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ご無沙汰しております

 投稿者:クモハ73503  投稿日:2017年 8月12日(土)21時01分47秒
返信・引用
  白い陽さん、ご無沙汰しております。

72678と72621の件ありがとうございます。

木目の壁紙となるとまるで阪急電車のような雰囲気の車内という感じでしょうか。益々久里浜の冠水による廃車が惜しくなりました。

79369の仙石線の転用は事故車両が全金車の79921だった為にその代車が3段窓車ではあまりにも気の毒なのでせめてアコモAの車でもとなった結果と思っているのですがいかがなものでしょう。
 
 

久々に

 投稿者:白い陽  投稿日:2017年 8月 9日(水)22時29分49秒
返信・引用
  73おやぢさん、クモハ73503さん

ご無沙汰しております。久々にらしい書き込みを嬉しく拝読させていただきました!

せっかく63、73特集の雑誌が出たのに話題にのぼらなくて残念に思っておりましたが、横須賀線のCS100系装備の63は見落としておりました。番号の特定ができるかな?と思いましたが、横須賀線に入った63型は40両以上なんですね。これでは厳しいです。


72678について

首都圏の72系の中でも触れられていますが、貼られた壁紙?は淡緑色ではなくて木目とのこと。以前ここでも話題になりましたが、その壁紙が汚損、破損してちょっと見苦しい状態になって運用されていたと報告があったかと記憶しています。なかなかモノクロでは判断がつかないのが残念なところです。

72621について
南武線の第1次101系化により捻出されたうちの1両です。仙石線事故車補充で転入した79369も同様です。
普通に考えると、東鉄でアコモ改造して間もないので、未改造車と車号振替を行ったものと想像できますが、そうなると79369は?となりますね。アコモ未改造の79423や79439あたりが仙石線へ転出して然るべきのような気もします。


おそくなりましたが、6月に芝生さんのお墓参りに管理人のSatokawaさん、元関西旧国利用者さんと共に行ってきました。もう9回目になり時間の経つのは早いと話してきました。
 

その後の富山港線:北陸地区の475系の製作

 投稿者:原口 悟  投稿日:2017年 8月 6日(日)23時18分30秒
返信・引用 編集済
  皆さんこんばんは

60-3改正以降、2006年まで富山港線を走っていた475系を製作したので紹介したいと思います。

製作したのはJR以降から程ない1991年のA23編成(クモハ475-50―モハ474-50―クハ455-64、写真上・右)と、最末期の2005年のA15編成(クモハ475-42―モハ474-42―クハ455-58、写真上・左)です。ベースはKATO製品ですが、A23編成の方は1990年代中頃にROUNDHOUSEブランドで出た北陸色3両セット、A15編成の方は最近発売の北陸色セットです。この間にかなりの世代交代が起こっており、ROUNDHOUSEの方は当時「457系」として発売されていた製品、KATOの方は、「475系北陸急行セット」として発売されていた製品がベースになっています。
A23編成は3両編成3本がいた「AU12冷房改造車」の内の1本です。この編成を選んだのは、1991年8月に北陸本線内ですが、実際に目撃して写真を撮影していたためです。加工内容は、手すりの別パーツ化と、タイフォンは製品では東北方面の「回転式タイフォン」の形態になっていたので、TAVASAパーツを使ってシャッター式タイフォンに変更、当時の製品の常として、連結面側が共用化のため簡略化されているので、TREASURE TOWNの手すりとモータ冷却風道を追加して、真正の475系に形態を合わせました。屋上は、全面的な配置の変更になりますが、全てのモールドを撤去したうえで成形し、ベンチレーターはTOMIX、AU12クーラーはKATO製品を付けました。また、北陸地区475系の特徴のクモハの屋上の片方撤去された箱型通風機は円形のふたを、プラキットのランナーの丸棒を輪切りにしたもので表現しました(写真中央・右)。列車無線アンテナは銀河モデル、これも北陸特有の閉鎖された運行窓はTAVASA製品です。
手すりの別パーツ化では、併せて「窓下の通風口」のモールドを削り落としました。窓下の通風口は車体腐食の原因となるために早いうちに使用をやめているところが多く、昭和50年代後半の「特別保全工事」の頃からきれいに撤去して整形する例が発生しています。クモハ475-50、クハ455-64も1991年8月の目撃の時点できれいに撤去されていました。加工では、他の車も併せて紙やすりできれいに整形して再塗装しました。再塗装の分割線は青線の上辺と貫通扉で、いわば「前頭部の上半分」を再塗装しています。
A15編成で表現した、末期の475系の特徴は、「ベンチレーターの撤去」です。ベンチレーターは取り付け足まできれいに撤去して整形されています。また、屋根の塗り屋根の範囲が雨樋先端まで拡大されています(写真中央・左)。
製品の形態は、AU13冷房改造車で、タイフォンはお椀型カバー付きが表現されているので、この方面の加工度は下がりますが、連結面の加工は以前の製品と同じく必要です。このタイプでは、2010年以降に屋上に円錐形のカバーが付いたホイッスルが追加されているのですが、富山港線期の2005年時点ではまだ付いていませんでした。
クハ455はどちらの製品も床板は153系クハ153に由来する配置になっています。この配置は、クハ165でも主に新前橋電車区に配置されていた初期の冷房車だけに見られるもので、かなりの配置変更が必要になります。今回は、FRPの水タンクやいくつかの床下機器をGREENMAXのパーツから追加して、機器を並べ替えました(写真下)。
北陸地区の475系は貫通幌をクハ455の方に付けていましたが、これはKATOのクハ111用幌を加工をして取り付けました。
連結器は、「富山港線を前提として、連結運転をしない」こととして、ダミーカプラーのままとしました。連結器カバーは製品が出ているのですが、まだ入手していないので付けていません。また、北陸地区タイプの乗務員扉下のステップも製品が出ているのですが、まだ入手していないので後日装備になっています。
 

ありがとうございます

 投稿者:クモハ73503  投稿日:2017年 8月 6日(日)00時21分12秒
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  皆さんこんばんは。

73おやぢさん車両の特定をして頂きありがとうございます。72678と言えば久里浜で冠水してしまった車両の1両ですね。

1967年度のアルミサッシ車は以前に当初はニス塗りと伺っておりましたので化粧版の張り付けされた車両は該当の1956年度製車4両すべてでは無いとは思っていたところでした。

本当にありがとうございました。
 

本日の発見

 投稿者:73おやぢ  投稿日:2017年 8月 5日(土)19時40分28秒
返信・引用
  みなさん。こんばんは。

クモハ73503さん、観察眼に恐れ入りました。
私は「あぁ、アコモ車か」で深く考えずにスルーしていました。なるほど鎧戸であること、戸袋内窓が三段であることから、1967年度改造車ですね。

撮影日を信用すれば、1971年7月に大井工場でアコモデーション改善案の部内展示会が開催された(「首都圏の72系」による)ので、そのときの供試車である72678に特定できそうです。1967年度改造車の車内はニス塗りだったはずなので、展示会のために化粧板による淡緑色化など、室内の近代化を追加施工したのではないでしょうか。
 

モハ72について

 投稿者:クモハ73503  投稿日:2017年 8月 5日(土)04時35分46秒
返信・引用
  皆様ご無沙汰しております。

少し古い話で恐縮ですが、3月に発売されたピク紙の「63・73形電車の時代」のP132の「旧型国電の模様替え」の記事に掲載されている大井工場で施行した72形電車の車内改装試作車とある写真の車両は

日よけが鎧戸のままなので昭和41年から42年に実施されたアルミサッシ化された物だと思われますが、座席の肘掛の形状から31年度製の654・678・690・692のいずれかで間違いないと思うのですがいかがでしょうか。


もう1点気になっている事は鶴見線に昭和47年に最初に投入されたモハ72500番台は41年のアルミサッシ化先行施行の538とA工事施工の621以外は3段窓でしたが

この1両のみのA工事の621の存在は当初は投入予定で実際には仙石線の事故車の補充で鶴見線に入らなかった562の代替の為に中原から転入して来たと考えて良いものでしょうか。

細かい内容で申し訳ありませんがご教示頂けたらと思っております。


 

タンク車の加工(その6)液化アンモニア専用タンク車

 投稿者:原口 悟  投稿日:2017年 7月23日(日)23時29分58秒
返信・引用 編集済
  今回は石油系タンク車とともに液化アンモニア専用タンク車も作りました

写真上が液化アンモニア専用タンク車で、左が伊藤忠商事所有のタキ4100形タキ4137、右が三菱瓦斯化学所有のタキ18600形のタキ18697です。ともにMICROACEのタキ18600型キセ7分割車がベースで、タキ4100形の方は台車をKATOのTR41に交換しました。
 伊藤忠商事のタキ4100形は、JR以降も残った唯一のタキ4100型です。伊藤忠商事は色々なタンク車を所有しており、濃硫酸タンク車が有名ですが、タキ4100型やタキ18600型も所有していました。これらのタンク車は元々は「安宅産業」の所有だったのものが多いのですが、昭和50年代前半の経済界のニュースとなった「安宅産業破綻」を伊藤忠商事が救済したために大挙伊藤忠商事に移籍したものです。なお、タキ4100型の場合は、元々伊藤忠商事の車でした。タキ18600型では、伊藤忠商事プロパーと安宅産業の車の両方がいました。伊藤忠商事の社紋は後年の大きく「ITOCHU」と描いたものが有名ですが、タキ4100形に貼った社紋は「旧社紋」です。「ITOCHU」のロゴも濃硫酸タンク車とともに現在製作検討中です。
 右の三菱瓦斯化学の車ですが、1990年代初頭までは多く見られたのですが、日本陸運産業に大挙移籍したようで、社紋板跡から元三菱瓦斯化学であることがわかる車以外写真があまり見つかりませんでした。このため、MICROACEでも日本陸運産業、日産化学工業と、数が少なかった宇部興産の車は発売されているのですが、三菱瓦斯化学の車は発売されてなく、このため、自前で作りました。
 液化アンモニア専用タンク車は飯田線にもやってきていたようで、三菱瓦斯化学のタキ4100形が飯田線にやってきている写真がいくつか紹介されています。このため、タキ18600型も飯田線までやって来たことが有ると思われます。

 写真下は内外輸送のタンク車です。内外輸送はアルコール専用タンク車を多く持っていたのですが、石油系タンク車も持っていました。左はタキ3000形のタキ33067、中央はタキ9900形のタキ39939、右はタキ35000形のタキ35060です。タキ9900形はMICROACE製品で、他はKATO製品加工です。内外輸送の社紋は「輸」の字を図案化したものなのですが、ベースにいくつかバリエーションがあり、タキ33067のような四角いベースのものが多く見られました。タキ39939、タキ35060は1990年代後半まで残っており、タンク上ランボードの手すりを黄色く塗装している写真が見つかったので、これを表現しました。併せて、タキ35060は片側ブレーキの初期型だったので、ランボードと手すりを併せてモディファイしています。
 

タンク車の加工(その5)オリジナルの社紋板を作る

 投稿者:原口 悟  投稿日:2017年 7月23日(日)23時09分25秒
返信・引用
  皆さんこんばんは

以前紹介した「タンク車の加工」の続編として、いくつかオリジナルの社紋板を製作したので、紹介したいと思います。
 まず、石油系タンク車で、昭和60年頃までに無くなったため、製品としては流通していない社名の車を、社紋板を自作して表現しました。上が「丸善石油」、中央が「大協石油」、下が「キグナス石油(旧社紋)」です。丸善石油、大協石油は昭和61年に統合して「コスモ石油」になり、この時にタンク車を全て日本石油輸送に移籍させています。このため、両石油会社の社紋板が付いているタンク車の写真は非常に珍しいものになっています。
 上の丸善石油のタンク車は左はタキ3000形のタキ33112、右はタキ50000形のタキ50055です。丸善石油の社紋は円板2枚が特徴で、片方はツバメのマーク、片方は「Z」が図案化されています。社紋板が取り外されていても、「円板2枚」の跡が確認できるものがあり、「元丸善石油の車」であることがわかります。タキ50000型は、インターネットで丸善石油の車の写真は見つからなかったのですが、「学研の図鑑 客車・貨車」に丸善石油のタキ50055の写真が収録されており、これを製作しました。タキ50055は、丸善石油のタンク車の常として、同じ関西系資本の帝国車両で製造されており、「帝国車両の特徴」である「斜め一直線のタンク受台」を持っていました。模型は河合商会の製品ですが、斜め一直線のタンク受台を表現するため、彫刻刀で加工しています。また、製品では台枠上の手すりが変なレイアウトなので、0.3mm真鍮線ですべて作り直しました。併せて、ドームの安全弁も作りなおしています。
 大協石油の車は、タキ3000形のタキ23329とタキ35000形のタキ35693を作りました。大協石油の社紋は「大」の字を図案化したものです。大協石油は中京地区が本拠地だったようで、タンク車は日車本店に多く発注していたようです。
 キグナス石油ですが、左が旧社紋のタキ45575、右が以前紹介した新社紋のタキ45574です。キグナス石油は「日本漁網船具石油部」から昭和47年2月に独立して発足したのですが、直前の昭和46年に設定された社紋が左の旧社紋です。日本漁網船具時代にも社紋の変化があり、昭和37年に形は昭和46年と同じで、月が黄色の社紋が設定されています。日本漁網船具時代のタンク車は、「タキ35927」を確認しているのですが、この車は昭和47年2月のキグナス石油発足の翌月の3月に日本石油輸送に移籍しています。キグナス石油からは、この時に多くのタンク車が移籍したようで、タキ45574,575,578はこの後に改めてキグナス石油から発注された車と思われます。このため、「キグナス石油」のタンク車は非常に数が少なかったようで、最近のタキ45574,575,578以外写真が全然見つかりませんでした。
 

KATOより、クモハ53008―クハ68400、クモハユニ64000茶色ークハ68420セット発売の予告

 投稿者:原口 悟  投稿日:2017年 7月16日(日)00時27分6秒
返信・引用 編集済
  皆さんこんばんは

KATOより、飯田線クモハ53007―クハ68400、クモハユニ64000茶色―クハ68420セットの発売が予告されました
 RM MODELSおよびNEKO MOOK「写真で綴る飯田線の旧型国電」の対談で触れられていた、飯田線旧型国電の次の製品が発表になりました。対談の中でも最初の発売のクモハ53007,008が出てからかなり時間が経ち、その間にディテールがアップデートされて、最初の製品がやや見劣りするようになってきたこと、および最初の製品の流通も少なくなって再生産が考えられていることが紹介されていましたが、まずクモハ53007セットがアップデートされて発売されることになりました。これに合わせて編成相手が正規のクハ68400に変更になります。クハ68400は、内側に寄ったテールライトが表現されます。また、同時にクモハユニ64000のバリエーションとして茶色時代のセットが発売になります。こちらはパンタ鉤外しリンクがひっくり返され、前面窓がデフロスタ付きで木枠だった昭和54年から57年の間の形態になります。編成相手は少し変わり、クハ68420になります。クモハ53007、クハ68420はともに運行窓がガラスパーツになるアップデートが加えられます。

模型では、他にTOMIXより「115系1000番台新潟色2両セット」が発売になります。クモハ114型(1500番台)は長く製品になってなく、今回が初めての製品化です、また、MICROACEより、8月のビッグサイトの鉄道模型コンテストとJAMの特別規格品として、「115系弥彦線色2両セットが発売されます。こちら側も、クモハ115,114型500番台が初の製品化です。

73系の模型について
73おやぢさん
 73系の模型ですが、Models IMONの方でも予告が出ていたのを見ていました。案内を見ると、元63形のクモハ73、クハ79形が木枠窓にHゴム窓、クハ79300台、モハ72500台等、一般的な車の他、「クモハ73096」がピンポイントで混じっていました。
 RPアーカイブス「63・73型電車の時代」のP110の写真ですが、確かに言われてみると窓柱の並び方が不規則で、しかも右奥の方が扉間に窓が3枚しかないように見えるので、確かに32系優等車
由来だとわかりました。
 興味深かったのはP103のサハ78385の運転台撤去部分の車内で、乗務員扉が残った暫定的な工事の頃でも車内の座席がしっかり付いていたことと、乗務員扉の加工窓は機能していたことが注目点です。乗務員扉が残った運転台撤去車は営団丸ノ内線500形がなじみだったのですが、500形の場合は、座席は設置されずただのスペースになっている一方、化粧版が貼られて、室内から見ると乗務員扉部分はただ窓があるだけになっていました。

最近の鉄道情報
 先日の通勤時、山手線のE235系に初めて乗車しました(写真上、7月14日秋葉原にて)。編成は4本目で、これとは別に先月中頃に大井工場に5本目の編成が入っているのを見ました。E235系は10号車がE231系からの転用になりますが、若干数新製車が入るとの話があり、一説によると今回の目撃を含む2本目から5本目の編成が全新製車になるのではないかと言われています。
 一方で、総武緩行線のE231系が1本、青森へ回送されたことが以前ニュースに出ていましたが、「青森車両所の施設をE231系の更新をする工場として整備する」ことがわかりました。数日前の青森地方の新聞で「青森車両所での最初のE231系更新の工事が落成した」とのニュースが流れていました。写真を見ると、現在のところ更新工事をしただけで路線カラーは黄色のままでしたが、「今後武蔵野線、京葉線で使う予定」とのことでした。
 写真下は今日(7月15日)新宿で目撃した189系使用の臨時「あずさ」です。12時発の列車で、使用編成はM51編成でした。

 

最近の発見

 投稿者:73おやぢ  投稿日:2017年 7月15日(土)17時10分45秒
返信・引用
  みなさん、こんにちは。

たまたま模型誌を見ていたら「73系キット発売」の告知があり、野次馬根性でネット検索してみました。
すると、青梅駅で撮影した73形の写真がどんと載っていました。車号不詳ですが偶数車なので「ははぁ、どうせ73134か73162だろう」と思って細部を観察すると、作用管下部のひねり具合や前面窓枠が、この2車とは別物です。がぜん探究心が頭をもたげて、あれこれ探索したところ、73058の可能性濃厚との結果になりました。同車は早期に廃車となっているので貴重ではないかと思い、ご紹介する次第です。気になる方は、エコーモデル、アトリエリーフの文言から検索してみてください。

ついでですから、関連してRPアーカイブス「63・73形電車の時代」の判明車号を少々。1ページ上…79136、2ページ下…73061ほぼ確実、3ページ中…73031、同下…73108、4ページ…原口さんご紹介のとおり、17ページ下…73081、18ページ中…73140といったところです。個人的に衝撃を受けたのは、79ページの横須賀線でした。CS100系を装備した63形の写真を初めて見ました。

摩訶不思議な写真は110ページのクハ16形車内でした。後位に妻窓なし、手前のつかみ棒から後方にかけて通風器が5個しかなく、最大の疑問は手前のつかみ棒よりさらに手前に腰掛がある(クハ16形は運転台直後に腰掛なし)ことでした。一時は途方にくれましたが、手前のつかみ棒は必ずしも最前部ではないのでは…との思いつきから、「32系改78形の旧ロ室を見た」との推論にいたりました。日付に誤りがなければ、78030が有力候補であり、この車の奇数方を見ていると思われます。

最後に、105ページ「昭和27年度 モハ63形更新…」の記事、初出(電気車の科学)も同タイトルでしたが、記述内容から昭和28年度が正当です。

みなさん方の参考になれば、幸いです。
 

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