鉄買収国電」より、工事によって変化しにくいものとして「前面腰板のジャンパ栓納めの位置」に注目して比較してみたところ、クモハ2010は「助士席側のテールライトに対して助士席側に1つあるジャンパ栓納めの位置が少し高い」こと、また、「箱サボ枠がシルに接している」点がJ-trainの写真とは異なっていることがわかりました。そして、J-trainの、「助士席側のテールライトに対して同じ高さに助士席側のジャンパ栓納めが付いており、さらにその間に貨物列車にぶら下がる時の標識掛け(仙石線の車に付いているもの)が付いている」「箱サボ枠がシルから少し離れて付いている」という特徴は「クモハ2000」と一致することがわかりました。このため、写真の車は「クモハ2000」です。「ジャンパ栓納めの位置」はクモハ2000,2010型の各車の間でかなり異なっており、正面写真だけでも個々の車の識別ができるものです。
 鶴見臨港のクハは、5502と5503の写真が紹介されていますが、2色塗り時代の「私鉄買収国電」の写真からは運転席窓に変化が起こっています。クハ5502は上段の細い分割窓(昭和33年3月15日撮影)、5503は枠の細い1枚窓(昭和35年11月4日撮影)で、両車とも向かって右側の枠にワイパーが付いていますが、昭和38年4月1日撮影のJ-trainの写真では、下の枠が幅広い1枚窓(5503は上も広い)で、ダブルワームのワイパー(WP35型か?)が幅広の下枠に付いています。この「窓の下枠を広げてダブルアームのワイパーを付ける工事」は、クモハ2003、クモハ2000(「クモハ2010」と記載されているもの)でも確認され、末期の省型とともに走っていた頃(RP83-11号の写真の頃)にはこの形態に統一されていた可能性が有ります。

 今回のJ-trainでは、客車の方にも注目すべき写真がありました。前回の号の品川客車区の他、「昭和50年代後半の板谷峠の客車列車」の記事があり、福島、山形両客貨車区の旧型客車の写真が多く紹介されています(P115~)。また、福島客貨車区の車については、形態分類表(P124,125)が紹介されています。板谷峠の列車については客車の優等列車の模型をそろえており(20系、24系「あけぼの」、「津軽」1,4号、3,2号、「おが」3,4号)、旧型客車時代の普通列車の製作を構想していたので、特定車両の表現として役立つものになりそうです。

RP17-12号の73系置き換えの記事中の写真について
 RP17-12号は最近になって遅ればせながら購入しました。この中の写真にいくつか疑問点があったので報告したいと思います。
 P118の京阪神緩行線の写真(1975年3月2日撮影)の解説に、「クモハ73339(大アカ)を後尾にした写真の下り観光電車も2両のクハ55と1両のクモハ51を組み込んでいる」とありますが、「クモハ51」は見間違えです。前(クモハ73339)から3両目、4両目、一番後ろに3扉車がいるのですが、3両目と4両目はクハ55150台で、5両目のモハ72のパンタグラフを4両目の車のものと誤認して、「クモハ51」と記述しています。
 個々の車を見ると、クモハ73339は田中さんが写真を撮影しており、ドア形態、前面配管の引き回しの特徴が一致しています。
 2両目はモハ72920台ですが、当時明石電車区には72946,955の2両しか所属していませんでした。このうち、72946の方は同じ面を田中さんが撮影しており、「前から3番目のドア窓だけが黒Hゴム」という特徴が一致しているので、写真の車はモハ72946の可能性が高いです。
 3両目と4両目のクハ55150台は、3両目が戸袋窓Hゴム、4両目が戸袋窓原型です。戸袋窓がHゴム支持なのは55153~171(奇数)のうち、161,165,167の3両です。このうち、161は両側面ともドア窓は2段なので、少なくとも中央の扉が白Hゴムである写真の車とは形態が異なります。残る55165,167は1-3位側のドア窓は165は全て白Hゴム、167は中央の扉だけ白Hゴムで167の方の形態に一致します。従って、3両目の車はクハ55167です。
 4両目は、さすがに遠方でドア窓が1枚か2段か不明瞭ですが、少なくとも3枚とも白Hゴムでないことは間違いありません。このため、1-3位に白Hゴム窓の扉が混じっている159, 169, 171でないことがわかります。残る車は153,155,157,163で、この4両はいずれも1-3位側の扉は全て2段窓です。従って、写真の車は「この4両のどれか」にとどまります。
 5両目はモハ72型ですが、戸袋窓がHゴム窓には見えないことと、幕板が狭いように見えることから、72000台原型車です。前から2番目の扉だけ「白Hゴム支持でない」ことがわかりますが、原型のモハ72000自体明石電車区には72069,087の2両しか存在せず、ドアの形態が一致するのは72069のほうです。
 6両目はモハ72000台全金更新車です。普通の正方向のモハ72000台全金更新車ですが、明石にはモハ72017しか存在しませんでした。このため、写真の車はモハ72017になります。
 一番後ろは3扉のクハ55形ですが、明石には偶数向きの車は55004,012の2両がいました。どちらも戸袋窓をHゴム窓化しており、扉と併せて全て白Hゴムです。違いは、004はベンチレーターが8個、012は7個なのですが、さすがに遠方でベンチレーターの戸数はわかりません。このため、「55004と55012のどちらか」にとどまります。

 緩行線関連では、P116下の103系にクモニ83を連結した写真が注目で、旧型国電時代はクモニ13を連結した列車がいたことを知ってはいましたが、103系化以降、荷物列車をクモニ83に変えてしばらく存続していたらしいことは初めて知りました。

 P121中段に阪和線の雄ノ山峠越えをする73系の写真が掲載されていますが、前から2両目が茶色でアルミサッシ2段窓のモハ72500台です。解説に「ぶどう色の車両は明石電車区から1970年9月に転入したモハ72663またはモハ72665」とありますが、モハ72663,665は昭和50年(1975年)まで明石電車区に所属しており、西暦と昭和を誤変換しています。一方で、モハ72663,665がアルミサッシであることを正確に把握していることは注目すべきで、アコモA更新車とは別に関西でアルミサッシ化工事が行われていること、該当車がモハ72663,665の2両であることが知られていたことになります。
 

オト

 投稿者:白い陽  投稿日:2017年11月 4日(土)15時50分1秒
返信・引用
  73おやぢさん

鳳の63改79型について資料が少ないですね…と書き込みしようかと思っていたところですので、タイムリーというかこころを見透かされてると言うか…f^_^;

73型も含め、割と早い昭和47年度に廃車された車などはもう写真が公表されることもないのだろうな…と半ば諦めムードでしたので、かなり嬉しいです。
中でも79118は73081や73295と同等のスタイルとあって、79型では唯一ではないでしょうか。

かつて、HPの列車編、横浜線の79100の車号をズバッと解明された時もそうですが、格の違いを痛感させられています。ありがとうございましたm(._.)m
 

レンタル掲示板
/242