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東京総合車両センターレポート(その4)山手線E231系500番台の転用

 投稿者:原口 悟  投稿日:2017年 8月27日(日)18時18分20秒
返信・引用 編集済
  東京総合車両センターの工場建屋内で見た車両のなかでの注目は「転用工事を受ける山手線E231系500番台」です。
 写真上はクモハ12等車両展示の近くの北側の建屋にいた、帯色を黄色に変更した元トウ510編成のクハE230-510他です。
 写真中央はトウ513編成のモハE530-537で、まだ帯は黄緑色ですが、、所属標記を「八ミツ」と書き換え済みです。
 写真下は、クハE230-510他から1本挟んだ位置にいたトウ510編成のモハE530-528で、ここでも検査標記は29-9東京総合車セ」が確認できます。
 以上の写真から、山手線E531系500番台はトウ510, 513の2本が総武緩行線転用のため入場中ということになります。一方で、同日にE235系の「6本目」を電留線の方で確認しており、今後E231系500番台が続々と転用入場することになります。
 
 

東京総合車両センターレポート(その3)クモハ12052の細部(その2)

 投稿者:原口 悟  投稿日:2017年 8月27日(日)17時47分44秒
返信・引用
  写真上はDT11台車、中央は電気側の床下機器、下は屋上ステップの上に取り付けられた列車無線アンテナです。

 DT11台車はイコライザー式のDT10, TR11台車が球山形鋼の生産中止によって新規製造が出来なくなったために導入された「ボールドウィン形」の台車で、国鉄ではDT11とTR22がモハ31,32系で採用されただけで「ペンシルバニア型」のDT12, TR23台車に移行したために全体としては少数派になり、特にTR22台車はサロ37型だけが採用した希少な台車になりました。
 列車無線アンテナはクモハ12型の場合は屋上ステップを利用する形で取り付けられました。最近のNEKO BOOK「クモハ12とクモニ13」でも注目されているポイントで、「ステップの板そのまま」ではなく、板ごと交換されています。
 

東京総合車両センターレポート(その2)クモハ12052の細部(その1)

 投稿者:原口 悟  投稿日:2017年 8月27日(日)17時35分7秒
返信・引用 編集済
  クモハ12052が展示されていたので、細部写真を撮影しました

写真上は連結器胴受、中央はMGとAK-3コンプレッサー、下は空気溜いろいろです。

改めて見ると、連結器は角が取られていない四角形のもので、旧型国電の末年は予備品が少なくなった関係で角が取られた新性能車の部品が多く流用されたところが多い中で、原型の部品を残しています。
AK-3コンプレッサーは以前西武鉄道の武蔵丘工場で展示されていたものを紹介しましたが、現役のものは西武の譲渡車関連のものも引退期に入っています。
 

東京総合車両センターレポート(その1)クモハ12052の公開

 投稿者:原口 悟  投稿日:2017年 8月27日(日)17時25分32秒
返信・引用
  皆さんこんばんは

先日(8月26日)は東京総合車両センター(元大井工場)の一般公開イベントでした。
 昨年はこのイベントには出向いていなかったので、2年ぶりの大井工場になります。

 展示車両にクモハ12052(写真上)が入っていました。今年のこの場での展示は東側からクモヤ143-8、クモハ12052、EF81 81、EF65 1115で、写真中央はクモヤ143-8、写真下はEF81 81です。クモヤ143もかなり減少しており、残り数両くらいになっていたと思います。
 

伊那松島機関区―浜松工場間の入出場回送列車について

 投稿者:原口 悟  投稿日:2017年 8月24日(木)23時29分30秒
返信・引用
  皆さんこんばんは

伊那松島機関区の旧型国電の浜松工場への入出場について
 先日、JAMに関連して、「クモニ83―クモニ13―クモハユニ64―クハ68の編成の可能性」について紹介しましたが、これに関連して、「飯田線旧型国電の珍しい編成例」を探してみたところ、伊那松島機関区から浜松工場への入出場の関連で珍しい編成を見つけました。
 クモニ83―クモニ13の荷電単独運用は、伊那松島機関区から浜松工場への車両の入出場のスジを兼ねていて、不定期に旅客車が増結されることが有ったそうですが、HP「マル鉄コレクション館」中、2015年3月28日の「飯田線:クモニを含む編成例」の一番下に「クモニ83―クモニ13―クモハ54―クモハ53000」という「全M4両編成」の写真が掲載されています。写真上がこの編成を模型で再現したもので、HP「マル鉄コレクション館」とは別にクモハ53000の方から撮影しています。クモハ54―クモハ53000は背中合わせのMc2両編成の形を取っており、ちょうど2両のクモハの入場のタイミングが合ったために実現した編成です。流電廃車以降の伊那松島機関区の戦前型は実質的に固定編成化されていたので、「本来の編成相手」とは違う車と連結する可能性が有った数少ない機会と思われます。
 これに関連して、「もしかしたら実現したかもしれない編成」として「クハユニ56の回送」の編成を組んでみました(写真中央)。クハユニ56の関係で、上の写真とはクモニ83とクモニ13を入れ替え、クモニ13を中間封入しました。写真自体は見つけていないのですが、昭和53年から58年の間に何回かは見られたのではないかと思います。
 写真下は豊橋から浜松工場までの回送列車を再現したものです。豊橋機関区と浜松工場の間は豊橋機関区在籍の牽引車が控車として使われており、クモヤ22112,113やクモヤ22201が伊那松島機関区の旧型国電と連結されている写真を何枚か確認しています。写真の編成はクハ47069とクモヤ22201を連結したもので、この編成の写真を見ています。この編成の表現のため、クモニ13からの塗り替えでクモヤ22201を作りました。
 JAMの場での宮下さんの話、およびこの2週間前の鉄道模型コンベンションでの宮下さんと関さんの話で、KATO飯田線旧型国電の展開が広がったことにより、販売形態での編成をばらして「いろいろな組み合わせ」が楽しめるようになったとの話が出て、「旧型国電の連結の法則の範囲内」で「いろいろな空想の編成」が出てきました。上記の回送列車は、この「いろいろな組み合わせ」が実現する可能性のあった列車なので、いろいろな編成が目撃されているのではないかと思います。
 

公表権などの著作者人格権の問題か

 投稿者:すぎたま  投稿日:2017年 8月22日(火)00時37分59秒
返信・引用 編集済
  73おやぢさんこんばんは。みなさんこんばんは。

この問題は、かなり実は深刻な問題で、一筋縄ではいかない印象です。
私は著作権処理を仕事の一部にしておりますので、そこの認識はきちんとしていないと困るのですが、
なかなか解釈が様々になりうる問題なので、ずばっと切り捨てることも出来ない部分が残ります。

73おやぢさんの、「著作権は(中略)容易に譲渡できないはず」というのは、著作権の中身のうち、
著作者人格権と著作(財産)権を、混ぜて論及した場合であろうと推察できます。というのは、
著作権のうちの「財産権」については、譲渡や相続が可能です(http://www.cric.or.jp/qa/hajime/hajime2.html)。
一方、著作者人格権は著作者の死亡とともに消滅しますが、
別途保護されるものともされており(詳細略)、今回のケースでは、特に「公表権」が問題になりそうです。
公表権は、著作権法18条に規定がありますが、「著作者は、その著作物でまだ公表されていないもの(その同意を得ないで公表された著作物を含む。以下この条において同じ。)を公衆に提供し、又は提示する権利を有する」とされています。
一方、同条の2項では、「2 著作者は、次の各号に掲げる場合には、当該各号に掲げる行為について同意したものと推定する。」とあり、
「二 その美術の著作物又は写真の著作物でまだ公表されていないものの原作品を譲渡した場合 これらの著作物をその原作品による展示の方法で公衆に提示すること。」とされていることから、
写真のプリントやネガ(このどちらかが原作品かという議論はあるでしょうが…)が未公表なものであって(個人のアルバムからはがしたケースなど)、それが譲渡されたものであれば、
今回のケースのように、購入者が著作権者になる、または購入者が公表することに同意したと解釈できます。

ところがですね(笑)、ことはそう簡単に運ばないわけでして…。法19条の氏名表示権に至っては、買ったプリント写真に、
××(氏名)撮影とか書かれていませんし、そもそも個人情報の壁で古書店も教えてくれないだろうし、撮影者が死去している場合
遺族にあたることも出来ませんね、実際問題として。しかも法は、「3 著作者名の表示は、著作物の利用の目的及び態様に照らし著作者が創作者であることを主張する利益を害するおそれがないと認められるときは、公正な慣行に反しない限り、省略することができる。」なんて言うわけです。
これはつまり、権利者が厳密に誰かわからない写真などを、例えば編集部所蔵などとして転載することは、
「公正な慣行」だから、かまわないとも取れるわけですよ。

同一性保持権などに至っては、トリミングはダメなのか、PC上での明るさ調整や退色補正はどうなのか。
傾きを補正してはいけないのかなど、さっぱりわからないというか、法律がそういう今では当たり前のことを
想定してないとしか思えないのも困るわけでして…。

ということで、簡単にまとめますと、今のところの私の認識としては、
●財産権としての著作権は譲渡可能だし、古写真を購入した時点で、少なくともそのプリントなり、ネガなりの
直接的財産権は譲受したと考えられる(というより事実上そう考えるしか無い)。
●著作者人格権からは、元の著作者の氏名表示や、公表権の問題などから、きちんと利用許諾を得るのが筋だろうが、
古書店に売却するということは、その先のなんらかの利用を意図しているとしか解釈できない(意図しないなら捨てれば良いこと)。
よって、当面元の著作者の黙示的利用許諾があったものと推認して使用し、もししかるべき著作権継承者または、
元の著作者が存命であって、自分の意図しない利用をされていると感じた場合は、「異議申し立て」をしてもらい、
それを検討する…しかないか。
●同一性保持権については、退色補正やトリミング、傾きの補正程度の修正は、「やむを得ない改変」と考え、
異議が無い限りそのまま利用とする。
…というあたりが、現実的かと考えています。
しかし、そもそも写真を売却するという行為が、著作権ごとの譲渡にあたるのかということは、公表権の議論を別にして、原則論としては
「明示されていないと、著作権ごとの譲渡にはあたらない」のでしょうが、実際問題として、ネットオークションや古書店などで
売られている写真の大半は明示しておらず、どっちなのかわからないという実情があります。この点は非常に悩むところです。

73おやぢさんのおっしゃる、法45条による処理というのも、ひとつの考え方・方法論としてありうるとも思えます。
しかし、そっちで処理してしまうと、HPへの掲載は、単なる展示ということになってしまいそうで、その写真や、
それが撮影された背景などについて論じた文章や説明の部分はどうなるのか(二次著作物なのか、写真とは別な著作物なのか)
といった点が、今度は問題になりそうにも思えますし、HPという媒体に限って言うのであれば、プリントをスキャナで取り込み、
HPに貼り付け、何か付帯文書を付けるという時点で、「公衆送信化」をしたことになりますから、
やはり財産権としての著作権を譲受するとしたほうが、その後の利用もしやすいのでは無いかと考えます。

それにしても、この問題は結構面倒な問題です。私も法律の専門家ではありませんが、一応著作権に携わる仕事の
者としては、無関心ではいられません。このような権利保護と、適正利用のあり方とのせめぎ合いは、今後も
発生し続けるでしょうね…。

失礼いたします。

http://princesscomet.net/

 

飯田線旧型国電末期のクモニ83-クモニ13-クモハユニ64-クハ68の編成の可能性

 投稿者:原口 悟  投稿日:2017年 8月22日(火)00時20分15秒
返信・引用
  皆さんこんばんは

飯田線旧型国電末期の荷電+郵便荷物合造車の4両編成にクモハユニ64が入った可能性について
 先週の金曜から日曜に東京ビッグサイトで「国際鉄道模型コンベンション(JAM)」が行われましたが、日曜日に行ってきて、併せてNEKO BOOK「写真で綴る飯田線の旧型国電」を著した宮下洋一さんと、これまで多くの飯田線旧型国電の模型を製作、発表している大久保健二さんによる「モデラー目線で見た旧型国電よもやま話」を聞いてきました。その中で、飯田線旧型国電末期に見られた、”「クモニ83―クモニ13―クハユニ56―クモハ54」という4両中2両半が荷物室で、旅客用スペースが1両半しかない列車”の話題が出ました。写真上が、KATOの飯田線旧型国電で表現した同列車で、手前からクモニ83103―クモニ13025クハユニ56002―クモハ51200です。「写真で綴る飯田線旧型国電」にも、P43に1982年11月14日撮影の同列車の写真が掲載されています。
 ここで話題になったのが、「この列車にクモハユニ64000が入ったのを見たことが無い」ことでした。確かに、この列車の写真は他にも何枚か見ているのですが、いずれも郵便荷物合造車はクハユニ56で、クモハユニ64000が入っている写真は私もまったく見ていません。クモハユニ64000が入ったことを想定した同列車をKATOの模型で表現したのが写真中央で、茶色時代のクモハユニ64000とクハ68420を組み込んでいます。写真下はクモハユニ64000とクモニ13025の連結部分の接写ですが、現車でこのような写真はこれまでに見たことがありません。郵便荷物合造車はクハユニ56が6両、クモハユニ64が1両なので、純粋に混運用されていれば、クモハユニ64が1/7の確率でこの列車に入ったはずなのですが、全く見られないことから、「クモハユニ64がクモニ83―クモニ13と連結する運用に入らないように運用を分離していたのではないか」という可能性が浮かび上がりました。

 ここで、皆さんに伺いたいのは、「クモニ83―クモニ13―クモハユニ64―クハ68」という列車が飯田線を走ったことがあるかどうか、です。

 郵便荷物合造車の運用は伊那松島機関区90番台運用ですが、定期の運用では荷電(たいていはクモニ83)を1両連結した列車(例えば95運用の豊橋発16:08の1227M辰野行)があり、この組み合わせではクモハユニ64が入っている写真を見つけました。90番台の定期運用でクモニ83―クモニ13と連結する運用があれば、クモハユニ64が1/7の確率で入ったはずなのですが、変運用だと、クモハユニ64を除くように運用を限定する細工が行われた可能性が高くなります。
 

私見ですが

 投稿者:73おやぢ  投稿日:2017年 8月21日(月)19時50分19秒
返信・引用
  みなさん、こんばんは。

すぎたまさん
悩ましい問題ですね。私は法律家ではありませんが、話を整理修正すべきポイントがあるようにお見受けしましたので、僭越ながら少々申し述べたいと存じます。とはいえ、これ以上の論を展開できる知識や知見はありませんし、この板の話題かどうかとの立ち位置もありますので、今回限りとさせてください。

●著作権と所有権
著作権はあくまでも作品を制作した著作者(この場合は撮影者)にあり、容易に譲渡できないはずです。すなわち、ネガまたはプリントを入手したすぎたまさんに所有権はありますが、著作権は依然として撮影者(もしくは権利を継承すべき人物…家族でしょうか)にあります。では、著作権者の許諾が得られない(実際問題として確認できませんよね)ので、所有者は私的に楽しむ以外に無力かというと、著作権法45条に、
「美術の著作物若しくは写真の著作物の原作品の所有者又はその同意を得た者は、これらの著作物をその原作品により公に展示することができる。」
とあります。つまり、有名画伯の絵画を購入した人(所有者)は画伯(著作権者)の許諾なしにその絵画を公開することができる、との解釈です。その絵画の複製品を作って販売するなどの行為は著作権にかかわって問題になるのでしょうが、絵画そのものを第三者へ転売することも可能です。これは所有権が移るだけですから。

●ネガとプリント
これも悩ましいです。条文にある著作物の原作品とはあくまでもプリントであり、ネガは作品ではありません。そうすると、同一のプリントを所有する複数の人物は、等しく所有権を持っている、と解釈されそうです。本来は未発行(素人には難解な文言ですが、未発表の意らしいです)のプリントを原作品と言うらしいのですが、この証明もきわめて難しいです。仮に昭和25年に高校生だった人がC62の「つばめ」を撮影し、その写真をパネルにして文化祭で展示したという過去の事実があれば、原作品は当時の写真パネルであり、後年、古書店から当該ネガを購入した人が焼いた平成のプリントではないということになってしまいます。しかし、この関係を明確に証明することは、まず不可能でしょう。極めつけの難問は、当時のパネルとネガが古書店で販売され、別々の人が入手したら、一体どうなるのでしょうか。私は興味ありませんが、複数の弁護士がスタジオで甲論乙駁を展開するテレビ番組のネタになりそうです。

じつは私も古書展などで戦前や終戦直後の古写真(おそらく故人のアルバムからはがしたもの)を入手することがあり、これらが法律面でどのような位置付けになるのか、自分なりに調べたことがあります。その結果、「所有者による公開はできる」という45条の精神に則ればいいのではないかと、個人的には納得している次第です。もちろん、これは“素人の生兵法”のたぐいですから、真の正解をきわめようとするなら、専門家へのご相談をおすすめしますが。
 

らしい書き込みかどうかはわからねど

 投稿者:すぎたま  投稿日:2017年 8月16日(水)03時47分51秒
返信・引用
  みなさんこんばんは。

「(この板)らしい書き込み」かどうかはわからないのですが、最近気になっていることなど。
このところ、古書店筋から、古い鉄道写真を入手して、HPのネタにしております。当然その写真について、
意味のある説明は記するようにしているつもりですが、この種の古写真の著作権はどう考えるべきか
ということには、少々悩みます。というのは、古書店に売られた時点で、元の著作権(写真の著作権は、撮影者に帰属)は
消滅し、古書店に移転しているのは明白かと思われます。古書店は、整理屋さん(孤独死や遺族の依頼を受けて遺品整理をする)や、
生きている方でも「終活」などのために、整理するために売却というルートで写真を入手するのでしょう。
古書店が私をはじめとした人々に売却するにあたり、著作権がどうなるかいちいち明示的に売っていない時点で
原著作権ごと例えば私が買ったことになろうかと思えます。というのは、現著作者が誰かがわからないためです。

著作権について、少し整理しますと、誰であれ死後50年で消滅です。当然相続の対象ではありますから、
著作権継承者(通常は子どもなどの親族)がいれば、その人に著作権は移行しますが、それでも元の著作者の死後50年になれば、
著作権は消滅するのです。例として図示しますと、
●親75歳で2000年に死去→子ども45歳が継承→
子どもも75歳で死去したとすると、2030年に孫に継承→孫存命中の2050年に祖父の著作権消滅
…というようなことになるわけです。スナップ写真も含めて、自分の撮影した写真が孫子の代まで著作権処理が必要というのは
あまり現実的な話では無いと(有名写真家等なら別でしょうが)思えます。そこで遺族が売ってしまうということに
なりがちな訳ですが、買った側として困るのは、著作権ごと買ったとしても、その著作権がいつ消滅するのかわからない
ということです。つまり、古書店はどこの誰さんから買ったということはまず教えてくれませんし、聞きたいとも思いません。
そもそも売った人が存命なのかもわかりません。そうすると購入者の死後50年まで著作権があることになるのか?
というのは、おそらく判例も無くてわからないでしょう。仮に購入者の死後50年に、著作権が「延長」されるとすれば、
購入者がまた売って、それをまた買った人がいて…となると、理屈の上では永遠に著作権切れにならないことになります。

雑誌の編集部などでは、撮影者の権利関係が不明な写真については、「編集部所蔵」とか、「××氏所蔵」などと
キャプションをつけて、かわしてありますが、あれはおそらく慣習的な表記であって、権利保護という点、および
文化的共有という点では、正しい処理なのか議論の余地があろうかと思うのです。
それと、先般入手したものは、元の撮影者の方が、複数枚焼き増ししたプリントというものがあり、
それを私と別な方とで分けて入手ということになりました。この場合、どちらに著作権が移動したとみるべきなのかも、
利用という観点からすれば困ってしまうケースかと思います(そのプリントを利用する権利を得たと考えられるが、
同一ネガからリプリントされたとすれば、利用先が複数の場合区別が付くのか疑問)。

このあたり、みなさんはどのようにお考えになりますか。

失礼したします。

http://princesscomet.net/

 

ご無沙汰しております

 投稿者:クモハ73503  投稿日:2017年 8月12日(土)21時01分47秒
返信・引用
  白い陽さん、ご無沙汰しております。

72678と72621の件ありがとうございます。

木目の壁紙となるとまるで阪急電車のような雰囲気の車内という感じでしょうか。益々久里浜の冠水による廃車が惜しくなりました。

79369の仙石線の転用は事故車両が全金車の79921だった為にその代車が3段窓車ではあまりにも気の毒なのでせめてアコモAの車でもとなった結果と思っているのですがいかがなものでしょう。
 

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