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モハ72920台の「亀の子型避雷器」について

 投稿者:原口 悟  投稿日:2017年 9月16日(土)23時04分52秒
返信・引用 編集済
  73おやぢさん紹介の写真を見て、モハ72920台の屋根に乗っている避雷器が「亀の子型」であることに気づきました。最初、片町線の晩年の頃(昭和50年頃)の写真かと思ったのですが、「亀の子形の避雷器」とは両立せず、昭和40年から45年頃までの間、淀川電車区にはモハ72920台は所属していなかったことから、古い写真かとも思いました。
 古い写真とすると、モハ72961~963が淀川電車区に所属しており、全金更新車が淀川電車区へ配属された頃(73023, 045, 047が昭和39年末から配属)になると思うのですが、手許の資料では、昭和41年4月の時点で淀川電車区にはモハ72型は920番台だけでなく、全て無くなっていたので、もしこの仮定が成立するとしたらモハ72型の淀川電車区への貸し出しの可能性を含めて昭和40年初頭の短い間の写真と考えられます。
 一方で、新しい写真とすると昭和47年度に淀川電車区に大挙モハ72920台が転入(モハ72942, 951, 952, 953, 954, 956, 961, 962, 963)した頃だとおもうのですが、亀の子形避雷器がこの頃までまだ存在していたかどうか、また、朱色への塗り替え時にも亀の子型避雷器が存置されていたか不明(塗り替え時に全検を行って避雷器を交換した可能性が高い?)ため、こちらも昭和47年ごろの短い期間に限られるのではと思われます。

 避雷器で考えたのですが、昭和50年代はLA15型(カバーの無い「釜飯型」、カバーの付いた「ドラム缶型」)が一般的になっていますが、これ以前の避雷器(箱型、細い円筒型、亀の子型)はいつ頃まで使われていたものでしょうか。
 「箱型」は昭和20年代の旧型国電で一般的だったもので、時期的に最後の写真での目撃は、昭和45年頃撮影と考えられる富山港線のクモハ73305です。このため、電車のイメージが強かったのですが、最近購入した「RM Models Archive Detail File 002 ひさし付き車体のEF10」、「005 丸型車体のEF10」、「007 角型車体のEF10」で箱型避雷器を付けたEF10型の写真を何枚か確認でき、機関車でも使われていたことと、昭和40年頃までは一般的だったことが確認できました。
 「細い円筒型」はEF58型の特別塗装機で一般的だった印象があるのですが、上記「RM Models Archive EF10」各号でも細い円筒形の避雷器が確認できました。
 「亀の子型」は「151系特急型電車」の印象が強いのですが、旧型国電でもけっこう目撃しており、「最盛期の国鉄車両」や、「旧型国電ガイドブック」等昭和45年頃までの情報を集めた文献ではよく見る印象があります。これに対して少し時代が下ると、避雷器はほぼ釜飯型かドラム缶型に変化しているので、在来型の避雷器は「一挙に交換された?」と思われ、上記の片町線のモハ72型の「新しい方」の過程が成立しにくくなる一因になっています。
 また、模型の方でも「避雷器」や屋根の上で目立つために気になる要素で、先に紹介した「昭和46年ごろのクモハ43009 - クハ16470」でも元の製品のLA15型「ドラム缶型」を付けているのですが「昭和46年の時点でLA15型、特にリブの付いた「ドラム缶型」が間に合ったかどうか」微妙です。改めて「最盛期の旧型国電」P74の写真を見ると、避雷器は連結されているクモニ13―クモニ83100台とともに「細い円筒形」でした。
 
 

モハ72、クハ79920台と全金更新車の幕板の高さの違い

 投稿者:原口 悟  投稿日:2017年 9月16日(土)21時29分38秒
返信・引用 編集済
  皆さんこんばんは

モハ72、クハ79920台と73系全金更新車の幕板の高さの違いについて
73おやぢさん・前納さん・1380さん
 E235系のE231系編入車との間の幕板の高さの違いが、かつての72920台と全金更新車を彷彿させるとの話を伺って、私は典型例として富山港線の73系を思い出しました。73おやぢさん紹介の写真を見て、富山港線の73系かと思ったら、幕板が高い車の方にパンタグラフが付いており、別の車だと気付いた次第です。
 また、10年くらい前に「我が心の飯田線掲示板」のオフ会で大成の鉄道博物館に集まった時、館内展示のクモハ101-902を見て、「101系試作車の量産化改造で”雨樋を埋め込んだ高い幕板”から”外付け雨樋の普通の幕板”へどう工事をしたのか」いろいろ話しあったことも思い出しました。101系試作車の場合、「幕板と屋根の接続部」の構造が、垂木と側柱の接続の位置が量産車とは根本的に変わってしまうこと等、かなり違っているはずで、「どのようにして量産車と同じ構造に変更したのか、かなりの大手術になったはず」との話になりました。
 先日、鉄道博物館のオフ会の事を思い出し、101系試作車の量産化改造をどうしたか考えたのですが、もしかしたら、スロ54、62形の冷房化改造のように、「在来の屋根を切り取って別に新製した屋根を取り付けたのではないか」と思いつきました。スロ54、62型が、冷房改造の工場ごとに「屋根を切り取る位置」が「雨樋の上辺」と「雨樋の下辺」と異なったため、幕板の高さが高低の2種類が発生したことから、101系900番台の量産化改造でも「量産車の幕板の高さ」で屋根を切り取り、量産車と同じ形態の新製した屋根に交換する、という工事を行ったのではないかと考えたものです。
 ただ、この工事を行うと、屋根の取り付け部が弱点になってしまうため、軽量客車のナロ10形を冷房改造してオロ11型になった車では強度の低下が致命的な弱点になって深刻な台枠下垂が起こり、晩年(とはいっても冷房改造からは5年程度の昭和40年代末頃)には車体全体のゆがみが激しくなって「窓が開かなくなった」という話があります。101系も同じ軽量構造で、「電動車関係の床下機器」がぶら下がっているために「かなりの荷重がかかっている」ことはオロ11型と変わりは無いために101系試作車も晩年は窓が開かないほどに台枠下垂が起こっていたのではないかと考えられます。
 73系の鋼体化ですが、「鉄道史料」21号にクモハ73600台の先頭車化改造について、「前年度(昭和41年度)に全金更新を併施して先頭車化改造したクモハ73500台が、「意外に経費がかさんだこと」「今後の車両の交代時期を考えると投資効果が十分に発揮されない間に廃車となる公算が大きい」ために実施された」との記述(P26)があります。これを考えると、昭和37~40年度に先行して行われたクモハ73、モハ72型の全金更新は、「投資効果がある」時期に行われた、「時宜を得た」工事だったことになり、実際、最後の73系となった富山港線が、「クモハ73型全金更新車とクハ79920台の組み合わせ」になったことから、920番台よりも10年くらい車齢の長いモハ63型由来のクモハ73形を「73系の最も新しい車と同じくらいまで車齢を伸ばす」という目的は十分に達成されたと解釈できます。
 

張り上げ?

 投稿者:白い陽  投稿日:2017年 9月16日(土)20時30分11秒
返信・引用
  こんばんは。ご無沙汰しています。

73おやぢさん

やはり、と言っては失礼かと存じますが、私もE235を見た時に張り上げになった側面に72920が重なりました。
RP誌はどなたが執筆されるのか、願わくば73おやぢさんが少し関わってくれたら…なんて無茶なことを思ったりします。


73503さん
先日の仙石線の事故車補充の件ですが、事故後1週間と経たずに47年の8月に73029と72562が仙石線へ甲種で送られています。これは鶴見線の置き換え用に留置してあった車があったのですぐに用立てられた、ということだと思います。
その後、11月になると南武線へ101系が投入された捻出車、79369が仙石線へ、73029は当月から17m車の置き換えが始まった鶴見線へ戻り、鶴見線へ入る予定だった72562の代わりに南武線からの72621が鶴見線へと回されています。
奇数クハの代わりにクモハが貸し出されていますが、すぐに動かせる奇数クハがなかった?、クモハはクハを兼ねる?、またかなりの事故なので3両目4両目も損傷があったはずで、その補充も兼ねて? そんな複合的な理由があったのかもしれません。
もしも、仙石線の事故がなかったら、79369、72621はアコモで投資したばかりだし、横浜線あたりに転出していたのかもしれませんね。
 

72系特集号

 投稿者:クモハ73503  投稿日:2017年 9月13日(水)23時17分42秒
返信・引用
  皆様こんばんは。

鉄ピク誌の次号が72系特集で今年3月に発売されたアーカイブスセレクションと異なり晩年の状態も内容に含まれるようですね。

晩年という事で気になるのがこちらでも話題となったアコモA工事の一覧表の実車とのズレも訂正されるのでしょうかね。

前回の2000年に発売された特集号の時の一覧表が再度掲載されるのではという予感もするのですが(笑)

そのへんの所がこの11月号でスッキリ解決してくれればと思っているところです。
 

Re: 最近、とても気になること

 投稿者:1380  投稿日:2017年 9月13日(水)07時04分55秒
返信・引用 編集済
  > No.2316[元記事へ]

皆さん、おはようございます。

73おやぢさん

> 個人的趣向で恐縮ですが、私は東のEシリーズには全く興味がありません。

私もご同慶です。東のEシリーズと、そのそっくりさんとを併せ、保有鉄道事業者に関わらず、私は「ミスターE電」シリーズと揶揄しているのが実状です。

> はて、いつかどこかで見た光景のような…72920と鋼体強化車(いわゆる近代化改造車)の再来ではないですか。

私は、72系と73系を厳密に使い分けています。
桜木町事故以前に製造された旧モハ63系シリーズが「73系」、
桜木町事故以降に製造された新造車シリーズが「72系」です。
但し、モハ63系が出自であっても、72系900番台は「72系」として扱います。

旧32系・42系改造車は、強いて言えば「クモハ31系」といったところでしょうか。

こうして見ますと、新造時から張り上げ屋根のスマートな全金属製車体で登場した72系920番台と、雨樋丸出しの73系近代化改造車とでは、格差が明々白々です。

つい最近まで見られた大阪環状線103系などでも、張り上げ屋根に大改造された体質改善40N更新車と、それ以外の延命更新車とでは格差を感じましたので、まさに「歴史は繰り返す」です。

体質改善40N更新車が登場した当初は、「阪急電車みたいな外観をした103系が登場した」と大喜びしたものでしたが、その後は外観上ほぼ原形を残したままの体質改善30N更新にレベルダウンし、本当にがっかりしたものでした。

逆に、105系0番台や201系などは、今考えれば、張り上げ屋根化や側窓の銀縁サッシ化などせずに、ほぼ原形のまま体質改善更新をしても良かったのではないかと思います。

> などと考えていたら、RP次号の特集は72系とのこと。一日千秋の思いです。

楽しみにしています。

なお、前納浩一さんの「断面」の件は、了解です。

以上です。
 

断面

 投稿者:前納浩一  投稿日:2017年 9月12日(火)17時52分47秒
返信・引用
  73おやぢさん、みなさん、こんにちは。

E235系とサハE231(235)形4600番代ですが、車体断面も異なるのでデコボコに見えます。

サハの4600番代は雨樋が車体から大きく飛び出しており、これを限界内に収めるため、車体の上半分が内側に傾斜しています。一方、普通のE235系は雨樋の飛び出しが無く、限界に沿って車体側面を垂直に立ち上げています。

なので、遠方を走っているE235系を正面方向から見ると、デコボコに見えるのです。
 

最近、とても気になること

 投稿者:73おやぢ  投稿日:2017年 9月12日(火)16時29分58秒
返信・引用
  みなさん、こんにちは。

個人的趣向で恐縮ですが、私は東のEシリーズには全く興味がありません。しかし最近、あることが妙に気になりだしました。E235系の10号車(サハ)です。ごく一部の新造車を別にすれば中古再生なので、ここだけ雨樋に段差が生じて編成美を損ねており、これがマニアの琴線に触れるのです。西日本なら103系体質改善車の境目などで日常的なのでしょうが、東京ではちょっとした衝撃です。添付写真は横から見ているので、たいしたことないみたいですが、ホーム進入時に前から斜めに見ると、かなりデコボコです。

はて、いつかどこかで見た光景のような…72920と鋼体強化車(いわゆる近代化改造車)の再来ではないですか。
などと考えていたら、RP次号の特集は72系とのこと。一日千秋の思いです。
 

17m車末期の飯田線の製作

 投稿者:原口 悟  投稿日:2017年 9月10日(日)23時54分11秒
返信・引用
  皆さんこんばんは

飯田線における最末期の17m国電は、WC付きのクハ16形が確か昭和46年度まで残っていて、横須賀色への塗り替えが間に合いましたが、この「横須賀色のクハ16形」を製作したので紹介したいと思います。
 WC付きのクハ16型は、リベット付き、リベットが削減された試作車、ノーリベットの車がいましたが、選んだ番号はノーリベットのクハ16470です(写真上)。これは、「最盛期の旧型国電1」P74~75の写真の編成の再現を考えたものです。
 加工は、KATOの鶴見線セットのクハ16がベースですが、リベット付きなのでリベットをすべて削り落とします。また、クハ16470は大宮工場の鋼体化で、乗務員扉周囲の「額縁」が無かったので、額縁の表現を削り落としました。WC部は、隣接する戸袋窓の幅を700mm相当に縮小すると共に妻窓を塞ぎました。床下の水タンクは、形態がよくわからない(クハ16447は楕円形断面のタンクがわかるが、クハ16480は円形断面か?)なので手持ちのパーツの関係から暫定的に古い形態の水タンク(スハ43型までの形態のもの)を付けています。
 前面は、手すりのレイアウトはクハ16447とほぼ同じようですが、若干手すりが少ないようです。箱サボのモールドをTAVASAのパーツに置き換えています。

 クハ16470の編成相手は、クモハ43009です(写真中央)。クモハ43009は公式側の後ろの扉が2段窓なので他の車と区別でき、「最盛期の旧型国電」の写真でも確認できます。2段窓の扉は、Gゴム支持の窓の開口を角を付けてプラ板で埋め込み、2段窓の形に開けなおしました。窓ガラスは17m国電用の窓ガラスから調達しています。
 床下機器は、クモハ50002用のもの(おそらく元はクモヤ90用)の、抵抗器をクモハユニ64000のものに交換しました。
 両車の塗装は前面が一直線の塗り分けにしました。箱サボが塗装ラインにかかるため、箱サボパーツは塗装後に取り付けました。

 写真下はクモハ43009 - クハ16470を編成に組んだものです。「最盛期の旧型国電」では、さらにクモニ83-クモニ13を連結しています。
 

クモハ54007 - クハ47114の製作

 投稿者:原口 悟  投稿日:2017年 9月 6日(水)00時00分11秒
返信・引用 編集済
  先日、クモハ54007 - クハ47114を完成させたので報告したいと思います。

クモハ54007は、仙石線から転属した、ベンチレーターを押し込み型に交換した車です(写真上)。
 ベースはKATOのクモハ54002で、リベットを全て削り落とすとともに、屋根板をクモハ54100台奇数向きと交換して「奇数向きの屋上配管」にしました。
 前面はかなり独特で、前面の貫通路が機能しており、幌枠が付いていました。両吊りの幌枠を付けるために幌枠の型にアングルが付いており、これは0.5x0,2mm真鍮版で表現しました。また、貫通扉に異様に天地の低いサボ枠が付いているのですが、これはTAVASAのパーツを下1/3くらいを切り取ったものを付けました。このため、渡り板を上げた状態にして切り取った部分を隠しています。助士席側のHゴム支持化された窓はTOMIXクモハ73型全金更新車の前面窓利用です。幌枠はKATOの飯田線用の幌部分を切り取って黒塗装しました。
 屋根は、押し込みベンチレーターを付けるため、グローブベンチレーター用台座をすべて撤去して整形しました。押し込みベンチレーター台座はTAVASAの新製品です。
 車体は、公式側の後ろ、非公式側の前と後ろの扉がプレスマークの無いものだったので、パテと瞬間接着剤を使ってプレスマークを埋め込みました。腰板に移動したサボ枠と仙石線時代の貨物票挿しはTAVASAパーツです。

クハ47114も貫通路が機能していました(写真中央)
 ベースはKATOのクハ47102なのですが、クハ47102は、クハ47104とともに腰板のベンチレーターがすべて撤去されており、クハ47114ではこれが残っていたので、リベットの表現が問題になります。リベットはインレタで表現することとして、Train Models Factoryの横須賀色リベットを用いました。KATO製品とは微妙に色の感じが異なり、転写したリベットが見る方向によってはよく見えます。
 リベット以外では、方向が偶数向きなので、奇数向きになっていたクハ47102では存在したジャンパケーブル納めの取り付け穴を整形しました。ただ、塗装はタッチアップだったこともあり、やや歪みが目立っています。
 写真下は、流電と連結したもので、KATOで流電が発売された時のポスターの写真で使われていた写真の編成が、クモハ52004 - サハ48034にクハ47114 - クモハ54007を連結した編成を表現しました。写真でも、クモハ52004が正面ですが、クモハ54007の押し込みベンチレーターがよくわかるものでした。クモハ54007-クハ47114は両側の貫通路が機能していたので、30番台運用の入場時の差し替えによく使われていたようです。昭和53年3月31日時点では、クモハ54007 - クハ47114 - クモハ42011 - クハ68416の4両編成を組んでいましたが、クモハ42011は既に製品化されているので、クハ68416が表現できれば何とかなります。
 

飯田線旧型国電の「変運用」など

 投稿者:原口 悟  投稿日:2017年 9月 5日(火)23時34分31秒
返信・引用
  皆さんこんばんは
yanaさん、お久しぶりです

 クモニ-クモニの運用に旅客車が付く列車は245Mと1232Mの2本とのことで、「写真で見る飯田線の旧型国電」の写真等、クハユニ-クモハの連結した写真は確かに少なく、「変運用」だった可能性が高そうです。また、yanaさんの目撃した、豊橋発の5両編成の列車の付属編成側にクモハユニ64000 - クハ68412が入った列車の存在は、クモハユニ64000が変運用に入った実例を示すものとして貴重だと思います。
 この列車を模型で再現してみました。写真上はクモニ83103 - クハユニ56002 - クモハ51200 -
クモハユニ64000 - クハ68412の5両編成で、クハユニ56002を元のKATO製品の昭和53年仕様から昭和58年仕様に加工したものを作っていたので、編成相手がクモハ51200になりました。写真中央は中間に封入されて旅客車と向き合ったクモハユニ64000で、変運用でなければ見られない非常に貴重なシーンになります。
 変運用では、90番台運用に70番台運用の車両が入る「逆バージョン」もあって、以前この場で情報を紹介して下さっていた高尾山麓住人さんがブログの方で報告されています。車内に折り畳み式の郵便区分棚を展開して臨時に郵便区分室を仕立てている写真が紹介されています。
 また、浜松工場入出場関連では、調べてみたところ、例えばHP「回送・試運転・配給・・・事業臨の世界」中「浜松入出」では、「入出場」の他、「出場試運転列車」もあったようで、クモヤ22だけではなく、クモル23050も伴車として使われている写真が紹介されています。先に報告した「クモヤ - クハの列車」も試運転列車だったかもしれません。

 先に飯田線さよなら運転の旗の話を伺った時から、飯田線旧型国電の模型の状況が急激に変化し、KATOが多くの製品を展開して、「クモハ53008 - クハ47009」も完成品が入手できるようになりました。さよなら運転編成もMICROACEが発売したほか、KATO製品からクモハ54110-クハ47069を加工しています。ヘッドマークも「湘南電車」から「クモハ53008-クハ57009グレードアップパーツセット」封入のステッカーとして出ており、これを使ってさよなら運転仕様にしたのが写真下です。ヘッドマークはあるのですが、肝心の「旗」の表現方法はまだ考え中です。
 

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