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17m車末期の飯田線の製作

 投稿者:原口 悟  投稿日:2017年 9月10日(日)23時54分11秒
返信・引用
  皆さんこんばんは

飯田線における最末期の17m国電は、WC付きのクハ16形が確か昭和46年度まで残っていて、横須賀色への塗り替えが間に合いましたが、この「横須賀色のクハ16形」を製作したので紹介したいと思います。
 WC付きのクハ16型は、リベット付き、リベットが削減された試作車、ノーリベットの車がいましたが、選んだ番号はノーリベットのクハ16470です(写真上)。これは、「最盛期の旧型国電1」P74~75の写真の編成の再現を考えたものです。
 加工は、KATOの鶴見線セットのクハ16がベースですが、リベット付きなのでリベットをすべて削り落とします。また、クハ16470は大宮工場の鋼体化で、乗務員扉周囲の「額縁」が無かったので、額縁の表現を削り落としました。WC部は、隣接する戸袋窓の幅を700mm相当に縮小すると共に妻窓を塞ぎました。床下の水タンクは、形態がよくわからない(クハ16447は楕円形断面のタンクがわかるが、クハ16480は円形断面か?)なので手持ちのパーツの関係から暫定的に古い形態の水タンク(スハ43型までの形態のもの)を付けています。
 前面は、手すりのレイアウトはクハ16447とほぼ同じようですが、若干手すりが少ないようです。箱サボのモールドをTAVASAのパーツに置き換えています。

 クハ16470の編成相手は、クモハ43009です(写真中央)。クモハ43009は公式側の後ろの扉が2段窓なので他の車と区別でき、「最盛期の旧型国電」の写真でも確認できます。2段窓の扉は、Gゴム支持の窓の開口を角を付けてプラ板で埋め込み、2段窓の形に開けなおしました。窓ガラスは17m国電用の窓ガラスから調達しています。
 床下機器は、クモハ50002用のもの(おそらく元はクモヤ90用)の、抵抗器をクモハユニ64000のものに交換しました。
 両車の塗装は前面が一直線の塗り分けにしました。箱サボが塗装ラインにかかるため、箱サボパーツは塗装後に取り付けました。

 写真下はクモハ43009 - クハ16470を編成に組んだものです。「最盛期の旧型国電」では、さらにクモニ83-クモニ13を連結しています。
 
 

クモハ54007 - クハ47114の製作

 投稿者:原口 悟  投稿日:2017年 9月 6日(水)00時00分11秒
返信・引用 編集済
  先日、クモハ54007 - クハ47114を完成させたので報告したいと思います。

クモハ54007は、仙石線から転属した、ベンチレーターを押し込み型に交換した車です(写真上)。
 ベースはKATOのクモハ54002で、リベットを全て削り落とすとともに、屋根板をクモハ54100台奇数向きと交換して「奇数向きの屋上配管」にしました。
 前面はかなり独特で、前面の貫通路が機能しており、幌枠が付いていました。両吊りの幌枠を付けるために幌枠の型にアングルが付いており、これは0.5x0,2mm真鍮版で表現しました。また、貫通扉に異様に天地の低いサボ枠が付いているのですが、これはTAVASAのパーツを下1/3くらいを切り取ったものを付けました。このため、渡り板を上げた状態にして切り取った部分を隠しています。助士席側のHゴム支持化された窓はTOMIXクモハ73型全金更新車の前面窓利用です。幌枠はKATOの飯田線用の幌部分を切り取って黒塗装しました。
 屋根は、押し込みベンチレーターを付けるため、グローブベンチレーター用台座をすべて撤去して整形しました。押し込みベンチレーター台座はTAVASAの新製品です。
 車体は、公式側の後ろ、非公式側の前と後ろの扉がプレスマークの無いものだったので、パテと瞬間接着剤を使ってプレスマークを埋め込みました。腰板に移動したサボ枠と仙石線時代の貨物票挿しはTAVASAパーツです。

クハ47114も貫通路が機能していました(写真中央)
 ベースはKATOのクハ47102なのですが、クハ47102は、クハ47104とともに腰板のベンチレーターがすべて撤去されており、クハ47114ではこれが残っていたので、リベットの表現が問題になります。リベットはインレタで表現することとして、Train Models Factoryの横須賀色リベットを用いました。KATO製品とは微妙に色の感じが異なり、転写したリベットが見る方向によってはよく見えます。
 リベット以外では、方向が偶数向きなので、奇数向きになっていたクハ47102では存在したジャンパケーブル納めの取り付け穴を整形しました。ただ、塗装はタッチアップだったこともあり、やや歪みが目立っています。
 写真下は、流電と連結したもので、KATOで流電が発売された時のポスターの写真で使われていた写真の編成が、クモハ52004 - サハ48034にクハ47114 - クモハ54007を連結した編成を表現しました。写真でも、クモハ52004が正面ですが、クモハ54007の押し込みベンチレーターがよくわかるものでした。クモハ54007-クハ47114は両側の貫通路が機能していたので、30番台運用の入場時の差し替えによく使われていたようです。昭和53年3月31日時点では、クモハ54007 - クハ47114 - クモハ42011 - クハ68416の4両編成を組んでいましたが、クモハ42011は既に製品化されているので、クハ68416が表現できれば何とかなります。
 

飯田線旧型国電の「変運用」など

 投稿者:原口 悟  投稿日:2017年 9月 5日(火)23時34分31秒
返信・引用
  皆さんこんばんは
yanaさん、お久しぶりです

 クモニ-クモニの運用に旅客車が付く列車は245Mと1232Mの2本とのことで、「写真で見る飯田線の旧型国電」の写真等、クハユニ-クモハの連結した写真は確かに少なく、「変運用」だった可能性が高そうです。また、yanaさんの目撃した、豊橋発の5両編成の列車の付属編成側にクモハユニ64000 - クハ68412が入った列車の存在は、クモハユニ64000が変運用に入った実例を示すものとして貴重だと思います。
 この列車を模型で再現してみました。写真上はクモニ83103 - クハユニ56002 - クモハ51200 -
クモハユニ64000 - クハ68412の5両編成で、クハユニ56002を元のKATO製品の昭和53年仕様から昭和58年仕様に加工したものを作っていたので、編成相手がクモハ51200になりました。写真中央は中間に封入されて旅客車と向き合ったクモハユニ64000で、変運用でなければ見られない非常に貴重なシーンになります。
 変運用では、90番台運用に70番台運用の車両が入る「逆バージョン」もあって、以前この場で情報を紹介して下さっていた高尾山麓住人さんがブログの方で報告されています。車内に折り畳み式の郵便区分棚を展開して臨時に郵便区分室を仕立てている写真が紹介されています。
 また、浜松工場入出場関連では、調べてみたところ、例えばHP「回送・試運転・配給・・・事業臨の世界」中「浜松入出」では、「入出場」の他、「出場試運転列車」もあったようで、クモヤ22だけではなく、クモル23050も伴車として使われている写真が紹介されています。先に報告した「クモヤ - クハの列車」も試運転列車だったかもしれません。

 先に飯田線さよなら運転の旗の話を伺った時から、飯田線旧型国電の模型の状況が急激に変化し、KATOが多くの製品を展開して、「クモハ53008 - クハ47009」も完成品が入手できるようになりました。さよなら運転編成もMICROACEが発売したほか、KATO製品からクモハ54110-クハ47069を加工しています。ヘッドマークも「湘南電車」から「クモハ53008-クハ57009グレードアップパーツセット」封入のステッカーとして出ており、これを使ってさよなら運転仕様にしたのが写真下です。ヘッドマークはあるのですが、肝心の「旗」の表現方法はまだ考え中です。
 

飯田線の旧形国電編成について。

 投稿者:yana  投稿日:2017年 9月 3日(日)20時38分47秒
返信・引用 編集済
  原口さん、皆様こんにちは。
久しぶりに投稿させていただきます。飯田線のさよなら運転の旗の件の人と言ったらお分かりでしょうか?
投稿者名は変更させていただきます。
飯田線の旧形国電の編成について、自分なりの記憶を元にお話させていただきます。
ます、クモニ+クモニの運用にクハユニ又はクモハユニが付く運用って定期ではありません。クハユニは豊橋時代は3両だったんて、静ママ時代の話を言っているんでしょうが、クモニ+クモニが旅客車とつなぐのは、245Mの中部天竜(回送で豊橋)→辰野、1232Mの天竜峡→豊橋の2本だけで、どちらも70番、80番のMc+Tcの編成です。しかし、イレギュラーでクハユニ又はクモハユニが希に70番、80番の運用についた就いた事も多分にあり、その事を言っているのでしょうか?クモニ+クハユニ+クモハ+クモハユニ+クハと言うのを目撃してます(この時クハ68412が南で撮れた。)。
119系の新旧交代時には、かなり変運用がありましたが、この時クモニは一両運用になっていました。
私の記憶違いできたら、遠慮なくご指摘ください。
また浜松工場の入出場ですが、クハが入出場する時は、だいたいクモハ61がお供しており、浜松まで行って行っていたのをよく目撃しました。
出場の飯田線下りは、625Mにぶら下がりで行くのですが、静ママのクモエが営業車にぶら下がると言う、他線では考えられない列車もありました。豊橋駅ではクモエに発車サボを付けてました(笑)
飯田線が全通80周年…この時代に昔話できる事に感謝いたします。
 

昭和30年代後半の高槻電車区と大垣電車区など:J-train 2017年秋号より

 投稿者:原口 悟  投稿日:2017年 9月 1日(金)01時06分11秒
返信・引用 編集済
  皆さんこんばんは

J-train誌2017年秋号の「1960年代 電車区訪問記」は高槻電車区と大垣電車区でした。今回も興味深い写真があったので報告したいと思います
 高槻電車区の訪問は1963年8月とのことで、当時の高槻電車区の車は京阪神快速線用の80系が大部分で、緩行線用の車は少数でした。これに対して明石電車区は緩行線用の車だけ、宮原電車区は東京―大阪―広島間の準急、急行用153系電車の配置でした。まず80系は、事故復旧車のクハ86015、試運転時焼失車のクハ86017の写真が掲載されています(P160, 162)。また、各番台の車種がまんべんなく掲載されていますが、300番台の塗り分けは在来の位置です。塗り分けのかさ上げはちょうど1963年から始まったことが確認されており、塗り分け変更車がまだ捕捉されていないことになります。
 緩行線用車は、明石電車区の車が入区していて、多くの写真が紹介されています。まず全金更新済みのクモハ73001の写真が掲載されており(P164)、改造当初は城東線を走っていたの対して、かなり早い段階で京阪神緩行線に転属していることになります。他、全金更新から間もないころのクモハ73037、モハ72110の写真(P164)もあり、「釜飯型」の避雷器を付けています。なお、クモハ73001は「亀の子型」の避雷器で、モハ72566,670は細い円筒型の避雷器を付けています。また、クモハ60153、クモハ32002は箱型の避雷器です。
 戦前型の写真もまとまった数が紹介されています。掲載写真には、後に飯田線で走っているクモハ54119(P165)、クハ68032(クハ68406)、クハ68077(クハ68407)(P166)、身延線で走っているクハ68012、クハ68109(P166)、宇部線に転属したクモハ51036(P164)があります。昭和38年はちょうど前面窓等のHゴム支持化の工事が始まった頃で、多くの車は前面窓が原型ですが、クモハ54119、クハ68032、クハ68109、クハ55112が早くも運転席窓をHゴム支持に改造しています(P165)。なお、クハ55112の左隣のノーシルノーヘッダーのクハ55のキャプションが、写真内は「クハ55001」、キャプションでは「クハ55021」となっていますが、正しくは「クハ55071」です。10年以上前に元関西旧国利用者さんがこの場で戦前型のHゴム窓化の経過を発表していますが、始まりのころを反映した写真ということになります。飯田線に転属した車はその後通風器が撤去されていますが、当時は通風器は原型で、さらに運転席窓をHゴム窓に改造した車は大鉄型の球形通風機を付けています。
 70系は、モハ70123の写真が掲載されています(P164)。後に仙石線に転属して押し込みベンチレーターに交換し、さらに中部山岳ローカルに転属した車です。クモハ51036は「砲弾型前照灯」を残しているのが注目されます。また、真夏の訪問だったためか、クモハ54119、クハ55112は助士席側の下降窓を開けています。
 大垣電車区の方は1962年3月末の訪問です。旧型国電では美濃赤坂線用の車が収録されています。当時はクモハ40050,069、クモハ12000の3両で、3両全ての写真が掲載されています(P169)。美濃赤坂線の車は、後にRF誌の「省線電車の走るところ」で紹介されており、この時に「スノープローの装備」が注目されていましたが、昭和37年3月の写真ではクモハ40069がスノープローを付けていました。ただし、その形態は独特で、台車ではなく、車体側からステーを伸ばして取り付けられており、EF58型電気機関車のものに似た狭いものを取り付けています。この「幅の狭いスノープロー」は後にクモハ40050も装備したことが有ります。クモハ40069は検査標記が確認でき、「34-12豊川分工」と欠かれているようです。

 電車以外でも、客車に注目すべき写真があります。
 P98から掲載されている「封印された あの日、あの時 1983年夏、九州客車紀行」で、「妻面にリブがあるスハ43型」の目撃に触れられています。写真は元スハ43 677のオハフ45 206が掲載されており(P99)、他にオハ46 2678が妻面リブ付きだったと報告されています。妻面リブ付きの旧型客車は、RP誌の2000年頃の60系鋼体化客車特集で記述があり、オハ61系に関しては「苗穂工場改造車」が該当すると記載されていました。この中で、「スハ43系にも例がある」とあったのですが、現車の写真を見たのはこれが初めてです。スハ43 677, 678は、スハ43 676とともに1955年5月23日に川崎車両で落成した、「スハ43型として最後に落成した車」であることが注目され、これらの車以降は9月になってから「オハ46型」に移行しています。リブの入り方は、後のナハ10、ナハネ10形に似た密なもので、旧型客車としては異様なものに関します。川崎車両でのスハ43型の落成は、1955年4月に入ってからはスハ43 660から落成しているのですが、675までは4月30日までに落成しており、676~678が少し離れて5月23日に落成しています。このため、「妻面にリブのあるスハ43型」は狭い範囲ではスハ43 676~678の3両、広い範囲では4月以降川車で落成の車に限られると考えられます。
 他、都城にいた「北海道の車」であるスハユニ62 10が車内写真とともに掲載されています。また、現在碓氷峠鉄道文化むらに保存されているオハネ12 29、青色塗装のオハフ61 2562、アルミサッシを碧く塗装したナハフ11 20の写真が掲載されています。
 客車に関しては、「客車区訪問記」の連載が新たに始まり、第1回は品川客車区です。珍しい車としては、後に新幹線用限界測定車コヤ90 1に改造されたオロ31 104の「オロ31 104時代の写真(P91」が掲載されています。他、ダブルルーフ車、3軸ボギー車の写真が多く紹介されています。

東急大井町線デハ6300型について
1380さん
お久しぶりです
 東急新6000系についての情報をありがとうございます。
 同車については、京王新5000系や都営5500系のように前もって「製造する」というニュースを見てなく、突然出現したためにどこの社が発注したかわかりませんでした。類似の形態の車を探して、「東急新6000系らしい」とわかったのですが、「6303」という車がすでに存在していたため、確証がつかめませんでした。
 

Re: 都営浅草線5500形の登場、関東私鉄の新車の動向など

 投稿者:1380  投稿日:2017年 8月30日(水)07時19分50秒
返信・引用
  > No.2309[元記事へ]

原口 悟さん、皆様、おはようございます。

>  これとは別に20m級標準ステンレス車に赤く塗装した車を先週目撃しており、そのうちの1両の車号が「6303」だったように見えました。今年度、東急大井町線6000系を6連から7連に増結することが発表されており、このための増結用の車かもしれません。

仰る通りです。昨日、デハ6301~6306の6両が甲種輸送されました。
在来の6300~6600番台の車両は、6400~6700番台に改番される(つまり、両端のクハが6100・6700番台になる)ものと思われます。

http://photozou.jp/photo/top/3187087

 

都営浅草線5500形の登場、関東私鉄の新車の動向など

 投稿者:原口 悟  投稿日:2017年 8月29日(火)23時06分36秒
返信・引用
  皆さんこんばんは

都営浅草線用の新車5500型を確認しました。
 月曜朝の通勤時、金沢文庫の総合車両製作所横浜工場の奥にこれまで見たことが無い塗装の3扉の電車を確認しました(写真上)。レイアウトは京急1000型と同じで、窓回りの黒と扉が赤の塗装は、東京都交通局が発表している都営浅草線用の新車である5500型のデザインと同じです。このため、この車輌は都営浅草線5500型の最初の落成車と考えられます。5500型は、今年度の投入が1本の予定が一挙に19本に変更になり、今後横浜工場で続々と製造されると共に他のメーカへも発注されると思われます。
 写真中央は月曜朝の通勤時に熊谷貨物ターミナル駅に到着しているのを見た東京メトロ日比谷線13000系です。熊谷貨物ターミナル駅から秩父鉄道線を介した新車の搬入は必ず日曜夜に熊谷貨物ターミナル駅に到着し、月曜に秩父鉄道経由で搬送されます。東武鉄道の新車の他、日比谷線の車も同じ経路で搬入されています。
 写真下は火曜の通勤時に横浜工場で見た京王新5000系です。京王新5000系は先に最初の車を工場内で目撃したことを報告しており、これが2本目になります。
 これとは別に20m級標準ステンレス車に赤く塗装した車を先週目撃しており、そのうちの1両の車号が「6303」だったように見えました。今年度、東急大井町線6000系を6連から7連に増結することが発表されており、このための増結用の車かもしれません。
 

東京総合車両センターレポート(その7)モーターの展示

 投稿者:原口 悟  投稿日:2017年 8月27日(日)19時14分37秒
返信・引用
  部品の展示から、モーターを紹介します

 モーターの展示では以前はクモハ12用のMT15が展示されることが有りましたが、今回の展示は209系用MT68、E231系用MT73、E233系用MT75、E235系用MT79で、上からMT79、MT75、MT73です。209系は、現在では入場が大宮工場の方に移行しているので、大井工場で扱っているモーターはMT73以降になっています。209系の量産車が本格的に登場したのは今年になってからなので、MT79モーターが展示されたのは今回が初めての可能性が有ります。

 それでは失礼します
 

東京総合車両センターレポート(その6)DT56系列の台車の構造

 投稿者:原口 悟  投稿日:2017年 8月27日(日)18時58分51秒
返信・引用 編集済
  これまで、京浜急行の久里浜工場、西武鉄道の狭山丘工場から、台車の構造について報告しましたが、今回も工場の各地で検査されている台車を観察しました。

 大井工場に入場する車両は、205系に始まるDT50系列の台車の車の入場は無くなっており、209系に始まるDT56系列の車だけになっています。このため、工場内の台車のバリエーションは非常に少なくなっています。
 写真上は台車展示コーナーにあった、サハE233-3016の台車で、上から見ると従来型台車の心皿に相当する部分は井桁状の枠になっています。
 写真中央は、連結器交換デモのクハE231-42の床下の台車接続部で、心皿に相当する部分は角材状の突起が突き出ています。
 写真下は、正門横のクハ901-1の台車接続部を後ろから撮影したもので、車体側からの角材状の突起が台車に差し込まれていることがわかります。このため、車体側の突起は構造としては、台車を車体と接続する時のガイドの役割をするだけになっているといえます。
 

東京総合車両センターレポート(その5)総武緩行線のE231系

 投稿者:原口 悟  投稿日:2017年 8月27日(日)18時38分45秒
返信・引用 編集済
  山手線のE231系500番台の転用によって押し出される形の総武緩行線E231系は、E231系リニュアールのための工場として整備された青森車両センターへの回送等、地方回送の情報がしばしば出てきますが、大井工場に入場している車もいます。
 写真上は車掌室記念撮影会場となったクハE230-42です。他、クハE231-42が「連結器交換デモ」の会場となっていました。
 写真下はパンタグラフ、コンプレッサー等部品展示会場の会場にいた「サハE230-42」です。6扉車のサハE230は転用からは外されると思っていたのですが、普通に入場していたため、少なくともこの車はしばらく総武緩行線で走ると思われます。
 

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