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Re: 扇風機取付座

 投稿者:スカセン  投稿日:2017年 9月18日(月)21時48分42秒
返信・引用
  > No.2328[元記事へ]

EF651047さんへのお返事です。

ご指摘ありがとうございます。
加齢とともに昔の記憶が薄れてしまい、掴み棒の存在を忘れて誤記しました。
ところで話は変わりますが、70系と「72系≠73系」に(それと32系にも)一両も保存車がないのは、残念です。

>  72・73系の扇風機ですが、室内灯と同じ位置で8箇所が所定です。ただし、全金車と全金更新車はグロベンが半ピッチずれたのに合わせて7箇所になっています。72・73系ではドアの真上にグロベンがあり、その下は掴み棒なので、その位置に扇風機は付きません。
 
 

中央西線の103系

 投稿者:1380  投稿日:2017年 9月18日(月)16時31分38秒
返信・引用 編集済
  原口さん、ご意見有難うございました。

実は、JR東海中央西線の103系リフレッシュ工事車にも同じような事象がありまして、それは全車両がユニットサッシ化されたわけではありませんでした。

私自身が、実は四半世紀前に、某雑誌に仙石線の103系更新車と中央西線の103系リフレッシュ工事車(執筆時はそのような語彙があったとは知らず「更新車」と記してしまいました)とを比較する記事を発表させていただいたことがあり、その中で、後者のうち一部の車両が原形窓のままであったことから、ゆくゆくは全車両がユニットサッシ化されるのではないかと想像していたのですが、実はその数ヶ月後に補足記事があり、それによれば、ユニットサッシ化が行われていない車両がいるのは、リフレッシュ工事を受ける以前に、特別保全工事を受けて窓枠が新品に交換されていたためである。また、ユニットサッシ化が行われたことで、かえってトラブルが発生した、などという意味のことが仔細に記されており、ようやく納得した次第でした。

要するに、特別保全工事施工車両は、リフレッシュ工事の際のユニットサッシ化が免除されていたことになります。また、本文には直接記されていなかったと記憶していますが、車体の経年変化自体が、外板とユニットサッシとの接合部でのトラブルの原因となったのではないかと思われます。

同様なことは、首都圏で車両更新工事を行った後で、仙石線に転属した103系更新車についてもいえたのではないかと思われます。

ちなみに、側面のユニットサッシですが、仙石線の103系更新車にはバランサがついていましたが、中央西線の103系リフレッシュ工事車にはバランサはありませんでした。

以上です。
 

避雷器

 投稿者:白い陽  投稿日:2017年 9月18日(月)02時50分34秒
返信・引用
  こんばんは。

73おやぢさん

避雷器の特修工事について、初耳情報でありがとうございます。受け持ち車両の入れ替わりなどでスポット的に工事が抜けてしまったのでしょうか、避雷器に限らず時々そういう車がありますね。
いずれにしても大変参考になるお話をありがとうございました。

車体の歪み等

原口さん
車両は荷重がかかった状態で最良の条件になるよう設計されています。そのため台枠も空車では中央部分が高くなっているのが普通です。長年にわたる走行振動や、荷重変化による車体たわみの繰り返しにより各部に寸法狂いが生じるのは普通のことで、その原因が一概に台枠下垂だけとは言えないと考えています。
209系では戸袋部分にみられる外板の歪み同様、旧63型改造車では前面腰板部分の外板、行き先板入れの両側に「ハ」の字にシワがよった車両が多々見受けられました。
 

クハ47011の台枠について

 投稿者:原口 悟  投稿日:2017年 9月17日(日)23時56分45秒
返信・引用
  皆さんこんばんは

クハ47011の台枠について
 以前、すぎたまさんより省電が種車ということになっている小田急1700形の「モハ30型、32型由来の車の謎」と「モハ43型由来の車の謎」の話を伺いましたが、両方が一緒になった謎が「クハ47011」にあります。
 クハ47011は、昭和25年に事故で焼損した「モハ30173」を種車にして昭和27年に豊川分工場で復旧した車ということになっています。この復旧の仕方が、「台枠を延長の上、20m級2扉クロスシートの車体を乗せた」と、どの文献でも記述されています。モハ30173は魚腹台枠のはずなので、この台枠を利用したとすると、クハ47011は魚腹台枠を継承するはずなのですが、写真では魚腹台枠が見当たりません。例えば「最盛期の国鉄車両1 戦前型旧性能電車」P212のクハ47011の写真では、床下に魚腹台枠は見当たらず、しかも中央に水タンクがぶら下がっています。
 魚腹台枠のまま車体を延長した例は、マニ60形200番台が該当します。写真は模型での表現で、奥はKATOのクモハ11、クハ16型浜川崎線セットのクハ16007(奥)と、同じくKATOのマニ60形200番台(手前:元は急行「大雪」セットとして最初に発売されたもので、急行「きそ」用として加工)です。60系鋼体化客車の鋼体化時、魚腹台枠車は、魚腹台枠が中央を縦通しているために水タンクをぶら下げることができないので、旅客車にはならず、マニ60形(使用する水の量が少ないことが見込まれるので水タンクを室内装備で間に合うため)に改造された、といういきさつがあります。魚腹台枠を延長する時、どこに継ぎ足し材を入れたか考えたのですが、KATOの製品では、中間の魚腹部が延長されているように解釈されています。また、RP01-5号(60系鋼体化客車特集(1))P25のマニ60 245の写真でも台車のすぐそばから魚腹台枠が始まっていることが確認できます。この写真とクハ47011の写真を比較すると、「モハ30173の魚腹部の梁はクハ47011には使われていない」と考えられます。
 モハ30173の魚腹部の中梁が使われていないとなると、クハ47011の中梁はどこから来たのかが問題になりますが、改造当初の台車は豊川鉄道サハ1~4に由来するTR11を装備していたので、中梁も豊川鉄道サハ1~4から調達したのではないか、という可能性が考えられます。モハ30型由来の車端部の裾の形状も、クハ47011は継承していないことから、モハ30173に由来する鋼材の使用の割合は低く、継承したものは制御、ブレーキ関係の機器だけで、「名義だけの継承」に近いのかもしれません。

40N工事車について
すぎたまさん
 車体の溶接方法の変化について、具体例として、RF誌の115系3000番台の新車紹介記事(確か57-11改正の特集号)で記述があったことを思い出しました。連続溶接の導入の他、裾の部分の外板をステンレスにすり、という記述もありました。
 車体のゆがみが原因かもしれない現象は165系で実際に見ています。1990年代前半の静岡在住時に静岡から下り大垣夜行を使った時、静岡着の前(確か沼津の辺り)で客室の窓ガラスが1枚割れ、静岡停車時にアルミサッシごと交換する作業を行ったのですが、ワンタッチで取り替えることができず、トンカントンカンと色々調整をしてアルミサッシをはめ込んでいました。
 また、最近の車両では209系に台枠下垂を実見しています。特に夜間に見ると、戸袋窓部分の外板に車体中央を基準としてV字型にしわが寄っているのがはっきりわかり、台枠下垂が起こっていることがわかりました。2000年代初頭の時点で戸袋窓のしわが顕著だったので、当初の車齢と想定された13年を待たずにリタイアする車が出るのではないか、と思ったものです。

避雷器について
73おやぢさん
 避雷器の情報をありがとうございます。昭和41年ごろからドラム缶型への整備が始まったとなると「最盛期の国鉄車両」「国鉄電車ガイドブック」の頃が確かにちょうど過渡期になりそうです。また、件の写真は昭和49年のモハ72953とのことで、田中さんのモハ72954と併せ、遅くまで亀の子型避雷器が残った車もいたことに驚きです。
 

扇風機取付座

 投稿者:EF651047  投稿日:2017年 9月17日(日)23時00分28秒
返信・引用
   72・73系の扇風機ですが、室内灯と同じ位置で8箇所が所定です。ただし、全金車と全金更新車はグロベンが半ピッチずれたのに合わせて7箇所になっています。72・73系ではドアの真上にグロベンがあり、その下は掴み棒なので、その位置に扇風機は付きません。  

Re: 最近、とても気になること

 投稿者:スカセン  投稿日:2017年 9月17日(日)22時31分17秒
返信・引用 編集済
  1380さんへのお返事です。

スカセンです、初めまして。
私も、同じ4ドアロング車とはいえ、72系と73系は別物だと考えています。
それが証には、4ドア車に置き換え当初のオサ緩行や中央西線では、
63系出自の車両(除く全金改造車)はお断りとなっていましたから。
もし、63系を早い段階ですべて全金車に更新していたら、
現実には旧63系と混同されて白い目で見られていた、72系の評価も上がっていたと考えます。

それから、釈迦に説法ながら&遅まきながら原口さんへのご返事です。
記憶によると、昭和40年代のマト区の72・73系の扇風機の取り付け座は、各車7か所でした。
しかし、実際に扇風機が取りつけてあるのは、各ドア直下の4か所のみと記憶しています。

sukasenndesu,

 

雨樋と避雷器

 投稿者:73おやぢ  投稿日:2017年 9月17日(日)16時05分26秒
返信・引用 編集済
  みなさん、こんにちは。

個人レベルの与太話にみなさんからご返事を頂戴しまして、ありがとうございました。
雨樋の段差を気にする私は変人かなぁと思っていましたが、同好の士(?)がたくさんいらっしゃるようで、安心しました。

原口さん
避雷器の大まかな流れは、木箱(LA12)→鉄管(LA12A)→亀の子(LA13)→釜飯(LA15)→ドラム缶(LA15B)です。
たしか昭和41年だったと記憶しますが、特修工事で避雷器更新および整備が始まりました。「LA12とLA12AをLA15Bへ取り替え。LA15は保護用オオイを取り付けてLA15Bに整備」というような内容で、翌年以降も継続されて、あっという間にドラム缶が全国的に普及しました。

変遷を72形で見ると、63形改のほとんどは木箱で再末期の出場車のみ鉄管、72500~は鉄管、72920~の第一陣は鉄管で量産車は亀の子、となります。木箱は耐久性の問題から鉄管に替えられた例が存在しますが、木箱や鉄管から亀の子になった例は知りません。釜飯は今までに63形改73形で1両確認(車号不詳)していますが、これは早期にドラム缶化したと思われます。なお鋼体強化車は施工工場の考え方もあり、木箱、鉄管、亀の子、釜飯が見られます。

白い陽さん
写真の車は昭和49年撮影の72953です。なるほど72954も亀の子ですが、72954は樋に添えゴム付きの点が72953と異なります。特修工事のメニューにLA13の記載がなかったからなのか、吹田ではこの種の改造が徹底を欠くことがままあるからなのか、事情はわかりませんが、この時期に少なくとも2両の亀の子型避雷器が残っていたのは珍しいですね。
追加です。ただいま田中さんのページを拝見したら、72954は添えゴムが無いみたいですね。私が昭和49年に撮影した72954は添えゴム付きです。この間に入場して添えゴムを撤去したにもかかわらず旧式の避雷器は存置した? ううむ、吹田は奥が深そうです。

などと言っていたら、RP発売まで1週間を切ってカウントダウン状態になりました。なにやらボージョレ・ヌーボーみたいです。

 

溶接法との関係も?

 投稿者:すぎたま  投稿日:2017年 9月17日(日)15時22分43秒
返信・引用
  原口さんこんにちは。

40N工事後のすきま風の話ですが、115系と、201系・105系3ドア新製車では、車体の素材・溶接法が違うから、ということは考えられませんかね。201系(103系の最終増備車も)からは、連続全周溶接になったはずなので、腐食に強い構造になっています。
その辺影響してないでしょうかね。

101系900番台の屋根工事は、新性能国電最大級?の謎かもしれませんね。
確かにいっそスロ54みたいに、屋根すげ替えという線もありえそうです。
ただ、101系をはじめとした新性能車輌群に、車体が変形するほどのゆがみやひずみが生じたという話は、聞いたことがありません。ナロ10形のオロ11形化では、車体の変形が…という説があることは承知しておりますが、具体的にどれほどの変形量があったかに言及している文献は無いようにも思えます。見た目で、窓柱の腐食が激しそうに見えるので、窓が開きにくくなったのは、サビのせいかもしれません。
戦災復旧客車の、焼損による台枠変形(大半は垂下だが、場合により隆起)は、ひどいものでは10センチ以上にも及んでおり、それを切断して接合しながら修理したので、台枠はつぎはぎなはずですが、見た目はそれほどの変形は見られません(外板はベコベコが多いですが、あれはひずみ取りを省略しているため)。
江ノ電の303-353は、冷房化後に見た目わかるほどの台枠垂下がありましたが、乗っていて壊れそう(笑)とか、窓が開かないということはありませんでした。調整次第の部分もあるかと思います。

101系900番台の屋根を、「切り取り交換」工法で、工事したとすると、モハ100形、クモハ100形のランボード形状が変化するなどや、パンタ台形状、パンタからの配管引き回し形状に変化があってもおかしくないかと思われますが、それがあるか無いかが一つの判断材料になるかもしれませんね。
台枠下垂があったかどうかは、大井工場での保存時代、南武線での現役時代のクモハ101-902を見ましたが、わかるほどの変化やしわなどは見られませんでした。
最近のE217系のほうが、川崎重工製はよれよれ車体です…(工法の関係ですけど)。

失礼いたします。

http://princesscomet.net/

 

JR西日本の40N窓枠交換車について

 投稿者:原口 悟  投稿日:2017年 9月17日(日)12時04分32秒
返信・引用 編集済
  皆さんこんにちは

JR西日本の40N窓枠交換車について
1380さん
 JR西日本の40N窓枠交換車ですが、実は「すきま風が激しい」という指摘があります。
 ちょうど40N工事が進んでいた2000年頃に、岡山地区の115系の運用情報を紹介していた掲示板に、岡山地区にも登場した40N車が「すきま風が激しいために窓側の席は寒く、通路側の席に座るようにしている」という報告がありました。ここで、「何故すきま風が激しくなったのか」議論されており、「新製から20年くらいたっているために経年によって車体がゆがんでおり、新しい窓枠を「ワンタッチではめ込む」ことができず、現物合わせで車体を削ってはめ込んでいるために、隙間が発生して、これを塞ぎきれなくなっているのではないか」との説が提示されていました。「すきま風が激しい」ということは、同時に「雨水が侵入しやすい」ことを意味しており、このため、40Nの車体更新をしたことが、かえって車体の腐食を早めることが危惧されていました。
 この情報に接していたため、30N工事で窓枠をそのままにしたのは、「窓枠交換が作業量の割には効果が低い(車体の腐食をかえって早める)」ためにむしろ窓枠をそのままにした方が腐食対策としては有利」との判断が働いたためではないか、と考えました。また、同時に窓枠交換が201系、105系に移行したのは、「より新しい車の方が車体のゆがみが少ないために窓枠の交換が容易であること、同時に隙間が少ないために雨水対策が容易で、窓枠交換が腐食対策として有効に働く」と考えられ、私としては「時宜を得た工事」と思いました。

亀の子型避雷器について
白い陽さん
 田中さんのところのモハ72954の亀の子型避雷器を確認しました。同時期の片町線の他のモハ72000台、500台、920台の写真を見ても他に亀の子型避雷器は見つからず、亀の子型避雷器は非常に珍しいもの(使われている最後のものか?)のようです。
 避雷器に注目して、改めて「最盛期の国鉄車両1 戦前型旧性能電車」を見ると、当時は「細い円筒型」が多いですが、箱型(例えばP43のクモハ11451, 1971年2月撮影)、リブ付きのドラム缶型(例えばP135のクモハ50000,1971年4月撮影)もあり、昭和45年頃が避雷器がLA15型へ統一される過渡期だったようです。
 

避雷器

 投稿者:白い陽  投稿日:2017年 9月16日(土)23時49分30秒
返信・引用
  原口さん

田中景一さんの「旧型国電の記録」内で昭和50.2撮影のモハ72954にその避雷器が確認できます。
 

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