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雨樋と避雷器

 投稿者:73おやぢ  投稿日:2017年 9月17日(日)16時05分26秒
返信・引用 編集済
  みなさん、こんにちは。

個人レベルの与太話にみなさんからご返事を頂戴しまして、ありがとうございました。
雨樋の段差を気にする私は変人かなぁと思っていましたが、同好の士(?)がたくさんいらっしゃるようで、安心しました。

原口さん
避雷器の大まかな流れは、木箱(LA12)→鉄管(LA12A)→亀の子(LA13)→釜飯(LA15)→ドラム缶(LA15B)です。
たしか昭和41年だったと記憶しますが、特修工事で避雷器更新および整備が始まりました。「LA12とLA12AをLA15Bへ取り替え。LA15は保護用オオイを取り付けてLA15Bに整備」というような内容で、翌年以降も継続されて、あっという間にドラム缶が全国的に普及しました。

変遷を72形で見ると、63形改のほとんどは木箱で再末期の出場車のみ鉄管、72500~は鉄管、72920~の第一陣は鉄管で量産車は亀の子、となります。木箱は耐久性の問題から鉄管に替えられた例が存在しますが、木箱や鉄管から亀の子になった例は知りません。釜飯は今までに63形改73形で1両確認(車号不詳)していますが、これは早期にドラム缶化したと思われます。なお鋼体強化車は施工工場の考え方もあり、木箱、鉄管、亀の子、釜飯が見られます。

白い陽さん
写真の車は昭和49年撮影の72953です。なるほど72954も亀の子ですが、72954は樋に添えゴム付きの点が72953と異なります。特修工事のメニューにLA13の記載がなかったからなのか、吹田ではこの種の改造が徹底を欠くことがままあるからなのか、事情はわかりませんが、この時期に少なくとも2両の亀の子型避雷器が残っていたのは珍しいですね。
追加です。ただいま田中さんのページを拝見したら、72954は添えゴムが無いみたいですね。私が昭和49年に撮影した72954は添えゴム付きです。この間に入場して添えゴムを撤去したにもかかわらず旧式の避雷器は存置した? ううむ、吹田は奥が深そうです。

などと言っていたら、RP発売まで1週間を切ってカウントダウン状態になりました。なにやらボージョレ・ヌーボーみたいです。

 
 

溶接法との関係も?

 投稿者:すぎたま  投稿日:2017年 9月17日(日)15時22分43秒
返信・引用
  原口さんこんにちは。

40N工事後のすきま風の話ですが、115系と、201系・105系3ドア新製車では、車体の素材・溶接法が違うから、ということは考えられませんかね。201系(103系の最終増備車も)からは、連続全周溶接になったはずなので、腐食に強い構造になっています。
その辺影響してないでしょうかね。

101系900番台の屋根工事は、新性能国電最大級?の謎かもしれませんね。
確かにいっそスロ54みたいに、屋根すげ替えという線もありえそうです。
ただ、101系をはじめとした新性能車輌群に、車体が変形するほどのゆがみやひずみが生じたという話は、聞いたことがありません。ナロ10形のオロ11形化では、車体の変形が…という説があることは承知しておりますが、具体的にどれほどの変形量があったかに言及している文献は無いようにも思えます。見た目で、窓柱の腐食が激しそうに見えるので、窓が開きにくくなったのは、サビのせいかもしれません。
戦災復旧客車の、焼損による台枠変形(大半は垂下だが、場合により隆起)は、ひどいものでは10センチ以上にも及んでおり、それを切断して接合しながら修理したので、台枠はつぎはぎなはずですが、見た目はそれほどの変形は見られません(外板はベコベコが多いですが、あれはひずみ取りを省略しているため)。
江ノ電の303-353は、冷房化後に見た目わかるほどの台枠垂下がありましたが、乗っていて壊れそう(笑)とか、窓が開かないということはありませんでした。調整次第の部分もあるかと思います。

101系900番台の屋根を、「切り取り交換」工法で、工事したとすると、モハ100形、クモハ100形のランボード形状が変化するなどや、パンタ台形状、パンタからの配管引き回し形状に変化があってもおかしくないかと思われますが、それがあるか無いかが一つの判断材料になるかもしれませんね。
台枠下垂があったかどうかは、大井工場での保存時代、南武線での現役時代のクモハ101-902を見ましたが、わかるほどの変化やしわなどは見られませんでした。
最近のE217系のほうが、川崎重工製はよれよれ車体です…(工法の関係ですけど)。

失礼いたします。

http://princesscomet.net/

 

JR西日本の40N窓枠交換車について

 投稿者:原口 悟  投稿日:2017年 9月17日(日)12時04分32秒
返信・引用 編集済
  皆さんこんにちは

JR西日本の40N窓枠交換車について
1380さん
 JR西日本の40N窓枠交換車ですが、実は「すきま風が激しい」という指摘があります。
 ちょうど40N工事が進んでいた2000年頃に、岡山地区の115系の運用情報を紹介していた掲示板に、岡山地区にも登場した40N車が「すきま風が激しいために窓側の席は寒く、通路側の席に座るようにしている」という報告がありました。ここで、「何故すきま風が激しくなったのか」議論されており、「新製から20年くらいたっているために経年によって車体がゆがんでおり、新しい窓枠を「ワンタッチではめ込む」ことができず、現物合わせで車体を削ってはめ込んでいるために、隙間が発生して、これを塞ぎきれなくなっているのではないか」との説が提示されていました。「すきま風が激しい」ということは、同時に「雨水が侵入しやすい」ことを意味しており、このため、40Nの車体更新をしたことが、かえって車体の腐食を早めることが危惧されていました。
 この情報に接していたため、30N工事で窓枠をそのままにしたのは、「窓枠交換が作業量の割には効果が低い(車体の腐食をかえって早める)」ためにむしろ窓枠をそのままにした方が腐食対策としては有利」との判断が働いたためではないか、と考えました。また、同時に窓枠交換が201系、105系に移行したのは、「より新しい車の方が車体のゆがみが少ないために窓枠の交換が容易であること、同時に隙間が少ないために雨水対策が容易で、窓枠交換が腐食対策として有効に働く」と考えられ、私としては「時宜を得た工事」と思いました。

亀の子型避雷器について
白い陽さん
 田中さんのところのモハ72954の亀の子型避雷器を確認しました。同時期の片町線の他のモハ72000台、500台、920台の写真を見ても他に亀の子型避雷器は見つからず、亀の子型避雷器は非常に珍しいもの(使われている最後のものか?)のようです。
 避雷器に注目して、改めて「最盛期の国鉄車両1 戦前型旧性能電車」を見ると、当時は「細い円筒型」が多いですが、箱型(例えばP43のクモハ11451, 1971年2月撮影)、リブ付きのドラム缶型(例えばP135のクモハ50000,1971年4月撮影)もあり、昭和45年頃が避雷器がLA15型へ統一される過渡期だったようです。
 

避雷器

 投稿者:白い陽  投稿日:2017年 9月16日(土)23時49分30秒
返信・引用
  原口さん

田中景一さんの「旧型国電の記録」内で昭和50.2撮影のモハ72954にその避雷器が確認できます。
 

モハ72920台の「亀の子型避雷器」について

 投稿者:原口 悟  投稿日:2017年 9月16日(土)23時04分52秒
返信・引用 編集済
  73おやぢさん紹介の写真を見て、モハ72920台の屋根に乗っている避雷器が「亀の子型」であることに気づきました。最初、片町線の晩年の頃(昭和50年頃)の写真かと思ったのですが、「亀の子形の避雷器」とは両立せず、昭和40年から45年頃までの間、淀川電車区にはモハ72920台は所属していなかったことから、古い写真かとも思いました。
 古い写真とすると、モハ72961~963が淀川電車区に所属しており、全金更新車が淀川電車区へ配属された頃(73023, 045, 047が昭和39年末から配属)になると思うのですが、手許の資料では、昭和41年4月の時点で淀川電車区にはモハ72型は920番台だけでなく、全て無くなっていたので、もしこの仮定が成立するとしたらモハ72型の淀川電車区への貸し出しの可能性を含めて昭和40年初頭の短い間の写真と考えられます。
 一方で、新しい写真とすると昭和47年度に淀川電車区に大挙モハ72920台が転入(モハ72942, 951, 952, 953, 954, 956, 961, 962, 963)した頃だとおもうのですが、亀の子形避雷器がこの頃までまだ存在していたかどうか、また、朱色への塗り替え時にも亀の子型避雷器が存置されていたか不明(塗り替え時に全検を行って避雷器を交換した可能性が高い?)ため、こちらも昭和47年ごろの短い期間に限られるのではと思われます。

 避雷器で考えたのですが、昭和50年代はLA15型(カバーの無い「釜飯型」、カバーの付いた「ドラム缶型」)が一般的になっていますが、これ以前の避雷器(箱型、細い円筒型、亀の子型)はいつ頃まで使われていたものでしょうか。
 「箱型」は昭和20年代の旧型国電で一般的だったもので、時期的に最後の写真での目撃は、昭和45年頃撮影と考えられる富山港線のクモハ73305です。このため、電車のイメージが強かったのですが、最近購入した「RM Models Archive Detail File 002 ひさし付き車体のEF10」、「005 丸型車体のEF10」、「007 角型車体のEF10」で箱型避雷器を付けたEF10型の写真を何枚か確認でき、機関車でも使われていたことと、昭和40年頃までは一般的だったことが確認できました。
 「細い円筒型」はEF58型の特別塗装機で一般的だった印象があるのですが、上記「RM Models Archive EF10」各号でも細い円筒形の避雷器が確認できました。
 「亀の子型」は「151系特急型電車」の印象が強いのですが、旧型国電でもけっこう目撃しており、「最盛期の国鉄車両」や、「旧型国電ガイドブック」等昭和45年頃までの情報を集めた文献ではよく見る印象があります。これに対して少し時代が下ると、避雷器はほぼ釜飯型かドラム缶型に変化しているので、在来型の避雷器は「一挙に交換された?」と思われ、上記の片町線のモハ72型の「新しい方」の過程が成立しにくくなる一因になっています。
 また、模型の方でも「避雷器」や屋根の上で目立つために気になる要素で、先に紹介した「昭和46年ごろのクモハ43009 - クハ16470」でも元の製品のLA15型「ドラム缶型」を付けているのですが「昭和46年の時点でLA15型、特にリブの付いた「ドラム缶型」が間に合ったかどうか」微妙です。改めて「最盛期の旧型国電」P74の写真を見ると、避雷器は連結されているクモニ13―クモニ83100台とともに「細い円筒形」でした。
 

モハ72、クハ79920台と全金更新車の幕板の高さの違い

 投稿者:原口 悟  投稿日:2017年 9月16日(土)21時29分38秒
返信・引用 編集済
  皆さんこんばんは

モハ72、クハ79920台と73系全金更新車の幕板の高さの違いについて
73おやぢさん・前納さん・1380さん
 E235系のE231系編入車との間の幕板の高さの違いが、かつての72920台と全金更新車を彷彿させるとの話を伺って、私は典型例として富山港線の73系を思い出しました。73おやぢさん紹介の写真を見て、富山港線の73系かと思ったら、幕板が高い車の方にパンタグラフが付いており、別の車だと気付いた次第です。
 また、10年くらい前に「我が心の飯田線掲示板」のオフ会で大成の鉄道博物館に集まった時、館内展示のクモハ101-902を見て、「101系試作車の量産化改造で”雨樋を埋め込んだ高い幕板”から”外付け雨樋の普通の幕板”へどう工事をしたのか」いろいろ話しあったことも思い出しました。101系試作車の場合、「幕板と屋根の接続部」の構造が、垂木と側柱の接続の位置が量産車とは根本的に変わってしまうこと等、かなり違っているはずで、「どのようにして量産車と同じ構造に変更したのか、かなりの大手術になったはず」との話になりました。
 先日、鉄道博物館のオフ会の事を思い出し、101系試作車の量産化改造をどうしたか考えたのですが、もしかしたら、スロ54、62形の冷房化改造のように、「在来の屋根を切り取って別に新製した屋根を取り付けたのではないか」と思いつきました。スロ54、62型が、冷房改造の工場ごとに「屋根を切り取る位置」が「雨樋の上辺」と「雨樋の下辺」と異なったため、幕板の高さが高低の2種類が発生したことから、101系900番台の量産化改造でも「量産車の幕板の高さ」で屋根を切り取り、量産車と同じ形態の新製した屋根に交換する、という工事を行ったのではないかと考えたものです。
 ただ、この工事を行うと、屋根の取り付け部が弱点になってしまうため、軽量客車のナロ10形を冷房改造してオロ11型になった車では強度の低下が致命的な弱点になって深刻な台枠下垂が起こり、晩年(とはいっても冷房改造からは5年程度の昭和40年代末頃)には車体全体のゆがみが激しくなって「窓が開かなくなった」という話があります。101系も同じ軽量構造で、「電動車関係の床下機器」がぶら下がっているために「かなりの荷重がかかっている」ことはオロ11型と変わりは無いために101系試作車も晩年は窓が開かないほどに台枠下垂が起こっていたのではないかと考えられます。
 73系の鋼体化ですが、「鉄道史料」21号にクモハ73600台の先頭車化改造について、「前年度(昭和41年度)に全金更新を併施して先頭車化改造したクモハ73500台が、「意外に経費がかさんだこと」「今後の車両の交代時期を考えると投資効果が十分に発揮されない間に廃車となる公算が大きい」ために実施された」との記述(P26)があります。これを考えると、昭和37~40年度に先行して行われたクモハ73、モハ72型の全金更新は、「投資効果がある」時期に行われた、「時宜を得た」工事だったことになり、実際、最後の73系となった富山港線が、「クモハ73型全金更新車とクハ79920台の組み合わせ」になったことから、920番台よりも10年くらい車齢の長いモハ63型由来のクモハ73形を「73系の最も新しい車と同じくらいまで車齢を伸ばす」という目的は十分に達成されたと解釈できます。
 

張り上げ?

 投稿者:白い陽  投稿日:2017年 9月16日(土)20時30分11秒
返信・引用
  こんばんは。ご無沙汰しています。

73おやぢさん

やはり、と言っては失礼かと存じますが、私もE235を見た時に張り上げになった側面に72920が重なりました。
RP誌はどなたが執筆されるのか、願わくば73おやぢさんが少し関わってくれたら…なんて無茶なことを思ったりします。


73503さん
先日の仙石線の事故車補充の件ですが、事故後1週間と経たずに47年の8月に73029と72562が仙石線へ甲種で送られています。これは鶴見線の置き換え用に留置してあった車があったのですぐに用立てられた、ということだと思います。
その後、11月になると南武線へ101系が投入された捻出車、79369が仙石線へ、73029は当月から17m車の置き換えが始まった鶴見線へ戻り、鶴見線へ入る予定だった72562の代わりに南武線からの72621が鶴見線へと回されています。
奇数クハの代わりにクモハが貸し出されていますが、すぐに動かせる奇数クハがなかった?、クモハはクハを兼ねる?、またかなりの事故なので3両目4両目も損傷があったはずで、その補充も兼ねて? そんな複合的な理由があったのかもしれません。
もしも、仙石線の事故がなかったら、79369、72621はアコモで投資したばかりだし、横浜線あたりに転出していたのかもしれませんね。
 

72系特集号

 投稿者:クモハ73503  投稿日:2017年 9月13日(水)23時17分42秒
返信・引用
  皆様こんばんは。

鉄ピク誌の次号が72系特集で今年3月に発売されたアーカイブスセレクションと異なり晩年の状態も内容に含まれるようですね。

晩年という事で気になるのがこちらでも話題となったアコモA工事の一覧表の実車とのズレも訂正されるのでしょうかね。

前回の2000年に発売された特集号の時の一覧表が再度掲載されるのではという予感もするのですが(笑)

そのへんの所がこの11月号でスッキリ解決してくれればと思っているところです。
 

Re: 最近、とても気になること

 投稿者:1380  投稿日:2017年 9月13日(水)07時04分55秒
返信・引用 編集済
  > No.2316[元記事へ]

皆さん、おはようございます。

73おやぢさん

> 個人的趣向で恐縮ですが、私は東のEシリーズには全く興味がありません。

私もご同慶です。東のEシリーズと、そのそっくりさんとを併せ、保有鉄道事業者に関わらず、私は「ミスターE電」シリーズと揶揄しているのが実状です。

> はて、いつかどこかで見た光景のような…72920と鋼体強化車(いわゆる近代化改造車)の再来ではないですか。

私は、72系と73系を厳密に使い分けています。
桜木町事故以前に製造された旧モハ63系シリーズが「73系」、
桜木町事故以降に製造された新造車シリーズが「72系」です。
但し、モハ63系が出自であっても、72系900番台は「72系」として扱います。

旧32系・42系改造車は、強いて言えば「クモハ31系」といったところでしょうか。

こうして見ますと、新造時から張り上げ屋根のスマートな全金属製車体で登場した72系920番台と、雨樋丸出しの73系近代化改造車とでは、格差が明々白々です。

つい最近まで見られた大阪環状線103系などでも、張り上げ屋根に大改造された体質改善40N更新車と、それ以外の延命更新車とでは格差を感じましたので、まさに「歴史は繰り返す」です。

体質改善40N更新車が登場した当初は、「阪急電車みたいな外観をした103系が登場した」と大喜びしたものでしたが、その後は外観上ほぼ原形を残したままの体質改善30N更新にレベルダウンし、本当にがっかりしたものでした。

逆に、105系0番台や201系などは、今考えれば、張り上げ屋根化や側窓の銀縁サッシ化などせずに、ほぼ原形のまま体質改善更新をしても良かったのではないかと思います。

> などと考えていたら、RP次号の特集は72系とのこと。一日千秋の思いです。

楽しみにしています。

なお、前納浩一さんの「断面」の件は、了解です。

以上です。
 

断面

 投稿者:前納浩一  投稿日:2017年 9月12日(火)17時52分47秒
返信・引用
  73おやぢさん、みなさん、こんにちは。

E235系とサハE231(235)形4600番代ですが、車体断面も異なるのでデコボコに見えます。

サハの4600番代は雨樋が車体から大きく飛び出しており、これを限界内に収めるため、車体の上半分が内側に傾斜しています。一方、普通のE235系は雨樋の飛び出しが無く、限界に沿って車体側面を垂直に立ち上げています。

なので、遠方を走っているE235系を正面方向から見ると、デコボコに見えるのです。
 

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