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高崎車両センター115系、211系の動向(その3)最後のサハ115

 投稿者:原口 悟  投稿日:2016年10月30日(日)22時54分39秒
返信・引用
  今回、サハ115を組み込んだT1159編成に出会いました。高崎車両センターにはさあh115を組み込んだ4両編成が2本(T1044編成:クモハ115-1033-モハ114-1044―サハ115-1007-クハ115-1034とT1159編成)。両編成はサハ115を抜いた3両編成で使われることも多く、4両編成で使われているところに出会った機会があまり多くない印象があります。両編成は経歴が異なっていて、T1044編成の方は昭和53年の北関東ローカル70系置き換えで投入された3両編成に、昭和60年に新潟ローカルから転入したサハ15を組み込んだ編成で、同様の編成は60-3改正で多く登場したのですが、平成に入ってからの211系投入による置き換えの過程で多くの編成がサハを抜いて3両編成に戻っており、この編成だけが残ったものです。一方、T1159編成は元々中央東線の身延線旧型国電が使われていた運用の置き換えで投入されたもので、「唯一の横須賀色の115系1000番台」でした。当時はサハ115-1027を組み込んでいたのですが、その後の転用の過程でサハは0番台のサハ115-22に置き換わり、さらに小山の115系のE231系への置き換えの過程でサハ115-1019に交替したものです。
サハ115は新潟の車はすでに運用を離れており、高崎でも211系への置き換えが進んでいる中で、先が長くないことが確定しているので、もしかしたら今回の目撃が最後の「サハ115の目撃」になる可能性があります。
 
 

高崎車両センター115系、211系の動向(その2)高崎駅で見た115系

 投稿者:原口 悟  投稿日:2016年10月30日(日)22時31分5秒
返信・引用
  高崎鉄道ふれあいデーの後、高崎駅でも車輌観察を行いました。目撃した115系は3両編成のT1032編成(クモハ115-1022-モハ114-1032-クハ115-1022、写真上)、サハ115を組み込んだT1159編成(クモハ115-1056-モハ114-1159-サハ115-1019-クハ115-1208、写真中央)、高崎鉄道ふれあいデー会場からも目撃したT1133編成(写真下)でした。  

高崎車両センター115系、211系の動向(その1)高崎鉄道ふれあいデー会場にて

 投稿者:原口 悟  投稿日:2016年10月30日(日)22時12分38秒
返信・引用
  皆さんこんばんは

29日(土)に高崎車両センターで「高崎鉄道ふれあいデー」が行われました。これに合わせて高崎駅で115系、211系の動向を見てきたので報告したいと思います。高崎地区の115系は、211系リニュアール車が投入される直前の8月13日に観察をしたことを報告しましたが、今回は211系への置き換えの初期段階の報告になります。

まず、高崎鉄道ふれあいデーでは、休憩用車両としてT1146編成(クハ115-1137―モハ115-1082-モハ114-1146―クハ115-1201)が使われていました(写真上)。また、会場にいる時に高崎駅へT1133編成(クハ115-1125-モハ115-1070-モハ114-1133-クハ115-1087)T1142編成(クハ115-1133―モハ115-1078-モハ114-1142-クハ115-1096)が移動するのを見ました。休憩用車両のT1146編成には、足回りに近づくことができたので、この機会に床下機器等の観察を行いました。
 

熊谷市のドライブインで見た車両再確認

 投稿者:原口 悟  投稿日:2016年10月29日(土)20時17分24秒
返信・引用 編集済
  皆さんこんばんは

熊谷市のドライブインで見た車両の再確認
前納さん
 河口湖駅の部品取り車が「サハ205,204-10」との情報をありがとうございます。6000系の車番が2段窓車と1段窓車とで番台区分されていることは確認できました。

 「熊谷市のドライブインで見た車両」ですが、目撃したのは2011年4月18日のことで、正確には「サハ205-3」と「サハE230-536」でしたので訂正します。大宮工場内で目撃した車と記憶が混じっていたようです。サハ205-3とサハE230-536の写真を改めて紹介したいと思います。
 中央の写真で、左に見えるのは「吊り金具」で、後で情報を見たのですが、その後船に積まれているので、積み下ろしの道具を持参していることになります。下の写真は台車を積んだ別のトラックです。上記のように、両者が船積みされている写真をその後見ているのですが、そこから何処へ行ったか、は当時のこの場でも突き止められなかったと思います。
 なお、ドライブインの場所ですが、籠原駅前通りをずっと北に進み、国道17号バイパス(上武国道)と交差する付近です、ここでは、上田電鉄へ輸送される東急1000系や、現在赤城山麓で保存活動が行われている東急デハ3450形デハ3499号車の輸送時にも休憩所となっており、観察に出向いています。
 

富士急の205系

 投稿者:前納浩一  投稿日:2016年10月21日(金)21時14分46秒
返信・引用
  原口さん、みなさん、こんばんは。富士急行の205系の写真や情報、ありがとうごさいます。

一段下降窓車と二段窓車は別形式(区分代?)になっていたと思います。確認してみて下さい。
それにしても、今はラッピング車になっているのですね。

河口湖駅に置かれているユニットはモハ205/204-10です。甲種輸送時に車番の目撃情報があります。
一方、モハ205/204-1は、クハ205-1と共に大宮総合車両センターに運び込まれたハズですが、その後、改めて移動したのでしょうか。同じ編成のサハ205-1を含む残り7両は、まとめて長野総合車両所に送られており、改めてモハ205/204-1とサハ205-1が行動を共にするというのは考えにくいので、目撃なさった時の情報などをいただけるとありがたいです。
 

富士急行レポート(その5)京王5000系の動向(2)とオリジナル車5000系

 投稿者:原口 悟  投稿日:2016年10月20日(木)00時34分10秒
返信・引用
  富士急行1000系としての原色は1206編成を目撃しました。この編成も何度か目撃しており、写真上は14日昼に月江寺―富士山間で撮影したもの、写真中央は京王色の1001編成と連結して同日朝に月江寺―富士山間を走るものです。1000系を連結した4両編成は、このほか15日朝に旧富士急色の1202編成と1206編成が連結したものを見ています。
結局富士急1000系は1001, 1202, 1205, 1206編成の4本を見たのですが、残る1本の1201編成は目撃せずに終わっています。

写真下は富士急オリジナル車の5000系で、現在は「きかんしゃトーマス号」になっています(10月15日、下吉田駅で撮影)。地方私鉄を見渡してもオリジナル車を所有する社が数少なくなっている中で、「富士急行オリジナル車」として強い独自性を放っており、何だかんだで現在まで走り続けています。
富士急行は現在でも国鉄―JRからの定期列車の乗り入れがある、という点でも非常に珍しい存在で、乗り入れ列車の多彩さも見ることができました。

これで今回の出張先の電車事情の報告を終わりたいと思います。
 

富士急行レポート(その5)京王5000系の動向(1)

 投稿者:原口 悟  投稿日:2016年10月20日(木)00時13分47秒
返信・引用 編集済
  元205系の6000系が入線したことにより、元京王5000系の1000系は4本が廃車になり、現在は5本が残っています。現在、このうち何本かが特別色に塗られているので紹介したいと思います。
写真上は富士急行旧標準色(1202編成:元小田急2200形まで塗られていた昭和50年代までの塗装)です。写真は10月15日朝富士山駅で撮影ですが、この編成は13日の富士吉田訪問時に乗車したほか、出張中にしばしば目にしました。
写真中央は京王5000系時代のオリジナル色(1001編成:10月14日・河口湖駅で撮影)で、最近になって各地方私鉄へ散った元京王5000系に見られる京王時代塗装の一環です。この車両の場合、京王時代の旧車番を復刻したナンバープレートも付けています。
写真下は観光電車「富士登山電車」に改造された1205編成です(10月14日・河口湖駅で撮影)。日没近い時間での撮影の上、背後に「フジサンビュー特急」がいるため、保護色のようになってしまっています。
 

富士急行レポート(その4)「フジサン特急」用車両

 投稿者:原口 悟  投稿日:2016年10月18日(火)23時52分14秒
返信・引用
  富士急行内特急の「フジサン特急」用車両は長く元165系「パノラマエクスプレスアルプス」用車両が使われていましたが、最近になって元小田急20000系の新「フジサン特急」と元JR東海371系の「フジサンビュー特急」に置き換えられました。今回の出張では「フジサン特急」の方は何度か走行写真撮影の機会が有ったのですが、「フジサンビュー特急」のほうは走行写真撮影の機会が無く、河口湖駅の留置線で撮影できただけにとどまりました。
写真上は河口湖形より富士山駅に進入する「フジサン特急2号」(10/14撮影)、写真中央は月江寺―富士山間を走る「フジサン特急3号」(10/14撮影)、河口湖行側線に留置される「フジサンビュー特急」(10/14撮影)です。
 

富士急行レポート(その3)富士急行の元JR東日本205系

 投稿者:原口 悟  投稿日:2016年10月18日(火)23時14分9秒
返信・引用 編集済
  富士急行の普通列車用車両は1990年代中頃以降長らく元京王5000系の1000系が主力でしたが、2012年にJR東日本の205系が3両編成に改造されて6000系となって4本が導入され、1000系の半数を置き換えました。6000系は3本が2段窓車、1本が下降窓車です。訪問時は2段窓車1本が富士吉田の車庫で検査中で残り3本が運用に入っていましたが、出張に見た限りでは1000系よりもよく目にしました。写真上は河口湖側より富士山駅へ進入する6000系2段窓車(10/14撮影)、中央は富士山を背景に月江寺―富士山間を富士山駅へ走る6000系下降窓車です(10/15撮影)。
運用に入っている車とは別に、河口湖駅の側線に部品取り用としてモハ205-モハ204のユニットが1組留置されていました(写真下、10/14撮影)。車番はテープが貼られて隠されていますが、「8号車」と「9号車」の号車札が入ったままになっており、車号は4,7,10のいずれか(1はサハ205-1とともに熊谷市内のドライブインで目撃しており、別のところに運ばれている)です。

(10/29訂正)
熊谷市内のドライブインで目撃した車両は「サハ205-3」と「サハE230-536」でしたので上記()内の記事を訂正します。
 

富士急行レポート(その2)富士急行内での保存車両車両

 投稿者:原口 悟  投稿日:2016年10月16日(日)23時05分55秒
返信・引用
  富士急行内では、現在河口湖駅前に富士山麓電気鉄道電車運転開始以来のモハ1、月江寺駅構内に寝台特急「北陸」で使われていたスハネフ14 20と富士山麓以来の貨車のト104と元は南海のワフ1, 2が保存されています。
 写真上はモハ1で、14日の夕方に訪問しました。日没が近いので光量が微妙です。写真中央と下は月江寺駅の保存車両で15日昼の訪問です。スハネフ14は「富士」のテールサインと、方向幕は西鹿児島行時代の西鹿児島行の表示を出しています。月江寺駅の保存車は土休日は車内を公開しており、車内も観察してきました。
 

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